17.静止した時の中で
20/06/26 全面改稿
20/08/29 誤字脱字・表記ゆれ修正
俺を迷宮の最深部まで連れていかないと、クルスターク家が破滅するらしい。
よくは分からないが、俺が迷宮攻略を邪魔したから、神殿が怒るそうだ。
クソ勇者のアルバは俺とクルスターク家の破滅が望みらしく、最後まで俺を連れて行くことに不満のようだったが、女性陣に押し切られていた。
これ、【魅了】が解けかけてんじゃね?
特に、女性陣の一人であるケイティは俺への態度が良好で、魔物の止めも刺させてくれると言ってくれた。
そう言えば、【鷹の目】の女性陣は初見とは随分と印象が違った。
ラキアはツンデレで間違いない。
まだデレてないだけだ。きっと、いつか、必ずデレるに違いない。
俺はそう信じる。
ケイティは『くっころ』じゃなくて、メスゴリラだった。
いや、メスゴリラは言いすぎか。
あれだ、マッチョ美女だ。きっと腹筋割れてる。シックスパックだ。
間違いない。
そして、モナとユリシャは怖い。すごく怖い。
癒やしでも無口でもなかった。
なにこれ? 二人共極寒だよ!
印象が違うといえば、モンスターもそうだ。
コボルトが犬じゃないだと? モフモフじゃないだと?
許せん。コボルトが犬じゃないなんて話、金輪際聞いたことがないぞ? 頭オカシイんじゃないのか?
何? おかしいのはこちらだと? もともと最初から竜種だと?
解せぬ。
羽毛の生えた蜥蜴とか、恐竜じゃあるまいに。
そして、俺たちはついに迷宮最深部に到達した。
最終局面だ。
どうやらラスボスはミノタウロスらしい。
まあまあの強敵じゃないか。
あれだ、迷宮の最後はミノタウロスと相場が決まっているやつだ。なぜかは知らんが。
当初の予定では、ここに来るまでに経験値を稼いでレベルアップを果たし、ラスボスは俺の【時を止める】能力で華麗に倒す予定だったのだが、仕方ない。
ここは【鷹の目】の女性たちに華を持たせるとしよう。
そこで、俺は大変なことに気づいた。
これが最後のモンスター?
だったら経験値を得られるラストチャンスじゃないか!
まずい! 絶対に俺が止めを刺さなきゃ!
俺は必死になって、止めを譲ってくれるように懇願した。
ここでも、俺の願いを聞き届けてくれたのはケイティだった。
これはもう、俺に惚れているのでは?
ミノタウロスと戦いは、【鷹の目】の圧勝だった。
俺はミノタウロスの首を自らの手で落とした。
ミノタウロスといえば、かなりの大物だ。経験値も多いに違いない。
これで俺は魔力を取り戻せる!
しかし、いつまで経っても俺の魔力は戻らなかった。
なぜだ! これじゃあ、ストーリーが進まない!
いや、待て。まだ進行不能バグだと決まったわけじゃない。
まだ最後に一番大きなイベントが残っているじゃないか!
混乱する思考を抱えたまま、俺は【眠り姫】のもとに向かった。
【眠り姫】をひと目見て、俺は感涙にむせぶ。
そこにいたのは、俺好みのロリっ子だった。
間違いない。俺のためのメインヒロインだ!
「彼女は、どうやって? どうしたら、彼女をここから出せる?」
「そりゃあ、この魔法陣を……」
何? 魔法陣? これを壊せばいいのか!
俺は持っていた斧を振り下ろし、魔法陣を破壊した。
そして気がつくと、【眠り姫】とともに、薄暗い部屋の中にいた。
うん、落ち着け。
定番の遭難イベントだ。二人の絆が強く結ばれちゃうやつだ。
しかし、なんでアルバまでいる? またバグか?
オーガまで? 何の冗談だ!
アルバが初めて俺に対して感情を露わにした。
本気で怒っていた。
どうやら俺は迷宮を殺してしまったらしい。
迷宮がなくなったら魔獣が増える? 迷宮があるから、魔獣が湧くんじゃないの?
逆なのか?
俺のせいで、魔獣に殺される人が増えるだって!!
嘘だ! そんなこと、絶対に嘘だ!!
街の皆の笑顔が、館の兵士たちの笑顔が、脳裏に浮かんだ。
俺の頭の中は、もうぐちゃぐちゃだ。
おかしい。おかしい。おかしい。
迷宮を攻略したんだぞ? ご褒美は?
