先輩と曹長とVRな銃撃戦 前編
〇??? 市街地 地下駐車場
多数の乗用車が並ぶ閉鎖空間は、薄暗い地下駐車場だった。
二つの人影がコンクリ柱を抜ける。たくさん並ぶ車の脇を駆け、両者そろって無骨なオフロードカーの影に隠れた。
二つの影の片方は、しなやかな体つきの背の高い女性だった。アサルトライフルを両手に携え、ミリタリーユニフォームに銃や弾倉の入るボディーアーマーを着た、戦闘員スタイルである。
女性がボンネットの陰から猫耳付きの顔を上げ、あたりを見回す。
「敵は……うお!?」
弾丸が空気を切り裂き、頭上を抜ける。慌てて顔を下げる途中で、眼前のボンネットに火花が散った。
「あっぶねぇ……!」
猫耳の女性が顔を下げた後も、周囲には無数の銃弾が飛び交う。銃撃の閃光が駐車場を照らし、発砲音とガラスの破砕音が幾重にも木霊した。
激戦。まさに激戦だった。
死の気配が濃厚に漂う戦場において、長身の女性は怯まずに機をうかがう。そして後ろを向いて呟いた。
「どうします?」
背後で呟きを受け取ったのは顔中に傷のある顔の壮年男性だった。金の刺繍が入った厳つい眼帯を付けており、歴戦の猛者が放つ迫力を振りまいている。男性もミリタリーユニフォームに銃や弾倉の入るボディーアーマーを着ており、見るからに猛者という趣だった。
厳つい壮年男性が、弾幕が薄くなった瞬間に吠えた。
「突撃する! 援護を!」
「ちょ、待ってください!」
猫耳の女性が慌ててボンネットから顔を出し、銃弾をばらまく。
猫耳女性のけん制によって、敵が怯む。わずかばかりに薄くなった敵弾幕の中を、傷の猛者が地面を滑るような低空ジャンプとともに飛び出した。
ビタリと吸い付くような着地の直後、瞬時に照準を合わせ発泡する。
銃口の先で、車の陰から身をのりだしていた敵が倒れた。
「次!」
傷の壮年男性が、気合の咆哮とともに次々と相手を蹴散らしていく。しばらくして反撃がなくなると、周囲を見回した。
「クリア!」
敵完全掃討の合図を聞いて、猫耳の女性が振り返る。
「え!? もうですか!?」
「早く! 拠点制圧を!」
「分かりました!」
車に囲まれた空間に、二人が素早く身を隠す。
「ここに隠れていれば一安心――」
「いや! 来る!」
だが一息つく間もなかった。二人を取り囲むように数人の足音が地下駐車場という閉鎖空間に反響する。
地下駐車場の入り口に向け二人が銃口を向ける。侵入経路である入り口から人影が飛び出すたびに、女性が引き金を絞る。閃光が薄暗い駐車場を照らし、一人、また一人と敵が倒れていった。
女性の後ろで弾倉交換を終えた眼帯の壮年男性が叫ぶ。
「制圧完了まで、残り十秒!」
「了解! あと二秒で弾切れ!」
「交代!」
阿吽の呼吸で、男女二人がくるりと位置を入れ替える。男性の方は正確無比の照準で、敵の頭部を次々と撃ち抜いた。
数秒すると敵の猛攻が収まり、閉鎖空間に静寂が戻る。
「制圧!」
猫耳の女性が疲れ切った表情で息を吐いた。
「ふぅ……。ようやく一息――」
「急いで次の拠点へ!」
男の発破を聞いた女性の顔に、苦いものが走る。それでも構わず眼帯の男性が走り出した。その挙動に微塵の疲労も見られない。
慌てて猫耳の女性が後を追った。
「待ってください! チィチィさん!」
「時間が無いわ! シノブちゃん!」
疲労が見られないのは当然だった。
銃撃戦は全てゲームで、猫耳の女性はシノブの、眼帯の男性はチサトのアバターだった。
シノブとチサトのアバターが、階段を一段とばしに駆け上がる。戦闘用ブーツがタンタンと子気味の良く階段を叩いた。
二人が仰ぐ視線の先に、徐々に光が見えてきた。
「くそ。どうしてこんな事に……」
シノブがため息まじりにボヤく。駆け上がった先に広がったのは、母星キシェルの街並みだった。抜けるような青空めがけて、幾筋かの黒煙が立ち上る。
それを見たシノブが、現実世界での仕事現場を思い出す。
(はぁ……。いくらチィチィさんのお願いだからって、休日に銃をぶっぱなすのはツラい……)
せっかくの休日を、仮象とはいえ戦場で過ごさないといけないのか。シノブは後悔と共に、事の発端を振り返った。
〇レジャーバース
抜けるような青空めがけ、剣先を突き立てているようなむき出しの岩壁がそびえ立つ。隆々たる山々は、壮大であった。
麓に広がる牧草地の緑は鮮やかで、巨大な湖の青は深い。名匠によって彩られた油絵のような感動を生む光景だった。湖の畔に木製のロッジが立ち並ぶ。
