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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
短編集:開拓星ウラシェの比較的平和な日常2
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兄と妹と仮象の戦場 前編

〇仮想空間内 レジャーバース


 どこまでも続く青い空の下には、ほんのりと雪化粧をした巨大な山脈が霞んで見える。


 爽やかな高原の緑を貫く道路の横に、優しい色合いの木造建築のテナントが並んでいた。視線を遠くに見やれば、丸太で出来たロッジが湖のほとりで人々を待っていた。


 一見すれば雄大な自然だが、それらは過去の遺物を仮想空間に再現したものだ。ここは、大浸食前の高級リゾートを再現したレジャーバースと呼ばれる仮想空間の一角だった。


 実在しないその空間には、幻想への憧れが詰め込まれていた。たとえ架空の世界であっても、たしかに人々は癒やされていた。






◯仮想空間内 レジャーバース ロッジ


 優雅な景色の中を、伸びをしながら歩く一人の猫耳の女性がいた。すらりとした長身に似つかわしい、妖艶な美脚をせわしなく動かしている。


 大人の魅力を漂わせた猫耳の女性が、カフェテラスでくつろぐ初老の女性に気づいた。猫のような瞳の先にいるのは、品の良い老婆だ。カーディガンを羽織り、ロッキングチェアを前後にゆったりと動かしている。


 猫耳の女性が駆け寄るなり、品よくコーヒーを飲む老婆に声を掛けた。


「チィチィさん!」


 猫耳の女性を見かけた初老の女性も、嬉しそうに応えた。


「あ! シノブちゃん!」


 猫耳の女性はカリノ=シノブの、初老の女性はチドリ=チサトのアバターだった。現実よりも随分と長身のシノブが、頭を下げる。


「すみません。遅れて」

「大丈夫。今来たところ」

「それにしても、チィチィさんとここに来るなんて久しぶりですね」

「シノブちゃん、寝込んでいたからね」

「でも、いいんですか? アタシとブラブラするなんて」

「どうして? 何かあったっけ?」


 初老の女性が首をかしげる。緩い雰囲気が漂った。


「本物のおばあさんみたいですね。チィチィさん」


 現実とのギャップに、シノブが苦笑いする。チドリ=チサトと言えば一線を張る将来有望な指揮官なのだ。その凛とした雰囲気の虜になる武装警備員も、十や二十は下らない。


 だが、ここでは肩ひじを張る様子はない。初老のアバターに似つかわしく、穏やかな笑みを浮かべている。


「そうでしょう。そうでしょう。……それで、どうしてそんな質問を? 仲良くしちゃいけない理由なんてあったっけ?」

「委託先と依頼元であんまり親しくし過ぎると、色々疑われるって聞いて」


 仕事に私情を持ち込んではいけない。それは古くから今に至るまでの鉄則だった。


 チサトが広域オペレーターに昇格したのは、シノブが入院している間だった。チサトの昇格した事を知ったシノブは、チサトとの交流を心配していた。


 チサトは私情を嫌う人間ではあると、シノブは知っている。ギリギリの作戦を、サクラダ警備に命じるくらいには、チサトは公正だ。それでも、チサトにあらぬ疑いがかかるのは、シノブにとって嫌だった。


 シノブが言わんとする事を理解したチサトが、コーヒーをすすって一息吐いた。


「まぁ、行き過ぎた関係だとね。これくらいなら規定内だから大丈夫だよ」


 心配が杞憂である事が分かったシノブは、ホッと息を付きながらチサトのアバターをまじまじと見た。目に映るのは、現実のチドリとは似ても似つかないお婆ちゃんだ。


「それにしても、どうしてわざわざそのアバターを? 素でも課金アバター並みに美人だから、それを使った方が色々得なんじゃないですか?」


 仮想空間内でも美形の方が得だ。だが、単純に美形なアバターを作ればよいと言う事ではない。


 悪質な印象操作を予防するため、先着のアバター、もしくは実在の人物と区別がつくような造形にしなくてはならない。


 美形で、かつ先人に似ていないアバターを作ると言うには中々にカネのかかる注文だ。仮想空間運営会社の作成した自動判定プログラムは厳しく、俳優、女優、アイドルもどきのアバターは一掃されている。


