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第18話 紅茶とケーキと子猫の夢と(3)

 自宅への道を一筋外れ、偏也とミアは近所のスーパーへ向かっていた。


「ヘンヤさん、スーパアってなんですか?」

「んー、そうだなあ。商店街は向こうにもあるだろ? ああいう肉とか野菜とか日用品なんかが一度に買える店だよ」


 ミアの質問に偏也が答える。言われ、想像したミアが目を丸く広げた。


「なんでも買えるお店ってことですかっ!?」

「はは、なんでもってわけじゃあないけどね。ただ、生活必需品とかは大抵揃うかな」


 話を聞きながら、ミアはほぇえと感心する。素材や技術の進化は想像できても、販売形態の進歩はそうもいかない。

 機械化などが文明の進歩の華だが、実のところ形を持たぬ発明が暮らしを大きく変えるのだ。たとえば通信販売ともなれば、もはやミアの理解の範疇を越えているだろう。


 ただ、スーパー自体はミアも気に入るだろうと、偏也はすたすたと前に進む。

 大きめの歩幅に追いつこうと、ミアは尻尾を揺らしながら頑張って付いていくのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ふぁあ、おっきいですぅ」


 スーパーに入った瞬間、ミアはきらきらと顔を輝かせた。

 辺りを見回し、その広さに目を丸くする。


「これだけ大きかったらなんでも売ってそうですぅ」


 ファミレスも驚いたが、敷地の大きさだけならばその何倍と大きい。あまりに広いスーパーのフロアに、ミアは少しだけ不安そうに天井を見上げた。


「天井落ちてきませんよね?」

「ははは、大丈夫だよ」


 ミアの心配に笑いつつ、偏也もちらりと柱を確認してしまう。言われてみれば、こんな広大な空洞の上に駐車場が乗っかっているのだから不思議だ。


「にゃへぇ。要は商店街がひとまとめになってるんですねぇ。買い物しやすくていいです」

「そういうことだ。会計も一度でいいしね」


 入ってすぐの青果コーナーを興味深げに見ているミアの横で、偏也はカートとカゴを用意する。ミアが振り返り、興奮したように鼻を膨らませた。


「にゃんですかそれはっ!?」

「ん? カートだよ。このカゴの中に買いたいものを入れていくんだ」


 そう言いながら、偏也は青果コーナーを見下ろす。バナナが一房100円。たまに食べたくなるよなと思いながら、偏也はミアにレクチャーするようにカゴへバナナを入れた。


「覚えてくれよ。君も一人で来なくちゃいけないんだから」

「へっ? 私がですか?」


 きょとんと顔を上げるミアに、当然だろうと偏也は頷いた。


「いつも僕がこうして付いているわけにもいかないからな。遠出はともかく、近所で夕飯の準備くらいは買えるようになってくれないと」

「が、頑張りますっ!」


 偏也の言葉に、ミアは気合いを入れて尻尾を立てた。まさか単独行動が許されるとは思っていなかったので、ミアのわくわくが止まらない。


(異世界人を一人にするのもどうかと思うけど……まぁ大丈夫だろ)


 交通ルールは教えたし、それにミアはなにも野蛮人ではないのだ。むしろ常識人度合いとしては、最近の若者よりはよっぽど礼儀正しい。

 耳と尻尾も、ここまでくればむしろコスプレで通るだろう。


「お金の種類や数字は、また後で詳しく教えてあげよう。お釣りはミアくんの好きに使いたまえ」

「にゃっ!? い、いいんですかっ!?」


 こくりと頷く偏也に、ミアの顔が太陽のように輝いた。自分のものが買えると知って、ミアのスーパーを見る目がよけいに煌めく。


「今日は特に夕飯の買い物はないからな。ミアくんの欲しいものがあったら買ってあげるよ」

「ほ、ほんとですかっ!? ヘンヤさん優しいですっ!」


 褒められて、ありがとうと偏也も軽く返しておいた。実のところ、偏也としてもミアが一喜一憂している様子が見ていて楽しい。それに、ミアがなにを欲しがるか偏也としても興味がある。


 ミアに商品を紹介しつつ、偏也はカートに少しだけ体重を預けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「本当にそれでいいのかい?」

「はいっ!」


 部屋干し用のハンガーを嬉しそうに抱えるミアを、偏也は少し納得がいかないような顔で見つめた。

 約40個の洗濯ばさみが装着されている変形式の吊り下げハンガーは確かに優秀だが、なんだかなぁと偏也はポケットに手を入れた。


「がしゃーんて! がしゃーんてなるんですよ!」

「そうだね。いっぱい乾かせるしね」


 家事に関するものを選ぶのが、ミアらしいといえば彼女らしい。これで洗濯も捗るというものだ。


「出かけるときは、スーパーまでだからね。夕食までには帰ってきておくように」

「任せてください! おいしいの作ってまってますよ!」


 はしゃぐミアに、偏也も思わず微笑んだ。真面目なミアのことだから、言いつけを破るようなことはしないだろう。

 実際、ミアの作る食事は美味しいのだが、いかんせん食材は向こうのものだった。偏也としても、日々の食事のグレードが上がることは歓迎したい。


「そうそう、もしかしたら君の種族について聞かれることがあるかもしれない。その耳はどうなってるんですかってね」

「ふにゃ?」


 これだけは言っておかねば。そう思い口を開いた偏也をミアが仰ぎ見る。ミアの耳と尻尾を見下ろしながら、偏也はにやりと笑みを浮かべた。


「そのときはこう答えるんだ」


 とりあえず、こんなもんでなんとかなる。


「コスプレですとね」


 きょとんと話を聞いているミアを見ながら、偏也は愉快だと前を向いた。


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