先輩と曹長とVRな銃撃戦 中編
〇アドベンチャーバース 地下鉄構内
二人が転送された先は灰色のコンクリートに包まれた閉鎖空間だ。
二条のレールが暗闇のトンネルへと溶けていく。チラチラと明滅を繰り返す天井の蛍光灯が、不気味な陰影を作っていた。
そこは地下鉄のプラットホームだった。
プラットホームの真ん中に、二十数名ほどの人影がたむろするだけで、電車に乗り込もうと列に並ぶ者は一人も居ない。そもそも電車は来ない。
そこが次の戦場の舞台になるからだ。
厳しい顔の中年軍人に扮したチサトと長身の猫耳女性に扮したシノブが、虚空を操作している。シノブの視界には沢山の銃器が浮かんでいた。
「さてと、装備を選ばないと……」
「今度はメトロステージね。直線が多いからマークスマンライフルで行くわ」
チサトが抱えるのは、身の丈の半分以上もある長銃だった。
「それって狙撃銃ですか?」
「正確にはスナイパーとマークスマンってちょっと違うけどね」
「なにが違うんです?」
「歩兵と一緒に行動しながら遠くを撃つのがマークスマン。単独で潜伏するのがスナイパー」
「遠くを撃つためにスコープが付いているのは一緒なんですね」
しげしげと銃を見ていると、チサトがスコープを覗き込むように銃を構えた。
「なんか、スコープを覗き込むのって変な格好ですね。人戦機と全然違う」
人戦機の構えに比べると、チサトの構え随分と窮屈そうだった。人戦機はスコープを覗き込むような構えは取らず、ゆったりと構えている。
チサトがスコープを覗き込み、具合を確かめながら口を開いた。
「人戦機だと、ガンカメラ画像を直接モニターに送り込んでいるからね」
人戦機の銃器にはガンカメラがマウントされている。人戦機サイズともなれば、カメラの重量はさほど問題にはならない。ガンカメラをマウントして、どんな体勢であっても照準を付けられるメリットの方が大きい。
「あー、確かに。ガンカメラの画像から弾道予測線を計測して、メインモニターに合成しているんでしたっけ」
「そうそう。ちゃんと覚えてたのね」
「チィチィさんに教えてもらったの、懐かしいですね」
「他にも理由があるけどね――」
チサトの説明が続く。
バイオストラクチャー合金製骨格と筋肉状駆動機構で建造された人体構造に近い人戦機であるが、可動域を完全に再現は出来ていない。装甲を纏っている以上、鎧を着込んだ人間の如く制限はある。
それゆえ、銃にマウントしたスコープを覗き込む動作は、機体によってはできない。装甲の厚い重量級などでは、特に問題になる。人間とは異なる制限を受ける人戦機の銃は、独自の発達を遂げていた。
「シノブちゃんは、どの武器でいく?」
シノブの手が選択画面を叩く。選ばれたのはいつものアサルトライフルだった。
「アタシはアサルトライフルで。さっきの銃撃戦でびっくりしたんですけど、サイレンサーがついてなくても静かなんですね」
「ゲームだからね。そこら辺はちゃんと調整しているよ」
シノブがいつも人戦機戦で選んでいるのはサイレンサー付きのアサルトライフルだった。それも、銃身自体に特殊な加工を施した特製のものだった。とことん消音化にこだわるのは理由がある。
「いつも耳で探すから、サイレンサー付きじゃないとうるさくて」
「このゲームだとシノブちゃんの音探は使えないから、普通ので良いと思うよ」
「頭から音が聞こえないのが不思議な感じです」
普段の生活や人戦機戦で、シノブは聴覚信号を頭に流し込んでいる。しかし、当然ながらゲームではそのような人間は想定していない。それゆえ、今のシノブに聞こえるのは自前の二つの耳から入る音だけだった。
「んー。どんな感じなんだろう」
厳しい眼帯の男が、可愛げのある仕草で指を唇に当てる。その様子を少し不気味に思いつつ、シノブが頭を掻いた。
「アタシにとっては当たり前だから、説明しづらいなぁ」
シノブが、うーんと呟きながら横を向いた先に、多数の他プレイヤーが見えた。先程までとは違い、味方は二十人を下らない。
「結構いますね」
「大規模戦だからね。このゲーム、人気なのよ?」
「知り合いがいるかもなー」