 その点、本人が現実そっくりのアバターを使う分には何の問題も無い。チサトが自分をモデルにアバターを作れば、大金を叩かなければ作れないような美形アバター、通称課金アバターをあっさりと手に入れられる。


 だが、チサトはお茶をすすりながら答える。その動作は本物の老人のようだった。


「私はこういうのが好きなんだ。落ち着くからね」


 そして、おもむろにため息を付く。シノブが何かを察した様に微笑む。


「どうしたんですか? ため息ついて?」

「今日もいろいろあってねー。なんだと思う?」


 チサトの声は少し甘えたような調子だった。じゃれつく子猫をあやす様に、シノブはしばらくしてから答えた。


「こういう時だと……イナビシの仕事?」

「そうなのよ。新人広域オペレーター同士の模擬訓練で十連勝したんだけど、相手の性格がね……」

「あー。イナビシにありがちなプライドだけ高い奴とか?」


 シノブも一時イナビシ直下の部隊に所属していた。イナビシ社員とも交流する機会が多かったが、気難しい人間も多かったことをシノブは思い出す。


「それそれ。いかにも、今まで挫折してません……って人だったんだけど、負けた途端に色々とある事ない事を言いだして」

「もしかしてチィチィさんの見た目とかで、ある事ない事?」


 猫の瞳が吊り上がる。それは現実のシノブとそっくりだった。


「アタシがぶっ飛ばしてやりましょうか?」

「気持ちだけね。ありがと」


 礼を言う動作は、本当に歳を重ねた老人と相違ない。自分に祖母がいたらこんな感じなのだろうかと、シノブは益体(やくたい)も無い想像をした。


「話が戻るけど、現実だと色々あるからこのアバターが好きなのよ」

「アタシとしてはチィチィさんくらいの美人になってみたいですけどね」

「シノブちゃん、かわいいじゃない」

「アタシが成りたいのは、シュッとした美人です」

「そのアバターみたいな?」

「言わないでくださいよ。恥ずかしい」


 願望を見透かされたような指摘に、シノブは顔を赤らめる。初老に扮したチサトが微笑んだ。


「でも、私は現実のシノブちゃんを好きだよ。シノブちゃんにも、シノブちゃんを好きになって欲しいな」


 チサトは知っている。栄養不良による未発達の身体は、シノブの中では辛く苦しい過去の象徴である事を。


 そして、その暗い影を乗り越えたシノブの健やかさを、チサトは好きだった。驕る者たちに囲まれていれば、なおさらだった。


 シノブが、現実に比べれば随分と大人っぽい顔を、照れくさそうに歪めた。


「……そう言うの、反則ですよ」

「本当のこと言っただけだよー」


 照れ隠しのため、シノブは頭を掻きながらはにかむ。チラリとチサトをみる瞳には、家族を見るような親愛の情が浮かぶ。


 現実のシノブよりも随分と大人びた照れ笑いを見ながら、老婆のチサトは穏やかに微笑んだ。


「相変わらず素直じゃないなぁ。ところで……」


 シノブのアバターをしげしげと観察した後、チサトの視線は頭の上に言った。


「シノブちゃんのアバターに猫耳がついているのは、現実と同じね。今までのアバターも全部そうじゃない?」

「体の一部みたいになっているから、ここでも無いと落ち着かなくて」

「そういうものなんだ……ふぅ」


 そして、チサトは再びため息を漏らし、シノブが苦笑いを浮かべた


「チィチィさん、ストレス溜まってますね」

「そうなんだよー」


 そのまま何も言わず、シノブはチサトの二の句を待つ。


「話を戻すけどその相手がね、私が上司に取り入って特別なツールを使っているんだー、とか言ってきてね。私はチートが嫌いだし、今までどれだけしごかれたと思っているのか」

