エピソード2最終話 小隊長と願いとトンネルの終わり
〇紫電渓谷 地下坑道 出口
僅かに光の差すトンネルを、僅かな光を灯しながら三機の人戦機がいく。疲れを知らない機械の戦士でも、作動不良によってその動作に冴えは無い。
だが、それでも三人の操縦士は諦めない。六つの瞳には生還への強い意志が輝いていた。
「もう少しだ……!」
暗闇の中、遠くから差す一点の光が段々と大きくなる。しかし、光を不穏な影が遮った。影には三つの赤い揺らめきが灯っている。
「攻性獣……!?」
頭部視覚センサーのカメラが駆動音をあげ、徐々に像を合わせて行く。僅かに浮かび上がるのは異常に肥大した片腕を構える、古代の重戦士を思わせる佇まいだった。
作業員救出作戦の際に、立ちはだかった姿を思い出す。
「あのパンチの奴か……!?」
アオイとソウも身構えた。
ソウ機もシノブ機も損耗が激しい。マシと言えるのはアオイの機体だけだ。そう思った直後、アオイ機が前に出る。
「シノ――」
アオイがどうしたいか、今度はその意図を汲む。
「アオイ。一番前を頼む。ソウが受け止めろ。アタシが仕留める」
アオイは口を開けたまま止まってしまった。数瞬してからようやく声を出す。
「……ワタシ……ですか?」
「なんだよ。適任だろ?」
「いえ……。ちょっとだけびっくりして」
過去の失態を思い出して、思わず顔を顰める。だが。
(あんときゃ、あん時。今は今だ)
そう割り切って、気合の火を胸に灯す。
「頼りにしてっからな。しっかりしろよ」
「はい!」
三機が縦隊を組む。先頭がアオイ、二番手がソウ。
深呼吸で緊張を解こうとしているアオイに、ソウが話しかける。
「アオイ。気をつけろ」
「ソウこそ、ちゃんと受け止めてね!」
「当然だ」
その会話に、シノブが思わず吹き出した。
「お前ら、本当に息ぴったりだな。いいバディだよ」
キョトンとする顔まで、二人は息が合っていた。それを見て、きっと上手くいくという確証が一層強くなる。
「いくぞ。三、二、一、行けぇ!」
合図ともに、三機が走り出す。
迎え撃つように攻性獣が腕を構えた。通信ウィンドウに映るアオイが、目を剥いて相手を凝視する。
「来る! 来る! 来る! 来ちゃう!?」
攻性獣の巨大な甲殻がブレた。
「来た!」
瞬時に迫る大槌。アオイ機が腕部を構える。
「がぅ!?」
弾き飛ばされるようにアオイ機が吹き飛ぶ。すかさずソウ機が受け止めた。
「ソウ! よくやった!」
ソウの脇をすり抜けて、攻性獣へ駆け寄った。
「取ったぁ!」
すれ違いざまの一閃。そのまま背後へ抜ける。
攻性獣は振り返らない。切られた首がゆらゆらと揺れていた。そして、音を立てて巨体が崩れ落ちる。
「よし!」
後ろを振り返り、息つく間もなくアオイ機とソウ機に駆け寄った。
ソウ機に抱えられたアオイ機はピクリとも動かない。至近距離限定通信を開く。そこにはぐったりとしたアオイが映っていた。
「アオイ! アオイ!」
ソウの通信が割って入った。
「バイタルは致命的ではありません。気絶しているだけかと」
一瞬だけ不安が湧き上がるが、すぐに小隊長としての顔を被せる。
「なら問題はないな。行くぞ」
シノブ機とソウ機がアオイ機を担ぐ。アオイ機の重みがそれぞれの足跡に込められる。それでも、ゆっくりと出口に向かう。
「出口だな」
どんなに重く、暗く、長くても、もう歩みを止めない。
「長かったですね」
「……本当に」
光がモニターに広がる。仰ぐ先には雨雲が見える。晴れていなくても、雨が降っていても、それでも空が見えた。
