第七話 親の心子知らず
「随分と自由奔放に過ごしてるみたいなんですよね、うちのアマンダ……」
アールクヴィスト大公家の屋敷。定例会議の後、臣下たちが何とはなしに雑談を交わす時間。ため息交じりに言ったのは外務長官バートだった。
バートとミシェルの娘であるアマンダは、現在エレオス・アールクヴィスト公世子の従者の一人としてロードベルク王国王都リヒトハーゲンに留学している。
「奔放って……こないだ届いた手紙の話か? 一体何が書いてあったんだ?」
尋ねたのは、同じく我が子ニコライを留学に出している親衛隊長ペンス。
つい先日、大公家の御用商会であるスキナー商会によって、リヒトハーゲンから輸入物資と共にエレオスと貴族子女たちの手紙も持ち帰られた。子供たちを留学に出しているペンスたちとしては、我が子の近況を知ることができる貴重な手紙だった。
「まあ、前半はごく普通に最近の生活ぶりとか、勉強の進み具合とか、王都のどこの店で食べたこんなお菓子が美味しかったとか、そういう子供らしい話が綴られてたんですけど……後半から、学校で知り合った王国貴族子弟たちの品評みたいなことが書いてあって」
苦笑を浮かべてさらにため息を重ねながら、バートは語る。
「名前、実家の評判、当人の容姿と性格、話したときの印象なんかが好き勝手に書かれてるんですよ。何人かに関しては贈り物をもらったらしくて、誰が何をくれたかまで詳細に……ほんと、冗談じゃなく帰ってくるときに婿を連れてくるんじゃないかと思えてきて」
「ははは、アマンダらしいな。まあ、男たらしではあるが賢い子だ。一時の気の迷いで安易に相手を決めたり、考え無しに男をとっかえひっかえしたりはしないさ。青春時代を目一杯遊んで、最後はしっかり信用できる相手を選ぶだろう。誰かさんと同じようにな」
「そう言われると……納得するしかないですね。少なくとも父親よりはよほど健全か」
苦笑を返しながら慰めの言葉をかけるペンスに、バートは諦念交じりに答えた。バートとしては、自身の若い頃の振る舞いを考えると、学友たちを品評しているだけの娘にとやかく言える立場ではない。
「アマンダちゃんは元々そうやって男の子の注目を集めることに慣れてるから、かえって安心じゃないですか。それに比べてうちのテオドールは……」
「なんだ、テオドールがどうしたんだ? あいつは大人しい質だ。問題なんて起こさないだろう」
会話に加わる財務長官アンナに、同じく会話に加わって軍務長官ユーリが尋ねる。
「あの子自身は無難に学校生活を送ってるみたいなんですけど……手紙によると、学友の王国貴族令嬢で、あの子に優しくしてくれる子が少なからずいるみたいで。あの子がそんなに女の子に好かれるなんて」
「「「……あぁ」」」
アンナの嘆きに、ユーリたちはどこか納得したように呟く。
テオドールの父エドガーは顔立ちこそやや薄いが男前の部類であり、母であるアンナも、年齢を考えると相当に若々しく美しい。その血を受け継いだテオドールは、普段は影が薄いのであまり話題にならないが、誰が見ても美少年と認める顔立ち。
身体も細く小柄で、引っ込み思案な性格と合わさって、年頃の少女たちから見ればひどく庇護欲をくすぐる存在であることは容易に想像できる。
おまけに、家柄は王国の重要な友邦であるアールクヴィスト大公国の、大公家に最も近しい貴族家のひとつ。ロードベルク王国内でよほど良い縁談を見込めるわけでもない中小貴族家の令嬢にとって、テオドールはお近づきになって損はない優良物件と言える。
「あの子、大公国内にいた頃は立場もあって下手に言い寄ってくる女の子もいなかったから、どう考えても異性への免疫なんてないじゃないですか。妙な子に捕まらないか、どうしても心配しちゃって……」
「気持ちは分かるが、アマンダのことと合わせて心配は無用だろう。どうせテオドールはいつも皆と一緒にいるんだろうし、うちのヤコフも付いてるからな」
腕を組みながらユーリが語る。ユーリの継嗣ヤコフは留学に出ている貴族子女の最年長であり、実質的に学校における皆の保護者を兼ねている。
「ヤコフくんの手紙はどうだったんですか?」
「……まるで仕事の報告書だな。留学生活が問題ないということは伝わってくるが」
「ええ、本当に。もう少し個人的なことを書いてくれてもいいのに……まあ、あの子らしいといえばあの子らしいけど」
アンナの問いかけにユーリがため息交じりに答え、マイも頷く。それを聞いたアンナも他の者も、納得した顔で微苦笑を見せる。ヤコフの賢さと生真面目さは、誰もが知るところだった。
「ラドレーさんのところのサーシャちゃんは……武芸に夢中だったりするんでしょうか?」
「当たりだ。王国貴族の子弟どもと、模擬戦やら何やらの稽古に明け暮れてるらしい。年上の男にも勝っただの、二対一でも勝っただの、まあ楽しくやってるみてえだ」
バートが尋ねると、ラドレーは頷く。表情がやや渋いのは、娘のお転婆な気質に少しばかり呆れているためか。
「それじゃあ、ある意味でうちのニコライが一番普通ってことか……」
呟くようにペンスが言った。
ニコライからの手紙は基本的に平凡な内容だったが、アマンダの王国貴族子弟に対する振る舞いをひどく心配し、彼女を未だ意識しているのが明らかだったことについては、親心として触れずにおく。
「……結局、皆楽しくやってるってことですね」
「そうなるな。元々大して心配はしていなかったが、何よりだ」
この話題を始めたバートがまとめるように言い、それにユーリが首肯して話題を締める。
子供たちが留学生活を満喫している頃、彼らの故郷アールクヴィスト大公国は変わらず平和だった。




