崖っぷち聖女候補
「さあ、出番ですよ?エリス様」
「むりむりむりむりむり!!!!」
「ふふ、大丈夫です。エリス様なら出来ます」
「私の浄化魔法じゃ無理だよ!!!!」
右手で首元を握り潰してた悪霊から手を離して、サイラス君が腕を組みながら嘆息する。
「ふーむ……浄化魔法に慣れて頂くのに丁度良い低級霊だと思っていたのですが」
「ぐっ、後悔させるぞ!! 愚かな人間よ!!!!」
「それ、違うから!! 絶対に低級霊じゃないから!!!!」
どうしてこんな事に……!!
――――――――
「エリス、呼び出された理由は分かっていますね?」
「はい……?」
また何かやっちゃったのかな……? 学園長室に呼び出されたのは今回で何回目だろう……ケルン聖学園に入学したのが一昨々年で、毎月何かしらの理由で呼ばれてるから――。
「……話し合い中に考え事をする癖はまだ直っていないみたいですね?」
「す、すみません……」
「まったく……エリス、私はあなたが頑張っている事も才能がある事も分かっています。だからこそ心配なのですよ?」
耳が痛い。学園長の推薦で学園に入学してから私なりに頑張ってるつもりなんだけど……。
「まだ上手く魔力を扱えなくて……宝の持ち腐れですよね……」
「そんな事はありません。今は上手く扱えていないだけで、いつかエリスの癒しの力は人々を救いに導く奇跡に昇華されると私は信じています」
前から思ってたんだけど、ちょっと回復魔法が使える田舎娘に学園長は期待しすぎじゃないかな? 学年でも下から数えた方が早い成績なのに……。
「……私には勿体ない評価です」
「エリス……今は難しくても、いつか私の言っている事をあなたが理解できる日が必ず訪れます」
「そ、そうでしょうか……」
「必ずです……話が反れてしまいましたが、今日エリスを呼び出した用件はこちらについてです」
学園長が机に置いた紙を見て、それが何なのか気づいてすぐに視線を逸らす。
「まだ課外学習の書類を提出していませんね?」
聖女候補と聖騎士候補のペアで実施する課外学習は、学園の卒業にも履修が必須だ。歴代の聖女に倣って、学園外での奉仕活動を通して経験を積む事が目的らしいけど……。
「えっと、その、相手が……」
成績が悪い私と組みたい聖騎士候補生なんていないし、課外授業自体が好きな人といちゃいちゃできる口実扱いされてるから、田舎娘の私が誘われるわけないじゃん!
「ちゃんと相手は探しましたか?」
「探して、恥を忍んで頼みまくりましたよ! ふふ、全員に断られましたけど……」
最後の方はもうやけくそで、手当たり次第にお願いしてたから記憶も朧気だけど……確か途中で書類も無くしちゃってどうでも良くなって帰っちゃったんだよね。
「えっと、すみません……書類も無くしちゃって新しいのを貰うのも気まずくて――」
「書類ならこちらにあるじゃないですか?」
「へ?」
学園長がさっき差し出した書類を指さしてる。
「えっと、これ私の書類じゃないと思いますよ……? 聖騎士候補の名前の欄が埋まってます」
「サイラスも困っていましたよ? エリスが自分の名前を空欄にしたままの書類を渡して来たので、自分の名前を記入してからわざわざ届けに来てくれました」
「サイラス、君……??」
聞いたことが無い名前だけど、私の学年にそんな人いたかな……ってそれよりも!?
「私と組んでくれるんですか!?」
「そうでなければ名前を記入しないでしょう」
え、本当に?? いいのかな、私なんかで……。
「何を考えているのか分かりませんが、課外学習をこなさなければ留年は確定ですよ?」
「うっ……」
「それにサイラスはエリスと相性が良いと思います。共に成長できるいい機会だと思いますよ?」
「そ、それじゃあ……」
優しく微笑む学園長に促されるままにそのまま書類に署名しちゃったけど……本当に大丈夫かな?
――――――――
「よ、よろしくお願いしまふ!!」
「よろしくお願いします、エリス様」
書類を提出した翌日。課外学習の旅程を組むためにもう一度学園長室を訪れると、サイラス君もそこに居た。
盛大に噛んだのに、つっこまずに微笑むサイラス君の笑顔が眩しすぎる……。
ウェーブの掛かった肩まで伸びた茶髪、王城の見学で見た近衛兵顔負けのがっしりとした巨躯、澄んだサファイアみたいなぱっちりとした目……一目見たら絶対忘れ無さそうな風貌なのに、私あの時かなりテンパってたんだ……。
「えっと、同級生だし様付けで呼ぶのも敬語も無しにしよう?」
「ですが、大聖女になり私が仕える主となる方に対して失礼を働く訳には……」
「へ?」
サイラス君、気が早いと言うか物凄い今後の人生設計に私の事組み込んでない? 大体私が大聖女になんかなれるわけないのに。
「エリス。今はまだ聖女候補ですが、聖女としての立場を意識する練習の意味も込めて、サイラスの言葉遣いは今のままでいいと思いますよ」
「が、学園長?」
「早速ですが、課外学習の日程は最長で設定できる半年にしようと考えています」
「え!? 二カ月以上は困ります!!」
素っ頓狂な声を上げた私を見て、学園長だけじゃなくてサイラス君も驚いた様子で目を見開いてる。
「えっと、実家へ仕送りがまだ二カ月分しか貯まって――」
「エリス、ご実家に仕送りをする事自体は大変結構ですが……そのお金はどこから捻出しているんですか?」
「あ!?」
やばい、学園に内緒でバイトをしてるってバレたら……!!
「……まぁ、いいです。エリスのご実家については、あなたを学園に推薦した私が責任を持ってどうにかするので心配ありません」
「え、えぇ……? 良いんですか……?」
「学業でお忙しいのにバイトをしてご実家に仕送りまでしているとは、何たる慈悲の心。流石未来の大聖女様だ……」
サイラス君、やめて! せっかく学園長が流してくれたんだから明言しないで……!




