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27.父と子

20/10/17 微修正

「アルバ殿、無事か!?」


 クルスターク領主邸のとある客間。

 扉を壊さんばかりの勢いで客間に駆け込んできたのはケイティである。


「よう。遅かったな」


 備え付けの簡易応接セットに腰を下ろし、マーキナーとさしでお茶を飲んでいたアルバは、涼しい顔でケイティに応じた。


「はぁ……よかった。無事のようだな」


「なんじゃ。わしがアルバに授けた加護のことは知っておったのじゃろう? 信用していなかったのか?」


 安堵あんどのため息をつくケイティに、すかさずマーキナーが嫌味を投げかけた。


「いやいや、もちろん、信じてはいたが……」


 しどろもどろになるケイティをマーキナーはにやにや笑って見守っている。


 ケイティに続き、開けっ放しの扉からユリシャとモナが入ってきた。


「アルバっち、生存確認? オールグリーン?」「アルバさんは……大丈夫そうですね」


 少し遅れて、息を切らしたラキアが顔を出す。


「ちょ……なんで……みんな、そんなに速いのよ? アルバ、ぶじー? ま、私は心配してなかったけどね」


 いつものようにモナの肩にすがりつきながら、言葉だけは強がるラキア。


「心配かけたな。見てのとおり無事だ。昨晩の状態に巻き戻されたからな、疲れてはいるが、【これでも喰らえ!】を食らったダメージが少し残っているだけだ」


「昨晩……ということは、魔の森へ偵察に行って、戻った頃合いですか?」


 頬に指を当て、モナが記憶をたぐった。


「ああ。ちょうど街の西に差しかかったころだな。今、それ以降の出来事をマーキナーに聞き終えたところだ」


「ちょっと待ってよ! それじゃあ、何もかも巻き戻ったってこと? 記憶も? 【支配】の魔法の効果も消えた? 私がつんのめって、あんたの胸に飛び込んだことも、覚えてないの?」


 ラキアがアルバに詰め寄った。


「胸に飛び込んだ?」


「ごめん、忘れて。今のナシ」


 ラキアが苦い顔で口をつぐむ。


「……われの過去についても、覚えていないのか?」


 おずおずと質問したケイティに、アルバは不思議そうな表情を浮かべる。


「過去? 仲間の過去なんて気にしないが」


 女性陣四人は互いに顔を見合わせる。


「これは……アルバさんのいないところで、話を合わせたほうがいいかも知れませんね」


「まっ、知らなくていいことってのは、あるわよね」


「同意する」


「? そんなもん?」


 思案顔のモナに、肩をすくめるラキア、深刻な様子のケイティに、他人事のユリシャである。


「ええと、それでは私たちはいったん席を外させていただきますね?」


 モナを先頭に、四人は客間を出てゆく。

 アルバとマーキナーは無言で四人を見送った。


「よかったのか?」


 四人の姿が消えてから、マーキナーは何気ない素振りでアルバに問うた。


「言ったろう? 仲間の過去は気にしない」


「『斥候が情報を忘れてどうする?』じゃったか。『死んだ直後に記憶だけ残して一日前の位置と状態に巻き戻す』か。そんな複雑な加護を組み上げるのは、正直、二度と御免じゃよ」


「手間をかけたな。おかげで助かった」


「ま、次はないぞ。街を守ってくれたことには感謝するが、今回の最大功労者は天罰級の恩寵を発動したモナじゃろう。本人は平気な顔をしておるが、本来は数名の神官が命がけで行う所業しょぎょうじゃからのう」


