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ヴェンガーロッド特務騎士隊隊員ロラン・マテックとほろ苦いレモンサワー④

 ロランがドアを蹴破って部屋に踏み込むと、3人の男性が部屋の壁際に身体を寄せ、恐怖も露に青い顔でロランのことを注視していた。そして、部屋の中央部分の床板が外されており、人1人が通れるくらいの大きな穴がぽっかりと空いている。

 潜入していた仲間があたりを付けていた場所とは異なっているが、恐らくはこれが逃走用の地下道だろう。

 ヴェンガーロッド隊員の目さえ欺き、作業の人員すら入れず、一体どうやってこんな場所にこんな大穴を掘ったというのだろうか。土属性の魔法が使える者ならば可能かもしれないが、それはありえない。

 事前にロッタ男爵邸に潜入していた仲間からの情報によると、ロッタ男爵一家、及びその配下に土属性の魔法が使える者はいない筈だ。とすれば、新しく雇い入れた私兵の中に、土属性の魔法を使う者がいたか。


 考えられる可能性はいくつもあるが、今はともかく逃走したロッタ男爵一家を追うのが先決。検証については後でいい。


「王国騎士団だ。ロッタ男爵はこの下か?」


 ヴェンガーロッドは隠密である。わざわざ自分から正体を明かすことはない。

 3人の家来のうち、最も年嵩の男に顔を向けると、彼は驚愕か緊張か、ともかく無言で、しかし必死の形相でブンブンと首を縦に振った。


「お前たちはこのままここにいろ。間違っても屋敷から出て逃げようなどとは思うなよ?」


 言いながら3人全員の顔を睥睨すると、今度は3人共がブンブンと首を縦に振る。


「よし。騎士か兵士が来たら、大人しく指示に従え」


 そう言い残し、ロランはそのまま穴に飛び込んだ。

 それほど深い穴ではない。平均的な大人の背丈より、少し高いくらいか。どうにか大人1人が通れるくらいの、ただ土を掘っただけの穴である。坑道のように壁面が補強されている訳でもなく、松明の明かりすらもない。まるで洞窟、完全なる闇だ。ヴェンガーロッドの騎士は夜目が利くように訓練しているから濃密な闇の中にも躊躇せず足を踏み入れられるが、一緒に来た王国騎士団の兵士たちでは、この闇の中で行動するのは難しかろう。


 穴の中に降り立ってみて分かったのだが、この穴全体が、まるで今この瞬間にも掘り進められているかのように、微かに振動している。

 まさか開通していない、行き止まりになっている場所に逃げる筈もないのだが、しかし何か妙な雰囲気を感じ取るロラン。


「音魔法、コンデンサーマイク……」


 奥へ向かう前に、ロランは用心して集音の魔法を使う。この先に誰かがいれば、その話し声、もしくは息遣いや足音が聞こえる筈だ。上手くいけばこの微弱な振動の正体も分かるかもしれない。


 と、途端にロランの耳に様々な雑音が波の如く押し寄せ、鼓膜に鋭い痛みが走った。


「……ッ」


 周囲の音を全て拾った弊害である。

 これでは何が何やら分からない。ロランは集音に指向性を持たせ、穴の奥のみ音を拾う。


「お、御父様、もう無理だよ、ぼく、疲れたよ……」


 どうやら上手く音を拾えたようだ。子供、男の声が聞こえる。恐らくはロッタ男爵の2人の息子、そのどちらかだろう。


「文句を言わずにやれ、ロールス! お前の『土属性魔法』だけが頼みなんだぞ!?」


 これは成人男性、それも若者ではなく中年の声。まず間違いなくロッタ男爵だろう。


「そ、そんなこと言われても、魔力ももうないよ……」


「だったらこのポーションを飲め! ともかく掘り進めるんだ! もう少しで出口に繋がる! 連中とて発見出来てはいない筈だ!!」


「大体、どうして逃げなきゃいけないの? 御父様も御母様も、悪いことなんてしてないんでしょ?」


「そんなことはどうでもいい! 今はとにかく掘れ! 掘り続けるんだ、ロールス!!」


 この時点で、ロランは集音の魔法を解いた。

 穴の奥にロッタ男爵一家がいるのは確定である。

 だが、会話の内容が妙だった。ロッタ男爵は、ロールスに『お前の土属性魔法』と言ったのだ。

 貴族の家に生まれた子は、ギフトの内容が判明次第、国に届け出る義務があるのだが、ロランの記憶が正しければ、ロールスのギフトは『土属性魔法』ではなく『身体能力強化』だった筈。


「まさか……」


 もしかすると、ロッタ男爵は息子のギフト、その内容を国に偽って届け出たのかもしれない。いつか来るかもしれない、こんなピンチの際の切り札として秘しておく為に。

 国に提出を義務付けられている情報に虚偽を申し出るのは重罪である。露見すれば罰金や投獄では済まない。下手をすれば御家断絶すらあり得る。というか、実際、過去にはロッタ男爵のようなことをして、謀反の疑いありと王家直々に断じられた家門も存在するのだ。


