第二十四話:少女と廃棄都市と死角に潜む者たち
〇廃棄都市 紫電渓谷付近 建設会社迂回ルート
曇天の空を一層くすませたような灰色の街並みが広がる。それは生まれる前に死んだ都市の色だった。
塗装もされずに朽ち果て続ける市街地を、十数台のトレーラーが一列になって抜けていく。人戦機たちが脇から隊列を守っていた。
人戦機の隊列に、大型の肩部装甲と鉄兜型の頭部装甲を纏った人戦機が混じっていた。モノノフを思わせるシルエットは、シドウ一式のものだった。
暗闇のコックピットで、アオイの顔がゴーグルモニターに照らし出される。半透明モニター越しに、垂れ気味の丸目が浮かび上がる。
不安げに二つの瞳が左右に揺れる。
「左……、右」
廃棄都市に入ってから攻性獣とは出くわしていない。だが、それでも物陰から何か飛び出してくるのではないかと言う恐れにも似た予感があった。
「前に資源採取戦があったから、なんか怖いな。バッと人戦機が出てきそう」
アオイの呟きをソウが拾う。
「これは資源採取戦ではない。人戦機襲撃は非現実的想定だ。攻性獣なら音波探査で発見できる確率が高い」
画面に映る切れ長の三白眼。いつもの仏頂面と声にはいつもどおり微塵の共感もない。
「理屈ではそうなんだけど……。なんとなく怖い感じ、分からない?」
「理解不能だ」
「ソウらしいね……」
いつもの相棒にため息をつく。
「……まぁ、確かに心配し過ぎてもって感じかな」
「索敵に集中するべきだ。シノブさんが非稼働だからな」
「サーバルの手。まだ直らないんだね」
トレーラーに乗ったサーバルⅨをチラリと見る。右腕は、装甲も筋肉状駆動機構も取り外されて、生物様構造合金製の骨格がむき出しになっていた。
「部品、間に合わなかったんだ」
「襲撃によって予備部品が底を付きたらしいからな」
「リコちゃんがずっと三次元加工機の前で唸ってたんだけどね」
「加工には時間がかかるからな」
「破損を我慢して……って訳にもいかないんだね」
人戦機の制御ソフトは五体満足である事が前提だ。どこかの機能を欠損した場合、動作が不安定になる。そのため、無理に動かして損傷を拡大するよりは、休止状態にする方が良いとの判断だった。
「サーバルの稼働は困難だな」
「結局、ボクたちだけか」
「他の会社も同行している。全体の戦力から見れば誤差の範囲だ」
「でも、やっぱりシノブさんがいないと」
「索敵なら他の会社が担当するが?」
「そうじゃなくて、もっと気持ちの問題っていうか……」
トレーラーの上で横たわるサーバルⅨを見て、溜息を吐く。
(いつの間に、こんなに頼るようになったんだろう)
隊長としても、それ以外にも。シノブが来てから、ずっと甘えてきた安心感に今更気づく。
サーバルⅨを見るアオイの視界の端に、警告が点灯した。
「そろそろエネルギーがまずいね」
「交代時刻が近いな。再活性可能電解燃料液の再活性処理が必要だ」
「よくそんな長い名前で言えるね。みんなみたいに燃料液でいいんじゃない?」
「燃やす訳ではない。その略称は不正確だ」
「ソウって本当に細かい所を気にするよね……」
病的ともいえる堅苦しさに、深いため息を再度ついた。ちょうどのタイミングで、通信ウィンドウにトモエのバイザー状視覚デバイスが映った。
「アオイ、ソウ。いったん止まれ。クライアント側での地図の確認だ」
「分かりました」
「攻性獣はいないようだ。索敵はこちらでやる。少し休め」
「ありがとうございます」
休みに何かができる訳でもない。なんとなく周りを見回した時だった。
「ん?」
違和感を覚えた先を凝視する。画像が拡大されて、作りかけのビルから中途半端に生えていた骨材が徐々に傾く様が見えた。
骨材が倒れる先にはシドウ型の人戦機が歩いている。咄嗟にインカムのスイッチを入れた。
「あ! 危ない!」
忠告に気づいた人戦機が瓦礫を向く。直後、滑るような足さばきで、人戦機が引いた。瓦礫は人戦機のすぐそばを掠める。
「ぶつかった!?」
粉塵が立ち上がる。
「た、助けないと!」
