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飼い慣らされた魔獣

 初めてお父さん以外の男の人に抱き上げられちゃった……。


 落ち着け、落ち着け私……!! これは学園の課外学習で、わたしは聖女候補なんだからこんな事でドキドキしてちゃだめだ。


 現にサイラス君はさっきの事を一切意に介さないでてきぱきと設営の準備を進めてる。私が変に意識したらサイラス君にも失礼だ。


「わ、私、お馬さんに乗るのは初めてだったのに凄く乗りやすかったよ! 気を遣ってくれたのかな? ありがとうディートリッヒ」

「ブルルル……」


 深呼吸しながら、気を紛らわせるために大人しく私の傍で立っていたディートリッヒの頭を撫でる。


 それにしても物凄い筋肉……ディートリッヒはなんて品種のお馬さんなんだろう? 近くで見たのは初めてだけど、心なしかディートリッヒは普通の馬よりも一回り大きいような気が――。


「ヒヒィーン!」

「あ、ごめん!」


 考え事をしながらディートリッヒの頭を撫でてると、たてがみに隠された突起に爪が引っ掛かっちゃった。痛かったってことはもしかして出来物かな?


「回復魔法で治療してあげるね?」


 ほんの少し引っ搔いただけで大きな体をのけぞらせる位痛がるなんて心配だ。落ち着きを取り戻してもう一度頭を下げてくれたディートリッヒのたてがみをそっと掻き分けると、円形の突起が二つ姿を現した。


「鹿の角が生え変わる時に見える菊座にも見えるけど、なんだろこれ……?」

「エリス様、お待たせ致しました」


 声を掛けられて振り向くと火が灯された焚火と立派な天幕、そして夕食用の食材と調理器具の準備までされてる。


「ちょ、サイラス君!? 私も手伝うって言ったのに……」

「力仕事だけ済ませておきました」

「野営の準備はほぼ全部力仕事だよ!?」


 サイラス君は善意で動いてくれてるのは分かってる。実際、野営の経験が無い私が手伝った方が逆に邪魔になっちゃうのも分かるけど……。


「……サイラス君」

「なんでしょうか?」

「野営の準備をしてくれてありがとう。色々と気を遣わせてごめんね?」

「……なぜ謝られるのですか?」


 なんでそんなに悲しそうなの……? 初めて聞くサイラス君の声色に焦る。


「私が何かしてしまったのでしょうか?」

「え、えっとね! 旅に慣れてないわたしの為に色々と動いてくれてるのは凄く伝わってくるし、感謝してるよ! でもね、一緒に旅をするんだから私がずっとサイラス君に頼りっきりなのは良くないと思うんだ」

「……申し訳ありません、エリス様のご負担を減らしたかったのですが……」


 いつもの威風堂々とした姿からは想像できないくらいシュンとしながら、肩を丸めたサイラス君の姿に動揺して無意識に撫でやすい位置にあった頭を撫でる。


「わ、私の方こそ力になれてないのに注文だけ多くてごめんね! 適材適所の方が効率良いのも分かるし、私が手伝った気でいられる様に簡単な仕事を残してもらうのもなんだか違うと思う! でも、少しずつでいいから私も野営の経験を積ませてくれると嬉しいな!?」

「勿論です」


 慌てて早口でまくし立ててる間にサイラス君が頭を上げたから、さっと彼の頭に置いていた手を引いた。


「あ、ありがとう! 私が手伝える仕事を割り振って貰ったり、当分は余計にサイラス君に負担を掛けちゃうことになるかもしれないのが申し訳ないけど……少しでも早く頼りになれるように私頑張るから!」

「一切負担ではないのでご安心ください。一緒に頑張りましょう」


 ちゃんと話して良かった……サイラス君の声色が元に戻って、心なしか表情もすっきりしてる。後でどさくさに紛れて頭を勝手に撫でちゃったのを謝らないと……。


「ブルル」


 火傷しそうなぐらい熱い右手を頬に当てながら考え事をしてる裏で、ディートリッヒの息遣いが聞こえて来てはっとする。


「そうだ! ディートリッヒの頭の出来物について何か知ってる? 問題なければ回復魔法を掛けてあげたいんだけど」


 出来物に着いて聞いた瞬間、一瞬サイラス君の目付きが鋭くなった様に見えたけど何かおかしなことを言っちゃったのかな?


「ディートリッヒの……あの突起は生まれつきの物で回復魔法では治療できません。触る事を控えて頂ければ問題ありません」

「そうなの?」

「はい、必要な手入れは私の方でさせて頂きます。念のため状態を確認致しますね」


 さっきのは見間違えだったのかな? 穏やかな空気を纏ったサイラス君にそう説明されて安堵する。確認して貰えるなら安心だ。


 ディートリッヒの方に向かって歩き出したサイラス君がおもむろに足を止めてこちらに振り向く。


「調理番だけ押し付けてしまう様で大変心苦しいのですが……私は料理の技術だけはどうしても習得できず、エリス様にご協力頂けると大変助かります」


 以外だ……なんでもできそうなのに。


「それじゃあ、ディートリッヒの確認が終わったら夕食にしよう! 調理は私に任せて、こう見えて結構料理は上手なんだよ!」

「ふふ、楽しみです。よろしくお願い致します」


 眩しい、サイラス君の笑顔が眩し過ぎる……やばい、見栄を張って料理が得意って言っちゃったけど大丈夫かな!? ちゃんと作らないと……!!


――――――――


「ディートリッヒ」

「ヒ、ヒィーン……」

「わざわざ切り落としてまで隠したのに角に気付かれたと言う事は、エリス様に撫でて貰ったようですね?」

「ヒーン……」

「エリス様をその背に乗せる栄誉だけでは飽き足らず、それ以上を求めるのは魔獣(バイコーン)の性でしょうか?」

「ブルル、ヒーン!」

「エリス様に危害を加えたら……分かっていますよね?」

「ヒヒーン!!!!」

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