51 起死回生の策
状況は一転して最悪になった。
人間でも、体重の軽い子供の方が、大柄な大人よりもすばしっこい、ということはよくある。
ドラゴンの親子にも、これはぴったりと当てはまっていた。
ドラゴンの子供、リトルドラゴンは、マザードラゴンよりも遙かに速かったのだ……マキナを捉えきれるほどに。
おまけに、そのリトルドラゴンが三体もいた。
三体のリトルドラゴンは、マキナの周囲を旋回し……一斉に襲いかかる。
一体や二体ならともかく、三体同時に別々の方向から襲いかかってこられては、さすがのマキナも対処しきれなかった。
「くっ!」
すれ違いざまの牙攻撃を、マキナは辛うじて避けるが、体当たりまでは避けきれずに、地面をボールのように弾んで転がっていく。
「マキナ! くそっ!」
僕は魔法を詠唱させようとするが……もちろん、そうはいかない。
『ガアアアアッ!』
マザードラゴンが僕に向かってファイアボールを放ってきて、僕は仕方なく走って回避する……が、少し遅れてしまい、僕はファイアボールの爆風に吹き飛ばされて地面を転がる。
立ち上がりかけた僕に、マザードラゴンは再びファイアボールを浴びせようとしたが、ギリギリのタイミングでマキナが阻止する。
しかしそのマキナに、再びリトルドラゴンが襲いかかる。
三体同時の高速すれ違いざま攻撃に、マキナは防戦一方だった。
さすがは家族……連携の息がピッタリだ。
感心している場合じゃない。まずい。このままじゃ、あっという間に二人とも殺される。
何とかして、体勢を立て直さないと。
何か……何かないか!?
立ち上がった僕が周囲を見渡すと……近くにある集落が目に入った。
それは、平原の外れ、断崖絶壁の麓に作られた集落で……崖を背にするように立っている大きく立派な教会が、一際目についた。
教会の崖側には、一本の巨大な尖塔が屹立していて、その上部には、時を告げる鐘がぶら下がっている。
崖を背にした教会……尖塔……。
使えるかもしれない。
「マキナ!」
僕は、立ち上がりかけているマキナに向かって叫んだ。
「何とかして、あの教会まで逃げ込むんだ!」
マキナはそれを聞くと、サーベルを光の粒へと変えて消滅させ、
「はいっ!」
と勢いよく返事をしたかと思うと、跳躍して、僕のすぐそばに着地した。
一瞬、何をするのかと僕は思ったが、マキナは有無を言わせず僕を抱え上げた。
……いわゆる、お姫様抱っこで。
「ええっ!?」僕は面食らう。「マキナ、その、ちょっとこれは……」
「んなこと言ってる場合ですか!」
マキナ、僕を抱えたまま跳躍。直後に、僕たちがいた場所にファイアボールが着弾する。
マキナはその後、疾走と跳躍を繰り返して、集落の建物を上手く活用して逃げ回り……ついに、教会のドアの前に着地して、そこで僕を降ろした。
僕たちは体当たりするようにドアを開けて中に入り、すぐに閉める。
「奥へ!」
そう言って、僕はマキナの手を取り、教会の奥、崖側に向かって走った。
直後、またもファイアボールが着弾し、教会のドアが吹き飛ばされる。
その後も、次々とファイアボールが着弾し、教会の屋根や壁が、少しずつ崩されていった。
響き渡る轟音。
顔面に照りつける熱波。
激しい振動が、足の裏から腹の底を通って、頭蓋骨にまで伝わってくる。
僕とマキナは、教会の一番奥、祭壇から見て最前列にある長椅子の影に身を潜めて、ひたすらに耐えた。
ドラゴンたちは、教会の中に入ってこようとはしなかった。狭い場所に入り込んで、待ち伏せを受けるのを警戒しているのだろう。
代わりに、マザードラゴンが安全な屋外からひたすらにファイアボールを撃ちまくることで、僕たちを焼き殺そうとしていた。
その間、僕は必死に頭を回転させる。
状況が変わった。
さっきまでの僕は、時間を稼げるだけ稼げたなら、死んでしまっても良かった。
でも、いまはマキナがいる。
僕は、マキナだけでも生きて帰って欲しかった。
しかし、僕を置いて逃げろと言っても、マキナは決して承知しないだろう。
だから、僕は考えていた。
この状況で、マキナを生存させたまま……ドラゴンを倒す方法を。
頭上で衝撃音。鈍い鐘の音が、屋根から壁を伝わって、地面へ落ちていく……尖塔の上端にファイアボールが命中して、鐘が吹っ飛ばされたらしい。
僕は考え続ける。
基本となる作戦は、既に頭の中に出来ていた。
けど、最後の一ピースが足りなかった。
何か……何かないか!
その時、再び放たれたファイアボールが、教会の屋根の真ん中辺りに命中する。
屋根が崩れ落ちて、曇天が大きな口を開けた。
山のような瓦礫が、轟音と振動と粉塵とを伴って床へと降り注ぎ、その床にも大きな穴を開けて、落ちていった。
……穴?
僕は、その光景に目を見張った。いくら瓦礫が大量と言っても、地面に大穴を開けるほどではなかったはず……
だが、その疑問の答えは、立ち上った粉塵が晴れてくると明らかになった。
「地下聖堂……!」
そう、地面に開いた穴の向こうには、地下聖堂があった。だから、瓦礫が落下したショックで床に穴が開いたのだ。
僕はハッとして頭上を見上げた。当然、その見上げた先の屋根には、大穴が開いている。
崖を背にした尖塔。
屋根に開いた大穴。
そして、地下聖堂……。
最後のピースが、揃った。
「マキナ」
僕が傍らにいるマキナに声をかけると、マキナは目を見張って僕の方を見返した。
「カケルさん、やっと作戦がまとまりましたか……」
とマキナ。
「このまま死んじゃうのかもと思って、焦りましたよ」
どうやらマキナは、僕が作戦を考え中だと察して、邪魔しないようにずっと黙っていてくれたらしい。
まったく、どこまで出来た女の子なんだか……。
ふとその時、僕は気がついた……僕たちは、さっきつないだ手を、今でもつなぎっぱなしだった。
それに気づいた僕は……マキナの手を握りしめる。
「マキナ……」
この子だけでも絶対に生還させようという決意を、胸に秘めて……僕は言った。
「一回だけでいい……あのファイアボールを、斬ってくれ」




