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27 最初の晩餐(前編)

 その日の夜、僕はスペンサー伯爵邸の夕食に招かれた。


 なんでそうなるの、とは激しく思ったが、行かないという選択肢は存在しない。日が暮れた頃、僕とマキナは連れだって、街の高級住宅街にあるタウンハウスに出向いた。


 タウンハウスというのは、貴族の邸宅としてイメージするような郊外にたたずむ大豪邸ではなく(そっちはカントリーハウスという)、街中にあるもう少し小さめの家のことだ……まあ、それでも豪邸には違いないんだけど。


「今日はよく来てくれたね、カケル」


 そのタウンハウスで、てっきり使用人に出迎えられると思っていた僕は、玄関ホールでユリア直々に歓迎されたのでかなりびっくりした。使用人たちは使用人たちで、勢揃いして玄関ホールの隅で礼をしている。


 最上級の歓待だ。僕はそれを見て、何が起こったのかわからないという戸惑いのせいもあり、すっかり恐縮してしまう。


「お、恐れ入ります、スペンサー伯。本日は、お招きいただいて光栄です」

「ふふ……」


 たどたどしい返礼を口にした僕とは対照的に、ユリアの態度は堂々たるもので、その動作には、優雅さの中にも、確かな威厳が感じられた。


 ユリアは、昼間の男装とは打って変わった、大胆に肩を露出したドレス姿だった。白い肌に白いドレス。それが、長い黒髪と好対照になっていて、美しい。


「こういうドレスを着るのは、久し振りでね……どうだろう。おかしくないだろうか」


 そう言って軽くスカートを持ち上げて礼をするユリアに対し、僕は胃がキリキリと痛むのを感じながら、どうにか答えた。


「め、滅相もありません、スペンサー伯。よくお似合いです」

「ふふ……緊張しすぎだよ、カケル」


 ユリアは小さく笑いながら、一歩前に進み出てくる。ハイヒールが床を叩く音を聞きながら、僕は思わずのけぞった。


 だって……そんなに近づかれたら……胸の……谷間が……


 ……ハッ!? ヤバイ。ヤバイだろ僕! 伯爵様をそんな目で見ていたのがバレたら、僕は……僕は、どうなっちゃうんだ!?


 そう思って、ますます縮こまる僕を見て、ユリアは眉をへの字に曲げて言った。


「そうかしこまらないでくれと、昼間も言っただろう……スペンサー伯ではなく、ユリア、と呼んでくれ」

「そ、そんなことはできません」

「しかし、マキナのことは『マキナ』と呼んでいるのだろう?」

「え? それって、何の関係が……?」

「ふっ……」


 ユリアはおかしそうに、爽やかな微笑みを僕に向けながら、表情は笑顔に固定したままで、唇だけを動かして、小声で言った。


「……いま、私の胸を見ていたよな」

「なっ! い、いえ! そのようなことは!」

「ユリアと呼べ。さもなければ処刑する」

「ごめん! 僕が間違っていたよ、ユリア!」


 偉い人の言うことには絶対服従! 長生きの鉄則だよ☆


「……うん、わかってくれればいいんだ。さあ、食堂へどうぞ」


 ユリアが先に立って歩き出したので、僕はそれについていこうとした。ところが、マキナがその場から動こうとしないのを見て、僕は怪訝な顔で振りかえる。


「マキナ? どうしたの、早く行こう」

「いえ……」

 すると、マキナは笑顔を浮かべて言った。

「私は、地下の使用人部屋にいます」


「え?」

 その笑顔と言葉に、何か不自然なものを感じて、僕は言う。

「何言ってるんだよ、マキナは使用人じゃないだろ? いくら身分が違うとはいっても、こうしてお招きされたんだから堂々と……」

「カケルさん」


 マキナは僕のそばに寄ってきて、そっと耳打ちした。


「ユリアさんはきっと、カケルさんと二人だけでお食事がしたいんだと思いますよ」

「え? なんで?」

「むう……」すると、一転してマキナは苛立たしげな顔になって「いいから、早く行ってください!」

 と言って、僕の背中を突き飛ばした。


 よろめいた僕は、慌てて体勢を整えた後で

「なんなんだよ、もう……」

 などと文句を垂れたが、言っても仕方ないので、僕はユリアの後を追いかけて食堂へと向かった。


 角を曲がる前、僕はなんだか後ろ髪を引かれるような思いがして、後ろを振り返る。

 すると、マキナは笑顔のまま、小さく手を振って僕を見送っていた。

 ……そんなマキナを見て、なんだか僕はとても嫌な気分になったのだけれど、その時の僕には、それがなぜなのか、よくわからなかった。




「マキナには、気を遣わせてしまったみたいだね」

 使用人が引く食堂の椅子に腰掛けながら、ユリアは言った。

「申し訳ない……ただ、私が言うのもおかしいけれど、とても気の利く人だと思うよ。私としては、素直にありがたいな」

「は、はあ……」

 僕は生返事をしながら、従僕にうながされて、ユリアの前の席に着く。


「あの……」

「ん?」

「僕たちだけ、ですか?」

「おかしいかな?」

「いえ、そういうわけでは……」


 僕は口ごもりつつも、視界の端に意識をやって、周囲を確認していた。食堂には、隅で控える従僕や執事を別にすれば、僕とユリアの二人だけ。余っている席が、優に十はある。


「三年前、父と母が亡くなってね」

 ユリアは言った。

「そのタイミングで急に法律が変わって、女の私でも爵位を継げるようになったのは良かったんだが……社交界からは、すっかり孤立してしまった。みんな、爵位を持つ女をどう扱ったらいいのか、わからないみたいなんだ」


「それは……心中お察しします。けど、僕なんかには雲の上の話で……」


「いや、そんなことはいいんだ。つまらない話をしてしまった。私が言いたかったのは、君は数少ない客人だから、歓迎するということなんだ。こんな話はもうやめよう。今夜は、もっと楽しい話がしたい」


「楽しい話、でしょうか」

「ああ……」


 すると、ユリアはわずかに身を乗り出した。輝く黒い瞳の中に、揺れるランプの灯りが映り込んでいて、どこか幻想的だった。


「たとえば、君の冒険の話とかを、聞かせて欲しいな」


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