なんでみんなが死ぬことになる? そんな馬鹿な話があるか。
そんな話、聞いたことない、読んだことないぞ!
そうだ、相手はクソ勇者のアルバだぞ! 本当のことを言っているわけないじゃないか!
いや、そうか。分かったぞ。
はは、なーんだ。これは絶望だ。不幸系の主人公が覚醒するイベントに付き物の、絶望というやつだ。
ああ、気持ちが真っ黒に塗りつぶされる。これが絶望か!
でも、それなら、次に来るのは希望しかないじゃないか!
そのとき【眠り姫】が目覚めた。
【眠り姫】がアルバに言った、『お前ではない』と。
そして、俺に言う、『約束されし者よ』と。
そうか、それでアルバはこの場所にいたんだ。
【眠り姫】はアルバを否定し、俺を選ぶ。やっぱり、俺が主人公だったんだ!
その現実を突き付けるためだけに、アルバはこの場所にいたんだ!
そして【眠り姫】──いや、すでに目覚めたのだから、その呼び名は相応しくない。彼女──真ヒロインは言った。
『生涯にただ一度の願いを』と。
俺の中で、神との会話がよみがえる。
そうか、筋書きを仕組んだのは、あの神か。
邪神じゃなかったんだ。
いや、俺が最弱なのも、そこから逆転するのも、【眠り姫の迷宮】がある土地の領主の子息に転生したのも、すべてはあの神が仕組んだことだったんだ!
なんだ、そういうことか。
そして、俺たちの前に現れるオーガ。
なるほど、こいつがやられ役──力を取り戻した俺にあっさりと倒される役か。
ミノタウロスがラスボスじゃなかったんだ。
俺は真ヒロインに選ばれ、力を取り戻す。そして、このオーガを圧倒的な力で倒す。
そういう筋書きか。
神め、味な真似をしてくれる。
なら、俺はそのシナリオに乗るまでだ!
「魔力だ! 俺に魔力を授けろ!」
子爵を継ぐと決めたあの日以来、使わずにいた平民の言葉で見得を切る。
今ここに、領主子息サバレンを葬り去る。
俺は、真の勇者サーバレンだ!
身体に魔力がみなぎってくる。赤ん坊のころと同じ感覚だ。
心がおどる。胸が熱くなる。
俺はオーガの目の前に立ちふさがった。
アルバのほうを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そう、残念ながら、お前は主人公じゃない。
主人公は俺だ!
──ざまぁ!
「後は任せろ。ここからは俺のターンだ!」
負ける要素はどこにもなかった。
俺は【時を止める】魔法を発動する。
時が止まる。
俺は無防備な姿を晒すオーガ目掛けてレイピアを突き出した。
だが、そこで俺は違和感を覚えた。
レイピアの切っ先が徐々に速度を落とし、オーガに達する前に静止した。
俺は相変わらずのスピードでレイピアを繰り出しているのに、だ。
それはつまり、レイピアが徐々に短くなってゆくことを意味した。
少なくとも、俺の視界には、先端に向けて次第に短くなるレイピアが映っていた。
なんだこれ!? 気色わるっ!
その光景に怖気づき、俺はレイピアを途中まで突き出した状態で魔法を解除した。
魔法を発動していた時間は、体感で二秒程度。
体内に感じる魔力は半分になっている。
次の瞬間、短くなっていたレイピアが元の長さを取り戻しつつ、オーガに迫った。
オーガが体を回転させながら吹っ飛ぶ。
だが、手応えがない。
俺は慌てて後ろに飛び退った。
むくり、とオーガが起き上がった。
その頬は深く傷ついているが、大した怪我ではない。
おそらく、レイピアに突かれて吹っ飛んだのではなく、自分から身を捻ってレイピアをかわしたのだ。
俺は混乱した。
何が起きた? 考えろ。
そうだ! 神が言っていた。俺に近いものは動いて、遠ざかると止まる。
だから、俺から遠ざかったレイピアの切っ先は止まったんだ!
しかし、と俺は気づく。
これでは動けないオーガを一方的に斬りつけることはできない。
あれ? 駄目じゃん!
いやいやいや、まてまて。
昔読んだ漫画では、時が止まっている間に複数のナイフを投げて、それが相手の目の前で止まり、そして時が動き出した直後に相手に刺さっていた。
それと同じだ。
オーガから見れば、一瞬のうちに目の前にレイピアの切っ先が出現し、それが通常の刺突と同じ速度で迫ったのだ。
確かに、途中で魔法を止めたので、突きが浅くなってしまったが、それをかわせるオーガの反射神経が異常なのだ。
そうか、だから、複数のナイフが必要になるのか。
レイピア一本じゃあ、反射神経がいい相手にはかわされちゃうんだ。
えーと、ナイフ、ナイフ。どこかにナイフの束はないか?