「出れないと思っても、進み続ければ出られるんだな……」
真っ暗で、長いトンネルが、今終わろうとしていた。
〇紫電渓谷 地上
シノブたちの目の前に、ずぶ濡れの紫電渓谷が広がっている。無数の雨音が、シノブの耳を打つ。
雨のカーテンの先には、いくつもの赤い光点があった。すぐさまサーバルⅨが、赤い光点の正体を暴き、敵性存在表示で囲む。
「攻性獣……」
拒絶の獣は、ゆらゆらと揺れながらシノブたちに迫ってくる。
ツキの無さに涙が出そうになる。だが、すぐに鼻で笑うように軽口を吐いた。
「囲まれてやがる。ツイてねえ」
「どうします? 逃げられそうにはありませんが」
サーバルⅨがグレネードランチャーを空へ向ける。カシュっと気の抜けた音がすると、光球が空へ登って行った。
雲が照明弾の光を照り返し、やがて呑み込んだ。穏やかに、そしてぼんやりと光る雲。それを見たソウが呟く。
「今のは?」
「連絡用の照明弾だ。もし、誰かが近くに居たら来るだろ」
「都合よく?」
「日頃の行いが良けりゃくるだろ」
「それまでは?」
確実な答えなんてない。不安が這い寄る。それでもあえて不敵に笑う。
「教えた事、忘れたのか? 最後まで諦めないんだよ」
「了解。実行します」
「ソウ。武器が無くても大丈夫か?」
「オレには格闘技術があるので」
アオイ機を静かに横たえて、ソウのシドウ一式が構えた。それを見て、申し訳無さが胸につかえた。
「ソウ。悪かったな」
「何が?」
「いつだったか、ソフト無しの格闘技術なんて無駄なんて言っちまって」
「……非効率ではなかったと?」
「ああ。お前、すげえよ」
「……ありがとうございます」
「礼なんて言えるのな」
「言わない理由が無ければ」
「そうか。誤解してたよ」
そして、右手に持った電撃ナイフを見つめる。
「生き残ったら、アタシの電撃ナイフの予備をやるよ」
「いいのですか?」
「お前なら、すげえアタッカーに成れる」
「そうですか」
「だから、諦めるな」
「最初からそのつもりです」
「上等ぉ!」
そうして、駆けていく。迎え撃つのは二十を超える軽甲蟻。火器があるなら蹴散らせるが、いまは一発も残っていない。
状況が心を折りにかかる。だが、小隊長としての矜持が、魂を支えた。
(そうだ。最後までアタシは分隊長なんだ)
一体目。
シドウ一式が裏拳で姿勢を崩し、のど元が露になる。そこへサーバルⅨがナイフを突き立て、直後の通電で息絶える。
二体目。
シドウ一式が迫る軽甲蟻の頭部に膝蹴りを加えた。動きが止まったその隙に、サーバルⅨが地を這うように近づく。そして、甲殻のない腹部にナイフを突き立て、電撃を喰わらせる。
三体目。
シドウ一式が軽甲蟻の側部へ体当たりを食らわせた。ぐらついた体幹に、追加で肩部をかち上げる。横転し露になった腹部に、サーバルⅨがナイフを突き立て、電撃。
四体目、五体目、六体目まで繰り返した時だった。シドウ一式の明かりが消える。
「ソウ!? 何があった!?」
シドウ一式がぬかるんだ土砂に膝をついた。平静なソウの声が、雨音に交じって聞こえてきた。
「エネルギー切れです。駆動系が落ちました」
通信は生きている。だが、もう戦闘不能だ。咄嗟にソウへ駆け寄る。
「少しでも!」
そう言って、襟首にある懸架用の大型バーをサーバルⅨが掴んだ。そして、機体を目一杯ひねらせて、シドウ一式を後方に投げた。
「へ。アタシ一人でも――」
「エネルギー残量ゼロ。駆動系停止。省エネルギーモードへ移行します」
