第七十九話 見事なまでの掌返しだな
エッカルト側に就いた兵士及び騎士が宮殿へ続く唯一の門の前に陣を敷いていた。急遽作り上げたのだろう、樽やら家具やらを積み上げ背の高さほどの壁を作り、その向こうに身を隠している。積み上げただけの壁でも夜の闇の中では強固な城壁に匹敵していた。
石造りの壁に囲まれた宮殿へは入るにはそこを突破するしかない。裏口は当然あるが、数十人が一気に通れるほど広くはない。狭いということは各個撃破されることを意味していた。
リクとしてもそんな作戦は取れない。手駒はアルマダにつけられた数十の兵士たち。先だって派遣した兵士たちも陣に邪魔され攻めあぐねていたのだ。
ならばどうするか?
リクの能力をフル活用した、正面突破である。異能の力でねじ伏せるのだ。
リクが率いる兵士たちに対して篝火で赤く染まる宮殿前の広場の陣の背後から矢の雨が降り注ぐ。羽が空気を引き裂く悪魔のような音を引き連れる。
「邪魔だァァッ!」
カレンとオーツを背後に隠したリクの怒号が木霊する。リクの怒りの一撃は、石で舗装された通路の下からやってきた。
うっそうと生い茂る林そのものを地中から盛り上がらせ、矢の弾き、明後日の方角へと追いやった。
出現した木々は矢だけではなく、陣そのものも襲った。
樽が、テーブルが、本棚が、巻き込まれた兵士が、葉で覆われた枝に突き上げられ、赤く塗られた公都の夜空を舞う。
「ぎゃぁぁ!」
「化け物だぁ」
「余所見してんじゃねぇえ!」
「いでぇぇぇ!」
地面に落ちてぐしゃりと砕ける樽が巻き上げる砂塵に紛れ、リクが投擲するカボチャが兵士の顔面にヒットする。地面に落下した衝撃で砕けたテーブルの破片に襲われた兵士がうめき声をあげ膝をつく。広場には壊れた家具の部品が転がり、竜巻に襲われたと錯覚するほどの惨状だ。
「あたれぇ!」
「もったいないけど、仕方ないんだぁ!」
「なんか楽しいな、これぇ!」
リクに続くようにカキやらタマネギを投げつける兵士たち。矢の代わりに野菜が飛び交う戦場は傍から見れば滑稽そのものだが、公国の将来がかかった戦いに当の本人たちは死に物狂いで戦っているのだ。
怒号と悲鳴のアンサンブルが響く宮殿前の門は、子供の喧嘩の様な戦いを繰り広げていた。
「お、おたすけぇ!」
「手前で最後だぁ!」
「ぎゃぁぁ!」
林を駆け抜けたリクは、握りしめたカボチャを逃げ出そうとする兵士の背にぶち当てた。
「イデェェ!」
痛みでのた打ち回る敵兵士の拘束は引き連れてきた者たちに任せ、リクはカレンの手を引き、ガラクタが転がる門を潜り抜けた。オーツがその後を必死に追いかけている。
リクは途中、落ちていた松明を拾い上げる。宮殿へと続く石の通路が迷わないように教えてくれた。
「後ですっごい怒られそうなんだけど!」
「後があるだけ良いだろうが! これを突破しねえと後なんてねえんだよ!」
「じゃあ怒られるのはリクだけにしてよね!」
「なんだよ、冷てえな!」
「あの、怒られるなら僕も怒られます!」
いつでもどこでも言い合いが始まる二人に混ざり、オーツも存在をアピールする。声を上げないと忘れ去られてしまいそうだったのだ。
三人は揃って駆けていく。闇の中の松明に赤く浮かび上がる三人を止める者はいない。
「攻撃が来ませんね」
「突破されるとは思ってない間抜けだといいな!」
門から走ること数分で宮殿が見えてくる。篝火で赤く浮き上がった宮殿は、禍々しさでグレードアップされていた。寒風も手伝って背筋がゾクリと撫でられる。
「ここまで来たら焦ることはねえ」
リクが足を緩め、歩みに変えた。後に続く二人の足音も静かになる。
「普段見ている宮殿と雰囲気が違って見えます」
リクの後を歩くオーツがごくりと唾を飲む音が聞こえた。門の喧騒は遠く、宮殿は沈黙していた。不気味な静寂が宮殿を包み込み、より無機質に感じさせている。
宮殿のいくつかの窓から明かりが漏れており、中に人がいることはうかがえた。あの明りのいずれかにエッカルトがいるのだろう。