って、あるわきゃねーだろ!
立ち上がったオーガが、俺を見て笑っている。
やばい、こいつ戦闘狂だ。
かわすのがやっとの攻撃を受けて、むしろうれしそうに笑ってるぞ!
あかんやつだ!
俺は赤ん坊のころを思い出し、自分の中の魔力を意識する。
あのころは魔力が尽きると、完全に回復するのに五分から十分くらいかかっていた。
今は、半分まで魔力を使ってから十数秒で全体の六、七割まで回復している気がする。
そうか、魔力の回復速度は体内魔力に比例する、ってこういうことか!
問題は、どうやってオーガに攻撃を当てるかだ。
要は、レイピアが止まる位置を、もっと相手に近づければいい。
あと一歩、いや、半歩踏み込むだけでいい。
目だ。目を狙おう!
相手が止まっているのだから、狙うのは簡単だ。
目にレイピアを刺せば、どう考えても剣先が脳に達して致命傷だ。
俺はオーガと向き合い、慎重に間合いを詰めた。
時を止めるのが少しでも遅れれば、逆にこっちがやられる。
時を止めるのが早すぎると──
あれ?
今の魔力でも三秒くらいは時を止められるぞ?
とっとと時を止めて、三秒以内に間合いを詰めて攻撃すれば良くないか?
俺がすぐにでも時間を止めるべきだと気づいた瞬間、オーガが俺に飛びかかってきた。
俺は慌てて時間を止めた。
反射的に、オーガの目を狙ってレイピアを繰り出す。
しかし、オーガは左の手を顔の前に掲げていた。
まるで、最初から俺の狙いを読んでいたかのようだ。
レイピアの切っ先がオーガの手のひらを貫く。
その直後、止まっているはずの時間の中で、オーガはレイピアごと手を握り込み、そのまま上にレイピアの刃を逸らした。
うそだろ!
なんで、止まった時間の中で動けるんだ?
こいつも時を止める能力者だとでもいうのか!
オーガの右手がゆっくりと、そして徐々に速度を増して俺に迫る。
オーガの顔が笑っている。
その顔がどんどん近づいてきて、ゆっくりと表情が変化する。
そうだ! 俺に近いものは動き、俺から離れたものは止まる!
近すぎたんだ!
今、オーガは俺の近くにいる!
俺と同じ時間の中に!!
頭が真っ白になり、体が動かなくなる。
静止した時の中で、俺の時間だけが過ぎてゆく。
魔力が尽きた。
縮んていたレイピアが伸び、しかし、俺の手とオーガの手の間で伸びきれず、へし折れた。
その衝撃で、俺は吹き飛ばされ、尻もちをつく。
それが幸いした。
直前まで俺がいた場所をオーガの右手が風を切って通過する。
あれをくらっていたら、肋骨くらい簡単に折れていただろう。
だが、危機が去ったわけじゃない。
オーガが俺を見下ろしている。
その顔に先ほどまでの愉悦はない。もう、俺を強敵と見なしていない証だ。
今の俺は、ただの獲物だ。
俺は本当の意味で絶望した。
何が『時を止める能力』だよ! 何が最強だよ!
俺はなんで迷宮なんかに入ったんだ? 子爵家嫡男として、のんびりと生きていくはずじゃなかったのか?
俺の目的はスローライフだったはずじゃないか!
それがなんで、オーガに殺されようとしている?
何を間違ったんだ? どこから間違っていたんだ?
くそ、もう嫌だ。何が異世界転生だ! 何が剣と魔法の世界だ!
帰りたい。ああ、俺を元の世界に帰してくれ!
ファンタジーも無双も、小説の中だけで充分だ!
のそり、とオーガが俺に近づいて来る。
死が、すぐそこまで迫っていた。
──パシッ
突然、オーガが左手を振って、空中で何かを掴み取った。
そして左手を開き、苦悶の表情を浮かべる。
「ギ、ギガガッ」
「ちっ。よりによって血で濡れた手で掴むかよ」
見れば、アルバが何かを投げた姿勢で呟いていた。
アルバがちらりと俺の顔を見て、笑う。
「さて、『後は任せろ。ここからは俺のターンだ!』、だっけか?」
あふれてくる涙で視界が歪んだ。
けれど希望が確かにそこにいた。
主人公という名の希望が。