「トモエさんとか、いろんな人から特訓を受けてましたからね」


 イナビシの警備部門は、武装警備員の上澄みと言っても過言でないほど鍛え抜かれている。当然、自他共に厳しい人物が多い。その中には、若き日のトモエも含まれていた。


「あれだけ鬼なメンバーから鍛えられれば、十連勝くらい当然じゃん」

「あれは、(はた)から見ててもすごかったですね」

「夢にまで出てきたからね……。今でもたまに見る」


 老婆がブルリと震えた。その怖がり様にシノブが苦笑いを浮かべていると、何かに気づいたように虚空に手を伸ばした。


「……っと」


 チサトが、虚空を指で叩く。


「そろそろ次の待ち合わせの時間だ」

「あー、いつものミリタリー系のやつ」


 シノブはチサトの趣味をよく知っている。趣味用の保管部屋にうず高く積まれたミリタリーグッズを思い出し、シノブが苦笑いを浮かべる。


 一方のチサトは、上機嫌で仮想キーボードをたたき続けている。


「そうそう。仕事のストレスを発散しなきゃ」

「今日は何をやるんです? 戦車? 戦闘機? それとも人型兵器?」

「時間もあるし、全部かな。歩兵になって撃ち合うのもいいけど、今日は兵器の気分」

「好きですねぇ。よく分からないけど」

「えー、カッコいいじゃん。シノブちゃんも沼にはまろうよ」


 シノブは知っている。チサトのいる沼は、奈落と表現した方が良いほど深い事を。


「遠慮しておきます」


 姉のように慕っているチサトの頼みとは言え、シノブは休日まで戦闘にかかわるのは御免だった。


 自身は猫と戯れる仮想空間への転送準備をしつつ、シノブはチサトのアバターをしげしげと見つめる。


「ところで、そのアバターで行くんですか? ほんわか婆さんが戦車に乗り込んで大砲ぶっ放すって、ぶっ飛びすぎじゃないですか?」

「そっちを楽しむときはね……、これで」


 おもむろに立ち上がった直後、チサトのアバターが光に包まれる。


「まぶし」


 輝きの中から出てきたのは、随分と古めかしい軍服風の衣装を着こんだ壮年の男性だった。長身で筋肉質な体格に、グレイヘア。顔の傷と眼帯が、厳めしさをこれでもかと演出している。


 その雰囲気に、シノブが思わずつぶやいた。


「渋い……」

「セントリー曹長と呼んで」


 千鳥(チドリ)という本名をもじっただけの安直なネーミングに、シノブは呆れを隠せない。


 普段は隙の無い指揮官と言う仮面を崩さないのに、私生活では雑さが目立つのがチサトだった。色々と知っているシノブが、少し残念な目でセントリー曹長を見る。


「実際の軍隊だったら、チィチィさんって曹長よりも上ですよね? たくさんの分隊を指揮するのって、少尉とか?」

「響きがカッコいい。さぁ、戦場が私を待っているわ」


 それだけ言い残して、鼻歌交じりのチサトが消える。それだけミリタリーが好きならばイナビシの広域オペレーターはきっと天職なのだろうと考え、シノブも次の仮想空間へ消えた。






