裏エンディング 夜叉と鬼武者と静かなる計画
暗闇の立坑に、ゆっくりと上昇する運搬用ゴンドラの息遣いが響く。
二体のシドウ八式が錆び付いた運搬用ゴンドラに乗り、忘れ去られた地下坑道から地上を目指していた。
先ほどまで、サクラダ警備の面々と戦闘していた時の喧騒は絶えている。攻性獣の暴れる振動も、今は落ち着いていた。
ゴンドラと人戦機の照明が、粉塵に汚れた壁面を照らし出す。立坑は希望に満ちた時代の残骸で、既に色褪せて久しい。
ガトリングガンとレドームを装備したシドウ八式が、隻腕のシドウ八式を向いた。陰鬱な雰囲気から少し浮いた、ヨウコの淑やかな声が響く。
「奥の手の一つ、使っちゃった?」
「体内拡張知能のことか」
「そうそう。人体との融合による新しい可能性の模索。まぁ、それも奥の手の中の一つでしか無いけど」
隻腕のシドウ八式、つまりタケチ機が重々しくヨウコ機を見た。
「見ていたのか?」
「いいえ。でも、助けに行った時の消耗っぷりを見ればね」
「そうか」
「それにしても、貴方くらいの人がそこまで追い込まれるなんてね」
気遣いが籠っていそうで、そうでないかも知れない口調。隻腕のシドウ八式が俯いた。
「……不覚だ。遅れを取った事も、使ってしまったことも」
タケチの重い吐息が、外部スピーカー越しに響く。
「この段階で体内拡張知能を頼ってしまうとはな」
「大丈夫よ。黙っておいてあげる」
「借りを作ってしまったか。覚えておこう」
「義理堅いのね。そういう人、好きよ」
「そうなのか」
淑やかで軽やかだったヨウコの声が、冷たい闇に濡れる。
「私、絶対に裏切らない人じゃないと、安心できなくて」
タケチは言葉を返さなかった。
数秒の沈黙のあと、搭乗者の意思を読み取ったのか、やれやれとヨウコ機が肩をすくめる。だが、おどけるような軽い仕草でも重い空気は払い切れなかった。
ゴンドラの上昇に合わせて、軋みが響く。
ヨウコがふぅと一息ついて、口調を戻した。
「で、そんなに強かったの? 体内拡張知能を解放するくらい?」
「……迷いが出た。その隙にやられた。体内拡張知能はそのリカバリーだ」
「迷いねぇ。そういうタイプには見えないけど」
タケチ機が、片方だけ残った拳を握る。
「俺は、フソウを良い国にしたい」
「私もそうね」
ヨウコが感慨を込めて返した。
「だが、輝かしいフソウにふさわしい人材は彼らの方ではないか……」
タケチ機が握った拳を、緩める。
「そう考えると、手が止まってしまった」
「あら、気が合うのね。私も好きよ、あの子たち」
タケチ機がヨウコ機を向く。
「知っているのか?」
「この前、やられちゃってね」
「……まさか、先日の黒曜樹海での」
「そういうこと」
タケチの声に威圧が籠る。
「目撃者は殺したと」
「悪い子は殺したと言った。嘘はついてないわ。それとも上に報告しちゃう?」
どこか挑発するようなヨウコの声。
だが、タケチ機は静かに佇んでいた。
「……いや、さっきの借りを返せ、という事か」
「正解。覚えておいてくれてうれしいわ。もし、忘れちゃっていたら……」
「いたら?」
ヨウコ機から漏れる軽やかで控えめな笑い声。
「殺すところだった」
タケチ機がわずかに構える。
「そうか。だが、近接戦闘では俺が有利だぞ」
「まさか。ここで仕掛ける訳ないじゃない」
ヨウコがクスクスと笑いながら、声色を低くした。
「機を待って、誰もいない所で殺すわ」
淑やかな声には硬い意志がくるまれていた。対するタケチ機が静かに見返す。
「そうそう上手く行くのか?」
「心配ありがとう。でも私、そういうのに慣れてるの。あら――」
そういって、ヨウコ機が上を向く。
視覚センサーの先にある暗い立坑の出口に、幽玄な光が見えた。
「光が……」
「地上か」
二人の会話が途切れた。
見上げる光が徐々に大きくなり、外の光が二機を照らした。ガコンという停止音とともに見えたのは、灰色の雲が覆われた不毛の荒野だった。あたり一面に音を立て、大粒の雨が滴り落ちている。
「雨か」
「嫌ね」
それだけ言って、ざあざあと降りしきる雨の中を二機の巨人が歩く。
互いに何も言う事は無かった。同じ方向へ進み、同じ所に着ければよくて、それ以外に興味はない。無言の行進が、そんな関係を物語っていた。