青空からの健やかな陽光に照らされるロッジの一つ。そのテラスの木製テーブルで、優雅にコーヒーを飲む老婆と猫耳を付けた長身の女性が座っていた。
猫耳の女性はシノブ、老婆はチサトのアバターだった。シノブが老婆へ話しかける。
「で、チィチィさん。お願いってなんです?」
老婆が虚空を操作する。
「実はね、このイベントに参加して欲しいの」
シノブの目の前に半透明のディスプレイが突如現れた。そこにはゲームタイトルらしき文字と迷彩柄の軍服に身を包んだ男性が銃を撃っている姿が映っていた。
「なんです? これ? なんかオッサンが銃をぶっ放していますけど」
「そのままよ。大浸食前のキシェルを舞台にした戦争ゲーム」
「うへぇ。好きですね」
「まあね」
「なんで得意気なんです?」
老婆が胸を張る様子を、シノブが呆れ気味に見ていた。呆れるように鼻息を一つ鳴らし、シノブが疑問を声に乗せた。
「どうしてアタシなんかに? チィチィさん、強いらしいから仲間なんていっぱいいるんじゃないですか?」
「なぜか私が本気を出すと、みんなにフレンド解除されちゃうの」
「何やらかしたんです?」
「別にやらかしてなんかないわよ?」
そこからチサトの武勇伝が始まった。
曰く、一人で突撃して敵陣地を制圧した。
曰く、一人で突撃して、敵戦車を奪取して敵陣に突っ込んだ。
曰く、飛行場に単独で潜入して敵戦闘機を奪い取り、敵陣地を襲った。
全てが単独での突撃だった。生き生きと語る老婆に、シノブの呆れが濃くなっていく。
「要するに、はっちゃけたと」
「全力を尽くしただけよ。そしたら誰もいなくなっちゃったの」
「ハイスペック人間って大変ですね」
チサトは紛れもなく優秀な人間だ。
優秀な人間が多いイナビシの中にあっても、学習能力がとにかく図抜けていると評判だった。恵まれた知能と趣味への情熱との相乗効果が、とてつもない戦績を生み出している。
もはや、誰もついていけない程に。
「戦ってくれる相棒が必要なの。今度のイベントの賞品、絶対に欲しいから」
「相棒になれるのは嬉しいんですけど、素人のアタシでいいんですか?」
「大丈夫よ。細かい所はボタンで操作だけど、大雑把な所は思考読み取りだから」
「じゃあ人戦機と同じって事ですか? あれもトリガーだけは手元操作ですけど」
人戦機は基本的には思考読取式だ。動作の大半は、念じるだけで再現する。しかし、火器発砲などのタイムラグを嫌う操作などは、コックピット内のトリガーを始めとした直接操作が多い。
それを聴いた 老婆が口に指を当てて、んー、と唸った。
「あれよりは操作が多いかな。人戦機級の読み取り装置って高いから」
「あー、安い分だけ読み取り精度が落ちて……ってことですか」
「そうそう。高いゲーム筐体だと人戦機に近いんだけどね。高い分だけプレイ人口が少ないし、私としてもコマンド式の方が良いかな」
「チィチィさん、運動音痴――」
「言わないでちょうだい」
老婆の制止に、シノブが苦笑いを浮かべる。
人戦機は思考を読み取る。その際に、運動のイメージがしっかりしていればしているほど、読み取り精度が高くなり、的確に機体を操作できる。
一方で、運動イメージがぼんやりしているほど操縦は下手だ。そして、イメージがぼんやりしている人間の大半は、運動が苦手な部類に属する。チサトもその中のひとりだった。
よくコケる。物を投げても、距離も方向も合っていない。それがチサトだった。
(チィチィさん、本当にそういうのダメだったからなぁ)
シノブがふと何かに気づいたように目を見開き、ポンと手のひらを打った。
「そう言えば、今度来た新人とチィチィさんって似てるかも」
「あー。資源採取戦で見た気弱そうな子かな?」
「チィチィさんほどの戦術眼じゃないですどね。その分、運動音痴ももうちょっとマシですけど」
「もー、もうちょっと優しくしてよー。気にしてるんだから」
「すみません」
現実よりも随分と大人な雰囲気をまとったシノブが、頭を掻いて笑いながら誤魔化す。
「で、操作するとなると結構難しそうですけど、大丈夫ですかね?」
「使うボタン自体は少ないし大丈夫よ。少なくとも、人戦機を扱えるなら問題ないわ」
「だといいんですけどねぇ……」
ちょっとだけなら付き合ってもいいか。それが過ちの元だった。
〇拠点制圧
地下駐車場から階段を駆け登った先も戦場だった。ビルの谷間にある大公園で、あいも変わらず銃撃戦が繰り広げられている。
「いくわよ! シノブちゃん!」
