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52 信じてっ!


 マキナの保有スキルについては、出会ったばかりの頃に一通り聞いていた。

 しかし、これまでそのスキルに関しては、大して気にも止めていなかった。


 盾や鎧はおろか、巨岩や城壁、果ては魔法までも斬ることのできる、最強の剣術スキル。

 しかし反動として、そのスキルを使った直後は立っているのがやっとになり、戦闘不能になる。


 副作用の大きさから、僕は「実際には使えないスキルだ」と思い、今日までそのスキルのことを完全に忘れ去っていた。

 しかし……思い出してみれば、これほどこの状況にぴったりなスキルもなかった。


 ……二重の意味で。




 建物が繰り返し揺れる中、僕たちは螺旋階段を駆け上がって、教会の尖塔を登った。


 先端部まで出ると、既に屋根はファイアボールの直撃を受けて吹っ飛んでいて、屋根を支えていたはずの柱も、腰の高さより上は折れて跡形もなくなっている。尖塔の上端というよりは、屋上と言った方がいい光景だった。


 僕が確認すると、遠くから見た通り、尖塔のすぐ背後は断崖絶壁に面していた。

 よし、これなら行ける……。


 反対側の遠くを見やると、教会から数十メートルの距離に、リトルドラゴンたちを従えたマザードラゴンがいた。

 僕たちが姿を見せると、マザードラゴンはファイアボールの乱射を止め、警戒した様子で僕たちをにらみつける。


 マキナが僕に背を向けて剣を構え、僕も杖を構えた。


 だが、リトルドラゴンたちは攻撃を仕掛けてこない。

 それも当然で、こちらが崖を背にしている以上、リトルドラゴンは背後からはもちろん、正面からのすれ違いざま攻撃も(崖に激突してしまうので)実行不可能。

 攻撃が来る方向が左右二方向からだけなら、マキナは十分に対処できる。


 つまり、僕たちが崖を背負うだけで、リトルドラゴンの攻撃は完全に無効化されたのだ。


 しかし、この布陣にも欠点はある。

 それは、この場を動けないということ。

 このままでは、ファイアボールの良い的だった。


 だから、僕は言った。

「マキナ……直撃弾だけを斬れ。流れ弾には反応するな」

「わかってます!」マキナは剣を構え直しながら言った。「こっちのことは心配しないで、カケルさんは魔法を! ……でも、本当に良いんですか?」


 マキナが肩越しにチラッとこちらを見る。


「あのスキルを使ったが最後、私は立ってるのがやっとの状態になって……」

「それでいい! 細かいことは聞くな! 来るぞ!」

「はいっ!」


 マキナが正面に向き直るのと、マザードラゴンが口腔を上に向けるのは、ほぼ同時だった。

 ……上?


 僕はマザードラゴンの頭の角度が妙に高いことを疑問に思ったが、気にしているヒマはなかった。


 今回の魔法は、長い詠唱時間が必要だ。一刻も早く詠唱を始めなくてはならない。

 そうして、僕はその魔法の詠唱を開始した。


 それは、いくつもの上級魔法を複雑に組み合わせた<大魔法エピックスペル>と呼ばれる超上級魔法。

 本で読んだことはあるが、実際に撃ったことは一度もない……しかし、できるはずだと思った。

 マキナが「天才だ」と言ってくれた僕なら。


 ドラゴンがファイアボールを放つ。

 思った通り、弾道が妙に高い。あれでは、着弾までかなり時間がかかる。


 僕はその間、詠唱を進めた。

 まず、上空に巨大な水の塊を生成し、風魔法でそれが落下しないように支えながら、雷魔法を使って水を電気分解していく。


 次に、電気分解によって発生した気体に、別の風魔法を使って遠心力を加え、重さの違う気体を遠心分離し、軽い気体だけを取り出す。

 これらの工程を並行して行い、十分な量の軽い気体(水素)が溜まるまで続ける。


 すると、ドラゴンの側に動きがあった。

 マザードラゴンは、今度はさっきよりもわずかに低い角度で、ファイアボールを投射したのだ。


 その瞬間、ようやく僕はドラゴンの狙いに気づいた。

(連続発射・同時着弾……!)

 頭の角度を徐々に低くしていくことで、発射から着弾までの時間が徐々に短くなる。

 これにより、別々に撃った多数のファイアボールを、同じタイミングで着弾させる、という芸当が可能になる。


 僕は驚愕した。ドラゴンにそこまでの知性があるとは思わなかったからだ。


 マキナは!? マキナは大丈夫なのか!?

 ほぼ同時に、しかしわずかに異なるタイミングで着弾してくる多数のファイアボールを、一撃で全て斬ることなんてできるのか!?


 ……だが、僕の心配は杞憂だった。

 微動だにしない背中。

 サーベルの柄を握りしめる両手。

 青い短い髪の毛だけが、曇天の下、風に流されて揺れている。


「大丈夫!」

 耳に心地よい声が、僕の心を温め、勇気づけてくれる。

「信じてっ!」


 僕は信じた。

 あの時のように、長々と考えることなく……僕は信じた。

 胸の中に、自然と湧き上がる、勇気と安らかな気持ちを……僕は信じた。


 僕は詠唱を続ける。

 溜めた軽い気体(水素)を、そのまま燃やすだけでも大きな爆発が起こるので、ダメージを与えられるかもしれない。


 しかし、この魔法の本番はここからだ。


 僕は溜めた気体を取り囲む球を作るように熱魔法を展開して、気体を高温に熱し始めた。

 生半可な高温じゃ無い。

 目指すのは、極超高温。

 地獄でさえ生ぬるいと感じるような、生きている人間には想像もできない圧倒的な熱さ。


 だがその間も、ドラゴンは次々とファイアボールを放ち……その数は五まで増えた。

 五発目は、直撃コース。

 つまり、これで撃ち止め。

 もうすぐ着弾。


 天頂から水平線まで。

 それぞれ異なる弾道を描いて飛んでくる、五つの火の玉。


 だが、それを見ても、僕は全く恐怖を感じなかった。


 だって、僕には、

「はああああああああああああああっ!」

 勇ましくそう叫ぶ、最強の前衛がついていたから。


 大きく剣を振りかぶったマキナは、全ての火の玉を、一度の斬撃の範囲内に収めるため、ギリギリまで引きつける。


 そして……

 五つの弾が、僕たちの視界、目一杯を埋め尽くすほどにまで大きくなった瞬間。


 マキナは剣を振り抜いた。


「<剣神ディバインソード>!」


 白い一本の線が。

 きらめく白刃が。

 曇天の空を、真っ二つに切り裂いて。

 列を成すように、連なって迫ってきた五つの赤い火の玉を……わずか一閃で、全て真っ二つに割った。


 瞬間、左右で爆発音。

 衝撃。

 猛烈な熱波。


 だが、確かに攻撃は防いだ。僕たちは二人とも無事だった。

 マキナは役割を果たした。

 なら今度は……僕の番だ。

 しかし……その前に、やることがあった。


「はあ……はあ……」

 マキナは肩で息をしながら、僕が作った「それ」を見上げていた。

 僕が展開した熱魔法はいま、高熱を帯びて白く発光する球体として、上空に浮かんでいる。

「カケルさん……あの魔法は一体……?」


 そう言って、肩越しに振り返ろうとしたマキナの背中を、僕は、

「ごめん、マキナ!」

 そう言って、思い切り蹴飛ばした。


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