48 大切な人
市庁舎を飛び出したマキナは、つないでいた馬に飛び乗って道を急いだ。
石畳の道を走り、人でごった返す城門をどうにかして抜け、街道を城へと向かう人の波を避けるために道の外側を走り、ただ一人、逆方向へと駆け抜ける。
だが、馬を飛ばしながら、マキナは考え続けていた。
(カケルさんにとって、幸せってなんなんだろう……)
高い地位とか、安定した生活とか、そんなものはカケルにとって、押しつけられた幸せでしかないことはわかった。何の意味もないことはよくわかった。
でも、それなら……一体何が、カケルを幸せにできるのだろう。
(……カケルさんは、私を好きだと言ってくれた)
(それはつまり……私なら、カケルさんを幸せにできる、ってこと?)
そんなバカな、とマキナは思う。
(だって、私は人形ですよ……人間じゃないんです。結婚なんかできない……カケルさんを、本当の意味で幸せにしてあげることなんかできない)
(カケルさんが私を好きだっていうのは、ほんの一時の気の迷いで……)
(でも……)
(もし、そうじゃないとしたら……?)
(本当に、カケルさんが……私のことを……だとしたら……?)
(もしそうだとしたら……私はどうするの?)
(カケルさんはきっと、もう一度私の気持ちを聞いてくる)
(その時、私はどう答えたらいいの……?)
悩むまでもない……はずだった。
自分は、忠実な自動人形。主人の幸せのために働く道具。
だったら、悩むまでもない。
私には、あなたを幸せにすることはできません。
できたとしても、それはほんの一時のことで、長くは続きません。
未来のない関係にしかなりません……。
だから……。
(どうして……)
(迷うことなんて、ないはずなのに……)
(どうして私は……迷っているの?)
(カケルさんをはっきり拒絶することに、ためらいを感じているの?)
(いま、もう一度、生きているカケルさんに会いたいと私が願うのは……)
(人形としての、使命を果たすため……?)
(それとも……)
「会いたい……」
その時、思いが胸からあふれ出して、マキナの口を突いて出た。
「会いたい……! もう一度、生きているカケルさんに会いたい!」
……会って、直接聞こう。
あなたにとって、幸せってなんですか?
……私のことが好きって、本気で言ってくれてるんですか?
まだ生きているカケルに会って、その問いの答えを聞こう。
どんな答えが返ってきたとしても……全ては、そこから始まるのだ。
……答えを聞けば、きっと自分は迷い、戸惑うだろう。
けれど……もう、幸せの形を押しつけたりはしない。
カケルの言葉を、簡単に拒絶したりもしない。
今度こそちゃんと、彼の答えを聞いて……自分もまた、ちゃんとした形で、それに答えよう。
馬を飛ばしながら、マキナは叫んだ。
「お願い、間に合って! ……カケルさん、早まらないで!」
◇
「……来たか」
曇天の下、生け垣の陰に身を潜めて遠く草原の向こうの空を覗き込みながら、僕はそうつぶやいた。
周囲は、広々とした草原が緑色の生け垣や灰色の石垣によって所有者ごとに区切られている、この辺りで有数の牧草地帯だ。避難は終わっていて、無人でとても静かだった。
ドラゴンを迎え撃つならここしかない、と僕は考えていた。
生け垣や石垣を利用して動き回れば、魔法を撃ち、すぐに移動してまた撃つという一連の動作を、全て身を隠したままで行える……そうすれば、ドラゴンも僕を殺すのに手こずり、時間稼ぎぐらいはできるだろう。
避難民の全員は救えない……それでも、数百人ぐらいは逃げ延びて、街までたどり着けるはずだ。
「大勢の人を救って死ぬ……僕にしちゃ、結構な死に様じゃないか」
そう言って、僕は杖を構えて魔法を唱え始めた。
飛行して近づいてくるそれは、まだかなりの距離がある……だが、トカゲのような身体に赤いウロコを纏い、背中からはコウモリのような翼を生やした、巨大なそれは……絵画で見たドラゴンに間違いなかった。
全高は……二十メートル程度か。周囲に飛んでいる三つの点は、リトルドラゴンだろう。こちらは全高五メートルほど。
敵はあまりにも巨大だ。ベヒーモスなど比較にならない。
だが、恐怖を乗り越えて戦うことなら、僕は慣れている。
……故郷の村を戦争で焼かれた時、僕には戦う機会すら与えられなかった。
だが、今回はそれがある。
だったら……上出来だ。
飛んできたドラゴンが、ついに魔法の射程に入る。
僕は意を決して、雷系の上級魔法を発動させた。
「<トールハンマー>!」
◇
船着き場を見下ろす土手の上でいったん馬を止めたマキナは、川の向こうから大音声の雷鳴が響いてくるのを聞いた。
雷鳴は一つで終わりではなく、二つ三つ……いや、五つ六つと次々に響いてくる。灰色に染まった遠くの空を見やると、白い稲光が次々と空にヒビを入れるように走り、すぐに消えていった。
すると、小舟で川を渡って下船したばかりの避難民たちが、怯えた様子で一斉に後ろを振り返り、口々に叫ぶ。
「ドラゴンか!?」「いや、あれは雷系の魔法だ! 誰かが……誰かがドラゴンと戦っているんだ!」「でも、一体誰が!?」
マキナはそれを聞いて息を呑みつつ、下馬して走り、船着き場の船頭らしき男を捕まえると、こう訴えた。
「舟を出して! 私を向こう岸に運んでください!」
だが、船頭はぎょっとして首を振る。
「バカ言っちゃいけねえ! 向こうはもうすぐ地獄になる。俺たちだってもう避難するところだ。あんたも早く逃げろ!」
「そんなこと言わないで! 私はどうしても川を渡らなきゃならないんです!」
「なんでだ……!? 向こう岸に、一体何があるって言うんだ!?」
マキナはその時、ハッと虚を突かれたようになって、一瞬黙り込んだ。
向こう岸にあるのは、一体何だろう。
自分は一体、何をしにいくのだろう。
ご主人様に対して、忠義を果たしに行くのか?
それとも……。
「向こうには……」
マキナは言った。
「向こうには……私の大切な人がいるんです!」




