先輩と曹長とVRな銃撃戦 後編
◯アドベンチャーバース 旧市街地 地下鉄構内 戦闘区域
薄暗い地下鉄構内に、銃火が明滅する。チサトが扮するセントリー曹長を筆頭に、シノブ、ナナミのアバターが銃撃を加えていた。激しい銃撃の後に、敵の殆どが倒れる。
「くそ! 狙いが正確すぎる!」
「セントリー曹長か! 噂どおりの廃人だ!」
生き延びた敵が、更に奥にあるドアへ退避していく。鋭い眼光でその様子を捉えたセントリー曹長が吠えた。
「あの部屋にグレネードを!」
「了解です」
シノブがアサルトライフルを構え、銃身下部に取り付けているグレネードランチャーがシュボンと音を立てた。グレネードがドア枠を掠めて軌道を変えた。
「やべ、少し外した」
「構わない! 爆発と一緒に距離を詰める!」
「了解!」
ボンという爆発音とともに粉塵が立ち込めると、すぐさま、三人がドア横に詰め寄る。粉塵立ち込める室内をセントリー曹長がちらりと覗く。そして、ハンドシグナルとともに叫んだ。
「撃て!」
三人が半身だけ乗り出して銃を撃ちまくる。幾つか聞こえた敵の銃声も、数秒すると聞こえなくなった。
煙が晴れてくると共に三人が一斉に部屋へ突入し、敵が居ないか見回す。
「クリア!」
動く者はいない事を確認すると、シノブがチドリへダイレクト通信を繋いだ。
『すみません。狙いを外しちゃって』
『そう? そこまで大外しって感じじゃなかったけど』
『うちの新人に、すげえ正確な奴がいて。しかも、投擲でビシビシ決めてくるんですよ』
『あー、あのとげとげした感じの子? すごいよね。シノブちゃんが復帰する前に、とんでもない遠投してたよ』
ソウの投擲能力は、多数の武装警備員を見てきたチサトからしても別格だった。シノブがソウの技量に改めて感心していると、ナナミがしげしげとセントリー曹長を見ていた。
「セントリーさんのジャンプ、ウチのとはなんか違う」
「ダッシュをキャンセルするようにしゃがみを入れた後に、二フレーム以内にジャンプを入力して着地に先行するようにしゃがみをもう一回入れればできる」
「は?」
何度聴いても呪文のような内容。シノブが思わず苦笑した。
「五十時間くらいゲームをしないとできないらしいぜ」
「ウチ、三百時間越えているけどできる気がしないです」
「そ、そうなのか……?」
ジットリとした視線をセントリー曹長に送りつつ、ダイレクト通信をつなぐ。
『やっぱり別格じゃないですか』
『普通に練習しただけだもん』
『才能の無駄遣い過ぎる……』
呆れるシノブの耳を、セントリー曹長の厳しい声が打った。
「ポイントBの次は、Cに向かう」
キリッと表情を締めるセントリー曹長へ、またも通信をつなぐ。
『その呼び方、まだ続けるんですか?』
『かっこいいし』
『そっすか。でも通じる――』
シノブの疑念を、ナナミの声が遮る。
「了解。ウチも突撃します」
その返事に、シノブが目を少し見開く。
『通じた』
『分かる人には分かるのよ』
『分からない人なんで、分からなかったです』
そこで、ふとした疑問を投げる。
『でも、アタシたちってその呼び方使ってないですよね?』
『合衆国系じゃないからね。中央共和国連邦の一員だし。昔は違ったらしいけど』
『そうなんですか』
『今後はどうなるのかな。なんか動いているみたいだし』
『なんかあるんですか?』
『あんまり言えないけど、色々あるって噂』
チサトは博識で、色々と深い所まで知っている。彼女が口を紡ぐという事は、何かしらの理由があるのだと理解した。
部屋から、プラットホーム、その先の線路へ降りて、暗闇のトンネルを駆け抜ける。この頃はトンネルだらけだな、とシノブが益体もないことを考えていると、前方の光が徐々に大きくなっていった。
「地上か」
視界が一気に広がった先には、朝焼けの街並みが広がっていた。柔らかな紫を帯びた陽光が、コンクリートビルから照り反る。
ウラシェではまず見られない光景に気を奪われつつ、レールの上を走り続ける。
『なんで電車が地上を走ってるんです?』
『大浸食前はそれが普通だったのよ。地下を通っているものは、わざわざ地下鉄って言うくらいだからね』