大惨事かと思って駆け寄るが、薄まった粉塵の奥には無傷のシドウ八式が佇んでいた。直後、意志の強そうな男の声。
「助かった。礼を言う」
「いえ。大丈夫でよかったです」
「……その声。この前の子どもか?」
そう言われて、アオイの脳裏に浮かんだのはスラムで遭った傷の男。
「え? 貴方は……タケチさん?」
「そうだ。どうして子どもがこんなところに」
その声に、困惑と同情と憐憫。形にできない不快を、ほんの少しだけ覚える。
「どうしてって……仕事ですよ」
「なぜ、こんな仕事を?」
「なぜって……おカネのためです」
「カネのために危険を? 子どもなのにか?」
その言葉に、先ほどまで形を成していなかった不快が、苛立ちという輪郭を帯びた。それがそのまま声に乗る。
「ワタシにとっては大事なんです。あなたは違うんですか?」
「……今は違う」
気まずい沈黙。その後にタケチの声。
「一つ助言だ」
「なんですか?」
「建物の近くを歩くな。もう少しトレーラー側に寄れ」
「なんでなんです?」
「訳は言えない。忠告はしたぞ」
それだけ言ってタケチの乗るシドウ型の人戦機は去って行った。訳も分からず、首を傾げながらタケチ機を見送った。
「騙すって感じじゃないか……」
それだけ呟いて、隊列へ戻ろうとする。人戦機の重い足音と共に、足元から弾けるような音と閃光。
「わぁ!?」
戦闘服の足裏にも押し返すような圧がかかる。
「な、なにが!?」
一歩引いて足元を見る。そこには砕けた紫の結晶。慌てぶりを見ていたのか、通信モニターのトモエは苦笑していた。
「紫電結晶か。攻性獣が運んだのか? とにかく踏まないように気をつけろ」
「分かりました」
バチバチと残光を煌めかせる結晶を見ていると、視界の端のバッテリー残量警告が目に入る。
「……思ったんですけど、これで電気を作れないんですか? 人戦機の燃料もそろそろ切れそうなのでバッテリーの代わりとか」
「無理だな。高出力だが一瞬だけだから扱いづらい。通常の電気製品にも使えないな」
「通常の……と言うと、特殊なものは大丈夫ってことですか?」
「ああ。EMPエミッターだ」
「イーエムピー?」
聞いたことの無い単語だった。何かと思っていると、トモエが説明を続ける。
「電磁パルスの事だ。強力な電磁波を当てることで、電子機器を一時的に使用不能にする兵器だ」
「聞いたことない武器ですね」
「うちには無いからな。勝手が悪い」
「どうしてです?」
「このウラシェの大気が原因だ。電磁波を吸うから有効な出力を得るには相当の大型化が必要だ。目立つから、待ち伏せなどにしか使えない」
「そうなんですか。じゃあ、まずお目に掛かる事はなさそうですね」
「そうだな。む……」
モニターに映るトモエが、バイザー型視覚デバイスの上にある眉を顰める。
「どうしたんですか?」
「おや、廃墟から一瞬だけ探査装置に反応があった」
「ま、まさか攻性獣!?」
「いや。攻性獣ならすぐにでも襲い掛かってくるはずだ」
「なら……なんでしょう?」
「さあな。これが資源輸送車だったら強盗の可能性もあるが……」
「ご、強盗……」
物騒な単語に、思わず唾を飲む。
「わざわざ建設業者を襲う可能性は低いだろう。私なら資源輸送車を狙う。その方が利益は大きい。恐らくは誤検知だ。気にするな」
そうして、トモエは廃墟の一角を見る。そこには仄暗い空虚な空間があった。
〇廃棄都市 トレーラー通行経路付近の廃墟内
トモエの視線の先には、外壁だけが建てられたがらんどうな暗闇があった。
外からは見えぬ仄暗い空間の中に、数体の人戦機が息を潜めている。
甲虫に似た丸みを帯びた頭部装甲を持った機体がじっと外を見つめる。その中の暗いコックピット内にはくたびれた外見の中年男性が、緊張に双眸を細めていた。
中年男性が至近距離限定通信を使って、後ろめたさを隠しきれない声色で話している。
「本当にこれで、カネが……」
「マジでやるのか?」
「やるしかねえだろ。俺たちの信用スコアを考えてもみろ。人生をやり直すには」