「見ても分からないと思うよ? アバターだし」
それもそうかと思いながら、シノブがぼんやりとした視線を送る。
「え?」
猫のような瞳が二人のプレイヤーへ釘付けになる。快活でやんちゃそうな青年と、眠たげな瞳をした少女がいた。
このゲームには初参戦であるにも関わらず、二人の顔に見覚えがあった。
「その顔、ダイチとナナミ?」
「え? その声、シノブさんですか?」
ナナミが、現実と変わらない眠たげな瞳をシノブへ向けた。現実のナナミにはない、サイドテールが揺れた。人戦機用のヘッドギアでは邪魔になるから、仮想世界限定のおしゃれ心だろうか。
そんな事を思っているシノブの姿を、ナナミがまじまじと見る。そして、再びサイドテールを揺らして首をかしげた。
「シノブさんもこういうゲーム好きなんですか?」
「いや、アタシは付き添い。こっちの――」
シノブが向いた先には、当然ながら中年軍人に扮したチサトがいる。シノブにつられてナナミが視線を送ると、大げさな咳払いと共に迫力の籠もった低音が響く。
「セントリー曹長だ」
「あれ、声――」
いつ、声を変えたのか。その疑問を遮るやたらと張った声。
「げ! あのセントリー曹長かよ!」
鼓膜を突き抜けるかと思う音量だった。キンキンとする耳を抑えながら、声の主であるダイチを見る。
「あのって、なんだよ?」
「とにかく突っ走ってポイント稼ぎまくる協調性ゼロのゲーマーって有名です!」
「え、そうなのか?」
確かにそんな話を聴いた。疑念を乗せて現実のチサトとは異なる厳しい目を見る。すると、セントリー曹長が、逃げるように視線をそらした。
「そう言う噂もある。不本意ではあるが」
図星なんだろうなとシノブが呆れていると、誰に向けた言い訳なのか傷の走る口をせわしなく動かし始めた。
「作戦が吾輩にとって適切なら協調する。が、吾輩なら単独突破した方が早いから、そうしているだけだ」
「ほら! こんな感じで突っ走るから! シノブさんが友達だったことに驚きですよ! 何繋がりです!?」
「お前、いちいち声がデカいんだよ」
未だにキンキンとする耳を抑えながら、シノブが仕方なしに答える。
「いちおう、リアル繋がりかな」
「マジですか!? 中身はどんな人――」
ナナミがダイチの尻を蹴り上げた。
「バカ」
ナナミが、気だるそうで眠たげな瞳をダイチに向けた。瞳の奥には、いくぶん侮蔑が灯る。
「そういうの、オンラインゲームじゃマナー違反」
「蹴るなよ」
「蹴りコマンドしかないんだから、しょうがない」
面倒くさそうに言い放った後に、ナナミがサイドテールにまとめた髪を揺らして頭を下げた。
「セントリーさん、ウチの兄貴がすみません。本当にバカでデリカシーが無くて」
「気にはしてない」
対人メンタルが弱いチサトにしては随分と鷹揚な態度だと、シノブが感心した。その視界の端に、メッセージを知らせる封筒のアイコンが点灯する。
「ん?」
なにかと思ってそれをタッチすると、チサトからのメッセージが開封された。中身は泣き顔を模した絵文字だった。随分と可愛らしいアイコンと厳しい中年軍人の澄まし顔が、同時に視界に入る。
(あのオッサンアバターで顔文字かぁ……)
傷だらけの眼帯の中年軍人にはおおよそ似つかわしくない顔文字だった。
内心の呆れを隠しつつセントリー曹長を見ていると、腕を組んで胸を張る。その姿勢のまま、セントリー曹長が貫禄たっぷりにダイチとナナミを睥睨した。
「お前たち、武装警備員だったな。なら、期待しているぞ」
「なんで武装警備員だって分かるんだ!?」
「あ」
途端に眼光から威厳が失われ、オロオロと左右に目が泳いだ。震えを隠しきれない声が、動揺を伝えた。
「シノブちゃ……、いやシノブの知り合いだったからな」
「それでも断言はできねえだろ!? 俺たちのリアルの知り合いなんじゃ――」
ガツリとダイチの尻が蹴り上げられる。
ダイチが尻を押さえながら後ろを向くと、ナナミが呆れ顔を浮かべていた。
「二回目」
「蹴るなっつーの!」
シノブの視界の端に、安堵の息を漏らすセントリー曹長が見えた。そして、威厳を取り繕ってシノブを向く。