『その土地にビルとか建てた方がいいんじゃ?』
『昔はいっぱい人が住める土地があったのよ』
『家賃も安かったのかなぁ。早く新しいドーム都市ができないと、また家賃が高くなるから、どうにかしてほしいんですけどねぇ』
『何箇所か作られているけど、まだまだ足りないわ。っと』
そう言って、セントリー曹長が前を向く。シノブも前を向くとレール上に半壊した電車が止まっていた。その影から頭を出した瞬間に、銃声が隣から聞こえた。
「うお!」
シノブが驚いていると、はるか遠くの敵が倒れた。
銃声の元である横を向くと、セントリー曹長が構えていた長銃を下ろすところだった。瞬時の狙撃。その意味を知ったナナミが感嘆の声を上げる。
「この距離で? すご。ウチじゃ絶対むり」
「賞賛は構わないが、まずはグレネードでけん制を。爆発に紛れて詰めるぞ」
「アタシの出番ですね。三、二、一、ゴー!」
シノブが構えた銃から、グレネードがシュボン、と音を立てて飛んでいく。弾頭が曳いた煙が弧を描き、その先端が列車と重なる。
爆発。巻き上がる粉塵。その中に三人の影が消えていく。
「ついてこい!」
セントリー曹長が叫ぶなり低空ジャンプを決めた。地面を滑るような跳躍後にビタリと着地し、そのまま次々とヘッドショットを決めていく。
よくあんなに難しいコマンドを戦闘中に入力できるものだと感心していると、背後のナナミがボソリと呟いた。
「なんか、キモ。ビタッと吸い付く着地とか」
「本人に言わないでくれよ。あの人、泣いちゃうから」
「泣いちゃうんですか? あんな見た目なのに?」
「中身はメンタル弱めの乙女だよ」
「え、女の人だったんだ」
「あ」
しまった、とシノブが気まずそうに視線を逃す。今度もナナミは追求してこなかった。
「と、とにかく行くぞ」
一気呵成に車内へと滑り込み、幾重にも銃声を轟かせた。
「くっそ! 聞こえねえから、視界が悪いと!」
「隠れて居そうな所を狙え。人戦機戦と基本は変わらん」
「了解!」
音で視るシノブにとって、予想外の苦戦だった。なんとなくの形を予想しながら、銃を撃ち続ける。幾つかの反撃が、頬を掠めた。だが、打ち返すと反撃もなくなった。
「一両目は制圧。問題はここからだ」
「なんです? 今みたいにやっちまえば」
「ブラックカンパニーズがいるな」
「なんです? それ?」
首を傾げるシノブの横から、ナナミの声が聞こえた。
「ウチも知ってます。よくマッチする三人組ですけど、結構手ごわいですね。同じ会社で働いている三人組って言ってました」
「ふーん。よく戦うのか?」
「この頃はあんまり。仕事が忙しかったみたいです。なんか上司が二人いて、片方がめっちゃ怖くて詰められてたとか」
「詰めてくる上司なんて嫌だなぁ」
そんな感じで話していると、セントリー曹長が気迫を吐いた。
「これが最後の決め手になる……。出るぞ!」
「かっこよく言ってるけど、これゲームなんだよなぁ……」
思わずツッコミが出てしまった。直後、シノブのメッセージボックスに、チサトからのメールが入る。開封すると怒った顔文字が表示された。
「了解……!」
シノブが気合を入れ直し、車両の連結通路へと向かう。
「うぉぉ!」
グレネードを車両へ向かい発射するシノブ。爆発を待つこともなく、三人が突撃する。先頭を行くセントリー曹長が唸りをあげた。
「続け!」
そう言ってセントリー曹長が跳んだ。両側に座席がならぶ通路を、滑るように翔ける。
「そこ!」
着地と同時に、座席に隠れていた敵を手早く撃った。その後ろに影が迫る。
「む!」
だが、ナイフを振り上げた影が、銃声とともに倒れ込む。音のした方を見ればシノブがアサルトライフルを構えていた。
「へへ。アタシのアシストも捨てたものじゃないでしょ?」
「さすが相棒だ」
そう言って、シノブがセントリー曹長のそばに駆け寄る。そこから、座席が並ぶ狭い列車内で、激しい銃撃戦が続いた。
座席から顔を出した瞬間に、弾丸の嵐が襲いくる。遅々として進まない戦線。味方も敵も次々と集まってきた。
「こっちが優位ですかね?」
「そうだな。何人かが突っ込んだ。あれが決まれば――」
セントリー曹長がそう言いかけた時、次々と敵陣へ突っ込んでいった仲間たちが倒れていく。