「でもよう。もしかしたら、こんな事をしなくても、人生なんとかなったり……」
「ならねえよ。そうやってずるずる失敗を見ないようにしてきた。だから、こうなったんだろう。もう後がねえ」
「わ、分かったよ」
男たちが見つめる出入り口越しに、一台のトレーラーが見えた。その台上にはサーバルⅨが横たわっていた。その肩には盾と桜をあしらった社章がペイントされていた。
〇廃墟都市 サクラダ警備トレーラー内
サクラダ警備の保有するトレーラー内。窓際で頬杖をつきながら外を眺めるシノブ。
猫のような瞳の上にあるシャープな眉がピクリと上がる。
「ん?」
シノブの声に、近くで情報端末を見ながら状況を確認していたトモエが反応した。
「どうした? シノブ?」
「いや、なんか変な音が」
超人的な聴力を持つシノブに、聴き間違えはまずない。それを知っているトモエが、ふむ、と言いながら眉をひそめた。
「気になるな。外へ行くか?」
「防護ヘルメット越しだと、結局同じなんですよね」
「廃棄都市とは言え、病原体の事を考えると窓を開けるのもな」
開拓星において、未知の病原体は攻性獣と同程度に気を配るべき敵だ。シノブが外を眺めてため息をつく。
「いつか、外の風を浴びれるようになるんですかね」
「私が生きている間は無理だろうな」
トモエもため息をついた。
吹き抜ける風を体に浴びて、天井のない空間を歩く。大昔の当たり前は、仮想現実くらいでしか体感できなかった。
「で、どうする? 何があったか――」
その時、トモエの情報端末に連絡が入った。
「なんですか?」
「進行再開だ。次の交差点を曲がるそうだ」
「あれ? 真っすぐじゃなかったんですか?」
「一部が塞がっていたが、迂回路があったそうだ」
「ラッキー」
トモエがトレーラーの机に備え付けられた大型情報端末を操作する。
「お前たち。進行再開だ」
端末モニターの通信ウィンドウには、ゴーグルモニター越しに見えるアオイとソウの顔があった。
◯廃墟都市 サクラダ警備トレーラー近くの路上 アオイ機
アオイの眼前にあるゴーグルモニターが、廃棄都市の寂れた情景を映し出している。
視界端の通信ウィンドウにはバイザー型視覚デバイスを装着したトモエの顔が写っていた。
「お前たち。進行再開だ」
次いで、転送されたマップが表示された。一本の青い矢印が建物を示す四角とその間を縫うように伸びていく。
「これが新しいルートだ。警戒を怠るなよ」
「分かりました。次の大きな交差点を左ですね」
前を向くと、地図通りの大きな交差点が見えた。列の先頭が、既に左折を始めていた。
「あそこか」
その後もサクラダ警備保有のトレーラーの隣を、スピードを合わせて歩いていく。
左折を終えて、後続の他社トレーラーが交差点に差し掛かった頃だった。トレーラーのジャリジャリと瓦礫を踏む音の中に、ほんの僅かの違和感を覚える。
「ん? 何か物音?」
そこへソウからの通信。
「どうしたアオイ?」
「何か聞こえたような……」
「トレーラー駆動音などは聞こえるが」
「そうじゃなくて、なんかあっちから」
指し示す先には、変哲もない廃墟の路地。そこから瓦礫が倒れてきた。
「ほら! なんかやっぱり――」
「念のため目視確認するか」
そう言って、二機は路地へ向かう。その先には、外からは全容を知れぬ暗闇があった。
◯廃棄都市 建設途中の建物内部
廃墟内に潜む人戦機たち。
その中にコックピットにいる中年男性パイロットが、インカムに向かって忌々しげに吐き捨てた。
「バカ野郎! 見つかったらどうするんだ!?」
「うるせえ! どっちにしろ、もう少しだ!」
人戦機たちが、廃墟の差し込む戸口の光を向いた。曇天のせいで影の輪郭はぼんやりとはしているが、二機の人戦機の影が迫っている。
コックピットの男が声を荒げた。
「どうするんだよ!」
くたびれた男が舌打ちをする。だが、安堵と嗜虐の混じった笑顔に唇を歪めた。
「時間だ!」
直後に轟音が響く。それは始まりの合図だった。




