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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード2 訓練課題編
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第十二話 少女と課題と初めての訪問イベント

〇フソウ ドーム都市内隔離区画 サクラダ警備 格納庫内


 サクラダ警備の格納庫、シドウ一式の足元で三人の人影が向かい合っていた。


 アオイ、ソウ、シノブが、それぞれに顔を(しか)めていた。シノブの猫の様な瞳が、厳めしく歪む。


「スコアはボーダーラインに及ばずだな。検討をしておけ」


 アオイが身構える。 隣を向くとソウが切れ長の三白眼を僅かに歪んでいた。シノブの目がソウの不服をギラリとにらみつける。


「どうすればいいのか、なんで教えないんだって顔してるな」

「はい」

「認めるのかよ。お前、本当に遠慮ってやつがないな」

「不得手なので」

「全く……」


 シノブが大きくため息をつく。


「お前たち、前の資源採取戦みたいに、また指揮を受けられない状況になったらどうするつもりなんだ?」

「シノブさんが練習して、指揮継続できるようにすればよいのでは?」


 シノブのミスをあげつらうような物言いに、思わず目を剥く。


「ソウ!?」


 大量の冷や汗が背中を流れた。恐る恐るシノブの方を見るが、心配に反してシノブは冷静だった。


「その通りだよ。アタシだって分隊長としての訓練がある。まだ未熟って訳だ」


 シノブはシノブで訓練している事を知っている。そのうえで、訓練を最適化するために、今こうして付き合ってもらっている事も知っている。


 戦況を見ながらシノブが逐次設定を変えるためだ。しわ寄せは、シノブ自身が被る。申し訳なさに前を向いていられなかった。


(ボクたちのお世話をしながらだもんね……。その分、遅く残っているみたいだし……)


 だが、シノブは恩を着せる訳でもなく、被害者ぶる訳でもなく、淡々と説明を続けた。


「で、話を戻すと、アタシだって万一の時が無い訳じゃない」


 グレネード弾で戦闘不能になった時の、シノブのぐったりとした顔が思い出された。安全規格を満たしているが、それは死ににくいというだけだ。


 これからもシノブの指揮を仰げない状況だって十分にありえる。ゴクリと固唾を飲んでいると、シノブがソウに視線を送る。


「お前はアタシがやべえとき、一緒に死ねんのか?」

「それはできません」

「だろ? じゃあ、お前たちだけで考えて生き残れなきゃダメだ。少なくとも、次回の任務を受けるまでは、それを徹底する」

「……了解」


 流石のソウも黙りこくるしかなかったのだろうか、それ以上の反論はなかった。


「じゃあ、アタシは自分の訓練に戻るぜ」

「ワタシたちはどうすれば?」

「設定したシチュエーションで反復練習だな。リアルタイムの設定変更はできないけど、さすがにアタシも訓練に戻らないとまずい」

「……すみません。ワタシたちのために」

「そう思うなら、きっちりさっきの検討をしとけ。それが終わったら全力で訓練しろ」


 もっともな事を言ったあと、シノブがサーバル(ナイン)の方へ向かった。そのまま振り返ることもなく、ケーブルに引き上げられて、小柄な身体をうなじの搭乗口から滑り込ませた。


(ボクたちも、しっかりやらなきゃ)