「そうなのか? モナとラキアが以前に天罰級の恩寵を発動した話をしていたから、慣れたものかと思っていた」


「……お前に忠告しておこう。あのふたりに常識は通用せん。あれがふたりで連れ立っている時点で儂は頭が痛いよ」


「まあ、モナの『聖女』って通り名が伊達だてじゃない時点で、異常なのは了解している」


「それはともかく、儂がお前に施した加護はもうない。更新もなしじゃ。次に儂の知らんところで死んでも儂は関与せん。せいぜい命を大切にな」


「心得た」


「で? 【支配】の魔法のほうは、そのままでよいのか? なんなら記憶ごと巻き戻してもよいぞ? そのくらいの施しは許容範囲じゃ」


「……思ったんだが、死んだ人間に忠誠を誓っている状態に、なにか不都合はあるか?」


「儂に聞くな。自分のことじゃろ? 何か、強制されるような感覚はないか?」


 マーキナーの質問に、アルバはしばし考え込む。


「……神は苦手だ。これは前からだな。ケイティのことは命がけで守っていかなくちゃとは思う。だが、ラキア、モナ、ユリシャの三人に対しても同じ気持ちはある」


「死んだ主君の娘に対する気持ちと同等か? ずいぶんと嬢ちゃんたちに思い入れがあるようじゃな」


 そう言って笑うマーキナーの表情は、美少女の外観とはあまりにも不釣り合いなゲス顔である。完全に中身が漏れている。


「斥候だからな俺は。仲間のために最初に死ぬのが仕事だ」


 アルバの返答に、マーキナーは毒気を抜かれてあ然とする。


「さよか。つまらん。……しかし、あの獅子帝は亡き主君としていただくには問題がありすぎやせんか?」


「……俺には両親がいない。だからわからんのだが、たいていの人間は両親に忠誠を誓っているものじゃないのか? だったら、その対象がそこまで立派な必要はあるまい?」


「……儂に聞くな。儂は父神じゃ。秩序と混沌こんとんのはざまに生まれた時間という原初の神じゃ。両親はおらん。ふむ……『孝(てい)忠信』という言葉があるな」


「孝悌忠信?」


「『孝』が両親をうやまうこと、『悌』が目上の者を敬うこと、『忠』が真心をつくすこと、『信』が誠実であること、じゃな。『忠』は君主や国につくす意味もある。お前がいう忠誠とは、この言葉のことじゃろう」


「つまり、両親に対する忠誠も、主君に対する忠誠も、根は同じだと?」


「根っこの話をするなら、『仁』じゃな。他人を思いやることじゃ。まあ『愛』と言ったほうが受けはよいか」


「『愛』か。ならば、それが【忠誠】の魔法の根源ということか……」


「孤独な皇帝が決死の末に得た力が『愛』の強制とは、哀れなものじゃ。『愛』は捧げるもの。欲した途端に醜くゆがむ。まあ、それを求めるのもまた人のさが、嫌いではないがのう」


「捧げるぶんには害がないんだろう? それなら、いない両親のかわりに不出来な親として、俺が獅子帝をしのんでも、バチは当たるまい?」


「ふむ。どうやら地母神が獅子帝を星へと昇天したようじゃからの。文字どおりバチは当たるまいよ。さて、マーキナーの体が睡眠を欲しておる。そろそろね」


「了解だ。夜分遅くにすまなかったな」


 残りのお茶を飲み干し、アルバが席を立った。


 部屋を出てゆく直前、アルバは振り返ると苦笑いを浮かべた。


「正直な、獅子帝のことは嫌いじゃなかった。それに、忠誠を誓った相手がいた、という記憶も案外悪くない。誰かのために死ぬっていう経験ができたこともな。ま、そういうことにしておいてくれ」


「その相手を自分で殺めておいて、か。おまえさんの胆力には恐れ入るよ。生まれついての反逆児め」


 マーキナーはあえてアルバには届かない程度の小声で言葉を吐いた。


 部屋を出てゆくアルバを見送った後、マーキナーはベランダへ出て、天を仰いだ。

 雲ひとつない夜空に新たな星を探す。


 ひときわ明るく輝く紅の星を見つけ、マーキナーは目を細めた。


「あれが獅子の星か。確かな加護を感じるのう。地母神のやつめ、獅子帝の眷属けんぞくとして死んだ魔獣たちに報いるつもりだったのじゃろうが……巻き戻し中のアルバに気づかんとは、とんだドジっ子じゃわい」


