第八話 馬上槍試合
冬の長期休暇を挟み、留学生活の二年目。秋も深まったある日のこと。エレオスたちは、ロードベルク王国王都リヒトハーゲンの競技場に来ていた。
これから始まるのは、ロードベルク王家が主催する二年に一度の馬上槍試合。客席には数千の観客がひしめき、エレオスとその従者たち、友人のジルヴェスター・ロズブロークとその従者パウロは、王女マルグレーテの招待を受けて広々とした貴賓席に座っている。
「馬上槍試合はうちの国や王国北西部で何度か見たことがありますが……ここまで豪華な舞台が作られてるのは初めて見たなぁ。さすがはリヒトハーゲンの王立競技場ですね」
「ふふふっ、お褒めに与り光栄ですわ。今日はたっぷり楽しんでくださいませ、エレオス様」
エレオスの隣に座るマルグレーテは、今日も今日とてうっとりした笑顔で婚約者の横顔を眺めながら語る。
二人から少し離れた席では、ニコライ、サーシャ、アマンダ、テオドールも競技場の壮観な光景に見入る。
「すっげえなぁ……ロードベルク王国の名だたる騎士ともなれば、こんな大舞台で試合するのか……」
「いいなあ! あたしもいつか出てみたいなあ!」
「かっこいい騎士様がいっぱい見られるんだろうねぇ。楽しみぃ」
「でも、馬上槍試合ってちょっと怖いよね……」
そして彼らのさらに隣では、ジルヴェスターが居心地悪そうに座っていた。ジルヴェスターの後ろに立つパウロも、表情には緊張が浮かんでいる。
「あの……僕は本当にこんな席にいていいんでしょうか……地方の男爵家の子息に過ぎない身で……」
王家主催の催しともなれば客には貴族も多く、貴賓席はほとんどが上級貴族で埋まっている。貴族の中では弱小の部類になるロズブローク男爵家の子息としては、気まずさを感じるらしかった。
「あら、気にしなくていいじゃないですか。貴族にとっては伝手も立派な実力のうちですよ」
「そうそう、アールクヴィスト大公国の公世子殿下と、ロードベルク王国の王女と直接言葉を交わせる学友って立場を作ったのはジルヴェスターさん自身なんだから。堂々と座ってればいいんすよ。いっそ周りの上級貴族のお歴々に見せつければいい。将来的にはロズブローク家のためにもなるだろうし」
「……まあ、言われてみればそうですね。分かりました」
サーシャとニコライの言葉に納得したのか、ジルヴェスターは気持ち堂々と姿勢を正した。
それから間もなく、オスカー・ロードベルク三世が開会を宣言し、馬上槍試合が始まる。
まず行われるのは、各貴族閥から代表として送り込まれた騎士と、王国軍から選出された騎士たちによる試合。出場者は総勢三十二名で、平民もいれば貴族もいる。どの騎士も所属する領軍や軍団で随一の実力者ばかりであり、己の名を挙げるために並々ならぬ気合を入れて試合に臨むという。
出場者の中には、少なからず獣人もいる。彼らにとっては、種族による不利を乗り越えて軍人として出世する数少ない機会。王家主催のこの馬上槍試合は、君主によっても方針が変わるが、当代国王オスカーの場合は完全な実力主義を採用している。貴族閥ごとに代表者を決める予選や、それ以前の貴族領ごとの予選まで、試合による勝利のみをもって代表者を決めるよう王命を下している。
一回戦や二回戦は早いペースで試合が行われ、騎士たちが次々に激突し、その度に観客から歓声が起こる。派手に落馬する騎士が出ると歓声はより大きくなる。エレオスもマルグレーテと共に感嘆の声を上げながら試合を見守り、その横ではサーシャとニコライが興奮した様子で、テオドールは怖々と観戦する。アマンダは騎士たちが兜を脱いで顔を見せる瞬間に最も注目している。
「これだけ立て続けに試合があると楽しいですねぇ。実力者揃いだから見事な勝負ばかりだし、興奮が途切れないですね」
「でしょう? 民に娯楽を与えることで王家の支持を高め、騎士たちに栄達の機会を与えることで実力を磨かせるということ以外に、国外への喧伝も込められていますの。観客には周辺諸国の人も多いですから、我が国が手練れの騎士を豊富に揃えているということを、彼らに見せるのですわ」
「なるほどぉ。確かに、王国の騎士の層の厚さを知らしめる上では、これ以上ない催しですね」
マルグレーテの解説を聞き、エレオスは感心しながら頷く。
そんな二人の後ろで、ヤコフは手元のメモにペンを走らせている。他にサーシャやニコライも、興奮して試合に見入りながらもしっかりとメモをとる。馬上槍試合を行う利点、試合の形式なども、アールクヴィスト大公国に持ち帰ることで役立つ情報となる。
