第二十五話:少女と先輩と煙を割く凶刃
〇廃墟都市 迂回路交差点付近
コックピットの中でアオイが息を飲む。灰色の廃墟と奥に潜む何かを覗こうと、視線を集中させた。
「一体、何が――」
その時、轟音と共にビリビリとした振動が駆け抜ける。
「うわ!?」
間を置かずに次々と爆発が起きた。鼓膜がビリビリと痛い。
「なに!? なんで爆発!?」
耳鳴りの中、辛うじて聞こえてくるのはソウの声。
「爆発! 敵襲の可能性!」
「敵!? 攻性獣!?」
敵。どこに。なぜ。
「いきなり!? 何があったの!?」
「敵勢力不明! 攻性獣は未確認!」
「じゃあ何が襲ってきたの!?」
「今は構え! 非効率的な推測は不要!」
「わ、分かった!」
シドウ一式が軽機関銃を構える。肩が大きく揺れ、息が荒くなる。そこへトモエの声。
「アオイ! ソウ! 無事か!?」
「無事です! 何が!?」
「隊列の先頭と最後尾で爆――」
その時、トモエの顔にノイズ。数瞬置いて声と映像が回復する。
「な、なにが……」
トモエが手元にあると思われる情報端末を確認する。珍しく声を荒げた。
「くそ! 電磁パルスだと!?」
人戦機を行動不能に追い込む悪意の攻撃だ。その意味を悟り、冷や汗が噴き出た。
「え!? 襲ってきたのは!?」
「お前たち! 怪しい奴を見たら構わず撃て!」
「……人!? やっぱり人が!?」
途端に、鼓動が聞こえるほどに激しくなる。
じっとりと濡れるインナー。恐怖と銃口を廃墟に向ける。次の瞬間、物陰からグレネードが転がり出てきた。
「あ!?」
しかし、爆発は起こらない。
代わりに、シューと言う気の抜けた音と共に、大量の煙が吐き出された。それがもたらす害悪を良く知っている。
見る間に煙が視界を覆った。
「そんな!」
アオイは咄嗟に、トレーラーに乗るシノブを見る。煙に隠れ行くシノブの顔には、いつもの不敵な笑みが貼り付いていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トレーラーからシノブが見たのは、あっという間に視界を占めていく煙だった。縋るようにこちらを見るシドウ一式の鉄兜のような頭部が、煙の向こうに消えていく。
シノブの視界には、シドウ一式の頭部の奥にアオイの不安そうな顔が見えた。
「アオイ!? ソウも! クソ!」
シノブはヘッドギアをすぐさま被り、戦闘服のアウターを羽織る。
「出ます!」
「だが、サーバルの修復は!」
「でも、アイツらだけじゃ! ……アタシなら!」
「五体満足とは訳が違う!」
「知ってます! それでも!」
視界をスモークで塞がれた状況で、一番活躍できるのはだれか。それはトモエもよく分かっていた。
トモエの眉間に苦悩が刻まれる。そして、声が絞り出された。
「仕方ないか……! 頼む!」
「わかりました!」
シノブはすぐさまトレーラーのドアを開けた。既にドアを開けたすぐそばまでスモークが立ち込めている。
「くそ! この量! 本気で仕込んでんじゃねえか!」
シノブがチッチッチッと舌打ちをして、景色を聴く。
雑音に邪魔されるが、それでも大まかな様子は理解できた。
「聞きづらいが……。行けっか?」
視界一面の灰色だが、それでもシノブは煙を掻き分けて這うように進んでいく。
伸ばした手で掴んだのは、コックピットのドアコック。一捻りのあと、軋む音と共にドアが開放される。
「よし!」
間髪入れずに隙間へ身を滑り込ませる。寝転ぶようにコックピットに身を収め、ヘッドギアのスイッチを入れ、ゴーグルを下げる。
「システム、起動」
シノブのゴーグルに次々と文字列が流れていく。流れていた文字列があるところで淀んだ。
「警告。動作に重大な支障発生します」
