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29 勇者クエスト


「やったじゃないですか、カケルさん!」


 ユリアが手配してくれた帰りの馬車の中で、僕から話を聞いたマキナは、大はしゃぎだった。


「それ、ユリアさん完璧に落ちてますよ! 完落ちですよ完落ち! このまま順調にいけば逆玉ですよ! ワンチャンありますよ、これは!」


 だが、馬車の向かい合う席に座る僕は、浮かない気分だった。


「マキナ……なんで君が、そんなに喜ぶんだよ?」


「え?」

 マキナは、キョトンとしてこう言う。

「……だって私は、カケルさんの忠実な自動人形ですもん。カケルさんの幸せは、私の幸せです♪」


「……マキナはさ、僕がユリアと……その……どうにかなれば、僕は幸せになれる、って言うの?」


 すると、マキナは顔を輝かせて、身を乗り出して言ってきた。


「あったり前じゃないですか! むしろ、どうしてそうじゃないと思うんですか?」


「……」


 僕がユリアと一緒になれば、幸せになれる。

 ……確かに、ユリアもそう言いたそうにしていた。




 少し、時間を遡る。

 ユリアが泣いて飛び出して行ってから、きっかり十五分経った後、僕は二階のバルコニーに通された。


 ユリアは先にそこにいて、僕に背を向けるようにして、バルコニーに立っていた。

 日はとっくに沈んでいて、エイデンス市の小高い丘に建っているタウンハウスからは、街の灯りがよく見える。


 僕はそっと、ユリアの隣に歩み寄る。彼女の横顔には、さっきまでの涙の痕跡は少しもない。いまのユリアは、気高い女伯爵そのものだ。


 そんなユリアは、街の灯りから視線をそらさずに言った。


「良い街だと思うかい?」


 僕は、思ったことをそのまま答えた。


「……正直な話、考えたこともありません……でも、僕の三年間は、この街と共にありました。きっと、これから何があっても、一生忘れないでしょう」


「そうか……」

 ユリアは、僕の発言を否定も肯定もせず、こう続けた。

「私にとっては、ここは生まれ育った土地であり、ここに住む人々は、生まれた時から共にある領民なんだ。かけがえのないものであり、この先もずっと守っていきたいものなんだ……生涯をかけて……いや、私が死んだ後も……ずっと……」


 言い終えると、ユリアは僕の方に向き直る。

 僕も、ユリアと正面から向き合った。


「なあ、カケル……?」

「はい」

「知っているかな。私の爵位は、私が結婚するまでのものなんだ……私が結婚すれば、私の夫が、新しいスペンサー伯爵となる。法律で、そう決まっている」


「ええ、知っています」

「ところが、社交界から孤立した私のところには、貴族同士の縁談は来ないかもしれない……そこで私が考えているのが、勇者との結婚なんだ」

「……」


 僕が黙り込むと、ユリアは構わず先を続けてきた。


「その昔、強大なモンスターに頭を悩ませていた王は、モンスターを討伐した勇者には、たとえ平民であっても王女と結婚する権利をやると宣言し、これを有言実行してみせた……以来、貴族も時として、これにならうようになったものだ」


「ええ、それも知っています」


「カケル……」


 ユリアは、胸の前で手を合わせながら、先を続けた。


「私は、ずっと夢見てきたのだ……強く、優しく、勇敢でありながら、知性にあふれる、そんな、この領地と領民の主たるに相応しい勇者が、いつか私の元に現れてくれることを」

