少女と合同講習とやっぱりな相棒 中編
日常な短編集になります。
普段とは違う、ゆるい雰囲気を楽しんで頂ければありがたいです。
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇ソーシャルバース 仮想講習室
講習が終わりグループディスカッションの時間になった。白い空間で白い椅子に座る四人の眼前には、半透明仮想モニターとディスカッションのお題が表示されている。
「信頼できる仲間を作るために大切なこと、か……」
アオイがお題を口の中で転がすように呟くと、タイマーのカウントダウンが始まった。
対面に座るイシタカが手を組み、さも当然という態度で仕切り始めた。
「さて、コンセンサスを得るためのディスカッションを始めよう。順番にプレゼンスしていこうじゃないか」
(ど、どうして普通のしゃべり方をしないんだろう)
ソウも小難しい単語を並べたがるが、イシタカという横柄な青年の言葉遣いはそれ以上だった。面倒な班になったなぁ、と思いつつ仕切ってもらえる事には感謝する。
胡散臭い中年男性であるサギノが、先陣を切って手を挙げた。
「私の場合は、相手に対して誠心誠意を尽くす事ですね。騙したりするのは論外です」
(よく知らないのにボクたちに売りつけようとしてなかった?)
言っていると事とやっている事が違うじゃないか、とツッコミを入れたくなったがグッと我慢する。
(いや、勉強不足なだけだから騙そうとはしていなかった……? 考えすぎ?)
無理やりに自分を納得させようとしていると、次にイシタカがやたらと腕をピンと伸ばした後に、見下すように腕を組んだ。
「僕の場合は、意識を高く保つことでパフォーマンスを出し続けて、インフルエンサーやエバンジェリストとしての立場を築く事かな」
(そっかー)
お題とはイマイチ繋がらない回答のような気もしたが、面倒な事になりそうなので指摘はしない。
次に、伏し目がちの瞳が前髪に隠れる女性であるフタミが控え目に手を挙げた。
「あい……みくだ……、たいと」
身を乗り出して聞こうとするが、所々しか聞き取れない。イシタカも同じだったらしく、苛立ちを隠そうともせずに片眉に力を入れた。
(こ、これはまずい)
なんとかしなければと、断片的に聞こえた音節と状況から元の文章を推測する。
(聞き取れるのはボクだけ……! ボクの力を信じて……!)
この場をどうにかできるのは自分だけという状況が、謎の使命感を生んだ。
「相手を見下したりしないのが大事ですよね。ワタシも対等に扱ってもらえると嬉しいから分かります」
とりあえずは拾ったが、正解かどうかの自信はない。生身の体の方で、冷や汗が流れる感覚が伝わってくる。
(あ、合ってる……!?)
これで間違えたら大変だと恐る恐るフタミを見ると、その顔には微笑みが浮かんでいた。
(よかった……)
内心でホッと安堵の息をついていると、イシタカが大袈裟に頷いた。
「アグリーだよ。相手を見下す人間なんて全く話したくもないね。武装警備員にはそういう奴ばかりだよ。僕はそういった意識の低い連中が嫌いなんだ」
(あれ? いま、武装警備員を見下していたような? それにさっきボクの事もだったような?)
イシタカの中では何が違うんだろうと思っていると、サギノがこちらを見た。
「次はアサソラさんの番ですね」
「うぇ?」
不意の言葉に思わず変な声が出てしまう。
(ボクの番!? しまった! 考えていたこと忘れちゃった……!)