 タブレット型情報端末へ視線を落とす。そこには相変わらずのD2の文字が映っていた。課せられた目標はC1であり、そこには5ランクの差がある。


 突きつけられた現実はただ重い。抱えきれなくなった不安が、口からため息として漏れ出た時、隣からソウの声が聞こえた。


「目標には遥かに及ばずか」

「このままじゃ正式採用が!」


 思わず頭を抱えた。ソウと出会う前の借金まみれの日々を思い出し、深いため息が出てしまう。


「はぁ。ソウ。どうしよう」

「練習による操縦技術向上以外の解決策など無い。訓練を重ねるぞ」

「……本当にそれで大丈夫なのかなぁ」

「防御力向上のために主戦闘兵装に変えてから一ランクあがった。この調子でいくぞ」

「うーん。そう言う事じゃない気がするけど」

「具体的には?」


 この延長上に解決策は無い。そう感じていた。だが、代案を提示はできなかった。


「……ごめん。分からない」

「なら、まずは訓練を再開するのが効率的だ」


 その後の訓練成績も冴えなかった。どうにも打開策が見つからず重い空気に包まれている所に、トモエがやってきた。


「そろそろ、閉めるぞ。今日はここまでだ」


 それだけ言って、トモエは去って行く。ヒントを聞こうにも取り付く島もなかった。


「聞きそびれちゃった……」

「トモエさんの業務も逼迫(ひっぱく)している」

「だよね……」

「明日は休日か。訓練はできないな」


 ソウが不満げに眉をひそめた。正直な所、疲労が限界近かったので、安堵しながら苦笑いを浮かべた。


「そうだね……。あ、そういえば」


 情報端末を取り出す。そこにはナナミの名前が表示されていた。アオイは、友人の家へ遊びに行くと言う、人生初のイベントが明日に控えている事を思い出した。






〇フソウ ドーム都市内居住区画 低所得者向け住宅地区 ダイチ宅玄関


 ドーム都市特有の高層ビル郡にある、外観はくすんだクリーム色の簡素な高層マンション。そこは低所得者向けの高層住宅だった。薄暗く狭い廊下を、アオイが歩いている。着古した白いパーカーに黒のスラックスという、私服姿だ。


 アオイが、携帯型情報端末を確認しながら部屋番号を確かめる。


「ここ……だよね。よし。間違いない」


 案内された番号の前に立ち、チャイムを鳴らす。そして、ドアが開いたと思った次の瞬間だった。


「よく来たな!」

「ひぃ!?」


 鼓膜を突き破りそうな大音量のあいさつに、耳をふさいで後ずさる。出てきたのは、資源採取戦で共闘したダイチと言う青年だった。


「バカ」


 ダイチの後ろから女性の声と、パシンという頭をはたく音がした。ダイチの後ろから眠たげな瞳が印象的な女性が現れた。歳は二、三ほど上と思われる。


「よく来てくれたね。アオちゃん」

「ナナミさん。お邪魔します」


 女性はダイチの妹のナナミだった。普段着と思われる無地のスウェットとショートパンツというラフなスタイルで、髪をサイドでくくっていた。


 資源採取戦が終わった後にナナミたちから呼び止められ連絡先を求められた。初めは躊躇(ちゅうちょ)したが、歳が近く同性かつ同業の知り合いと言う事で、連絡先を交換した。


 資源採取戦でピンチの所を加勢したお礼をしたいと言う連絡が入った時、どうしようか迷ったが、友人の家へ呼ばれると言う人生初のイベントへの期待感には逆らえなかった。


 念のためソウにも声を掛けたが非効率な時間の使い方はしないと断り、トラブルメーカーが来ない事にホッとした事を思い出す。


「すみません。ワタシなんか呼んでもらって」

「え? 普通に呼ぶよ? どうして?」

「いえ。なんか慣れてなくて……」

「よく分かんないけど、とにかくこっち来なよ」


 ナナミの手招きで家へ入る。無理やりに片付けたのか、部屋の端には大きな箱がいくつも積まれていた。それに気づいたように、同じところをナナミが見つめた。


「狭くてごめんね」

「ワタシの家の方が狭いから全然ですよ」

「この頃、家賃高いからね」

「本当に……。全然ドーム都市の土地が足りないみたいですね」


 思わずため息が漏れた。


 新天地ウラシェには広大な土地が広がっていると言うのに、大国間の牽制(けんせい)で新規ドーム都市建設着手は一向に承認されない。恒星系基地での生活に比べれば広い部屋には住めるが、期待したほどではないと言うのが本音だった。


 よほど深刻そうに見えたのか、ため息から視線を上げるとナナミが苦笑いを浮かべていた。


「外で食べるとそれだけで高いよね」

「上司に連れられて以外は、食べにいったことありませんね」

「うちらもそこまで行ける訳じゃないし。レストランはちょっと言われた時、正直助かったよ」


 当初はドーム都市内の飲食店に誘われたが、金銭を理由に誘いを断った。それでも交友を深めたいと言われ、ナナミ宅での食事会に落ち着いた。


「もうちょっと広い所に住めれば、自分で作るってのもありなんだけどね」

「キッチン付きの部屋なんて高くて……。ごはんも、買った方が安いですし」


 家を借りる時に業者から受けた説明を思い出す。ドーム都市の建設遅延や入植者の増大が原因で、家賃が上がっているとの事だった。キッチンのスペースすら惜しいのが、ドーム都市の現状だった。


