第十四話 少女と再びの課題と見えた糸口
〇フソウ ドーム都市内隔離区画 サクラダ警備 格納庫
多数の人戦機が立ち並ぶ格納庫。シドウ一式の足元で、アオイとソウとシノブが情報端末を確認している。
ソウの表情は硬い。アオイにも笑う余裕はなかった。
シノブがタブレット型情報端末を見ながら顔を曇らせる。
「今回の結果は……。自分たちがよく分かっているな……」
情報端末にはスコアD2と表示されている。ここ最近全く変わらない成績に、アオイは鉄の重しを胃の中へ突っ込まれたような焦燥感に襲われた。
シノブが端末から視線を上げると、何かを言いたそうに中途半端に口を開いた。訓練講評ではいつも鋭い眼光がない。代わりに浮かぶのは気遣いと迷いだった。
(あ、お姉……ちゃん?)
その心配そうな顔が、姉と重なる。
しかし、シノブは顔に手を当てた。ズルリと提げた掌から現れたのは不敵な笑みだ。声にもいつもの厳しさが戻った。
「どうすりゃいいか考えとけ、ワナビー。アタシは入院していた所で再検査するから数日は外す。その間にどうにかしろ」
それだけ言ってシノブはサーバルⅨへ向かった。
シノブがコックピット入った頃、情報端末を見ていたソウの眉が歪む。そして、珍しくその口調に苛立ちが混じった。
「想定する状況が理不尽だ。黒曜樹海のように遠距離投擲や攻性獣の利用が可能ならともかく、遮蔽物が少ない平坦な戦場において数の差は決定的だ」
シノブが設定しているのは、ソウが得意とする遮蔽物が多い戦場ではない。木陰や岩陰に紛れながら接近するという、得意技は封じられていた。
「最初からオレたちを採用する気が無いと推測するのが妥当だ。これ以上の訓練は非効率を通り越して無意味だ」
ソウは吐き捨てる様に言った。
防御力を上げるために主戦闘兵装で出撃しているが、打開の見込みは無い。このままでは正規採用は難しかった。
続けてソウが呟く。
「すまない。アオイ」
その顔に弱気が滲む。
「どうしたの? 謝罪は――」
「オレが怒らせたばかりに、アオイまで不採用に――」
「ソウ。聞いて。シノブさんはそんな人じゃない」
「どういうことだ?」
「実はこの前、会社の外で会って――」
シノブとの会話をソウにも教えた。シノブが心から二人の安全を心配している事など、全てだ。どうにかして相棒を説得しなければ活路はない。そう思って精一杯の誠意を込める。
「ボクの話、信じられないかもしれないけど――」
「いや、アオイの話を信じる」
ソウは言い切った。その声に、一切の迷いはない。
「そっか。それならいいんだけど」
気恥ずかしいようなむず痒さに戸惑っていると、ソウが続けて口を開く。
「だが、現実に出されている課題は――」
「攻略法がある。そして、ボクたちが自力でそれを見つけるのを待っている。それを読み解けないだけなんだよ。ずっとそうなら見込みが無いって思われる。悔しいでしょ?」
「当然だ。考慮するまでもない」
「なら、まだ諦めちゃダメだ」
力を込めてソウを見つめる。切れ長の三白眼がそれを受け止めた。
「ボクは諦めない。戦う。ここまで言えば分かるでしょ?」
「困難な状況でも……か」
初の共同任務で失敗したあの日の誓い。それはまだ続いている。ソウの顔から弱気は消えたが、疑問は消えたわけではないらしかった。
「だが、本当に可能なのか? 理不尽な条件では?」
「実際、シノブさんは過去にボクたちよりも不利な条件で達成しているんだ」
「む……。だが、どうやって――」
そこまで言いかけて、切れ長の三白眼がやや見開かられる。
「いや、アオイは気づいたのか?」
「うん。ボクたちに足りないのは――」
この前の休日で分かったことを懸命に話す。
その方法はソウには意外だったらしく戸惑いが浮かんだ。説明を続けるうちに、ソウもある程度は納得する。