人戦機を模したアイコンが表示された。その右腕は、赤く染まっている。
「畜生……。こんな事になるなんて」
アオイを助けるために特攻したことが、却ってアオイを危険な目に遭わせている。その事を音が鳴るほどに噛みしめる。
「なんで、こう裏目に出るんだよ……! いつも!」
いくつのもアラートが灯るが、それを手元の仮想スイッチで消していく。その度に、シノブの顔に焦りが積もる。
「くそ! 早く!」
焦るシノブは、それ以上に焦るアオイの姿を幻視していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アオイは焦っていた。視界を覆う一面の煙。闇雲に銃口を向けるが、敵の姿は見えない。
「どこ!? ソウ!?」
「ここだ!」
「わかった。見えないけど、そっちね!」
歩くように念じると、機体が駆け出す。煙の向こうに影があった。相棒の傍という安全地帯にたどり着いた事に、一息をつく。
「良かった! ソウ――」
そこにいたのは、鷹の様な頭部形状の人戦機。
「ちがう!? ソウじゃない!」
見慣れぬ人戦機は、手に持っていたショートロッドを振りかざした。直後に、耳を割くよう高音。
「う! なんの音!?」
振りおろされるショートロッドを咄嗟に防ぐ。
「危ない!?」
ショートロッドがシドウ一式の前腕を打つと、甲高く、耳障りな音が鼓膜をつんざいた。金属同士をこすり合わせる音が脳を直接引っ掻く。
「ぐぅぅ!?」
直後に装甲低下の危機的警告が灯る。
「うそ!? なんでこんなに!? 離れて!」
ロットを振り払う。相手機はたじろいだ。しかし直後に鋭く踏み込んで来て、再度ロッドを振りかざす。
「速い!」
相手の格闘動作が鋭い。つまり、格闘用の拡張アプリを積んでいる可能性が高い。その差を覆すような技量は持っていない。あっという間に、敵機が懐に入ってきた。
「うっ!?」
思わず目をつむりかけたその時だった。
「アオイ!」
ソウの声が聞こえる方を向く。シドウ一式が、煙幕を突き破る。
ソウ機が、巨躯の纏う慣性を足先に込めた。
「くらえ!」
鮮やかな飛び蹴りが、轟音と共に敵機に突き立った。敵機は真横に吹っ飛んで、路面へ叩きつけられた。
ソウ機が傍らへ華麗に着地すると、すぐさま駆け寄る。
「ソウ!」
「いいから、敵を撃て!」
倒れ伏した鷹のような人戦機へ、ソウ機が銃口を向ける。慌てて、自分も銃口を向ける。
「分かった!」
トリガーを引くと見る間に装甲が剥がれ、筋肉状駆動機構が露出する。
「機能停止確認」
照準を外しかけるとソウの叱咤が飛んできた。
「まだだ! アオイは腕を! 俺は足をやる!」
それを聞いて慌てて銃口を向け直す。射撃不可の表示はない。
「そうか! これって資源採取戦じゃ!?」
「ああ! 物理的に破壊しろ!」
被弾した筋肉状駆動機構が踊るように弾けた。
肉を食いちぎられた屍のように、敵機の生物様構造合金が露出する。それを見てソウのシドウ一式が射撃を止めた。
「だ、大丈夫だよね……」
敵を殺してはいないはず。言い訳じみた呟きをソウが拾う。
「こちらに破損は無い」
「そう言う意味じゃ……。いや、何でもないよ」
首を振った。非正規戦闘においては、相手の生死を気にかけている暇は無いと、言い聞かせる。
「とりあえず、何とかなったけど……」
「他の救援に移る。援護を」
「分かった……。ん?」
視線が、倒れ伏した人戦機の左腕に行く。そこには記憶にない箱型の装備があった。
「これ……。なんの装備だろ?」
嫌な予感が背筋を走る。アオイは無意識に距離を取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アオイたちの直ぐ近くの廃墟にタケチの乗るシドウ八式が潜んでいた。
