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42 似ている二人


 晩餐会を中座して用を足した帰り道、僕は誰もいない廊下でマキナと鉢合わせした。


「「あっ」」


 どちらからともなく、口から間の抜けた声が出てしまい、僕たちは気まずくなって顔を背け合う。

 ……だが、その間も僕はつい、横目でマキナのことを見つめてしまっていた。


 その時のマキナは、メイド服を着ていた。

 黒のワンピースに、フリルのついた白いエプロン。頭には、愛らしい白のカチューシャ。


 そんな、好きな女の子のメイド服姿である。

 男として、これを見ずにいられるだろうか(反語)。


「ちょ、ちょっと……」

 だが、勘の良いマキナはすぐに気づいて、僕はにらまれてしまった。

「な、何をジロジロ見てるんですか……!」


「ご、ごめん……似合ってるから、つい……」

「なっ!?」


 マキナは(なぜか赤面しつつ)怒った。


「口説いてますよね!? それ絶対口説いてますよね!? 最低! それじゃ伯爵とメイドの禁断の関係になっちゃうじゃないですか……ま、まあ、私としては、それでも……本気はダメですけど、浮気だったら……」


「いや、浮気もダメだろ!」


 僕は(自分のことは盛大に棚に上げつつ)マキナに言った。


「や、やめようよ、マキナ……これでも、忘れようと努力はしてるんだ」

「は、はい、すみません……あの、カケルさん」

「ん?」


「私が言った、浮気だったらっていうのは、冗談ですから……これからはあんまり、こうして二人きりで話すのも控えた方がいいと思います。噂になってしまうかもしれないので……それでは!」


 マキナは早口で言い終えると、いそいそとスカートをつまんで上げるカーテシーをして、僕の前から走り去った。


 つい僕は振り返って、マキナの背中を見送ってしまう。だがマキナは振り返らずに、小走りで廊下の角を曲がって行ってしまった。


 ……僕がユリアと婚約すると同時に、マキナはメイドとして屋敷に雇われることになった。メイドにも色々ランクがあるそうだが、マキナは一番下ではなく、少し上の役職からスタートさせてもらえたらしい。


 何日か前、執事のスティーブに聞いたところによると、マキナはあっという間に仕事を覚え、他の使用人との関係も良好で、役職に見合う働きをしてくれているのだという。


 何も心配は要らない、ということだが……僕はそれに対して、安心すると同時に、なんだか複雑な気持ちを捨てきれなかった。




 夜も更けて、晩餐会はお開きになる。


 僕はユリアと並んで玄関に立って、参加者たちを見送った。


 この時点で僕は婚約者ではなく客人という立場なので、ユリアと一緒に見送りをするのは、作法上間違っている。


 だがこれは、あえてそうすることで、僕が花婿候補であることを客人に対して明確に、かつ非公式に伝えられるという、ユリアのアイデアだった。


 全く、この子は本当に賢いよな、僕なんかいなくても、一人で伯爵が務まるんじゃないかな……なんて僕は思いそうになるが、そんなわけないよな、とすぐに思い直す。


 だって一人じゃ、世継ぎが産めない。

 世継ぎ……つまり、子供だ。

 子供……子供か。


 僕は、僕と肩がくっつきそうな、体温が伝わってくるほどの距離にいて、お客に向かってにこやかに手を振る綺麗な女の子の横顔を盗み見ながら……この女の子と子供を作るということについて、考えてしまっていた。


 艶やかな長い黒髪。滑らかな白い肌。緩やかな肩のライン。

 唇。首筋。鎖骨。そして……胸元。


 子供を作るって……つまり、そういうことだよね?