「待ってくださいって!」
眼帯の猛者に扮したチサトが公園を駆ける。
目標まで一直線に、それでいて漏れなく動体を探す。素早く銃を構えた先にいるのは、生け垣からわずかに頭を出した敵だった。
壮年の軍服男性が、僅かに飛び出た頭部を的確に撃ち抜いた。
「制圧完了」
「はっや」
シノブが目を剥く。セントリー曹長が、生身とは随分と違う厳しい顔をニヤリと歪めた。
「これくらい当然よ」
「人戦機のときと、全然違う……」
「コマンド式なら任せて」
おしゃべりを続ける二人が、多彩な花々や木々が両側に生い茂る小路を駆ける。
ある時は木の幹から半身を乗り出した敵兵を、ある時は生け垣に隠れる伏兵を撃ち抜きながら、二人は次の拠点を目指した。
二人の眼前に大噴水が見えた。空の青さと快晴特有の強い光をキラキラと跳ね返す光景に、シノブが少しだけ心を奪われる。
その間に、視界端の棒状のゲージが溜まっていく。それが満タンになり、占拠完了の文字が映し出された。セントリー曹長が構えを解く。
「シノブちゃんも、流石だったわよ」
「大半はチィチィさんがやっちゃいましたけどね……」
シノブが苦笑を浮かべながら戦闘を思い出す。そして、違和感を覚えた場面が脳裏に蘇った。
「それにしても、チィチィさんのジャンプ、なんかアタシのと違うんじゃないですか?」
チサトのジャンプはやたらと低く、素早く横へ飛び出るようだった。ジャンプはボタンを押すだけだから、本来ならばプレイヤー間に違いはないはずだ。
「狙いがブレない様にしているからね」
「へー、どうやってやるんです?」
「ダッシュをキャンセルするようにしゃがみを入れた後に、二フレーム以内にジャンプを入力して着地に先行するようにしゃがみをもう一回入れればできるわ」
さも当然のように言い放たれた呪文が、シノブの左耳から右耳へ抜けていく。
「……え?」
「シノブちゃん、耳悪くなったの?」
「いや、内容がぶっ飛びすぎてて、聞き取れなかっただけです」
セントリー曹長が、しょうがないなぁ、と中年の軍人らしからぬ可愛らしい文句を言いながら、腕を組む。
「もう一回いうね。ダッシュをキャンセルするようにしゃがみを入れた後に、二フレーム以内にジャンプを入力して着地に先行するよう――」
「なんか、チィチィさんだけ別ゲーやってません?」
セントリー曹長が少し肩をすくめて、シノブの横にならんだ。
「こうやったらできるわ」
説明どおりにダッシュした後に少しだけ膝を曲げ、直後にジャンプ。着地と同時にしゃがみ込み、ビタリと上体を安定させた。
シノブもタイミングを計りながら銃床にあるボタンを操作する。だが、タイミングがシビアなのかチサトのようには動けない。
十回ほど試してみたが、どれもダメだった。
「ムッズ。こんなの戦闘中にできませんよ」
「五十時間くらい練習すればできるわ。プラスして百時間くらいやればスッとできるようになると思う」
「それ、完全に廃人じゃないですか」
やれやれと肩をすくめるシノブ。
「チィチィさんについて行ける人間がいなくなった理由が分かった気がします」
「何が悪かったのかしら……」
「別に悪くはないんですけどねぇ……。チィチィさん、何事も全力ですからね」
チサトのハイスペックさを持って全力を投入すれば、ついていけるものは居なくなる。秀才ゆえの悲しき性だった。
本来は羨むべき所なのだろう。しかし、厳しい壮年軍人がシュンと落ち込む悲哀を目にすると、とても羨望など湧いてこなかった。
若干の同情を込めてチサトを見ていると、シノブの視界にメッセージが映る。
「なんか通知来ました?」
「戦績発表ね」
なるほどと思った瞬間に、名前の一覧と獲得ポイントがならんだランキングが表示された。その一番上には、セントリー曹長と書かれている。二位以下を大きく引き離しての圧倒的な戦績だった。
「チィチィさん、ぶっちぎりの一位じゃないですか」
「それでも二位と二倍差じゃないわ。今日はちょっと調子が悪いみたい」
「うへぇ」
セントリー曹長の口調には、微塵の自慢も混じっていない。間違いなく本気で言っていることが分かる。
シノブの呆れをよそに、セントリー曹長が虚空をタッチしていた。何を操作しているのだろうとシノブが首をかしげると、チサトが答えを発した。
「じゃあ、次のマッチングね。申請をしておいたから、今度も同じチームよ」
「はーい」
そうして、二人は光に包まれて消える。その後には、銃撃で随分と傷ついた噴水と、静かに流れる水音が残った。