モニターに映る残量ゼロの表示。
戦闘服にかかる低出力人工筋肉の圧がなくなった。モニターは映っているが、駆動系が全て落ちた。
「終わったか……」
力を失ったサーバルⅨがゆらゆらと揺れる。そして、揺れが臨界点を越え、サーバルⅨが膝をついた。
「最後の最後まであきらめない……といっても、最後の後が来ちまったな」
ゆっくりと倒れようとするサーバルⅨ。もはや、できることはない。
「今回の任務も、アタシの役目も、命も。全部終わりか」
迫りつつある地面を見る。
「ツイてねえな。日頃の行いか」
体当たりを食らわせようとする軽甲蟻を、どこか他人事のように眺めていた。
「そりゃ、ツイてないのも当たり前か」
直後、コックピットに衝撃が走る。だが、頭がグラグラと揺れる。もう、呻く気力すらない。サーバルⅨが仰向きに倒れたのか、モニターに雨雲が見えた。
「お前たち。アタシの事を恨んでいるよな」
ゴーグルモニター越しの景色に、うっすらと幼子たちの亡霊が見える。
「これもアタシの報いだろうよ。恨んでいるんだろう?」
幻影の弟妹たちから、返事は無い。
次に迫った軽甲蟻が、仰向けの機体を勢いのままに蹴り上げた。衝撃に身を任せるまま、頭が揺れる。
もはやどうにも成らない危機で、口から出た声は不思議と静かだった。
「お前たちに憑り殺されても構わない。けど……」
そのまま、サーバルⅨが横転を続ける。二人の子どもを、幻影の弟妹を、じっと見る。
「あいつらは……。あいつらだけは助けてくれ」
弾き飛ばされたサーバルに次々と軽甲蟻が迫りくる。
「アタシの……、最後にできる事」
これしか、もう、残っていない。そう思い、手を組んで、空に祈った。
「ソウは馬鹿真面目で、親も何もかも知らないのに挫けないで頑張ってる」
目に涙が浮かぶ。
「アオイも一生懸命だ。辛い目に遭っても、誰のことも傷つけない。すげえいい子だ」
機体に軽甲蟻が乗り上げた。
「アタシの自慢の後輩たちなんだ。……アタシは死んだって構わない」
弟妹の代わりではなく、過去の慰みではなく、後輩として祈りを捧げる。それでも、軽甲蟻は止まらない。
「だから……。頼むから! 助けてやってくれよ!」
全てを絞り出すように、とにかく、願った。
「誰か……! 誰か!」
それでも助けは来ない。
「それが、アタシの――」
「ヒャッハー! 大群だ!」
ダイチの声をサーバルⅨが拾った。
「つぶし甲斐があるぜぇ!」
ガトリングガンの掃射音が聞こえたと同時に、サーバルⅨに群がっていた軽甲蟻が、次々と砕かれていった。
「バカ兄。当てない様に」
ナナミの声も聞こえる。
続いて銃撃と破壊の音が響いた。
全ての軽甲蟻が砕かれると、二機のコブラⅣが武器を格納しながら駆け寄ってきた。半壊のサーバルⅨを慈しむようにそっと、抱き起した。僅かに残るエネルギーで、スピーカーを入れる。
「どうしてお前らこんなところまで……。任務は?」
照明弾を上げたとしても、すぐに救助が来るとは思えなかった。その疑問に対するダイチの答えは明快だった。
「それよりもあなたです。ずっと探していましたから」
「なんでだよ……」
「命の恩人ですから」
「訳……分かんねえ……」
全てを使い果たしたシノブが、ゆっくりと瞼を閉じる。
闇の中に堕ちるシノブの脳裏に、幼い弟妹が映った。暗闇で見た、怨嗟は見られない。二人は晴れやかな雰囲気で、指切りしながらニカリ笑う。その直後に、シノブの意識は闇へと落ちた。




