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46 さらば愛しき人よ


 男装姿で、鞘に収まったサーベルを腰に差したマキナは、最初は廊下の壁に背を預けていたが、僕たちと目が合うと同時に、こちらに向き直った。


「カケルさん、それからスペンサー伯も」

 マキナは、固い表情で軽く頭を下げつつ、こう言った。

「どうか、私にも持ち場をお与えください……必ずや、お役に立って見せます」


「マキナ……君は」

「カケル」

「え?」


 ユリアは、唐突に僕の言葉を遮って、こう言った。


「先に行っててくれるかな」

「え、でも……」

「いまのマキナの主人は私だ。この話は私がするべきものだ」

「……」


 ユリアの声の硬さに、僕は不穏なものを感じたが……ここは言われた通りにするしかなかった。


 僕は後ろ髪を引かれる思いをしつつも、黙って先に行き、その場を立ち去った。




 会議室に入ると、定刻より少し早めだったせいか、まだ誰も来ていなかった。

 手持ち無沙汰になった僕は、ちょっと予習をしておこうと、壁に貼られた資料を、何気なく読み始める。


 だがその時、僕は気づいた。


「これは……!」





「マキナ」

 空いていた部屋にマキナを招き入れると、ユリアは言った。

「いまの君は、私に雇われたメイドだ。冒険者ではない……君が戦う必要はないんだ」


「恐れながら、伯爵閣下」

 マキナは固い声で言い返す。

「いま市内にいる者で、ドラゴンと白兵戦ができるのは、私しかいないと自負しております……きっと、お役に立てる場面があるはずです」


「必要ない。君がいなくても、エイデンス市の守りは完璧だ。カケルも同じことを言うだろう」

「しかし……」

「マキナ……」


 その時、目の前で起きた出来事に、マキナは驚愕を隠せなかった……ユリアが、神妙な面持ちで頭を下げたのだ。


「なっ……」

 絶句するマキナに対して、ユリアは頭を上げずに言う。


「頼む……身を引いてくれ」

「もし、ドラゴンとの戦いで君が傷つくのを見たら……きっとカケルの心は揺れてしまう」

「カケルは、未来の伯爵となるべき逸材だ……」

「私にとって、これは一生に一度しかないチャンスなんだ」

「頼む……」

「カケルのことは、私が必ず幸せにする」

「だから……」


「……………………………………………………そうですよね」

 長い沈黙の後、マキナは一言そう言って、目を伏せた。

「私みたいな人形じゃ……本当の意味で、カケルさんを幸せにすることはできないですから」


 そのまま部屋を出て行くマキナを、ユリアは黙って見送った。




「……マキナ!」

「えっ?」


 肩を落として市庁舎から出てきたマキナの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

 マキナが驚いて振り返ると、そこには、柱の陰に立っているカケルの姿があった。


「ちょ、カケルさん、何をやってるんですか……会議に出なくていいんですか?」

「う、うん……会議用の資料に目を通してたら、気づいたことがあって……ちょっと、これから出かけるところなんだ」

「はあ……何か、お手伝いしましょうか?」

「いや、いいよ、大したことじゃないから……マキナの方こそ、大丈夫? ユリアにキツイこと言われたりしなかった?」


 マキナは首を振ってこう答えた。

「全然……ユリアさんは、やっぱりすごく良い人ですよ。私なんかじゃ、とても叶わないです……私はシティハウスに戻って、大人しくしていることにします」

「うん、そうだね、それがいいよ……」

「それでは」

「ああ……」


 そう言って、マキナが背を向けた、その時だった。


「……元気でね、マキナ」

「……え?」


 カケルのその言葉が、どういう意味か聞き返そうと思って、マキナが振り返ると……カケルの姿は、忽然と消えていた。




「どういうことなんだ!?」

 一時間後、会議室にいたユリアは、彼女らしくもなく、役人の男に向かって怒声を浴びせていた。

「一体どうして、住民の避難がこんなに遅れている!?」


「わ、わかりません、伯爵」

 役人の男は、恐縮しきった様子で言った。

「いま伝令を出して、状況を確認させておりますので、しばしお待ちを……」


「そんな猶予はない! もうそろそろ、ドラゴンがいつ領内に現れてもおかしくない頃だ……このままでは……」


「伯爵閣下!」

「今度は何だ!?」

「い、いえ……カケルさまから、一時間後にこの手紙を渡すようにと言われまして……」

「な……カケルはいまどこに? さっきから姿が見えないが」


 その場には大勢の役人やユリアの家臣たちがいたが、みな戸惑ったように顔を見合わせていた。誰もカケルを見た者はいない。


「まさか……!」


 ユリアは引ったくるように手紙を受け取ると、すぐに開封して読み始めた。



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 ユリアへ


 時間があまりないから、簡潔に書きます。


 資料に記載されていた避難計画は、何十年も前に作られたもので、最近の人口増加を反映していません。


 僕の計算では、橋の部分で深刻な渋滞が起き、渡し船も足りず、大勢の人が逃げ遅れるはずです。


 この事実をすぐに君に教えなかったのは、もし教えていたら、君が一生後悔することになるだろうと思ったからです……心から人々の幸せを願う君にとって、大勢の領民を見捨てざるを得なかった経験は、一生残る傷になるだろうと思ったからです。


 僕のことは忘れてください。


 カケル


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「な……」

 読み終えたユリアは、顔面蒼白になって、思わず手紙を握りつぶす。

「私には、逃げ遅れた人は見捨てろと言ったくせに……なんてことを……」


 だが、ユリアはすぐに正気を取り戻して、こう叫んだ。


「……マキナだ。マキナをここに呼べ! 大至急だ!」


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