「そろそろ試合開始だ。ポイントAからBへ向かう」
「なんです? その呼び方?」
「聞き間違いを防ぐために工夫された呼び方だ。クリスティアーナ合衆国や旧大陸西部連合の警備会社では今も使っている。騒音がひどい戦場では有効だぞ」
「本音は?」
「かっこいい」
「だと思いました」
そうこう言っている間に、シノブの視界に試合開始の文字が移る。すぐにプレイヤーたちが突撃を開始した。その先頭にはダイチがいた。
「ヒャッハー! 弾幕ばら撒いてやるぜぇ!」
その直後、銃声が暗い地下鉄構内に響いた。
「やべ」
そのまま、ダイチが倒れる。シノブが、その様子を呆れ顔で見ていた。
「アイツ、人戦機のつもりなのか? 当たり所が悪けりゃ一発で死ぬゲームだぞ」
「ウチの兄貴、バカなんです」
「あー。なるほど」
その後ろで、セントリー曹長が虚空を操作しながら呟いた。
「裏を取れるルートがある。このメンバーで行くぞ」
「あー。この前の資源採取戦でやったような感じか。分かりました」
「ウチもですか。まぁやってみます」
ナナミの返事を確認したチサトは、プラットホームの壁に向かって歩き出した。
他のプレイヤーはレールの伸びるトンネルへと駆けていく。どうして彼らと同じ方向にいかないのか。シノブは心の疑問をそのまま声にした。
「チ……じゃなかった。セントリーさん。どこにいくんです?」
「ついてくれば分かる」
セントリー曹長がプラットホームにある扉へ向かった。壊れかけて斜めに傾いている鉄ドアを蹴り抜くと、真っ暗な空間が現れた。
セントリー曹長がその中へ進み、シノブとナナミが後を追う。
入口近くに転がっていたドアに目をやると、発電室と書かれていた。動いていない発電機の間を抜けて、セントリー曹長が奥にある壁を叩く。
「ここを爆破すればいけるな」
「どうしてわかるんです?」
「マップは叩き込んである」
そう言うと、セントリー曹長が懐から直方体の物体を取り出した。見覚えのない物体に思わず首を傾げる。
「それは?」
「プラスチック爆弾」
そう言うとセントリー曹長は壁際に爆弾を置いて、踵を返す。
「部屋の外へ行くぞ」
「え? はい」
促されるままに部屋を出る。そしてプラットホームに戻るとセントリー曹長が、懐からスイッチのついたリモコンを取り出す。
「爆破するぞ。耳をふさげ」
シノブとナナミが慌てて耳を塞いだ直後、轟音とともに埃と煙が発電室から吹き出してきた。
「あそこを抜ければ、交戦予想箇所の裏をかける」
その様子を見ていたナナミがボソリと呟いた。
「初めて知った」
「へえ。ナナミも知らないのか」
「相当マニアックだと思います。噂どおりの廃人ですね」
「嫌だな。そんな噂」
セントリー曹長の後をついて埃の舞う発電室を抜けると、作業員用と思われる通路に出る。会敵しないままに通路を進んでいくと、徐々に銃声が近くなってきた。
「そろそろですね。そこのドアが真裏です」
「さすが。シノブちゃ……じゃなかった。さすが、シノブ。確認を頼む」
「いまさら取り繕う意味あります?」
シノブがドアを少しだけ開けて先を確認する。そこには背面を向けて応戦する敵部隊が居た。
「おお。本当に裏に出ましたね。さすがチィチ――」
「セントリー曹長だ。一気に叩く。場所を変わってくれ」
シノブと入れ替わりに、ドアの前に立つセントリー曹長。その指がスリーカウントを示した。ゼロの瞬間、セントリー曹長が得意の低空ジャンプを決めた。
二人が後に続く。忙しない展開にシノブがボヤく。
「はぁ、なんでこんな目に」
「ウチは好きなんですけど、シノブさんは好きじゃないんですか?」
「休みはゆっくりしてたいな」
「ならどうして? セントリーさんってそんなに仲がいいんですか?」
「イナビシの頃からの知り合いだし」
「セントリーさん、イナビシの人なんですか?」
「あ」
シノブがしまったという顔をする。ナナミは何かを察したのか、それ以上は聞いてこなかった。シノブが気まずそうに視線を逃す。
「と、とにかく、誘われた以上は、ガッツリやんねーとな」
「そうですね」
思わぬ失態に嫌な汗をかきつつ、シノブの休めない休日は続く。