しかし、懸念の色は消え切らない。
「実践は難しいぞ。直ぐに上手くいくか?」
「そこは色々と試してみてだよ」
「試行錯誤と言う事か。だが、非効率的では?」
その言葉に詰まるが、どうにか相棒を説得しなくてはいけない。
腕を組んで頭を捻るがすぐに気の利いた説明は出てこなかった。何とか掘り出したのは、自分の血肉になった知識だけだった。
「ソウ。進化って知ってる?」
「改良や進歩の事か?」
「そう使われることも多いけど、本当は違うんだ。突然変異って言って偶然に色々試して、たくさんの失敗もあって、それでも生き残ったモノは今までよりも環境に適応して、そうやって段々と色々形を変えていって――」
その後も、とにかく知っている限りを説明する。最初は訝し気に聞いていたソウだったが、最後には納得した。
「分かった。そういう実績があるならば、試してみよう」
「ありがとう。納得してくれて」
「頼りにしているからな。オレの苦手な事だから」
「……まかせてよ!」
そうして、二人はシドウ一式に乗り込む。その足取りに先ほどまでの迷いはなかった。シノブが帰ってくるまでの、猛特訓が今始まった。
〇フソウ ドーム都市内隔離区画 サクラダ警備 格納庫
アオイの眼前には、シミュレーション上の荒野が映っている。ついで、ミニウィンドウと猫のような瞳が映る。数日の再検査を終えて、戻ってきたシノブだった。
「さて、アタシがしばらく外してから、ちったぁ上手くなったんだろうな?」
今日は、シノブの再検査後で初となる訓練だ。
状況の設定は既に済まされており、シノブがタブレット型端末をタップしながら敵と成る機体や兵装、使用武器を選んでいる。
「よし。じゃあ、お前たちも兵装と武器を選べ」
手元を見るとゴーグルモニターの荒野が消えて、戦闘服を着こんだ自分の手が見えた。代わりに浮かび上がった仮想スイッチを押して設定を進めていくと、シノブの不敵な声が聞こえてきた。
「アタシが居なかった間の成果を見せろよ。ワナビー」
その声で通信ウィンドウに視線を移すと、普段どおりの挑発気味の表情が映っている。だが少しすると、口元をもぞもぞと動かし始めた。そして、目を逸らしながら口を開く。
「……まぁ、お前たちも頑張っているし、少しくらいならヒントを――」
「いえ。大丈夫です」
シノブが少しだけ驚き、訝し気に様子を伺ってくる。だが、自分に撤回するつもりは無い。
シノブは呆けて半開きになった口をキュッと締めて、設定作業に戻った。
「……そうか。じゃあ状況をセットするぜ」
荒野に次々と敵機が描き込まれ、自機の装備も具現化していく。同時に、シノブがニヤリと笑った。
「……へえ。主戦闘兵装じゃなくて突撃兵装か」
選んだのは防御力を高める防弾減衰層を装備した主戦闘兵装ではなく、機動力を重視した突撃兵装だ。当然、足を止めての撃ち合いでは不利になる。
「ワタシたち、あれから勉強しました」
「おう、やってみ」
そうして、凍り付いたように止まった荒野の風が動き出す。同時に、モニター状況が映し出された。拡大図がミニウィンドウに次々と表示される。
彼方には、太い体躯の敵機が三機ほど表示されていた。じっと見つめるとモニターが拡大され、機影横に詳細が表示される。
機体頭部は甲虫を思わせる。複眼に似た小型カメラの列、捕食虫の大あごを思わせる頸部装甲、硬質な甲虫の如き丸みを帯びた装甲。随所に甲虫を想起させるその機体には、見覚えがあった。
「スカラベ6型が三機。主戦闘兵装」
「包囲しようとしているか」
「重量級だよね。装甲も厚そう」
スカラベとは西部連合に属する複数企業の共同体であるアーマメント・アライアンス製の装甲重視の重量級人戦機だ。防御力を高めるバレットダンバーを伴った主戦闘兵装を装備している。
敵機を強調する赤い四角の横に情報が流れていく。
