俺に気があるスタッフがコンドームを1000箱誤発注した様です……
「店長すみません……」
裏で休憩していた時、スタッフ二年目の長峰さんが慌てて俺を呼びに来た。明るく丁寧でお客さんからも他のスタッフからも好かれている。
今はクリスマス用にサンタの帽子をかぶっており、とても良く似合っているとよく言われていた。
そんな彼女が神妙な面持ちなのだ。ヤバいトラブルかと思い、すぐに食べていたおにぎり(売れ残り)を口に詰めた。
「うわぁ……」
長峰さんが通路に置かれた段ボール箱の山を指さし、バッと頭を下げた。
「すみません! 注文を間違えて大量に頼んでしまいました!!」
何度も頭を下げる長峰さん。
まあ、誤発注はよくある事。大丈夫。
「まあまあ、生物じゃなければ時間をかけて売るかセールするか、自分達で食べたり使えばいいから」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「で、中身は?」
「え、あ……その……」
歯切れが悪く、言い出しにくいそうに視線が泳ぐのを見て、そっと一箱を開けてみた。
中にはコンドームの箱がビッシリと詰まっていた。
「……うん、まあ……うん」
段ボール箱には【100箱入り】の文字が。
段ボール箱は10個、つまり全部で千箱のコンドームが在庫されてしまっている。
ここで一つ言っておかねばならない。
「ウチ、コンビニなんだけど……」
確かに元々コンドームは置いてあるけど、せいぜい在庫10箱くらいだ。
「店長に使って頂けるなら」
「使いません」
「──えっ?」
「どう使えと?」
彼女は視線を箱と俺で往復させた。
「……こう、スポッと?」
「違う違う、使い方じゃなくて」
「私、店長となら……」
「こらこらこらこら、どさくさに紛れて一箱開けようとするんじゃない」
彼女はまだ十九歳。大学受験に落ち、浪人しつつもバイトをしながら日夜勉強に励む健気な若者だ。
それがなんの気の迷いか勉強のし過ぎかで、俺みたいなもうすぐ五十路のオッサンに気があるみたいな感じになってしまい、正直困っているのだ。
どうせ気の迷いだ、こっちがその気になってもいきなり冷めてフラれてSNSに『勘違い店長ウザすぎ』とか書かれて晒されるのがオチだろう。
「店長が悪いんですよ? これだけアピールしているのに、ちっとも振り向いてくれないから。もう避妊具十箱くらい頼んで店長の家に押しかけてやろうと思ったら……」
「0を二つ間違えた、と?」
「0を入れる所を間違えて、クリスマスイベント用のチキンが1個に……その時徹夜で勉強していたせいでよく覚えてなくて……」
「なにーっ!?!?!?!?」
レジ横の温めるやつを急いで確認する。
チキン用に開けたスペースが、全く有効活用されておらず、ガラガラのスカスカで無を売っている状態だ。
「ヤバいヤバい。大量の避妊具よりも、チキンが無い方がヤバいって。クリスマスなのにチキンが無いのはシャレにならないって」
「すみません……」
大手チェーンと違い、名も無き弱小コンビニのウチは他店から在庫を回してもらう事も出来ない。今から頼んでも間に合うかどうか……。
「コンドーム、温めますか?」
「いや、これは温感ジェルが着いてるから大丈夫──って、そういう問題じゃなくて……」
まずは落ち着こう。そして問題点を洗い出して一つずつ解決していこう。
まずはチキンだ。売り上げに直結するイベント品を今すぐに用意する必要がある。
「よし、肉まんあんまんを二つ以上買うと次回使える割引券を今から作ろう」
「わ、分かりました!」
幸い中華まん系の在庫は多めに取ってある。これで凌ごう。次なる問題は通路を圧迫してる大量のコンドームか…………ちょっとこっちは考えても良いアイデアが出ない。後回しにしよう。
「店長、割引券出来ました!」
「はやっ」
店内のプリンターで出力した割引券をハサミで切り、とりあえず百くらいの割引券を準備した。
どれくらい効果があるかは分からないが、この際仕方ない。
「……って長峰さん何やってるの?」
「コンドームをタバココーナーに置いてます。番号で買えるように」
「…………」
ちょっとその感性がよく分からないけど、レジに直接持っていくよりは頼みやすい……のか?
「あ、それと69番……てな感じで頼んで貰えれば」
「まあ、うん、まあ、やってみるだけやってみようか」
「1カートン買うと一箱サービスとかどうですか?」
「そんなに買う!?」
「す、すみません……」
長峰さんの表情がズン、と暗くなってしまった。
頭ごなしに否定するのは良くなかった。明るい長峰さんが暗くなるのは良くない。店内の雰囲気的にもとても良くない。
「ゴメンゴメン、もしかしたら一人くらいは居るかもね。ハハハ……」
「…………」
しかし、長峰さんはそれっきり終わりの時間まで表情が暗いままだった。
「……お先です」
「あ、うん。お疲れ様でした…………」
長峰さんが帰った後、すぐに若いチャラチャラしたカップルが来店し、お酒、軽食、お菓子を手にレジへ。
「……アレってなんすか? 69番のやつ」
「え、あ、アレですか? 避妊具です」
「は?」
まあ、それが普通の反応だよね。
「一つ下さい」
「なんで!?」
言動の不一致に思わず素の感想が出てしまった。
「すみません何でもないです。今なら1カートンご購入頂けると一箱サービス致しますが、如何なさいますか?」
「じゃあ下さい」
「なんで!?」
性なる夜のせいなのか、何故かその日はコンドームが爆売れし、一日で段ボール一箱がもう少しで無くなるくらいまで減った。
翌日、長峰さんは昨日の帰りと同じ表情でやって来た。
「……おはようございます」
「おはよう長峰さん。ちょっと良いかな?」
来たばかりの長峰さんをスタッフルームへ呼び、すぐに頭を下げた。
「昨日は申し訳ない事をした。どうか許してほしい」
「……え?」
「長峰さんは一生懸命やってくれた。それなのに俺は頭ごなしに否定して。長峰さんのアイデアはどれも素晴らしいものだった。その証拠に昨夜一晩で百箱近く売れたんだ」
「……店長」
「この通り、すまなかった」
「……私、店長に嫌われたと思って……全部買い取りしてお店も辞めようと思って……グスッ」
長峰さんがポケットから封筒を取り出した。表書きに【退職届】とあった。
「いやいやいや、辞めないでくれ! 長峰さんが居るからウチは保っている様なもんなんだ! 明るく元気な長峰さんが辞めたら、ウチはたちまち潰れてしまう……!!」
「でも……失敗ばかりで」
「大丈夫! 長峰さんのアイデアですぐに全部はけるって! 責任は俺が持つから! ね?」
「……ほ、本当に私のアイデアを採用して良いんですか?」
「ああ! 遠慮なくドンドン言ってくれ!」
「……じゃあ」
そう言って、彼女は段ボール箱から避妊具を手に取り、封を開けた。
「店長が使うってアイデアも、勿論採用してくれますよね?」
「──え?」
彼女の両腕に引き寄せられ、嗅いだことの無い匂いと柔らかさに包まれた俺は、その日初めてコンドームの使い方を知った。




