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第13話 異世界チーズハンバーグ(1)

「あ、あの……で、ででで、デートってッ!?」


 鏡を抜け、世界の境界を越えたミアは涼しげな偏也の顔を追いかけた。

 ミアの困惑を当然のように受け流しながら、偏也はきょろきょろと部屋の中を見回す。


「そのままの意味だよ。今晩の夕食をオジャンにしたのは僕の責任だからね。君に作らせるわけにもいかないだろう? 奢るよ」


 澄ましたように言われ、ミアの頬がカァと染まる。言っている意味は分かるが、言い回しが卑怯である。ミアは眉を寄せて抗議した。


「た、ただの外食じゃないですかっ!? だったら、この前もギュードン食べに行きましたしっ!」

「あれは仕事の一環だろ? 今回は君をディナーに誘っているんだ」


 上着を着替える偏也を見ながら、ミアがうぐぐと口を噤む。

 正直、偏也に下心などはないことはミアには分かっているのだ。しかし、それはそれで女心が複雑になるというものである。


(ヘンヤさん、私のこと子供だと思ってるからなぁ)


 歳の差はあるが、向こうの世界ではミアも立派な成人女性だ。なんとか一矢報えられないかと、ミアは澄まし顔な主人を上目で見上げた。


 ちらりと覗いた視線が偏也と交わり、ミアの身体がびくりと竦む。


「そうだ、なに食べたい? 好きなものでいいぞ」

「へっ? ご、ご飯ですかっ?」


 いきなり言われびっくりしたが、こくりと頷いた偏也にミアはどうしようと動きを止めた。

 平たく言えば、美味しいものにありつけるチャンスである。なにを言ってもいいのだろうかとミアの頭に好物がぐるぐると回る。


 けれど、この世界の食べ物なんてミアは知らない。この間の牛丼も、素晴らしく美味しかったがミアは想像すら出来ない料理だったのだ。


「まぁ、急に言われてもあれか。……肉とか魚とか、辛いとか甘いとか、そういうのはあるかな?」


 偏也に言われ、ミアはハッと顔を上げる。なんの気なしに言ったひとことだが、その中にミアにとっては聞き逃せない言葉が入っていた。


「あ、甘いものもアリですかっ!?」


 ぴんと、耳も尻尾も立っている。食い気味な様子のミアに、偏也は合点がいったと頷いた。


「ああ、なるほど。そういえば、向こうでは砂糖は貴重品だったね」


 ミアの住む世界では砂糖は貴族くらいしか口に出来ない高級品だ。蜂蜜などの代替品もあるにはあるが、それにしても庶民が気軽に買える値段ではない。


 結局買っただけで使ってはいないが、部屋のキッチンの戸棚にある砂糖を見たらミアは卒倒するだろうなと、偏也は思わず笑みを浮かべてしまう。向こうの世界でならば一袋で下手をすれば家が建つ。


「ふむ……それなら、デザートのある店にしようか」


 偏也が店の目星をつける頃には、ミアは興奮したようにふんふんと元気に尻尾を揺らしていた。



 ◆  ◆  ◆



「って、こ、これに乗るんですかっ!?」


 マンションの駐車場、停められている乗用車を見てミアは困惑の声を上げた。

 震えるミアに苦笑しながら、偏也が大丈夫だとキーを見せる。


「車が動いているところは何度か見ただろう? 僕が運転するんだし、安心しなさい」

「へ、ヘンヤさんが操縦するんです……?」


 遠隔操作で鍵を開け、助手席の扉を開ける偏也をミアは不安そうな瞳で見つめた。

 向こうの世界にも馬車はあるが、運転するのは車掌である。というか、ミアの想像ではなにもせずとも勝手に目的地まで連れて行ってくれる魔法の箱か何かかと思っていたので、尚更不安だ。


「大丈夫ですか? 事故しないでくださいよ?」

「少しは自分の主人を信頼したまえ」


 ここまで怖がられては、むしろタクシーの方がよかったかなと偏也は眉を寄せた。しかし、逆にこう言われては乗せたくなるのも人情である。

 安全運転を心がけつつ、偏也はニヤリと笑ってミアを助手席へと案内した。


「……そうそう。そこに座って、このシートベルトを付けて」

「こ、こうですかっ?」


 緊張しているミアへシートベルトを引っ張っていく。前を塞がれて胸を鳴らすミアには気づかずに、偏也はミアの胸と腰にベルトを回した。

 しっかりと装着されていることを確かめて、偏也はよしと頷いた。


 助手席の扉を閉めて、自身も運転席へと乗車する。

 ふと、エンジンをかけるときに偏也の脳裏にとある事実が思い浮かんだ。


「ど、どうしました?」


 僅かに止まった偏也の動きに、なにか問題でもあったのだろうかとミア

が心配そうな瞳を向ける。

 それに小さく微笑んで、偏也はハンドルに手をかけた。


「なに、なんでもない。それじゃあ行こうか」


 車のタイヤが回り出し、鉄の箱が動き出す。ぎゅっとシートベルトを握りしめるミアを横目に見ながら、偏也はくすりと微笑んだ。


 ネコの耳に、尻尾は背中に隠れて見えない。

 けれどどこか愛嬌のあるメイドを助手席に乗せて、文明の利器は公道へと走っていく。


 あんぐりと口を開けているネコ耳の少女を横に、偏也は記憶を辿っていた。

 思い起こせば、少なくともこの車ではそうらしい。


 不思議なものだと、偏也は異世界から来た少女をちらりと覗いた。

 少し悩んで、けれど唇が勝手に動く。


「隣に誰かを乗せたのは初めてだよ」


 耳がぴょこんと動いたのを確認して、偏也は夜の道を微笑みながら見通した。

 そして、ハンドルを握りしめる自分にハッと気がつく。


 顔を歪め、しかし、まぁいいかと息を吐いた。


「今夜は酒はなしだな」


 少々残念に思いつつ、それでも車は進んでいく。

 時計を確認すれば、時間は午後10時。


 さてなにを食べようか。



 どこに連れて行かれるかも知らぬまま、ミアは流れていく窓の外の光をただただその目に焼き付けるのだった。

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