 一方で、加工食品価格は低下傾向にあり、自炊するよりも安いケースが多い。


 二つの事情が合わさって、キッチンなしの家に住み、食事は買ってくるのが最適解となっている。


 ナナミが話を続ける。


「時間かかるから先に注文いれちゃおうか? 何頼む?」

「ちょっと待ってください」


 いそいそと端末を取り出し、今月使える金を確認する。その様子を見たナナミが苦笑いを浮かべた。


「いいよ。出すし」

「え? いいんですか?」

「呼んだのウチらだし、全然。何食べたい?」

「じゃあ、これで」


 ナナミから差し出された携帯型情報端末に映るメニューをタップする。ナナミがメニューを確認すると、二度目の苦笑いを浮かべる。


「オキアミとミドリムシのスープって一番安いのじゃん。もっといっぱい頼みなよ」

「……じゃあ、……これも」


 再度差し出された端末の画面をタップする。端末を見たナナミが再度の苦笑いを浮かべた。


「今度はオキアミのナゲットって……。アオちゃん。気を遣わなくてもいいんだよ?」

「いえ! そんなことは!」


 慌てて弁明しようとしていると、ダイチがグイっと近寄った。


「武装警備員で稼いでるんだから、もっと豪快に使わないのか!?」

「あ、いえ、その」

「何かに使っているのか!? まさか借金――」


 スパンと子気味良い音が響く。ダイチの頭を叩いたナナミはあきれ顔だ。そして、手を合わせて謝った。


「ごめんね。ウチの兄貴ってバカで、ガサツで、デリカシーないからさ」

「ひでえな!?」

「事実でしょ」


 もう一度ナナミがダイチを叩こうとしていたので、慌ててそれを止めた。


「大丈夫ですよ。そういう感じの同僚がいますし」


 脳裏に浮かぶのは、切れ長の三白眼だった。ナナミも何かを思い出す様に、顎に指を添えた。


「ああ……。あの男の子か。アオちゃんも大変だね」


 生温かいナナミの視線に、苦笑いが浮かんだ。そして、やや緊張の面持ちで口を開く。


「それで、今日は何の話でしたっけ?」


 内心の緊張を、極限まで声から取り除く。


 ナナミからは悪人の気配はしないが、それでも悪質な勧誘の危険もあるからだ。期待していると、裏切られた時のショックは大きい。安い料理を頼んだのも、万一の時に恩を着せられない様にするためだ。


 だが予想は、良い意味で裏切られた。


「別に決めてないよ? 年近いし、変な感じもしないから一緒にダベろうってだけ」


 ナナミの顔と声には何の裏も認められない。実にあっけらかんとした反応だった。


 内心で胸を撫で下ろすと、今度は別の不安がもたげて来た。


「でもワタシ、あまり普通の話題もないし……」


 自分の得意分野を語った後の、周囲の呆れ顔と、流れてくる生温かい空気を思い出す。


「え? ウチら、みんな武装警備員じゃん?」

「いいんですか? 仕事の話をしても?」


 この日に備えて友達との会話術について調べた内容を思い出した。


 そこには仕事の話題は厳禁と書いてあり、何を話そうか考えこむあまり寝不足になるほどには考えた。共通の話題が最初からあると知って、溜まっていた緊張がゆるゆると流れ出ていった。