薄暗いコックピットの中、ゴーグルモニター越しに見えるタケチの鋭い瞳が、剣呑な光を帯びる。
「調子はどうだ」
直後、ヘッドホンから返答が返って来た。
「上手くはいかないな。電磁パルス放出機で間引いて数の有利があるというのに」
「所詮は装備を渡しただけの弱者か。これほどまでに想定を下回るとはな」
「だからこそ、次善策が役立つ。タケチ。得意のあれが発動するのは?」
「ああ。そろそろだな――」
タケチの声をかき消す様に、次々と廃墟を震わす爆発音が轟く。タケチの耳に男の声。
「奴らは役にたったかな? 煙幕の中で有利な接近戦にチューニングした装備と拡張アプリ。上手くいかなかったときのための自爆用高性能爆弾。ここまでお膳立てをしたのだからな」
「花と散って国の礎に。悪くはない最期だろう」
そう言って、タケチが吐き捨てる。ヘッドホンから聞こえる声に、冷笑が混じる。
「自らそれができる奴らならば、我々の仲間に加えてもよかったがな」
「そこまでの気骨を持った者はいなかったな。過ちを聞いたが、改めているようには思えなかった。過去を顧みられないクズばかりだ」
タケチのシドウ八式が曲刀を抜いた。
金属質な鈍い光を帯びた刀身。根元には筋肉状駆動機構によく似た緑色の駆動装置が据えられている。
機械刀。そんな言葉が似合いそうな武器だった。
機械仕掛けの鎧越しに伝わる気迫を滾せて、タケチ機が歩み始めた。
「さて、俺も出る」
「お前は出したくなかったが……。仕方ないか」
「計画実行までもう少し。誤差の範囲だ。行くぞ」
タケチの乗るシドウ八式が、薄暗い廃墟から煙の立ち込める屋外へと踊り出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アオイの目に、黒煙を上げる人戦機の残骸が映っていた。
「ば、爆発した!? うぅ」
激しい動悸にめまいを覚える。
(っ! 息が……!)
勝手に息を注ぎ込まれる。そう錯覚するほどに肺が自分勝手に動いた。そこにソウ機が駆け寄ってくる。
「アオイ! 損傷は!?」
「は、はぐ。か。――!」
口を塞いで無理矢理に息を整える。肩の上下が緩やかになったころ、ようやく答えを口にできた。
「大丈夫。そこまでのダメージは」
ソウの声に振り返った先。
ソウ機の背後に、煙幕越しの影が見えた。
「ソウ! 後ろ!」
「む!?」
ソウ機が振り返ると同時に、煙を割ってシドウ型が一足に踏み込んできた。
「何!?」
ソウ機が咄嗟に振り返る。視覚センサーが見上げる先には、機械刀とも言うべき異形の得物が振りかざされていた。
直後、袈裟斬りの一閃が煌めく。
「まずい!」
ソウ機が前腕をかざす。火花と共に、刃が前腕の装甲に食い込んだ。その刃が、徐々に内部へ沈んでいく。
「このままでは!?」
ソウ機がもう片方の腕を引き、殴りかかろうとした時だった。
轟音。ソウ機がくの字に折れて吹き飛ぶ。
「うぉぉ!?」
ソウの苦悶が木霊する。敵機を見れば、放った前蹴りを戻そうとしているところだった。
「ソウが格闘で!?」
悲鳴に近い声が漏れた。
倒れ込んだソウ機へ迫る敵シドウ型。滑るような踏み込みと共に、振り上げの一閃。甲高い振動音を響かせながら煙を切り裂く。
煙を割って見えたのは、シドウ八式の姿。そこで、操縦士の正体に気づく。
「た、タケチさん!? どうして!? いや! それより!」
タケチの駆るシドウ八式が機械刀を大上段に構える。膝を付くソウ機は、まだ立ち上がれない。
「ダメ!」
とっさに銃を構えるが、照準は遅い。