それを頭の中で整理していると、ソウの声が聞こえた。
「打ち合いなら負けるな」
こちらは中量級のシドウ一式で、突撃兵装を装備している。防御力は圧倒的に下だ。打ち合いなら確実に負けるだろう。
だが、焦りはない。
「前の戦い方だったらね」
演算リソースを索敵に割り振ったシドウ一式が、次々と敵機の位置を特定していく。ソウから連絡が入った。
「アオイ。どれからいく?」
「右から。敵がバラバラのうちにいくよ」
「了解」
ソウがすぐさま駆け出した。離れないように後を付いて行く。
向かったのは、迫る三機のうち最も近い敵機だ。
敵機に意識を注いでいる最中に、感心したようなシノブの声が耳から流れてくる。
「先走った奴から叩きに……。機動に気づいたか」
しみじみとした声色を聞いて、自分の選択が正しいと確信した。
「やっぱりこれだったんだ……!」
〇フソウ ドーム都市 サクラダ警備内 格納庫
シノブが再検査に向かった日。これから訓練に臨もうとするアオイとソウが、格納庫の前で向かい合っていた。
「ボクたちに足りないのは機動って事らしいよ」
「そのために主戦闘兵装から突撃兵装へ? 火力も防御力も落ちる。非効率的では?」
「でも、その代わりに有利な位置に行ける」
「それで、火力と防御力の不利を覆せるのか?」
「上手く動けば。例えば相手が三機でも、ボクたちが孤立した一機を叩けば?」
アオイの瞳がソウを覗き込む。ソウはハッとしたように気づいた。
「一対二。つまりは有利か」
「そういうこと。それが機動戦」
「知らない概念だった」
「前に言ってたけど、研究所時代は一対一の近距離から戦闘開始だったんだっけ?」
「そうだ。性能評価のために、その条件は変わらなかった」
「だからか……。ボクも知らなかったから、人のことは言えないけどね」
苦笑いを浮かべていると、ソウの質問が飛ぶ。
「よく気づいたな」
「実は、ボク一人で気づいた訳じゃないんだ。教えてもらったんだよ」
「誰にだ?」
「ダイチさんとナナミさん」
「あのうるさい二人か」
「それ、絶対に本人の前で言わないでね?」
アオイの声色が圧を帯びる。だがソウがアオイの忠告に興味を示す様子はない。しばらくソウを見ていたが、アオイは諦めたようにため息を漏らす。
そして、気を取り直したように呟いた。
「……最後にシノブさんかな」
「教えないと言っていたぞ?」
「この前、スラムで怖い人たちに囲まれた時に、シノブさんがやってた」
「なるほど。観察して学習したと言う訳か」
「そういうこと」
「よし。早速試すぞ」
そう言って、ソウがヘッドギアを被りながらケーブルに向かう。
「ま、待ってよ!」
アオイも慌てた様子で続いた。調子を合わせない相棒に、アオイは何回目になるか分からない溜息をついた。
〇フソウ ドーム都市 サクラダ社屋 警備格納庫
アオイが練習の回想を終えて、目の前の画面に意識を戻す。眼前に広がるのはシミュレーション上の荒野。そこには機体を隠せるような障害物はほとんどない。
画面端のミニマップに映る三つの赤い光点。その中で、一番近い所へ駆けていく。そこにシノブのしみじみとした声。
「先走った奴から、叩きに行ったか……。機動に気づいたか」
自分の作戦の正しさを確信しつつ、駆けるソウ機を追った。
ソウは機体を激しくジグザグに動かす。いくつもの銃弾が脇を翔け抜けた。
ソウは射撃をしていない。回避と接敵に集中した相棒は、ただの一発も被弾しなかった。攻撃がソウに集中する裏で、その後について行く。
十分に距離が近づいた時、ソウの声が耳を打つ。
「散開するぞ!」
「分かった!」
ソウ機が更に右へ大回りする。
「見えた!」
ソウ機影が退いて、敵機への射線が通る。駆けたまま、意識を照準に集中させると、弾道予測線が敵機に近づいた。
そして、青の輝線と敵機が重なる。
