兄と妹と仮象の戦場 後編
〇仮想空間内 アドベンチャーバース 田園地帯 戦場エリア
澄み切った青空の下で、二両の戦車が小麦畑を駆け抜ける。戦車の履帯がキュラキュラと音を立てながら、せわしなく動いていた。
ダイチが砲塔内の狭いスリットから外を覗く。そして、稜線上で油断している敵軽戦車を発見した。
「お! 気づいてね―じゃん!」
すぐさま照準器を覗き込む。照準用の十字に敵影を合わせると、空中に浮かぶ仮想コンソールを使って発射操作を行った。
轟音と共に砲火が輝く。
「ヒャッハー!」
放たれた灼赤が、緩やかな放物線を描いて麦畑の上を翔ける。砲弾はそのまま水平線からちょこんと頭を出した敵戦車へ吸い込まれた。そして、一瞬の間をおいて火が上がる。
その様を照準器から見届けて、ダイチが腕を掲げた。
「弾幕もいいが、デカいの一発もたまんねえ!」
「油断していると、またやられるんじゃない?」
ナナミが注意した直後、ダイチの戦車が火を噴く。
「うお! どっからだ!? ナナミ!」
「待って……。え、あんな距離から?」
「どこだよ?」
「三時の方向。すっごい遠くから」
ダイチが砲塔から顔を出して三時の方向を見る。ゲームならではの拡大機能を使って、あぜ道脇に生える木々の陰に隠れた戦車を見つけた。
もはや狙撃と言っていいほどの超遠距離砲撃だった。
「うっそだろ!? こっちは動いてんだぞ!?」
プレイヤーは着弾までの時間差などを全て考慮しなければならない。先の一撃は、相手がどう動くかまで読み切ったうえでの攻撃である。
「やっべ! 隠れねえと!」
ダイチは慌てて急旋回し、近くの窪地に車体を隠した。
「おい! 相手は!?」
「いつものセントリー曹長」
ゲーム用の確認画面を見ながらナナミが答えた。セントリー曹長はミリタリーゲーム界隈ではちょっとした有名人だ。
単独行動を好み、オペレーター役のプレイヤーの作戦指示もまるで聞かない。そのくせ戦術眼は図抜けていて、誰よりも戦果を挙げると言う癖の強いプレイヤーだ。
「またか! アイツの命中率、あり得ねえだろ! チートかよ!?」
「このサーバーだとチートは使っちゃダメだから、あれが素」
「分かっちゃいるけど、ありえねえ!」
「兄貴。相手は孤立しているから挟み撃ちするよ」
「やぁぁってやるぜ!」
「うるさいから、音量下げるね」
宣言通りナナミは通信音量を下げたが、それでも連携に隙は無い。重戦車のダイチが相手の正面から圧力をかけ、軽戦車のナナミが側面から詰める。
「音量さげても、バッチリだな!」
「何年一緒に戦ってると思ってるの?」
セントリー曹長の乗る戦車も、二人の接近を察知して移動を開始する。三台の戦車が複雑な蛇行を繰り返し、仮想の小麦畑に複雑な文様が刻み込まれていく。
「そこ」
「あぁぁぁたれぇぇぇぇ!」
ダイチとナナミが交互に砲撃を加える。しかし、セントリー曹長は発射直前に射線から逃れるように転進を繰り返す。
「なんで躱せるんだよ!? 超能力者か!?」
「多分、こっちの装填時間を測っている」
「戦っている最中にか!?」
ゲームでは、戦車の装填時間も史実に基づいて再現している。上位プレイヤーは、それを頭に叩き込んでいる可能性が高い。上位の上位であるセントリー曹長もその可能性が高い。
華麗な操車テクニックに、ダイチとナナミは一発も当てられなかった。
「うお! また当てやがった!?」
「チートじゃないのが信じられない」
そのうえ、セントリー曹長は回避機動中に致命部位への砲撃を成功させるという離れ業をやってのける。
「あ、やべ!?」
とうとうダイチの戦車が火を噴いた。ゲーム画面に撃破の二文字が浮かぶ。
「やられた! 開始地点に戻る!」
「その必要ないみたい」
「なにぃ!?」
「兄貴がやられたから、チームもポイント負けしたみたい」
砲塔から飛び出たダイチは、くやしそうに車体を殴る。
「ちっきしょー! あー!」
「うるさい。仕方ない。次、どうする?」
「戦車はやめて戦闘機にするか。空を見てたら飛びたくなった」
「りょ」
そして、二人は田園地帯から姿を消した。
〇仮想空間内 アドベンチャーバース 高地地帯 戦場エリア