〇仮想空間内 アドベンチャーバース 田園地帯 戦場エリア


 澄み切った青空の下は、戦場だった。


一面に広がる小麦畑に、ポツンポツンとレンガ造りの住宅が散在している。第二次旧大陸大戦の戦場を再現した仮想空間だ。


 古き良き田園地帯の一角に再現された野戦陣地に、二人の少年少女が立っている。


 その顔立ちは、ダイチとナナミにそっくりだった。現実では茶色に近い髪色が、この空間では金髪に近かった。髪の色と身を包む軍服だけが現実との違いだ。


 外見に頓着しない二人は、とにかく安く遊ぶために加工無しアバター、つまり素顔でプレイしている。


「兄貴。今日は何に乗るの?」

「当然重戦車だな! ナナミもだろ!?」

「アタシは軽戦車かな」

「マジかよ! 装甲薄いじゃんか!?」

「ゲームだからコブラみたいに重装甲でなくてもいいの。好きにさせて」


 二人が宙に浮かんだコンソールを操作すると、二両の戦車が二人の横に現れた。


 二人が同時に乗り込み、同時に機関を始動する。幼いころから協力して生き抜いてきたが故の、意図せぬコンビネーションだった。


 狭い戦車の中で、ダイチが仮想キーボード叩く。


「よっ、ほっ……と。よし、後は戦場に着くまで自動操縦にするか」


 本来ならば、戦車は数人がかりで操作する。だが、そこは娯楽性を優先したゲーム設計となっていた。


 戦車の砲塔から顔を出し、風を感じながら戦場を突っ切るダイチ。自身を運ぶ戦車のフォルムにほれぼれしながら、つぶやいた。


「それにしても、なんでウラシェには戦車が無いんだろうな。大砲とかヤバいだろ」

「こんなに広い平原がないからでしょ。凸凹してたら吐きそう」


 ナナミがそう言った時、戦車が段差を乗り越え、視界が大きく揺れた。プレイヤーの視界を安定させるための処理は施されていても、その振動は激しい部類に入る。


「確かに。黒曜樹海とか紫電渓谷とかで実物に乗ったら、死にそうだ」

「ていうか、障害物だらけでまともに進めないんじゃない? ここみたいに、どこでも道がある訳じゃないし」


 ナナミは地平線の彼方まで縦横に伸びるあぜ道を見てつぶやく。


 緑あふれる光景ではあるが、石垣、家、道路、畑など、そのどれもが人間の手が入っている。これほど広範に文明の跡が続く光景を、肉眼で見たことが無い。


「母星のキシェルって、元からこんなに開けてたのか?」

「元々は黒曜樹海みたいに森だらけだったけど、少しずつ切り開いたって聞いた」

「どんだけ木を切ったんだよ。すげえだろソイツ」

「一人でやる訳ないでしょ。たくさんの人が何百年もかけたんだから」


 第二次旧大陸大戦の戦場となった旧大陸西部は開拓の歴史だった。漆黒の樹海の中に点在する集落から始まった人々の営みが、ナナミたちの眼前に広がる光景を作り上げた。


 時に争い、時に手を取る。そんな連綿と続く営み。人が生きる以上、本質はダイチとナナミが生きる現代と全く変わってはいない。


「いつかウラシェもこうなるのかな」

「何百年かかるか分からないけどね」


 数えるほどのドーム都市を起点に開拓が進んでいるが、前途は遠い。人の営みが惑星を覆いつくすまでは、膨大な時間が必要だろう。


「そこまで開拓が進んだら、俺らみたいな武装警備員も失業か」

「兄貴はそこまで生きてないでしょ」

「そこまで生きてみたいけどな」


 ダイチは想像する。ドームに閉じ込められた窮屈な生活から解放され、防護用ヘッドギアから解放され、ウラシェの風を浴びる自分を。


 その開放感を、ダイチは全身で受け止めたかった。


 空を見上げてため息を付く。見えるのは人が作り上げた仮想の空だ。


「大浸食が無ければ、青い空も楽しみ放題だったのにな」

「今も楽しんでるじゃん」

「バーチャルだろ」

「でも、綺麗だよ。見てみなよ」


 ナナミも空を見る。地平線の向こうから始まる水色が、仰ぐほどに青を帯びる。見上げれば天頂の紺碧に吸い込まれるようだ。


 心奮える光景は、狂おしい憧憬と情念の産物だ。その結晶が、ナナミには愛おしかった。


「ウチは好きだよ。誰かの頑張りがさ」


 空を見上げたまま、ナナミがつぶやく。


「誰かが、こういう世界があったらいいなって、一生懸命考えて、作って、それを見せてもらっている」

「そうだな」

「もしかしたら、本物の世界よりも綺麗かも知れない。それくらい、頑張っているんだと思うよ」


 ダイチが空を見ながら目を細めた。


「そうかもな」


 ポツリとつぶやく。しばらく二両が連れ立って走っていると、ナナミの声が聞こえた。


「兄貴。上見てばかりじゃなくて前見て」

「お前が見ろって言ったんだろ」

「ずっと見てろとは言ってない。そろそろ、敵がいるところ」


 ダイチは砲塔に体を滑り込ませ、ハッチを閉めた。兄妹の休日は始まったばかりだった。


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― 新着の感想 ―
エピソード2でシノブさんがチサトさんに「チィチィさん」と言って叱られてしましたよね(笑) TPOで呼び方大事!(*'ω'*) それでも仕事の愚痴を言えるくらい二人はちゃんと仲良しなんですね! アバタ…
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