ツッコミやらフォローやらに気取られて、頭の中が空になっている事に気づく。頭の中をひっくり返すが、美辞麗句をスラスラと奏でられるような話し上手ではない。
「えっと……。その……」
もう少し考えたかったが、徐々に苛立つイシタカを見て時間がないと諦める。出てきたのは、塊のままの実感だった。
「相手の良い所も悪い所も認め合ったうえで、頼ったり頼られたりすることでしょうか……」
ソウの顔を思い出しながら、サクラダ警備での日々を思い出す。フタミとサギノが感心したように口を開ける一方で、イシタカが目を細めた。
「キミの主張は随分とふわっとしているが、証拠は?」
「海老? いえ、オキアミはよく食べていますけど、オキアミは海老とは別種で――」
どうも見当違いの回答だったらしく、イシタカの顔が不快に歪む。
「キミはいったい何を言っているんだ? エビデンス、つまり証拠があるのかって聞いているんだ」
「そ、そういう話だったんですか」
「大体にして武装警備員をやっていてオキアミをよく食べているだなんて、つまらない冗談を――」
もう勘弁してほしい。そう思った時にアナウンスが流れた。
「では、休憩に入ります。自由交流を兼ねていますので、トイレ以外にはログオフしないようにしてください」
イシタカを含む各員が席を立ちだした。訳の分からない追求から逃れられたと知って、思わず安堵の息が漏れる。
「た、たすかったぁ……」
〇ソーシャルバース 交流会
白い壁と天井のシンプルな空間に、沢山の武装警備員がたむろしている。空間に浮かぶ半透明の掲示板には交流室Aと書かれており、受講対象者の一部が交流目的で待機していた。
その中にある広めのソファーに、アオイが項垂れながら座っていた。
「はぁぁ……。つっかれたぁぁ……」
深い深いため息が肺から出切った頃、怒鳴り声が耳に入る。
「てめえ! なんて言った!?」
合同研修で喧嘩なんて正気だろうかと思っていると、冷淡だがやけに通る声が聞こえてきた。
「その方法は非効率と言った」
その一言に思わず立ち上がる。
「まさか!?」
声のした方を見てみれば、逆巻く刺々しい髪型が見えた。大柄の若い男と向かい合い、険悪な雰囲気を振りまいている。
「やっぱりソウだ!?」
急いで駆け寄って間に入り、怒涛の勢いで頭を下げた。
「すみません! すみません!」
途端に場の雰囲気は白け、張り詰めた空気は霧散した。戸惑う大柄な若者に対して、やや不満気味のソウ。
「アオイ。なぜ謝る」
「どうせソウが失礼な事を言ったんでしょ」
「一緒に戦ってきて、その結論になる理由が不明だ」
「ずっと一緒にやってきたからだよ。だいたい――」
その後もグチグチと話を続ける間に、大柄の若者はどこかへ行っていた。ソウが三白眼を細め、鼻息を一つ。
「アオイがオレを理解できていないのが不思議だ」
「確かに理解できない所もあるけれど、ボクほどソウを理解している人もあまりいないと思うよ?」
「そうなのか?」
「自分で言うものなんだけど、相棒だからね」
「そういうものなのか」
そういうものなのだ、と言いかけた時に胡散臭いねっとりとした中年の声。
「なるほど勉強になります」
振り返れば、サギノとイシタカが話し込んでいる様子だった。随分と親しげな様子のイシタカを見て意外に思い、何を話しているか聞き耳を立てる
「キミもモチベーションが高い。随分とセミナーにも参加しているみたいじゃないか」
「実はサイドビジネスが順調でして。手元資金が少なくても始められる教材販売を商っています」
「へえ! 確かにインカムは複数あった方がいい。それにソリューションを人に提供するのは、僕としてもバリューを感じるね」
「ご興味がありましたらご紹介しますが?」
「アグリーだよ。詳しく聞かせてもらっても?」
「もちろんです。私にも利益がありますので」
「ウィンウィンだな。好きな言葉だよ」
聞こえてきた話の胡散臭さに思わず、頭が痛くなりそうだった。
「うーん……。あれは」
「どうした?」
戦闘では頼りになるが、普段の生活ではどうにも危うい相棒が三白眼を向けてきた。
「ソウ。儲け話があってもついていかないようにね」
「なぜだ? カネがあれば良い装備や機体を買える。評価取得のためには効率的だ」
「世の中そんな上手い話なんてないんだよ。誰でもできる儲かる仕事なんて、滅多にないんだから」
「実際に騙されたような口調だな」
誰でもできて稼げる仕事。そんな謳い文句に釣られた自分を思い出す。