緑が萌える山々を縫うように、石造りの鉄道橋が幾つもかかっている。その直上を鋼鉄の猛禽が二羽、両翼から白雲を曳きつつ翔けていた。
二機のジェット戦闘機に乗るのはダイチとナナミだった。操縦桿を握りしめ、ダイチは空を仰ぐ。
「すげえなぁ。青空っていいな」
「だから前見て」
ナナミの注意に従って前を向くと、山肌がダイチの機体に迫ってくる。
「あらよ!」
操縦桿を引いてダイチは山肌を避けた。木々の葉が舞い散るほどスレスレでの回避だったが、ダイチはそのスリルを楽しんでいた。
クルクルと無駄に機体をロールさせながら、ダイチがナナミに通信を開く。
「ウラシェでも飛行機に乗れないのかな?」
「低く飛ばなきゃいけないから、すぐに山にぶつかるでしょ?」
「雲の中を進めばいいじゃん」
「迷子になる」
「あー。この位置がわかるやつが使えないんだっけ?」
ダイチがコックピットに映るマップを見る。電波吸収の激しいウラシェではレーダーも、人工衛星通信を利用した位置方位システムも使えない。
この爽快感は、あくまでゲームの中だけのものと悟ると、ダイチは少し気落ちした。
「ウチらだって、普段の任務じゃ使えないじゃん。これが有ったら便利なのに」
「仕事の話はやめようぜ。せっかく憂さ晴らしに来てるんだから」
「兄貴のメンタルって、そんなに繊細だっけ」
「俺だって悩むんだよ」
恰好を付けるようにため息を漏らすダイチだったが、ナナミは実情を知っている。
「チドリさんの事だけね。今日は話しかけてくれたー、とか」
「だって美人だろ? 声もきれいだろ?」
「単純……。そろそろ会敵」
「了解」
レーダーに三機の戦闘機が映る。ダイチが仮想コンソールに映るプレイヤー情報を確認した。敵は、このゲームでよく一緒になる三人組だった。
「ブラックカンパニーの三人か。この頃は見なかったけど、なんかあったのか? 前も土壇場でイベントに来なかったし」
ダイチとナナミが二手に分かれる。何を言わなくても完璧に一緒のタイミングで、二機揃って急上昇した。
「仕事が忙しくて来られなかったって言ってた。上司が二人いて、片方がヤバいって」
会敵するタイミングで急降下をしながら、ホーミングミサイルのロックオンを合わせるダイチ。
「ヤバい上司は勘弁だよな。っと!」
主翼に懸架されたミサイルが、火を吹いて飛び出した。ミサイルは白い筋を曳き、敵機に食いついて、紅蓮の炎を上げた。
「一機撃墜!」
「次いくから、油断しない」
緑萌える山並みに沿うように、二機が機首上げる。ギリギリを翔ける二機が、青葉を撒き散らす。
「一週間くらい会社に詰めていたみたい」
「大変だな! うちらも警備任務とかは相手の所に泊まり込みだけどな」
「この前の紫電渓谷とか最悪。シャワー高過ぎだし、ドーム都市との通信が繋がってないから、休憩の間はオンラインゲームもできないし」
そう言っている間に、ナナミが相手の後ろに付く。
ナナミのコックピットに照準用の十字と敵機影が重なった。間髪入れず、ナナミが操縦桿のトリガーボタンを押す。
「いただき」
放たれた銃撃が次々と敵機体をえぐる。そして、とうとう火を吹いた。
「一機撃破」
「こっちもやぁぁってやるぜ!」
ダイチの方も、残り一機の背後を取っていた。とにかく弾をバラまいている。
「ヒャッハー! 弾幕弾幕ぅ! 弾薬費を気にしなくていいのは最高だぁ!」
「兄貴。マイクのボリューム下げて」
ダイチが機嫌よく叫んでいる間に、被弾を重ねた敵機が火を噴きながら地に墜ちた。
「しゃあ!」
「兄貴。新しい反応」
「相手は!?」
「またセントリー曹長」
途端にダイチの顔が曇る。
「げ! あいつなんでもありかよ!?」
「単独で突っ込んでくる」
「くそ! 編隊とかガン無視かよ!」
「不意をつかれた。さすが」
次の敵編隊までは距離があり、一息つこうとしていたダイチとナナミ。だが、セントリー曹長は幽霊のように現れた。
「兄貴。避けて」
「うお!」
セントリー曹長の機銃が、ダイチ機のすぐ直上をかすめた。空中で交差するダイチ機とセントリー曹長の機体。
難を逃れたダイチが、慌ててナナミと合流しようとターンした。
「それにしても、なんでレーダーに直前まで映らないんだよ! 今度こそチートだろ!?」
「ここもチート禁止。山の影に隠れながら来たんじゃない?」
