33 それでも仕事はやってくる
同棲中の彼女と朝からシリアスなケンカをやらかしてしまったとしても、それでも仕事には行かなくちゃならない。大人の辛いところだ。
だが、泣き言は言っていられない。
ユリアから討伐依頼のあったモンスターは、冒険者ギルドが尻込みしたのも理解できるような、飛びきり凶悪なやつだった。
もう何人もの死者を出していて、放置すれば、これからも大勢の犠牲が出るだろう。恋愛トラブルを理由に討伐を遅らせていいようなモンスターではなかった。
そのモンスターの名は、ベヒーモス。
巨大な角を持つ、四足歩行獣だ。
ベヒーモスには草原に生息するタイプと森林に生息するタイプがいて、今回の討伐対象は後者。「フォレストベヒーモス」と呼ばれることもある。
フォレストベヒーモスは、草原に生息するタイプと比べると身体は小さいが、動きは俊敏で、かなり賢い。討伐に来た人間を察知して、待ち伏せして襲うこともあるほどだ。
火を吐くなどといった特殊な能力はないが、身体能力は高く、角による刺突は重装鎧をたやすく貫通するし、革鎧程度の軽装では、爪の一薙ぎで文字通り八つ裂きにされる。
防御力もかなりのもので、大剣の一撃や、弓矢の十本二十本程度ではビクともしない。
並の冒険者なら、八人以上で、じっくり時間をかけて狩るのが普通……そういう相手だ。
おまけに今回の依頼では、そのフォレストベヒーモスが一体ではなく二体いるということだった。
本来、ベヒーモスは縄張り意識が強く単独で行動するモンスターなのだが、双子として生まれた場合のみ、縄張りを共有することがあるらしい。
双子のベヒーモス……そんな大物、僕は狩ったことがない。
街で一番のパーティにいた僕でさえそうなのだから、ギルドの幹部たちが尻込みしたのも当然というべきだった。
例によってマキナはいつも通り、
「フォレストベヒーモスぐらい、いまの私たちなら楽勝です! 二体いたって問題ありません!」
などと意気軒昂なのだが……僕は不安だった。
そこで僕が考えたのが、ユリアに対して、一つの条件を出すことだった。
「ねえ、カケルさん……」
ベヒーモスの生息地に向かって、森の中を走る街道を歩きながら、マキナが言った。
「あんなやつら、別に必要なかったんじゃありませんか?」
マキナがそう言いながら後ろを振り返ったので、僕も合わせて後ろを見る。
そこには、街道を少し遅れてぞろぞろついてくる、甲冑姿の衛兵たち、八名の姿があった……僕が、ユリアから借り受けた衛兵たちだ。
彼らの装備は、銀色の重装鎧はいつもの通りだが、普段持っている長い槍は、森林戦闘における取り回しを考えて、剣に交換している。
剣は、刃渡りこそやや短めだが、幅広で厚みのある頑丈なものだ。その重みを生かして強引に叩き切ることもできるし、なんなら棍棒として使っても十分な威力があるので、刃が通らない相手にもダメージを与えられる。
ユリアは配下の衛兵に良い装備を支給している、と僕は思う。
「そりゃ、装備は一級品ですし、戦闘行動の訓練も受けてるでしょうけど……」
だが、マキナは不満そうだった。
「しょせんは対人戦闘が専門の人たちでしょう? 対モンスター戦闘で役に立ちますかね?」
「そこはマキナと僕がフォローしてあげるんだよ。最低限、自分の身を守るだけの能力はあると思うし」
僕はマキナをなだめつつ、こう続けた。
「彼らがベヒーモスのうち一体を引きつけて耐えてくれている間、僕たちはもう一体を倒す。シンプルな作戦だ」
「でも、ベヒーモス二体ぐらい、私一人でも……」
「ダメだ。それだと、不測の事態に対処する余裕がない」
僕は即座に却下して、さらに続ける。
「そもそも、いままで二人だけで狩りをしてきたことが異常だったんだよ。二人だけじゃ、どちらかが倒れたときにカバーが効かない。一人死んだら、もう一人も共倒れだ」
「……私が倒れたら、見捨てて逃げてくれればいいのに」
「そういう言い方はやめろよ」
「ごめんなさい」
だが、この時のマキナは、素直に謝ってくれた。
「カケルさん……私たち、ケンカ中かもしれませんけど、でも仕事はちゃんとやりましょう……人の命が懸かってるんです」
「……うん。全面的に賛成だ」
僕はそう言いながら、場違いにもこう思ってしまった。
ああ、こんな殊勝なことを言ってくれるなんて……やっぱり、マキナは良い子だなあ、と。