「武装警備員を始めたのも騙されたようなものだったからね……」
「そうか。気をつけろ」
「うん。気を付ける……って、あれ? なんでボクが注意されて?」
「アオイ。そろそろ時間だぞ」
気づけば実技演習の開始時刻になっている。続く波乱を予感しつつ、アオイは交流室からログアウトした。
〇実技演習用空間 仮想都市
アオイのゴーグルモニターには白い空間に並ぶ八機のシドウ一式が映っていた。傍にいる一機には、盾と桜の社章が映っている。
「ソウのチームとも一緒にやるんだ」
「ああ。四人組が二つで八人だな。いつもより大規模だ。トラブルが想定される」
「ちゃんと連携しないとね。ソウがいたチームとも仲良くしないと」
そこに、チームメイトと思われるメンバーからの通信が入った。表示される三人に見覚えは無く、ソウ側の班員だろう。誰もが厳つい雰囲気の男たちで、半透明ゴーグル越しの瞳に怒りを灯していた。
「ソウだったか!? あれだけ大口叩いたんだから分かってるんだろうな!?」
「この野郎! アシストはしねえからな!? 後ろから撃たないだけ感謝しろよ!?」
「実際の戦場で敵として遭ったらぶっ殺すぞ! これがシミュレーションなことを感謝しろよ!?」
その後も三人の怒声が鳴り響き、何かを言う前に通信が切れた。
「な、なかよく……」
絞りだした言葉のありあえなさに、がっくりと肩を落とす。
「これ、上手く行くかなぁ……」
「目的は同じだ。効率的な任務遂行に協力するだろう」
相棒はいたって真面目に答える。今日一日で色々ありすぎて、思わず乾いた笑いがこみ上げた。
「それ、面白い冗談だね」
「冗談? 何を言っている。講習に集中しろ」
「さっきから、どうしてボクが怒られるんだろう……?」
ソウに良く分からない怒り方をされて、意識をモニターに戻す。
「灰色の四角しかないんだ。いつもとだいぶ違うね」
目の前には、白い床に生えた灰色の四角しかなかった。
いつもの臨場感あふれるサクラダ警備のシミュレーションに比べると、随分と作り物めいた見た目だった。
切れ長の三白眼がスッと細まる。
「サクラダ警備のシミュレーターに比べると数段劣る精度だ。簡易シミュレーターだな」
「大きなイベントなのに、どうして?」
「専用シミュレーターを持っていない会社にあわせているんだろう」
「うちの会社って恵まれているんだね」
「社員の教育を重視していると、トモエさんが言っていたからな」
「サクラダ警備に来てびっくりしたのを思い出したよ」
そういっている間に、目の前に平面マップが示された。
四角で示されたいくつもの障害物と、八つの青い輝点。青い輝点から矢印が延びて、侵攻対象地点、と丸で囲まれた個所へ至る。
「この地点へ侵攻すればいいのか」
「ソウ、早速――」
資源採取戦を模している以上、早期の拠点確保が大事のはず。すぐにでも行動を開始しようとしている時に、チームメイト全員向けの通信が入った。
「ハイパフォーマンスを得るためコンセンサスを作ってから行動しよう。アライアンスを組んでいる以上、ディスカッションが――」
口をポカンと開けていると、ソウが自分たちだけの限定通信を開く。
「アオイ。コイツは何を言っているんだ?」
「ボクも分からない」
「アオイでも理解不能か。具体性がないから無視するぞ」
「いいと思うよ」
「それで、アオイは何が優先だと考察している?」
「キチンと相談してくるんだね」
「トモエさんにアオイの言う事をよく聞けと命令されたからな」
内心でトモエに感謝の祈りを捧げつつ、先ほどまでの考えを口に出す。
「これは資源採取戦。時間をかけていれば評価が下がるし、相手の守りもしっかりしちゃうと思う」
「確かに。兵装は無いから機動力と防御力も互角。ならば、待ち伏せた方が有利か」
「まだトレージオンが噴出したばかりだから、いまのうち――」
その時、一機のシドウ一式が突撃を開始した。講習生は全員がシドウ一式だ。班員の中で一体誰がと思っていると、勝ち気な声が聞こえてきた。
「私がエグッてあげるわぁ! ついてきなさぁぁぁい!」
通信画面に映るのは、勝気なツリ目の女性だった。サディスティックな輝きを爛々と放っており、半透明ゴーグル越しでも攻撃性が滲み出ている。
「先行して突撃する味方がいるな」
「そうだね。誰だろ……え!?」
通信用のミニウィンドウに表示された名前を見て、思わず自分の目を疑った。
後編へ続きます。
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