「ソウ! お願い!」
ソウ機が手榴弾を取り出し、駆けたまま流れるように投擲した。手榴弾は空中で炸裂し、敵機の白い膜、つまり防弾減衰層を剥ぐ。
何度見ても鮮やかな技量だった。
「さすが!」
直後にトリガーを引く。軽機関銃の銃口から無数の弾丸が飛んでいった。銃弾が敵機を叩き、再生装甲を構成する多積層構造を確実に剥ぐ。
「よし! ばっちり!」
敵機の防弾減衰層は散り、銃弾の威力は十全に伝わった。
「ソウ! 今だよ! 引き付けているうちに! 早く!」
合図に合わせて、相棒が敵機との距離を詰める。敵機はソウに構う暇は無いようで、銃口はこちらを向いたままだった。
「少し削られちゃった……けど!」
残装甲ゲージが減っていく様を見ていると、ソウの声が耳元から聞こえた。
「アオイ。交代だ」
ソウが射撃を開始した。敵機は直近へ迫ったソウ機へ攻撃目標を切り替える。
ホッと安堵の息をつく。
「よし! 予定どおり!」
自分たちは攻撃を集中し、一機ずつ敵を削る。一方で被弾を分散させるように、交代で仕掛ける。
通信ウィンドウに映る三白眼の瞳が、ギラリと光を帯びた。
「ああ! 倒されずに倒す!」
その間にもソウが敵機との間合いを詰める。そして、一足飛びの所まで近づく。それは相棒の間合いだ。
「いくぞ」
静かにつぶやくソウとは対照的に、機体は猛々しく飛びかかる。敵機が長い銃身をソウ機へ向ける。だが、ソウの表情に焦りはない。
「遅いな」
ソウは空中で弓のように機体を撓らせた。
「しっ!」
そして、向けられた銃身を蹴り飛ばす。銃口は明後日の方向を向き、敵機の懐は無防備になった。その傍らへ、機械仕掛けのモノノフが軽やかに着地する。
「一機目!」
ソウ機が銃口を突きつけ射撃した。銃火が灯るたびに、装甲が飛散する。敵機がソウから離れ、銃を構え直そうとする。
その様子が、敵機背後からよく見えた。
「そう来ると思ったよ!」
予測していた展開に、思わず笑みが溢れる。敵機がソウへ対応しているすきに、背後に回り込んでいた。
「機動力があれば、思った位置に!」
無防備に背面を向ける敵機に機体を付ける事ができた。あとは、撃つだけだ。
「甘いよ!」
みるみる敵機背面装甲が砕け、毒々しい緑のマッスルアクチュエータが露出する。緑の煙を吐き出しながら、敵機が膝をついた。
「やった――」
地面に倒れ伏すか否かの時に、ソウの声が耳を打つ。
「すぐに行くぞ!」
「分かった!」
既に駆け出したソウ機の後を追う。直後、アオイたちの背後を銃弾が翔け抜けた。
「加勢!?」
リアビューを覗きながら、思わず声が漏れる。
「危なかった!」
「だが間に合った!」
残るは二機。既に銃を抜いている背後の敵を狙うのは得策ではない。その判断は、ソウも同じだったようだ。
「次は前方のアイツだ!」
移動のために、銃を背面マウンターに格納している敵機が向こうに見えた。突撃して不意を衝く。
「さっきと同じ感じでいい!?」
「そうしてくれ!」
ソウが回避機動を続けながら、次の目標へ詰め寄る。予想外に順調な戦果に、パズルのピースががっちりとはまったような快感が背中を駆け上る。自分で手に入れた何かに手ごたえに、ブルリと背中が震えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
格納庫でシノブが情報端末に映る戦闘シミュレーションの戦果を確認していた。順調な推移にニヤリと笑みを深めるシノブ。
「まあ、もう大丈夫だな」
数的不利は消えた。残装甲も十分。二機の敵は離れていて、片方がやられても救援には来られない。一つ一つ状況を呟くシノブが、情報端末を仕舞った。
「あいつら、息ぴったりじゃん。まるで――」
そこで、シノブの顔が曇る。嬉しげで、少しさみしげな笑顔を、シノブは浮かべた。




