57 フェアウェル、ユリア
「ついに行ってしまうんだな、実に名残惜しい……なんて言うと思ったか! さっさと出て行け! この色情狂どもめが!!!!!!!!」
翌日、僕たちはスペンサー伯のタウンハウスを、追い出されるように出立した……メチャクチャ怒っているユリアに見送られて。
「ユ、ユリア……」
「プププ……キャラが壊れてますよ、負け犬さん? いや、噛ませ犬さんですかね? プークスクス……」
「や、やめろよ、マキナ……」
「止めるな……マキナを止めるなよ、カケル」
ユリアは異様に低い声で言う。
「この場合はむしろ、マキナの態度の方が正しいのだ……というより、全ての元凶であるカケルに、いまのマキナを止める資格はないと言っていい」
「なんと言いますか……本当にすいませんでした」
「ふふふ……気にするなよ、カケル。君が心の底ではそう思っている通り、私はしょせんサンドバッグだからな……婚約を破棄されて打ちひしがれながらも、恥を忍んで仕官の話だけでも受け入れようと、涙ぐましい決意をして、慌てて部屋に舞い戻った私に……お前たちは……お前たちはあんなものを見せつけてきて……!」
「……」
訳)その節は本当にすいませんでした。申し訳なさ過ぎて言葉になりません。
「しかもあれだろ? 『仕官の話はなかったことにさせて欲しい』? 『マキナと一緒に旅に出たいから』? アハハハ……私は本当にサンドバッグじゃないか!? ボコボコにされっぱなしじゃないか!? 他にこの状況をどう言い表せるというのだ!?」
「……ざまぁ見ろ泥棒猫」
「ちょ、マキナ!?」
「ああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ユリアーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
やばいもう本当にメチャクチャだ! 誰か! 誰か助けて! 火を消して!
「フーーーーッ……さて、そろそろ真面目な話をしようか」
だが、頭を抱えて絶叫していたユリアは、急に大きく深呼吸をしたかと思うと、いつも通りの上品な様子に戻った……え? そういう仕組みなの?
「マキナ……君はカケルに『強くなれ』と言ったそうだな」
「はい」
マキナは真面目に応じる。
「……『強くなれ』と言った君と、カケルの能力や優しさを一方的に求め、自分から与えられるものと言えば爵位ぐらいしかなかった私……君が勝ったのは当然だ。泥棒猫と言われても仕方ない。すまなかったな」
「恐れながら……私は浅学非才の身で、女性としては、あらゆる面で閣下の方が上でした。こういう結果になったのは、ひとえに……カケルさんが、人形好きという、特殊性癖の持ち主だったからです」
「そうか……わかった。次はノーマルな男を探すことにしよう」
「そうなさってください」
「二人ともやめて?」
そういう仲直りの仕方はよくないと思うなあ?
「カケル」
次いで、ユリアは僕の方に向き直る。
「はっきり言えば、君のしたことは許せん。私は一生、君を恨むだろう」
「……甘んじて受け入れます。どうか、いくらでもお恨みください」
「だが……ベヒーモスとドラゴンの討伐は、誠に大儀であった。君のおかげで、多くの領民が救われた。その価値はいささかも揺るがない。君たちの功績は、後世に渡って語り継がれるだろう」
そうして、ユリアは僕たち二人に向き直って言った。
「二人とも……今すぐには無理だが、時が経って遺恨が和らいだ頃に、ぜひまた戻ってきてくれ……その時は、本当の友人になろう」
「「はい」」
そう言って、僕たちはユリアに、しばしの別れを告げた。
◇
カケルたちの姿が見えなくなった頃、執事のスティーブが、後ろからユリアのそばに歩み寄る。
「スティーブ」
生まれた時から仕えてくれているスティーブの気配を、ユリアは振り返ることなく察知する。
「私は……私はこんな気がしてならないよ……一生に一度しかないチャンスを、私は逃してしまったのではないかと」
「恐れながら、お嬢様」
スティーブは……久し振りにユリアのことを「伯爵」ではなく「お嬢様」と呼んでから……こう続けた。
「それは、お嬢様がまだお若いから、そう思われるのです……時が経てば、未熟さ故の思い込みだったと、わかるようになります」
「だけど、私はまだ未熟なんだ……私にはまだわからないんだよ……わからないんだ……」
「……ではお嬢様。こうお考えになってはいかがでしょうか」
ユリアの頬を伝う光の筋を、しっかりと見届けながら、スティーブは続けた。
「カケル様は、多くの人々を救いました……逃げ遅れた民衆を。愛するマキナ様を。そして最後には……ユリアお嬢様、あなたのこともお救いになったのです」
「私がカケルに救われた? どうして?」
スティーブは言った。
「愛していない男性と結婚する運命から、あなたは救われました」
「は……はは……なんだそれは……」
ユリアは力のない泣き笑いをしながら、スティーブの顔を見た。スティーブは、全てを受け入れるかのように、優しく、けれど少しだけ哀しい、そんな表情をしている。
「その理屈では……その理屈では、私はいつか、本当に愛した男と結ばれなければ、救われたことにならないじゃないか……無理だよスティーブ。そんなことは無理だ」
ユリアはフラフラと、スティーブの肩に寄りかかる。
そして、静かに泣いた。
「そんな男、現われるわけがない……」
「現われますよ、お嬢様」
スティーブはユリアの肩を抱いて、力づけるようにさすった。
「必ず、現われます」
「そうか……そうだといいな」
そう言ってユリアは、泣き腫らした顔で、カケルとマキナが見えなくなった方角を、いつまでも見つめていた。
◇
明日、12/12(土)の更新で最終回です。
同時に新作の投稿も開始する予定ですので、本作を気に入っていただけましたら、どうか新作の方もよろしくお願いします。