「ぶつかるだろ!? ここでも変態操縦か!?」
「とにかく追う。同型で二対一。こっちが有利」
そう言って、合流する二機。セントリー曹長を追う形となった。普通に考えれば圧倒的に有利だ。
しかし、セントリー曹長は谷の間や橋の下を縫うように飛ぶ。橋脚の隙間は一機通れるか通れないかしかない。
セントリー曹長を追うダイチとナナミは余裕がない。
「なんだよ! あの変態機動!?」
「ギリギリすぎる」
二機揃っての行動を好むダイチとナナミの特性を知り尽くした上での、嫌がらせ戦法だった。
振り切られないように、橋脚を数回避けた後、ダイチの眼前にレンガの橋脚が迫る。
「やっべ!」
ダイチが橋脚に突っ込んだ。機体は木っ端みじんに吹き飛び、アバターが地面に叩きつけられる。痛みも何もないのは、ゲームゆえの温情だった。
「だぁ! やられた! ナナミ! 仇を頼む!」
「そうして欲しいなら黙ってて」
いつもは気だるげなナナミの表情が、にわかに真剣味を帯びる。何分かのドッグファイトの末、戦場は山脈から抜けて海原に変わった。
もはや橋脚などの障害物を使った撹乱はできない。機を見たナナミが敵機の背後に付ける。
「背後、もらった」
セントリー曹長がナナミを振り払おうとしたのか、急降下を仕掛けた。それを追うナナミの視界に海原が見えた。
しかし、だからといって好機には変わりない。視界の十字をセントリー曹長に合わせる。
「やれる」
ナナミがそう言ってトリガーボタンを押そうとした時、海原に次々と水柱が立った。セントリー曹長が水面を撃っているためだ。その意味がわからず、ナナミが顔をしかめた。
「なんで? ……う」
二機が水柱に突っ込む。防風ガラスが真っ白に染まった次の瞬間、敵機が目の前から消えた。
「しまった。追い抜かした」
視界から消える瞬間を見計らい、セントリー軍曹が、エンジン出力の低下、エアブレーキ、そして上昇のあわせ技による急減速を仕掛けたと悟る。
知らぬ間に、ナナミは敵機を追い抜かしてしまった。
「完璧過ぎる」
直後に背後からの機銃掃射を食らったナナミ機のエンジンから火が出る。高度を保てず、機体が海面へと叩きつけられた。
「やられた」
直後、ナナミの体が光に包まれた。
〇仮想空間内 アドベンチャーバース 田園都市 戦場エリア
ダイチとナナミが立っていたのはゲーム最初にいた、小麦畑の一角だった。ため息をつくダイチの横で、ナナミが何かに気づいたように虚空を操作する。
「兄貴」
「んだよ」
「セントリー曹長からフレンド申請が来てるよ。強かったからフレンドになってやろう、だって」
「なめ腐りやがって! お断りだっつーの!」
空に向かって吠えた後、肩を落としてため息をつくダイチ。
「はぁ。あんな廃人プレイのおっさんじゃなくて、チドリさんみたいな美人と友達になれたらなぁ」
「いる訳ないでしょ。こんなゲームに」
「わぁってるつーの」
チドリ=チサトといえば、凛とした美人で武装警備員の中では高嶺の花だ。ミステリアスな雰囲気に包まれており、私生活では何をしているか全く分からない。自分磨きの運動か、はたまた美容のためのエステか、知的な文学を楽しんでいるか、ダイチには想像もつかなかった。
「次はどうする?」
「じゃあ、新しく出た戦線ブレイクって奴やってみるか」
「どんなやつなの?」
「人型兵器に乗って、資源争奪戦争をするゲーム」
「兄貴ってバカなの? 知ってるけど」
ため息を付くナナミを、ダイチが睨む。
「なんでだよ」
「それ、まんまウチらの仕事じゃん。仕事の事を忘れるためにゲームしているのに、なんでそんなチョイス?」
「とにかく俺は弾幕をぶっ放せればいいんだよ」
「じゃあ、仕事でいいじゃん」
「ゲームは別! 弾薬費とか補給とか気にせずにぶっ放せるし。とにかくやるぞ!」
その後、ダイチとナナミは現代的都市の戦場に降り立ち、そこでもセントリー曹長操る機体に手も足も出ずに撃墜された。
そこでのセントリー曹長は、狙撃兵装を選択しているのに格闘戦を好み、近距離でも一瞬で照準を合わせて追撃を決めると言う変態的なスタイルだ。
どこまでもディープなチョイスに、セントリー曹長の中身とは絶対に会いたくないと思うダイチだった。