 巻き戻されている途中の者は、時の流れから逸脱した存在となるため、神といえども容易には知覚することはできない。


「アルバの奴め、我知らず獅子帝の眷属であり続けることを選んだか。あの星の加護を一身に受けて、次は何をしでかすかのう。これだから、中つ界は面白い」


 時の神をその身に宿すマーキナーは、すべての未来を見通すこともできる。

 だが、未来の可能性はあまりにも膨大で、マーキナーの持つ人間の脳では処理が追いつかない。

 なにより、未来のことを知ってしまったら、つまらない。


「ご隠居!」


 不意に横からマーキナーを呼ぶ声がした。

 見れば、隣のベランダの手すりの上でユリシャがしゃがみこんでいる。


「そっち行っていい?」


「珍しく殊勝しゅしょうじゃのう。おいで」


 ユリシャの体が宙を舞い、こちらのベランダの手すりへと乗り移ってきた。


「お前、本気で儂を『ご隠居』呼ばわりか」


「だめ?」


「構わんよ。何用じゃ」


「なんか……ご隠居に呼ばれた気がした」


「……そうか。ユリシャ、お前『うろ覚えのユリシャ』なんて通り名があるそうじゃな」


「その名前、好きくない」


「『忘却の女神』とはほど遠い通り名じゃな」


「はて?」


 マーキナーはユリシャの紫色の瞳をのぞき込む。

 マーキナーの、時氏神の脳裏に十年前の娘との面談がよみがえった。


『私は私の氏子を皆殺しにした皇帝がどうしても許せないのです。今より私は、復讐の女神となりましょう』


『そのために、最後の氏子である娘を皇帝に殺させて、それを理由に神罰を下す、じゃと?』


『そのために父神様のお力をお借りしたいのです。娘を依代とするため、一時的に身体の時を進める加護を施す』


『死んでその加護が解けば、無事、殺される前の身体に逆戻り、か。わかっておるのか? それは人を、なにより神界をもたばかる行為じゃぞ?』


『わかっております。その罪をもって私は神界を去るつもりです』


『儂の子らは皆、嘘が大嫌いになったと思っておったのじゃがな』


『私を自分に一番似ていると仰ってくださったのは父神様ですよ』


『時も忘却も、うつつより夢へと至る流れなり、か。して、神界を去ってなんとする』


『中つ界へと下り、魂が砕けてしまった器を探して、それを依代とします。そして、すべてを忘れ、人として生き、死にます』


『ばかな! 氏子のあだを討つために、おのれを捨てようというのか!』


『この二十数年、私は紅の姫の──ユリシャの幸せを願っておりました。ですが、私の加護はユリシャを不幸にしただけ……。私は、神である私自身が許せないのです』


『……お前の気持ちはわかった。だが、お前が挑発したとして、皇帝が凶行に及ぶ保証はあるまい?』


『皇帝は、自分がユリシャに愛されなかった原因が私の加護にあることを知りました。あとひと押しすれば、私への憎しみを暴走させることでしょう』


『皇帝が思い留まれば、あるいは、皇帝の娘が皇帝を許せば、お前も復讐をやめるのだな?』


『はい』


『いいだろう。その賭けに乗ろう。お前はひとつ忘れているよ』


『?』


『皇帝が、成長した娘の姿に気づく可能性を考慮していない』


『気づくでしょうか?』


『儂なら気づく。お前が、どのような姿になろうとも、お前自身であることを忘れ去っていようとも、儂はひと目でお前と気づくだろう』


 時氏神の言葉に女神は微笑んだ。


 だが結局、人間を理解しきれていなかったのは時氏神のほうだった。

 獅子帝の怒りを、その娘の怒りを、理解できていなかったのだ。


「賭けは儂の負けじゃった。約束どおり、すべての後始末は儂がけ負おう。この十年、忘却の女神の不在により中つ界にどのような変化が生じたか、それもマーキナーの目を通して確かめるとしよう」


「ご隠居、ボケたの? 何言ってるかさっぱりだよ」


 こちらを心配そうに見つめるユリシャの紫の眼に、マーキナーは微笑む。


「……ユリシャよ、お前は今、幸せか?」


「? ケイティがいて、みんながいるから、毎日が楽しいよ」


 ユリシャはにかっと満面の笑みを浮かべた。

 マーキナーはユリシャから視線を外し、再び天を振り仰ぐ。


「そうか、ならよい。ならば、何も言うまいよ。親が子に求めることなぞ、いつだって、それだけじゃ。ユリシャよ」


「なに?」


「幸せにおなり」

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― 新着の感想 ―
[一言] そういうことだったのか!ユリシャって忘却の女神だったんだ。それでマーキナーの中身がおっさんだって気がついていたんだ。にしても獅子帝づて、最初は印象が悪かったけど最後にはかわいそうなやつって…
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