「……ネイーシャは、両親を人質にとられています」
リクの背後からオーツの声が響く。小さい声だが闇に吸い込まれることなく、良く聞こえた。
「で、協力させられてるわけか」
「えぇ、祖父のリムロッド卿が亡くなり、炎の能力を引き継がされてしまいましたから。まだ五歳ですよ。自分の感情も抑えることができないからうまく炎の能力を使いこなせていなくって、暴走することもあるんです」
「ヘタすりゃ自分も焼け死ぬのか」
「……はい」
リクは足を止めた。前方から目を離さず警戒は怠らない。
「なんなのそれ。ひどすぎる!」
カレンの悲鳴に近い叫びが木霊する。
「なんとか、無傷で助けたいんです」
「駄々こねてついてきたのはそれが理由か」
オーツは答えない。
オーツがいればネイーシャがリクの話を聞いてくれるというのは建前だ。実際はネイーシャを守りたかったのだろう。
リクがいない間に相当揉めたのだろうが、オーツが押し切った。リクはそう感じた。
――白馬に乗った王子様ってとこか。ったく、ヴィンセントといいコイツといい、貴族の男ってのは一々格好つけたがるな。
リクが胸中でため息を吐いた時だった。
「やっと来ましたか。ずいぶんお待ちしていたのですが」
宮殿の入口から松明を片手に、鎧を着こんで完全武装のガスパロが姿を現した。いつものとぼけた笑みを赤い炎で怪しく浮かび上がらせ、宮殿への入り口を塞ぐように立ちはだかっていた。
静まり返る宮殿の中を、ガスパロと並んだリクが進む。ガチャガチャとガスパロの鎧が金属を擦りあわせる音を響かせるが、誰も出てこない。
壁につけられた明かりしかない薄暗い廊下を、四人が歩く。
「見事なまでの掌返しだな」
「我々は猟犬です。仕えるのは正当なる支配者のみ」
ガスパロがへらっと笑い肩をすくめる。背後を歩くカレンとオーツは黙って会話を聞いているのか、靴の音しか存在を感じさせていない。
「たいした忠誠心だな」
「将軍閣下にお褒めいただき感激の極み」
「チッ、厭味ったらしい」
ガスパロの鷹揚な言い方に対するリクの舌打ちが廊下のはるか先で反響した。
「で、あんたらが宮殿を占拠したってのか?」
「えぇ、表門で大騒ぎしている間に裏から侵入しました。簡単なものでしたよ」
「火事場の泥棒だな」
「少ないチャンスをものにするには、少々の不義も必要かと」
ふふっと笑うガスパロに、リクはまた舌打ちをした。宮殿内でお行儀が悪いにも程があるが、それを嗜めるような人物はすでに宮殿内にはいなかった。
「不義だらけじゃねえか」
「我らが仕えるは時の支配者。支配者が変われば忠誠を誓う相手も変わろうというもの」
ガスパロは飄々とかわし続けた。だが、彼ら憲兵はそうあれと教育されているのだろう、とリクは納得していた。
軍隊とは不条理があっても命令は絶対だ。彼ら憲兵もそれは変わらない。
ガスパロの立場もリクとさして違わない。不条理を理解しつつも、命令に従わなければ自分が処罰されてしまうのだ。
「で、その捨てられた哀れな元支配者はどこにいるんだ?」
「大公閣下の執務室に立て籠もっておいでです」
「炎使いも一緒か?」
「奥方様もご一緒です」
背後でぎゅっと拳を握りしめる音が聞こえた。リクは肩越しに顔を向け、唇をかみ、どうしたらいいのかわからないという顔をしたオーツを見た。
「そこの王子様が白馬に乗ってお姫様を助けに来てるから、結末はハッピーエンドしかねえんだよ」
リクは強面を歪め、ふっと笑った。
一行はいくつかの角を曲がり、階段を上がり、宮殿の奥へと進んでいく。曲がった角を数えていたリクは覚えてられないと、途中で投げ出した。
そして憲兵と思われる鎧を着こんで武装した兵士が数人が守っている扉の前についた。古めかしくも綺麗に彫刻が刻まれ、金で縁取られた華美な扉だ。国家の最高権力者にはふさわしいだろう立派さだ。
「さて、ここが大公閣下の執務室になります」
一歩前に出たガスパロが振り返り、慇懃に頭を下げた。