「その上、私の苦労をわかってくれるような、思いやりのある御仁であれば、言うことはないと……」

「だが、私はそれを夢見るとき、自分で自分を笑った。そんな都合の良い話が、あるはずがないと……」


「もし……もし仮に、なのだがな、カケル……」

 ユリアは、街の灯りに視線を戻しながら言った。

「それが、君のような人であればいいと、私は思うのだが……」


「……」


 黙り込む僕を前に、ユリアは続ける。


「君はあの裁判で、勇気と知恵、そして何より、類い希なる善良な心を持っていることを示した」

「トレントを討伐した件で、戦場における強さも証明済みだ」

「冒険者ギルドでの、君の評判も調べた。君に嫉妬している者も多かったが、それでも、みなが君の善良さと優秀さを認めていたと聞いている」


「……買いかぶり過ぎですよ」


「そうかな? 私はそうは思わない……では、カケル。領主の仕事については、どう思っているかな」

「口さがない者は、領主の仕事なんて、平民から税を巻き上げるだけの強盗のようなものだろうと言うが、断じてそんなことはない」

「農地や交易路の整備、市議会との折衝、困窮した領民の救済、軍隊の訓練、治安の維持……みんな、優秀な者にしかできない仕事ばかりで、それゆえにやりがいもある」

「冒険者よりも良い仕事だ、とは言わないが……冒険者より、安定した地位であることも確かだ」


 僕は言った。


「領主の仕事には、公正な裁判の運営も含まれるんじゃないですか?」


「あ、あの件は、本当にすまなかったと思っている。心から謝罪したい。申し訳なかった」

 ユリアは神妙な面持ちで頭を下げた。

「……だが、私の言い分も聞いてくれ」

「重要な交易路を脅かしているモンスターがいたのに、冒険者ギルドは『危険すぎる』と言って討伐クエストを受けてくれなかったんだ」

「彼らがクエスト報酬の吊り上げを狙っているのは明白だった。そこにあのローラという女が首を突っ込んできて……提示された条件が、自動人形の件だったんだ」


「……」


 ローラの発言から集めた断片的な情報から、僕にはそのあたりの話の展開は予想できていた。


 そして、この後の展開も。


「カケル・アーウィン……」


 ユリアは、再び僕の目を見据えて、こう言った。


「……私は君に、そのモンスターの討伐クエストを依頼したい」




「カンペキな流れじゃないですか……!!!」


 馬車の中、マキナが大はしゃぎしている。


「勇者クエストですよ! これは勇者クエストなんです! このクエストを達成した者を、勇者として認めるっていうことですよ! もう、事実上のプロポーズですよ、これは!」


「……一体何が、そんなに嬉しいんだよ」


 僕が不機嫌極まりないことに、マキナだって気づいてるはずだったが、マキナはまるで、気づかないフリをしているみたいに言った。


「嬉しいに決まってるじゃないですか! カケルさん、大出世するんですよ! あなたは伯爵に成り上がるんです! ……大丈夫、絶対に上手くいきますよ。カケルさんほどの人なら、きっと領地と領民を繁栄に導けます」


「できるわけないだろ。やったこともないのに」


 僕が吐き捨てるように言うと、少し、マキナの様子が変わった。

 さっきまで、黄色い声を上げてはしゃぎ回ってたマキナは、急に大人しくなって、表情だけが変わらず、にっこりと笑っていた。


「……大丈夫」

 一転して落ち着いた声で、マキナは言った。

「大丈夫ですよ。私にはわかります。最初は流されて結婚したとしても、一度そういう立場になってしまえば、カケルさんは人々のためを思って働いてくれます」


「一生懸命に勉強して、すぐに領主の仕事を覚えて、あっという間に辣腕を振るうようになります。土地は肥え、街は栄え、この地には、長い繁栄の時代が訪れるでしょう」


「ユリアさんだってそばにいて支えてくれるんだから、絶対に大丈夫ですよ。あの人、ものすごく優秀なんですよ。ステータスがとっても高いんです! ……そのユリアさんだって、カケルさんと一緒になれるなら、絶対に幸せですよ」

 マキナは続けて言った。

「カケルさんだって、ユリアさんみたいな、綺麗で頭の良い人がお嫁さんだったら、文句ないでしょう?」


 そりゃ、僕だってユリアは美人だと思うし、きっと優秀なんだろうとも思うけど……。


「……君は?」僕はそう言った。「マキナ。もしそうなったら、君はどうするんだ?」


「私ですか? 私はこれまで通り、カケルさんにお仕えしますよ?」

「使用人として?」

「何か問題でも? ……おかしなことをおっしゃらないでください。伯爵様の使用人なら、私にとっても大出世ですよ」

「君は……本当に、それでいいのか?」

「いいも何も……カケルさんの幸せが、私の幸せですから」


 僕は続けて言った。


「なあ……裁判で、君は言ったよな? 二人で逃げようって言った僕に、どこまでもついてきてくれるって……あれは、嘘だったのか?」

「嘘、というわけではありませんが……」

 問い詰めるように聞く僕に、マキナは「にこっ」と笑って言った。


「あれは、その場のノリと勢いで、言っただけです♪」


「な……」

「カケルさん。あのですね……」

 絶句する僕に向かって、マキナはさらに言う。


「……いつまでも、私みたいな人形にお熱を上げてちゃ、ダメですよ?」


 そうして、マキナは再び、にっこりと笑った。


「……ふ」

 震える手を握りしめて、僕は言った。

「ふざけないでくれ……僕は……僕は君のことが!」


 その時、馬車が急に停車した。

 その反動で、僕とマキナは激しくぶつかる。


「きゃっ! ……カケルさん? カケルさん、ちょ、やめ……!」


 僕は、どさくさに紛れてマキナを抱きしめ……唇を奪った。

 ……けれど、何も感じなかった。


「くそっ!」すぐに唇を離して、僕は言った。「ごめん、マキナ……こんなはずじゃなかった。こんな風にキスするはずじゃなかったんだ……何も感じない……」


 僕がそう言う間ずっと、呆然として、口元を手で覆いながら僕を見返しているマキナを見て、僕は目をそらした。


 御者が、大声で何か話している。どうやら、誰かが馬車の前に飛び出したようだ。


「様子を見てくる」


 僕はそう言って、逃げるように馬車を降りた。


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