「……カケル? 何を考えている?」

「んなっ!?」


 女性というのは視野が広い。見えていないと思っても、ちゃんと見えているものなのである。


「ご、ごめん……!」

「ふふ……まあ、謝るほどのことじゃないよ。他人じゃないんだからね……ただ、客人の前では、ね」

「そ、そうだね……」


 僕は背筋がスーッと冷たくなるのを感じつつ、ユリアにならって、客人に手を振り始めた。


 やがて最後の客が馬車に乗り込んで、玄関ホールには静寂が訪れる。


「さて……」

 そのタイミングで、ユリアはくるりと僕の方に向き直って、こう言った。

「やっと二人きりになれたね、カケル」

「う、うん……」


「君のリクエストは『私の胸が見たい』だったかな? しょうがないなあ。ほら……」

「うわあああああああっ!?」


 右手をドレスの胸元に突っ込んで広げようとしたユリアから、僕は慌てて顔を背ける。


「ユリア!? ちょっと何やってるの!? 酔ってるんじゃない!?」

「ふふふ……カケルは可愛いなあ……」


 鈴の音のような可愛い声で笑うユリアに、僕はますますドギマギする。


「し、使用人が見てるよ!」

「見てないよ?」

「ええっ!? あっ! さっきまでいたのに、音もなく消えてる!? ……と、とにかくしまって!」


「ふふ……もう大丈夫だよ。こちらを向いておくれ、ダーリン♪」


 僕は恐る恐る、ユリアに向き直る。


「お酒の影響もあるだろうけど……」とユリア。「つい嬉しくて、舞い上がってしまったんだ……惚れ直したよ、カケル。今日の君の振る舞いは、私の期待以上だった」


「あ、ありがとう……」


「こんな素晴らしい旦那様を迎えられて、私はとても誇らしい気持ちだ。私は幸せだよ……礼を言わなければならないのは、私の方だ。正式に結婚したら、たっぷりお礼をするからね。君の大好きな方法で」


 僕の大好きな方法……僕の大好きな方法か……。

 僕は思わず、生唾を飲み込んでしまった。

 え? 見られてないよね? いくらなんでも、そこまでは……。


「ふふふ……」


 僕の生唾ゴックンを見ていたのか見ていなかったのかはわからないが、ユリアはとても愉快そうに笑っていた。


「どうやら、君もちゃーんと私の身体に興味があるみたいだし……この調子なら、世継ぎも早くに産まれそうだ。そうなれば、スペンサー伯爵家は安泰だよ。領地も、領民もね……」


「……」


「カケル……これまであえて言わずに来たことだが、君は、まだマキナに未練があるのだろう。さっきの晩餐会でのやり取りを見ていて、改めてそう思った……いや、答えなくていい。そのまま聞いてくれ」


 ユリアは、両方の手で、僕の手を握りながら言った……ユリアの体温が、僕の手に伝わってくる。


「私はたぶん、とても残酷なことを、君たちにしたのだと思う……けれど、その罪に相応しい償いはするつもりだ」

「私は君のよき妻となり、生涯を通じて君に尽くそう……マキナのことも、必ず幸せにすると誓う」

「だから……どうか、私を許して欲しい」


「……」


 ユリアは、僕がマキナと引き裂かれたことを恨んでいるかもしれないと思っていて、その恨みがいつか爆発することを恐れているんだろう、と僕は受け止めた。


 だから僕は、そっとユリアの手を握り返した。


 僕は恨んでなんかいない、と、はっきり伝えるために。


「……許すとか許さないとか、そんなこと、考えてもいないよ」

「僕は、ユリアのことを深く尊敬してる」

「今日みたいな会合だって、自分以外みんなおじさんばっかりの集まりを、これまでずっと、君が主導してやってきたんだろう?」

「大変なことだったと思うし……それをやってきたユリアは、本当にすごいと思うよ」

「ユリアは、領民のことを第一に考えて、これまでやってきた……それは、絶対に正しいことだ」

「だから僕は……君を恨む気持ちなんて、これっぽっちもないよ」


「カケル……!」


 僕が言い終わると、ユリアは僕に抱きついてきた。

 それを、僕は戸惑うことなく、しっかりとユリアの肩を抱きとめる。


 僕の腕の中で、ユリアは言った。

「必ず……必ず君を幸せにするから! いますぐには無理でも……いつか、必ず!」


 それを聞きながら、僕はふと、気づいたことがあった。


 ユリアはどこか、自分のことを「領民を幸せにするための道具」と考えているところがある。

 自分の気持ちを押し殺して、ただ、自分が生まれてきた目的のために尽くす道具になる……それが、自分に与えられた、唯一の生き方なんだと、そう思っている節がある。


 そのことに気づいた時、僕はこう思った。


 ああ……ユリアとマキナって、少し似てるんだな、と。


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