渓谷の狭まった細道を抜け、開けた視界の向こうに、無数の赤い光点が蠢く。
軽甲蟻、重甲蟻、猿人馬、陸一角をはじめとした様々な攻性獣が列を成す。大群が規律正しく、渓谷の洞窟へ姿を消していった。
「壮観だな」
「これだけの数は、滅多に見れないわね」
列の両サイドには緑に輝く結晶を掲げる人戦機が立ち並ぶ。結晶に落ちた雨粒がはじけて、緑の輝きを強めていた。
輝く結晶の一つを、ヨウコ機の視覚センサーが捉えていた。
「攻性獣除けがこれだけあると綺麗ね」
タケチ機の視覚センサーも、攻性獣除けと呼ばれた緑の結晶を眺めていた。攻性獣除けという結晶は、トレージオンの産物であるものの人工環境下での生成条件は見つかっていない。そのため貴重かつ高価な物資だった。
この数を揃えるには、並の会社の資金力では不可能だろう。
「この数を手に入れるのに、どれだけのカネがかかったか」
「スポンサーのお陰ね。みんな期待してくれているみたい」
普段の厳めしさを緩め、タケチが悔しさを吐く。
「……これだけのカネがあれば、救える子どもも多かったろうに」
「……そうね。でも、やらなくちゃ」
ヨウコ機が視線を攻性獣の群れに戻した。
「それにしても。これだけの攻性獣を集めるのに大変だったわ」
「黒曜樹海の任務では、トラブルも多かったからな」
「本当……。ツイてなかったわ」
疲労の籠った吐息を、インカムが拾い、スピーカーが拡散した。
「頭痛がひどくなって思わず立てなくなったり、一生懸命攻性獣を集めていたら広域駆除が来ちゃったり、集めた攻性獣をここに誘導している最中に資源採取戦が起きちゃったり」
「それでも目標を達成できたのは、お前をはじめとする各員のお陰だな」
「ありがとう。嬉しいわ」
上機嫌で答えるヨウコ。淑やかな声に弾みがついた。
ヨウコ機が鉄兜のような頭部を、タケチ機に向ける。
「貴方こそ、今回はお疲れ様。大変だったんじゃない?」
「仕方あるまい。攻性獣の係留地はここしかなかった。トランスチューブ建設と重なったとしても、強行せざるを得ない」
「地味な妨害だけで済めばよかったんだけどね」
「通信障害、機器の破壊工作、後はお前にも協力を要請したな」
「猿人馬と重甲蟻の件? あれも、サクラダ警備にやられちゃったわね」
作戦が上手く行かなかったはずが、ヨウコは上機嫌に答えた。
「結局は直接叩くしかなくなっちゃったけどね」
「仕込みが役に立った。積み上げの結果だな」
「爆弾を渡された彼らには、悪い事したわ」
「明日のフソウには不要な奴らだ」
タケチが切って捨てる。
凄みにたじろぐことも無く、ヨウコが話し続ける。
「おまけに、あの子たちが地下坑道に落ちるなんて、中々上手くいかないものね」
「係留地へ直通していたからな」
「別働隊の報告を見ていたけど、迷わず飛び込むなんてやるじゃない」
「我らが大志のためだ。放っておくわけにはいかない」
「おかげで、攻性獣を逃がすのが間に合ったわ」
「ならば、苦痛の甲斐もあったものだ」
タケチ機が雨雲を見上げる。
「これで、第一計画は最終段階へ。ヨウコ。頼むぞ」
「ええ。我らが大志のために。……それと」
「なんだ?」
「あの子たちと坑道で戦った事、内緒にしておいてね」
タケチ機がヨウコ機を向く。
雨に濡れる鉄兜のような頭部が互いを見据えた。
「……できなければ殺すと?」
「さぁ……。どうかしら?」
「貴様は本作戦の重要なファクターの一つだ。俺はお前を殺せない」
「私だけが、貴方を一方的に殺せる」
ヨウコ機が再び、雨空を見上げた。
「まぁ、あの状況なら死んでいる可能性が高いわ。心配しなくてもいいかもね?」
「そうだな」
タケチ機が踵を返し、足元の水たまりに飛沫が舞い散る。その様子を眺めるヨウコ機。
静かなコックピットでヨウコの艷やかな唇が、妖しく、楽しげに歪む。
「ふふ。あの二人、きっと裏切ることなく助け合って……生き延びるに違いないわ」
漏れる吐息に熱が籠もった。
「ああ、きっと美しい、キラキラとした……」
もっと試してあげる。それだけを呟いて、ヨウコのシドウ八式は、土砂降りの中へと消えた。
以上にてエピソード2終了です。
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