表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/58

39 最後の願い……そして婚約


 もちろん僕は、心の中ではものすごいショックを受けていた。

 ……でもさすがに、ここで泣き叫んだりするほど、僕も情けなくはない。


「……そうか」


 マキナの答えを聞くと、僕はすぐに、平静を装いつつ、握りしめていた手を離してこう言った。


「わかった……もう、マキナを困らせるのはやめるよ。いままで、悪かった」

「い、いえ、私はそんな……」


 この告白が断られたら、もうマキナのことはきっぱり諦めよう、と決めていた。


 ……つい先日まで、あれほどマキナとの関係にこだわっていた僕が、あっさりと引き下がることにしたのは、なぜか。


 それは、ベヒーモスとの戦いで、僕が嫌というほど思い知ったからだ。

 このまま冒険者を続けたら、マキナは死ぬかも知れない、と。


 いくら僕やマキナが強いと言っても、不意を打たれてあっさり落命、なんてことはいくらでも起こり得る。


 現に、ベヒーモス戦なんか、あと一歩でそうなるところだった。


 このままずっと冒険者を続けていたら……いつの日か、マキナは死んだり、大怪我をするかもしれない。


 あるいは、僕だけが死んで、マキナが一人、この世界に取り残されるかもしれない。


 でも……僕がユリアと結婚して、マキナが僕らの使用人になれば、そんな心配はもうなくなる。


 ……きっと、そうすることが、マキナにとっても一番の幸せだろう。


 だったら……僕は。




 執事のスティーブと共にやってきたユリアは、女の子らしい、白いドレス姿をしていた。


 僕のベッドの横に立ったユリアは、怪我の具合を聞き、ベヒーモス討伐の労をねぎらい、謝意を示し、特に、先代から仕えている重臣であるドミニクの命を救ってくれたことに対して、厚く礼を言った。


 マキナと同じように、ユリアもまた、僕の目立たない功績をしっかりと評価してくれていた。


 その後、ユリアはゆっくりとした動作で僕の前に両膝を突くと、祈るように胸の前で腕を組んで、こう言った。


「勇者さま……どうか、この地に住む民をお救いください」

「先代の伯爵が没して以降、民はこの地の行く末を憂いております」

「私と私の民は、勇者さまのような、聡明で勇敢な英雄がこの地を訪れてくれる日を、ずっと待ち望んできたのです」

「勇者さま……どうか、女の身で、このような大それたことを申し上げる、私の無礼をお許しください」

「勇者さま……どうか私と夫婦めおととなって、この地をお治めください」

「もしあなたが、この地とこの地に住む民の主となってくれるなら……」

「私は、身も心もあなたに捧げて、生涯を通して、あなたに尽くしましょう……」


 頬を紅潮させ、目には一杯の涙を貯めて言うユリアを見て、僕は……この子は本当に心の底から、領民のためを思っていて……そして、僕を信じてくれているんだな、と思った。


 うん、大丈夫だ。

 ……この人となら、きっとやっていける。




 もう一度。少しだけ、時間をさかのぼらせて欲しい。

 ユリアを呼んできてくれ、とマキナに頼む、その直前……僕は、マキナと向き合っていた。


「マキナ……」

 僕は、刺すような胸の痛みを感じながら、絞り出すように言葉をつないでいく。

「一つだけ、叶えて欲しい願いがある」

「……なんですか?」


「僕はこれから、ユリアを好きになる……きっと、なれると思う。ユリアは、とても良い子だから……そうして、僕はいつかユリアを好きになって、マキナのことを忘れる……だから、いつか僕が、マキナのことを何とも思わなくなる日が、きっと来る」


「……」


「けど……その日が来ても、どうか覚えていて欲しい」


 僕は、深く息を吸って、その願いを言った。


「いま、この時、この瞬間……」

「僕が好きだったのは、君だったんだ、ってことを……」

「どうか、忘れずに、覚えていて欲しい」

「僕の、この気持ちを……なかったことに、しないで欲しい」


「………………………………………………はい」

 マキナは、潤んだ瞳になって、両方の手を胸の上に置いて、確かにこう言った。

「お約束します。胸に刻みます……固く、お誓い申し上げます。私は、ずっと……この身体が、時の流れの前に朽ち果てるまで、ずっと覚えています……あなたの想いを」

「決して……なかったことになんか、しません」


 それを聞いて、僕はもう、思い残すことは何もない、と思った。




「はい……」

 僕がそう答えると、ユリアの顔が、パッと明るく華やいだ。

 僕はそれを見て、とても嬉しくなった……本当に。

「僕なんかでよかったら……喜んで」


 マキナの幸せのために、ユリアと結婚するわけじゃない。

 そんなのは最低のことだって、僕にもわかってる。


 ……だから、この嘘をいつか本当にしよう、と僕は固く誓った。


 ユリアを……この美しく気高く、貴族としての使命感にあふれた、素晴らしい女の子を……心の底から愛そうと、僕は固く誓った。


 マキナの誓いにも負けないぐらい、固く。


 ……こうして、僕とユリアは婚約した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