28 最初の晩餐(後編)
どこからか次々と運ばれてくる料理も、ほっといても誰かが注いでくれる酒も、この世のものとは思えないほどに美味しかった。
僕に話をせがんでくるユリアは、とても聞き上手な人で、わざとらしくない程度に僕をしっかり立ててくれたりして、僕はすごく良い気分になる。
話の途中で彼女が見せる、意外なほど屈託のない笑顔が、とても愛らしかった。
だんだんと酔いも回ってきて……僕は、揺れ動くユリアの肩のラインに、どこか艶めかしいものを感じ始めていた。
……けれど、僕はこの晩餐を、素直に楽しめないでいた。
笑い声が弾ける度、僕が探すのは、ユリアではなく、マキナの笑顔だった。
そのことに気がついた瞬間、僕はなんだか急に、自分が行きたくない場所に、誰かの手で無理矢理連れてこられたかみたいな、そんな気持ちになった。
急激に不愉快な気分が沸き起こってきて、まだ話の途中だというのに、僕はいきなり黙り込んでしまう。
すぐにまずいと思った僕は、沈黙を誤魔化すようにグラスのワインをあおったが、ユリアは僕の異変に気づいたらしかった。
彼女は唐突に、話題を変えてきた。
「カケル。君は、どうして冒険者になったんだ?」
僕は、ワインを飲み干してから答える。
「……戦争で、家族がみんな殺されてしまって。食べていくためには、他に方法がなかったんです」
「……そういえば、法廷でもそんなことを言っていたね。これは不躾なことを聞いた。申し訳ない。お悔やみ申し上げる」
「いえ、いいんですよ……もう、何年も前の話ですから」
「……三年だよ」
ユリアは僕の「何年も前」という言葉が気に入らなかった様子で、キッパリと訂正してきた。
「君がご家族を亡くしたのは、あの戦争だろう? あれからまだ三年しか経っていない……傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。私も当事者だから、そのぐらいはわかるよ」
「当事者、ですか……?」
僕が訝るように行くと、ユリアは、ほろ酔い気味の目……それは、遠くを見るような目でもあった……で言った。
「私の父も、あの戦争で戦死した……それでショックを受けた母は、病気になって、そのまま後を追うように……」
僕の意識は、アルコールで鈍くなった状態から、少しだけ覚醒する。僕はよそ者だから知らなかったが、そういえば、地元出身の冒険者がユリアの両親について話しているのを、僕は確かに聞いたことがあった。
「僕、思い出しました……すみません、そんな大事なことを忘れるなんて」
「いや、いいよ……そんなことより、これは、思わぬ共通点が見つかったものだね。私たちは二人とも、あのひどい戦争の犠牲者だったわけだ」
「……そうですね」
「私は何か、運命的なものを感じるね……カケルも、そうは思わないかい?」
いったん言葉を切って、赤いワインをグラスの中で揺らすユリアを見て、僕は言った。
「運命的なもの、というか……僕が感じるのは……」
「ん? なんだ、言ってみてくれ」
「ユリアも……大変だったんだろうな、って」
唐突に、グラスを揺らすユリアの手がピタリと止まる。
だが、そのことにはあまり気を留めずに、僕は言った。
「ユリアも、僕と同じように、苦労したんだろうなって……だって、その年齢で両親を亡くして、しかも女の人が伯爵になるなんて、本当に大変なことだったと思うよ」
「こんなことを言うのは、不謹慎かもしれないけど……僕は、同じ苦しみを分かち合える人がいて、安心したっていうか……少しだけ、苦しみが和らぐ気がする、というか」
「同じなわけ……」
「え?」
「同じなわけ、ないだろ!」
グラスを置いて急に立ち上がったユリアを見て、僕は驚いた。
ついさっきまで、気高さを揺るぎなく保ち続けていたユリアの顔は、いま、あふれんばかりの感情で一杯になっていて、頬は紅潮し、目には涙が浮かんでいる。
それを見て、てっきり僕は「貴族である自分の方が、ずっと苦労したに決まっている」と怒られるのだと思ったのだが……実際は、正反対だった。
ユリアは、震える声でこう言ったのだ。
「確かに……確かに、私には私の苦労があった……でも私は、その日のパンに事欠くようなことは一度もなかった! 私は貴族で、カケルは平民だ。戦争で苦労したのは同じと言っても、苦労の程度まで同じだったはずがない! カケル……君は、私なんかよりも、ずっとずっと苦労したはずだ!」
「普通なら……普通なら、こう思うだろ! 『貴族のお前に、平民の苦労がわかるもんか』って……なのに……なのに君は……」
「どうして……どうしてそんなに優しいんだ!」
言い終えた直後、一筋の涙が、ユリアの頬を伝って落ちた。
僕は唖然として、何も言えないでいた。
少しの間、そのまま泣いた後、ユリアは手で涙を拭いながら、
「と、取り乱してすまない……」
と言い、大柄な初老の執事に向き直る。
「スティーブ。十分……いや、十五分経ったら、カケルを二階のバルコニーに案内してくれ」
「承知いたしました、伯爵」
会話の後、ユリアは席を離れて、駆け足で食堂を出て行ってしまった。
いまだ呆然としている僕のそばに、執事のスティーブが歩み寄って、食器を下げようとする。
「デザートをお持ちします、カケルさま」
「い、いえ、結構です。ユリアが食べないのに、僕だけ食べるわけには……それより、水をもらえますか。あと、その……ユリアのこと、いえ、スペンサー伯のこと、申し訳ありません……」
僕が思わずスティーブに謝ると、彼は仕事の手を休めずに微笑んだ。
「ふふ……お若いですな。さきほどのスペンサー伯の態度は、そういう意味ではないと思いますよ」
「え? それじゃあ、どういう……?」
「……カケルさま」
「はい?」
スティーブは僕の疑問に答えることなく、代わりにこう言った。
「ユリアお嬢様を……どうか、よろしくお願いいたします」
この時、僕は遅ればせながら、何かものすごいことが水面下で進行していることに気づいたのだが……その大きな流れを止めることなんて、できるはずもなかった。