 こんなギリギリの札を仕込んでおくとは、流石の逃げ上手。ロッタ男爵、油断のならない男である。最悪、家族全員分のギフト情報を偽っている可能性も否定は出来ない。


 人足も使わず密かに地下道を掘ったのもロールスで、外にいくつも屋敷に繋がらない穴を掘ったのもロールス。恐らくは穴を掘りながら逃げ、途中で横穴でも掘って穴と穴を繋げる算段だったのだろう。

 いくつも穴を用意して追手を分散させ、逃げる時は臨機応変に穴を掘りながら逃げる。逃げの達人でなければ、こんな突飛な発想は浮かぶまい。何にでも玄人はいるものだ。


 これは対象に追い付いたとて一筋縄ではいかないかもしれないな、とロランが眉間にしわを寄せたところで、穴の上から誰かが飛び降りて来た。ハリードだ。


 隠密としての熟練の技なのだろう、それなりに高所から飛び降りて来た筈なのに、さして物音も立てず、スタッ、と綺麗に着地するハリード。彼は2階に侵入していた筈だが、ロランからの報告を受けてここに来たのだろう。恐らく他の仲間たちは別の地下道に向かったのだろう。


「教官!」


 苦戦を覚悟していたところに、何とも心強い人が来てくれた。

 ロランが喜色ばんで声をあげると、ハリードが露骨に顔をしかめる。


「隠密があまり大きな声を出すな。相手に気付かれる……」


 静かにする。極力音を立てない。訓練中に口を酸っぱく言われた隠密行動の基本である。

 まだこういうところを徹底出来ないのは、ロランが隠密として半人前だからであろう。初任務とはいえ、これは大いに反省して改善せねばなるまい。


「あ、す、すいません……」


 ついつい、いつもの癖でペコペコと謝ってしまうロラン。これもまた任務中に取るべき行動ではない。


 渋面したまま、ハリードが静かに口を開く。


「それに、俺のことを教官とは呼ぶな。お前はもう訓練生ではない」


「す、す、す、すいません…………」


「………………」


 またかよ、とでも言うように、苦り切った顔でしばし沈黙してから「まあ、いい」と嘆息するハリード。


「で、どうだ?」


「え?」


「この穴は当たりか?」


 つまりは、この地下道に対象はいるか、という質問である。

 ロランは「は、はい」とぎこちなく頷く。


「奥にいるようです。が……」


「何だ?」


「現在進行形で穴を掘りながら逃げているようです。どうも、男爵の長男が『土属性魔法』のギフトを使うようでして……」


 ロランがそう伝えると、ハリードはまたも顔をしかめて「ふうむ……」と唸った。


「国に虚偽の申告をしていたか……」


 普段から犯罪に手を染めているだけあって、重罪であるギフトの虚偽申告にも躊躇がない。そんな典型的な悪徳貴族然としたロッタ男爵の姿勢に、ハリードは思わずといった感じで「チッ」と鋭く舌打ちをする。


「息子がそうだということは、他の家族も虚偽の申告をしている可能性があります」


 ロランがそう言うと、ハリードも「だろうな」と頷く。


「事前情報がアテにならんか……。分かった、私が先行する。マテック、お前は後ろから続いてサポートしろ」


「はい!」


 ロランは力強く頷いた。

 相手は別に戦闘のプロという訳ではないが、しかし未知のギフトを持つ者が複数人いるというのは純粋な脅威である。正直なところ、ロラン1人では心許ないと思っていたところだ。ベテランのハリードが先陣を切ってくれるのなら百人力である。


 だが、そんなロランに対して、ハリードはまたも渋面を向けた。


「だから、声量を抑えろ……」


「あ、は、はい……」


 またやってしまったと、ロランは申し訳なさそうに頭を下げると、ハリードは呆れた様子で「もういい」と頷く。


「行くぞ。油断するなよ」


 そう言って駆け出したハリードの大きな背に続くロラン。

 この背中に追い付く日はいつ来るのだろうかと、ロランは胸中で苦笑しながらひとりごちた。


まことに申し訳ございませんが、本日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新はございません。次の更新は年明け1月4日となっておりますので、今しばらくお待ちくださいますよう、何卒よろしくお願い致します。


そしてこちらは嬉しいお知らせなのですが、コミックス『名代辻そば異世界店』最新4巻の発売日が年明け1月5日に決まりました!次のコミカライズ更新の翌日です!!

読者の皆様におかれましては、お年玉を手に書店様に足をお運びいただき、是非ともコミックス4巻をお手に取ってくだされば幸いです。

『名代辻そば異世界店』コミックス4巻、何卒よろしくお願い致します!!

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