今回優勝を果たしたのは北東部出身の普人の騎士だったが、準優勝は南西部の猫人の騎士だった。二人は競技場の中央で握手を交わして互いの実力と健闘を称え、その様に惜しみない拍手と称賛が送られる。
出場者たちは安全性を考慮し、防具の追加された特別製の鎧を纏い、槍も先が丸く折れやすい木製のものを用いる。それでも騎乗して加速し、槍をぶつけ合う以上、荒々しい戦いになるのは必然。死者が出る年もあるという。今回は全出場者が生きて試合を終えたが、折れた槍の先端に切り裂かれたり、落馬の衝撃で骨折したりと、三人の重傷者が出た。
「彼らの治療費は全て王家が持ちます。治癒魔法も魔法薬も惜しみなく使われるのですよ。王家に戦いを捧げた手練れの騎士たちが、怪我のために軍務に復帰できなくなっては可哀想ですから」
「そうですか、なら安心ですね……それで、次に行われるのが特別試合ですか?」
「ええ。王国が誇る英雄同士の一騎打ち、ある意味では今日一番の見せ場ですわ」
エレオスとマルグレーテが話す間に、特別試合の出場者が入場する。
一人は、ゲオルグ・カールグレーン男爵。ロードベルク王国軍の最精鋭、第一軍団の軍団長。王国で五指に入るであろう優れた騎士。
そしてもう一人は、王国北東部閥きっての武闘派、ノルトリンゲン伯爵。ベトゥミア共和国との大戦でも多大な戦果を示した猛将で、当然ながら彼自身も騎士として名高い。
二度のベトゥミア戦争で活躍したことで、王国民からの知名度も高い二人が、騎士として純粋な実力をぶつけ合う。盛り上がらないはずのない一戦だった。
「カールグレーン男爵! 王国軍の象徴、王家の剣! そしてノルトリンゲン伯爵! 武勇をもって王国の地を守った誇り高き領主貴族! この二人の一騎打ち、皆の記憶に刻まれる一戦となるであろう! この場に集う者全員で、しかと見届けようではないか!」
オスカーが高らかに呼びかけると、爆発的な歓声が競技場を揺らした。貴賓席の貴族たちも、普段の優雅さを忘れて盛り上がっている者が少なくない。ニコライとサーシャも拳を突き上げて吠えている。
大群衆の注目を集めながら、カールグレーン男爵とノルトリンゲン伯爵はいよいよ試合に臨む。
いつにも増して重装備の二人は、こちらも鎧を纏った愛馬に乗り、互いを目がけて疾走する。家紋を記した試合用の槍を真っすぐに構え、そして――すれ違う刹那。
カールグレーン男爵は、鎧にかすりながらも相手の槍の穂先を躱した。ノルトリンゲン伯爵は、肩に槍を受けながらも馬上で踏ん張り、耐えてみせた。
両者はそのまま走り抜き、新たな槍を受け取り、再び駆ける。それから二度、勝負が決まらずすれ違う。
そして四合目。実力の差か、あるいは運か、神のみぞ知る理由によって決着がついた。カールグレーン男爵の槍がノルトリンゲン伯爵の胸をまともに突き、その槍の先端が粉々に砕け散り、衝撃でノルトリンゲン伯爵は馬から弾き落とされた。
歓喜の叫び、嘆きの声、両方が競技場に響いた。どちらが勝っても面白いと思っていたエレオスは、楽しげに手を叩いて両者の健闘を称え、隣ではマルグレーテも真似る。
立ち上がったノルトリンゲン伯爵にカールグレーン男爵が歩み寄り、言葉を交わし、そして握手を交わす。オスカーが二人の健闘を称賛し、観客たちも賑やかに英雄たちの戦いを褒め称える。
「楽しかった! すごくすごく楽しかった! 招待してもらえて本当によかったです。ありがとうございます、マルグレーテ様」
「喜んでいただけて嬉しいですわ。またこうして、一緒に催し物を観てくださいますか?」
「もちろんです。面白い催しは、マルグレーテ様と一緒に観たらもっと楽しくなります」
エレオスの言葉に、マルグレーテは顔を真っ赤にして頬に手を当てながら固まった。例のごとく無自覚に婚約者を射貫くエレオスを見て、ヤコフは微笑ましく笑い、他の従者たちもジルヴェスターたちも苦笑する。
このように、エレオスはリヒトハーゲンでの留学の日々を大いに楽しみながら、様々な経験を重ねている。そうして少年時代の思い出を作り、将来に役立つ経験を得ている。
お知らせです。
本日より新作『アクイレギアの楽園』の投稿を開始しました。
弱小貴族家の次男に転生した主人公が、動乱の時代の中で自分の国を作り上げようと奮闘する戦記/建国記です。
よろしければぜひご覧ください。