仲間が倒れた向こうには、黒いコンバットスーツを着込んだ三人組がいた。それを見たセントリー曹長の顔が険しく歪む。
「来たな。ブラックカンパニーズ……!」
「名前まんまの見た目っすね」
「とにかく応戦する! 座席に隠れて、位置を悟らせるな」
「了解」
左右二手の別れ、それぞれボックス席に身を隠す。そこから戦況の膠着が始まった。隠れては撃ち、撃っては隠れ。それを延々と繰り返す。
とうとう、焦れたセントリー曹長が叫んだ。
「囮になって敵を釣る! そこを撃て!」
返事を待つ前にセントリー曹長が飛び出す。シノブは援護が遅れてしまった。
「し、しまった――」
「ヒャッハー! 助けに来たぜ!」
鼓膜を突き抜けるような張った声の元を見れば、ダイチが両手にサブマシンガンを構えていた。
「弾幕弾幕弾幕弾幕ぅ!」
無意味な叫びを上げながら、ダイチがブラックカンパニーズの待ち構える防衛線に突っ込む。意味の分からない叫びと突撃にうろたえたのか、ブラックカンパニーズの動きが鈍った。
シノブがその瞬間を見逃さずに銃撃を叩き込み、一人が倒れる。続けざまにセントリー曹長が長銃で残り一人の頭部を撃ち抜いた。
「試合終了だ」
相手が倒れ込むのと同時に試合終了の文字が視界に浮かぶ。続いてスコアランキングが表示された。
「うわ。またぶっちぎりの一位じゃないですか」
「それでも、皆の協力がなければ勝てなかった。礼を言う」
そういうとセントリー曹長が虚空を操作した。直後にダイチの声。
「フレンド申請? またか」
「見込みがあるからな。今度こそ受け取ってもらえると――」
ダイチが手をかざして制止した。
「こいつを受け取るのは、まだ早え」
「どういう事だ」
「あんたに大差をつけられたままだからな。手下や子分になるつもりはねぇ」
「ふむ。中々骨があるな。気に入ったぞ」
セントリー曹長が腕を組みながら、うむうむと頷いた。随分と堂に入った仕草だとシノブが感心していると、視界の端にまたもチサトからの通信申請が入ってきた。
『ねえ。いまのやり取りかっこよくない? 決まってたでしょ?』
『そっすね』
シノブが呆れていると、ダイチが空に向かって唐突に吠えた。
「うおー! チドリさんに逢いてえ! このうっぷんを癒してほしい!」
「な!?」
セントリー曹長が動揺する。シノブも耳を抑えながら、隣にいたナナミへ問いかける。
「どうしたんだ、アイツ?」
「ウチの兄貴、イナビシのチドリさんの大ファンで、この頃は事あるごとにああ叫んでるんです」
「いきなりか?」
「いきなり」
今なお空に向かって叫んでるダイチを見て、シノブが頭を掻いた。
「人様の兄貴にこう言っちゃ悪いが、バカか」
「気にしないんで別に。筋金入りのバカなんです」
ナナミがダイチへ歩み寄り、尻を蹴り上げた。
「バカ兄」
「だぁ!? 蹴るなっつーの!」
「じゃあ、叫ぶなっつーの」
シノブは兄妹の様子を生暖かい目で見ていた。一通りのじゃれあいが終わった後に、ナナミが寄ってきて声を潜めた。
「ところで……もしかしてセントリー曹長ってチドリさんですか?」
「え? どうしてわか――」
あっ、とシノブが口を押さえる。そういえば、今回のやり取りでヒントを与えてしまっていたと思い出す。
どうしようかと悩んでいると、ナナミがさらにこそこそと声量を下げた。
「大丈夫です。黙っておくんで」
「わりい。助かるぜ」
「いえ、ウチもマナー違反って言っておきながらつい聞いちゃったんで……。反省しています」
「でも、どうして分かったんだ? アタシからヒントを出しちまったってのもあるけど」
「チドリさんの名前を出した時の動揺した感じと、名前ですね」
「名前?」
「チドリって千の鳥だから、セントリーなんですよね?」
「あー、気づいたか」
むしろ今までよくバレなかったと思うほど安直な名前だった。チサトへの思慕を叫ぶダイチと動揺を続けるセントリー曹長を目にして、シノブとナナミが似たような呆れ顔になった。
「それにしてもなぁ……。中身は本人なのに」
「ホント、バカですよねぇ」
架空の平和な戦場で、ダイチは今日も愛を叫び続けた。




