40 品定めの晩餐会 (前編)
それから、一週間後の夜。
「それでは……勇者カケル・アーウィンさまの今後のご活躍と、一日も早いご回復を祈って……乾杯!」
カントリーハウスの広い食堂で、僕の隣にいるユリアが乾杯の音頭を取ると、僕たちを取り囲むように食卓についたおじさんたちが、一斉にグラスを掲げて唱和した。
「「乾杯!」」
言い終わると、みんな一斉にグラスを飲み干す。皆さん、なかなかいい飲みっぷりであった。
乾杯が終わると、食事の時間だ。僕はまだ包帯で左手を肩から吊っていたが、料理はシェフが切り分けて出してくれるので、食事に支障はない。
……だが、のんびり食べてはいられない。僕とユリアにとっては、ここからが本番だった。食事中とはいえ、全く気の抜けない時間が続くことになる。
今夜、晩餐会に招かれていたのは、エイデンス市の市長や市議会の重要人物、市外にある主立った村の村長、領地管理人、街の治癒術士、裁判官などなど……みな身分こそ平民ではあるが、領地の管理に欠かせない、重要な人物ばかりだった。衛兵隊長のドミニクさんも招かれていて、今日はいつもの鎧ではなく、平服姿で出席している。
ユリアはこうした晩餐会を二、三ヶ月に一度の割合で開いていて、領地を運営していく上で重要な、意見交換の場として活用していた。
……のだが、今回に限っては、その趣旨はちょっとばかり違っていた。
ずばり、今回の晩餐会の趣旨は、僕こと、カケル・アーウィンの顔見せである。
もし仮に、いきなり「カケルさんと婚約しましたっ♪」などと発表しては、みんな当然「誰だそれは!?」「どんな男なんだ!?」「ワシらが可愛がってきたユリアちゃんをよくも……!」となって、びっくりする(なんか、違うのもいるかもしれないが)。
そこで、婚約を正式発表する前に、こうした機会を利用して、一通り重要人物に僕の顔見せをしておく。
その後で「この前紹介した、あの人と婚約しましたっ♪」と発表すれば「ああ、あの男か」「やっぱりこうなったか」「よし。顔はわかっているぞ。殺しにいこう!」となって、万事が順調に進む(なんか、やっぱり違うのがいるが)。
……とはいえ、顔だけ見せればいい、というものでもない。
ユリアの話によれば、ここに集められた人たちは、僕がユリアの花婿候補であることを、薄々承知しているのだと言う。
となれば、向こうからするとこの晩餐会は、次の領主となる男を品定めする、絶好の機会だった。
僕やユリアとしては、話しかけられたら、最低でも無難に、可能なら当意即妙に答えを返さなければならない。
貴族と結婚したからと言って、楽ができるわけではないのだ。
「大丈夫だよ、カケル」
晩餐会の直前、ユリアがかけてくれた言葉を、僕は思い出す。
「この一週間、みっちり勉強したじゃないか」
ユリアの言う通り、僕はこの一週間、ユリアから付きっきりで領地運営の教育を受けていた。農業とか、市政の仕組みとか、その他もろもろについてである。
「君は実に優秀な生徒だった……大丈夫。裁判の時を思い出せ。あの時の君の弁舌は素晴らしかった。あの調子でやってくれれば、私は何も文句はない。みんなだって同じさ」
……と、ここまで言われては、さすがの僕も、男を見せないわけにはいかなかった。
「カケルさん」
晩餐会の冒頭、早速話しかけてくる人がいた。相手は、領地管理人の男性だ。
「ちょっと、ご意見を伺わせてもらってもよろしいですかな……農地の新規開拓と、既存の灌漑設備の修繕。資金と人手を優先的に配分するとしたら、どちらがよろしいでしょうか?」
来た来た。明らかに、僕を試す質問である。
僕は慎重に、しかしノロマと思われないように素早く、こう答えた。
「……灌漑設備に重大な不具合が生じていて、既存農地が使用不能になっているようなら、修繕を優先させるべきだと思います。しかし、そこまで深刻な状況でないなら、まずは農地の新規開拓を優先させるべきですね」
「ほう? それはなぜですか?」
「資金効率とスピードの問題です。農地を新規開拓して税収を増やし、そのお金を修繕に使う方が、修繕を先に進めるより早く済みます」
「しかし、新規開拓の方がお金がかかりますよ?」
「新規開拓のためであれば、借金をしてもいいと思います」
「むう……借金は、できるだけしない方がいいと思うのですが」
「ええ、でもそれは場合によるんです。たとえば、既存設備の修繕のために借金をすることは、極力避けるべきです。修繕しても税収が増えるわけではないので、借金返済の分だけ収支が悪化しますから。一方で、新規開拓のための借金なら、増えた分の税収で借金の返済ができるので、一考に値します。何年もかけて貯めた自己資金で新規開拓をするのも良いですが、あえて借金をすることで、お金を貯めるための時間を短縮できることには、大きなメリットがあります」
「ふむ……果たして、そう上手くいくものでしょうか?」
「もちろん、事前にしっかりと計算することが必要ですが、税収が順調に増え、投資をすぐに回収できる可能性はかなり高いと思いますよ……三年前の戦争が終わって以来、大きな戦争は起きていませんし、治癒術の進歩によって、疫病の被害も減ってきている」
僕が話を進めるにつれ、周囲のおじさんたちが食事の手を止めて、僕の方に視線を集め始める。
視界の端でそれを意識しつつ、僕は続けた。
「……そのおかげで人口が順調に増加していますが、近年は都市部で商工業に従事する人が増えていて、農産物の生産はそれほど増えていないようです。そういった現状では、農産物が大きく値崩れするとは、考えにくいですから」
「ほう……なるほど。これは卓見ですな」
「素晴らしい」
その場にいる数人が、顔を見合わせて感心してくれたのを見て、僕はほっとする。ハッタリ込みのやや誇張した話だったかも知れないが、一応、自己PRとしては合格だったようだ。
だが、すぐに次の質問……ある意味、前のよりずっと厳しい質問が飛んできた。