「いいよ。同じ会社だと話しづらいこともあるでしょ? うちらも色々あるし」

「ええ。実は――」


 シミュレーションで苦戦している事。社内ではちょっと相談しづらい雰囲気である事。それらの事情をぼかしながら説明する。さすがにクビになりそうな事は伏せておいた。


「なるほどねぇ」


 ナナミは、目を閉じて顎に指を添えながら話を聞いていた。説明が終わると、おもむろに目を開ける。


「それ、主戦闘兵装の戦い方じゃないよ」

「え? でもいっぱいの敵が来るから、少しでも守らないと――」

「広い所だと囲まれて終わっちゃうよ。そのうちに削られ切っちゃう」

「確かに……。そんな感じでした」


 どうしたらよいのかと悩む。見かねた様子で、ナナミが顎に指を添える。


「んー。ウチだったら」


 ナナミが滔々(とうとう)と戦術を説く。


 一部に難しいところもあり、思わず眉根に力を入れてしまう時もあった。だが、分からないと思ったら即座に説明を平易する的確なアドバイスに舌を巻く。


 説明が終わる頃には、どうすればよいかの道筋が見えていた。


「へえ。意外です。でも、確かにそう言う事が書いてあったかも」

「何か役に立てたならよかった」

「すごいなぁ……」


 感心のまなざしで見つめているとに、照れ笑いを浮かべるナナミ。


「ウチら、これでも武装警備員歴は結構長いからね」

「そうなんですか?」

「色々事情があってね……」


 そこへ、またしても鼓膜を突き破るようなダイチの張った声。


「小さい頃に親が死んじまったからな!」

「バカ」


 ナナミがダイチの頭を叩いた。ペシンという子気味の良い音が響く。訳が分からないという表情のダイチ。


「なんだよ! 本当の事だろう!?」

「アオちゃんが気を遣うでしょ」


 ナナミがちらりと様子を伺う。


「えっと……、ワタシもそうなので」

「そうなんだ。お互い苦労しているね」

「フソウにはそんな奴、山ほどいるよな! しょっちゅう物騒な事件も起こってるし!」


 今度は笑えなかった。情報端末に流れてくるのは、組織なり個人なりが引き起こす物騒な事件ばかりだ。生まれてから、良いニュースなどほとんど聞いたことがない。


「そう……ですね」

「ごめんね。なんか重い感じにしちゃって」

「いえ! そんな!」

「なんかこの頃もきな臭いよね。スラムに変な人たちが出入りしているし」

「スラムと何か関係があるんですか?」

「あそこって、あんまり良くない人たちの隠れ場所にもなるからさ。変な荷物をいっぱいもった人が出入りしたと思ったら爆破テロがあったりしたし――」


 その後も続く話の裏で、アオイはナナミたちの身の上を察していた。


(ナナミさんたちって、もしかして……)


 ナナミが語るスラムの状況は、まるで見ていたように鮮明だった。つい先日のスラムでの光景を思い出し、苦労を(おもんぱか)る。


(きっと助け合ってきたんだろうな)


 口悪い兄妹の会話も、奥底の信頼が無ければ不可能な物だった。そのじゃれ合いに、いつの日かの姉妹の会話が重なってしまう。


 胸の奥底にくすぶる懐かしさと羨ましさを抱えつつも、今は初の友人との会話を楽しんだ。楽しい時はあっという間に過ぎて、そろそろ日が傾き始めた頃に差し掛かった。


 帰り支度を済ませて、ドアの前で頭を下げる。


「じゃあ、また」


 そのまま、別れの挨拶が返ってくると思った。が、来ない。


 不審に思って頭を上げると、そこには何か言いづらそうなナナミの顔があった。数秒の躊躇(ちゅうちょ)の末、ナナミがおずおずと口を開いた。


「あの……。ごめん、最後に一つだけ」

「なんですか?」

「サクラダ警備にいた、あの猫っぽい人」

「猫っぽい……。シノブさんですか」

「シノブさんって言うんだ……。シノブさんって、スラムによくいたりする?」

「え……。確かに、最初に会った時はスラムにいましたが、」

「そうなんだ……」

「なにか?」

「ううん。ちょっと前にスラムに出入りしているのを見かけたから気になって」


 先ほどの会話で出てきた、スラムに出入りする不審な人々の話を思い出す。詳細を問い返そうと思ったが、その前にナナミが二の句を継ぐ。


「ごめんね。引き止めちゃって。また一緒に遊びたいな」

「はい。ワタシもです」

「じゃあ、また」


 そう言ってナナミは手を振りながらドアを閉める。慌てて手を振って応じた。やがて、ドアと壁の隙間がなくなった。


 アオイは、初の友人宅訪問と言うイベントを終え、小さく拳を握り、廊下を歩き出した。


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― 新着の感想 ―
シノブさんがソウくんに指導したいこと教えたいこと、分かるような気がします。 ちゃんと自分達で考えて安全を確保しつつ戦えるようになって欲しいんですよね、死なないために!そんなふうにならないと、ソウくんと…
[一言]  ソウとアオイ、いかにもありそうな行き詰まり方ですね。もちろん自分がそうでないとは言えませんが(痛い痛い痛い)←  猪突猛進型は反応の速さが長所というものですが、脳筋一直線だと(以下略)←…
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