全てがスローモーションになる。舞う煙も、飛び散る破片も、振り下ろされる刀もぬるり動く。自機の動きは、怒りを覚えるほどに遅い。
(そんな――)
明日からソウがいなくなる。そう考えただけで、全身が痛いほど寒い。更に機械刀とソウ機の間に置かれた空間がなくなった時だった。
気合の咆哮が響く。
「させねえよ!」
大耳の肉食獣が煙を割った。シノブの乗るサーバルⅨが肩口から体当たりを食らわせる。
シドウ八式が煙の奥へ吹き飛んだ。
頼れる小隊長の復帰に、思わず顔が緩む。
「シノブさん! 直った――」
だが、サーバルⅨはタックルの後、ソウ機の隣へ無様に転んだ。サーバルⅨの右腕を見れば、装甲も筋肉状駆動機構がない。
サーバルⅨが立ち上がろうとするが、動かない右腕を地面に立てようとして、また転んでいた。機体状態とイメージが合っていないことは明白だった。
状況はさほど好転していない。
「ふたりとも!?」
急いで駆け寄り、二機を起こそうとする。
「アタシはいい! 敵を!」
シノブの声に応じて振り返る。シドウ八式の機影はまだ見えない。軽機関銃を構えて、タケチの乗るシドウ八式が吹き飛んだ方へ銃口を向けた。
そうしている間に、隣のソウ機が立ち上がろうとしていた。
「助かった」
「無事で良かったよ……」
「なんとかな」
そう言いながらソウ機がアサルトライフルを構える。
「だが、まだ油断は禁物だ」
「た、確かに」
ソウといっしょに、ゆらめく煙を見つめる。濃淡の奥に影が見えたかと思った次の瞬間、シドウ八式が煙を突き破ってきた。
「アオイ! 撃て!」
「来ないで!」
ソウと一緒に弾丸を浴びせる。しかしシドウ八式の勢いは緩まない。
「止まらない!?」
多重積層装甲の破片を撒き散らしながら、あっという間に眼の前へ。タケチの持っていた機械刀が、脳裏によぎる。
「まずい!?」
肩部大型装甲板を盾にするように、機体を縮こまらせた直後だった。
横一閃。側面から衝撃。
「ぐぅ!」
「ぐぉ!?」
ソウ機と一緒に弾き飛ばされる。その先に、壁が迫る。
「まずい!? ぶつかる!」
殴られたような衝撃と共に、壁に叩きつけられた。
「うぅ!?」
轟音と共に壁が砕け散り、向こうへ突き抜けた。火花を曳いてコンクリート床を滑る。その先には、黒がぽっかりと口を開けていた。
「穴!?」
どこまでも暗い立坑だ。底は見えない。
「ま、まずい! 止まって!」
しかし、無常にも勢いは止まらない。床と機体が火花を曳き続け、とうとう二機が宙に浮いた。
「落ちる! 落ちる!?」
「くそ!? 届け!」
二機そろってコンクリートの縁へ手を掛ける。だが、掴んだところから、亀裂が広がっていった。
「ま、まずい!?」
ミシミシとヒビが広がっていく。コンクリート塊がガラリ崩れて、二機のシドウ一式が再びふわりと浮く。
「ダメか!?」
「そんな!?」
瞬間、深淵に影が現れてシドウ一式の手を掴む。
「お前ら!」
「シノブさん!?」
現れたサーバルⅨが、辛うじてソウ機の手を掴む。
「アオイ!」
その次に、ソウ機が伸ばす手を掴んだ。落下は止まり、その身体に重力が戻る。
「た、たすかっ――」
そう思った時、ズリズリと嫌な音を立てて、徐々に機体が底へと引き込まれる。上を見れば、深淵に呼ばれる様に、サーバルⅨがズルズルと大穴へ引き寄せられた。
片腕のサーバルⅨが二機の人戦機を支えられるはずがないと悟ると、寒気がぺったりと全身に張り付く。
全身の毛が逆立つのがわかった。
「このままだと!?」
何か、何かないか。そう考えている間に、とうとうサーバルⅨが深淵の縁を越えた。
「ダメだ! 落ちる!」
体にかかる重力が消える。咄嗟に下を向くが、底は仄暗く見えなかった。




