第十一話 少女と先輩とそれぞれの事情
〇資源採取戦 廃棄都市 最前線
灰色の廃墟の路地に隠れるアオイのシドウ一式。
シドウ一式のコックピットの中でアオイが焦燥に息を荒げる中、聞こえてきたのは余裕に満ちた中年男性の声。
「こちらセゴエ。加勢する」
その名前に、思わず大声を上げてしまう。
「カレーの!? じゃなくて、あのセゴエさん!?」
その名は畏怖の対象だった。
視線をセゴエ機と思われる機体へ向ける。ニンジャの鎖帷子を思わせる特殊装甲に包まれた細身の機体。ソウ以上に無駄のない洗練された走り方で、その機体がセゴエ機と分かった。
「あれは、確かフウマ?」
機動性に定評があるイナビシ重工製の軽量級機体だった。
セゴエ機の背部には偏向推進翼の煌めき。軽量級の身軽さと推進力の相乗効果により、その機動はどこまでも軽やかだった。
セゴエ機に追われた二機が、自分たちが戦っていた四機と合流する。
二対六。覆しようのないほどの不利だ。少なくとも自分ならどうしようもない。
「すごいって聞いているけど、この人数差はさすがに」
敵も押し切れると判断したらしい。敵の各機が、一斉にセゴエ排除に飛び出した。対するセゴエの声は、鼻歌でも歌いだしそうな余裕だった。
「セイ。よく見ておけ」
「了解です」
モニターに映ったのは機械の顔。セゴエの随伴機に乗っていると思われるセイと言う人物だった。セゴエにカレーを奢ってもらった時に現れた、全身義体の姿を思い出す。
直後、セゴエ機が二挺のサブマシンガンを背面マウンターから取り出し、単独で突撃を敢行する。
「無茶すぎる! 一対六なんて!」
敵機たちがセゴエ機に向けて銃撃を放った。だが、そのほとんどが命中しない。
「な、なんで!? すり抜けるみたいに!?」
瞠目するアオイに、ソウからの通信が入る。
「回避動作が小さい。オレよりもはるかに」
「ソウ! 無事!?」
「ああ。セーフティが動作したからな。駆動系は落ちたが感覚系は生きている」
アオイたちが慌てふためく一方で、通信ウィンドウの友軍機欄に映るセゴエは鼻歌混じりで回避をしていた。
「照準ソフトの癖は把握済みなんでね」
セゴエのフウマ型が二挺のサブマシンガンを構えた。直後の銃撃。敵機の頭部から、次々と破片が舞い散った。
「回避も雑だねえ」
その曲芸にアオイが何度目か分からない感嘆の声を上げる。
「簡単に頭を!?」
人体とは異なるため頭部を破壊されても直ちに機能停止にはならないが、センサー類の大半が破壊されるため一気に不利となる。
だが、通常は頭部を狙わない。胴体に比べて格段に小さい頭部を撃つのは困難だ。高速で不規則に動く人戦機の頭部をアオイは狙えない。無駄弾を使うリスクが大きくなるため、胴体を狙う。
呆気に取られていると、ソウの悔し気な呟きが聞こえた。
「回避動作が最小だからこその射撃精度か」
卓越した射撃と回避が、一対六と言う不利を覆す不条理を生んでいた。非現実的な光景に、引きつった笑いが出てしまう。
「こ、このまま勝っちゃう?」
その時、敵機たちは障害物へ引きこもった。射線を切られたセゴエが、攻めあぐねるはず。
「隠れちゃったよ!? 援護を!」
次の瞬間、再度、瞠目した。
「え!?」
セゴエの駆るフウマが壁を目指し、そのまま駆け上った。
重力など感じさせず、あっという間に巨大ビルの中腹まで登り詰め、もはや見上げる程になっていた。
「ど、ど、どうやって!?」
そこにソウの声。
「偏向推進翼を、あそこまで繊細に!?」
ソウの驚きから、セゴエの機動の難度を知る。技量に絶対の信頼を置く相棒であっても無理。セゴエが伝説と言われる訳を噛み締める。
「で、でも敵に丸見えじゃ」
地上の敵機に視線を落とすと。駆けあがるセゴエに向けて発砲していた。再びセゴエへ視線を戻す。舞い散る廃墟の破片は、フウマにまるで追いついていない。
「な、なんで当たらないの!?」
超高難度の機体制御中とは思えない、セゴエの悠々とした声が聞こえた。
「照準ソフトは縦回避に弱い。知らなかったろ? まぁ、やる奴なんて俺くらいだけどな」
まるで鼻歌でも聞こえてきそうな余裕の呟きだった。
「丸見えだな。半分は倒せるか?」
フウマ型を見上げると、壁を駆けながら二挺のサブマシンガンを構えた。
直後、銃弾の雨が敵機たちに降り注ぐ。隠れる事もかなわない銃撃によって、三機が膝をついた。
「で……デタラメすぎるよ……」
それ以上は、しゃべる事もできなかった。
セゴエ機はニンジャの如く壁蹴りを続け、とうとう敵機が隠れていた障害物を跳び越してしまった。
そして、軽やかに敵背後に着地するセゴエ機。
「これで終わりだな」
敵機も呆気に取られているのか振り返らない。
その隙に、フウマ型が振り向きざまの銃撃を食らわせる。二挺のサブマシンガンが吐き出す濃密な弾幕が、敵機装甲を剥ぎ取る。次々と、マッスルアクチュエータが露出して緑の煙を吐いた。
「さて、終わったか」
フウマ型が銃撃をやめると、廃墟に相応しい沈黙が戻る。セゴエが、気負いのない口調で通信をしてきた。
「排除完了。サクラダ警備の連中もお疲れだったな」
だが、あっけに取られ答える事ができない。新たに開いた通信ウィンドウには苦笑したトモエが映っていた。
「セゴエさん。助かりました」
「任務だからな。礼は不要さ」
「で、アオイ、ソウ。そろそろ戻ってこい」
トモエの呼びかけで、ようやっと我に返った。トモエが苦笑いをしながら、指示を続ける。
「損害が大きすぎて継戦はできない。回収業者を手配した。アオイも含めて帰投しろ」
「わ、分かりました」
戦場に舞い戻った軍神により、その日の資源採取戦は早々に決着した。
〇黒曜樹海 開拓中継基地 共同格納庫
ウラシェ特有の低く立ち込める曇天は、既に黒に近い灰色へ変わっていた。
夜の黒曜樹海の畔《ほとり》にポツポツと明かりを灯すドーム状の建物がある。ドームは多数の業者が共同で使用する開拓中継基地だった。
基地には人戦機を整備する格納庫もある。そこには多数の人戦機が係留されていた。サクラダ警備の機体も係留されている。既に夜を回っており、格納庫内の人気は少ない。
傷ついた二機のシドウ一式。肩には桜と盾の社章がペイントされている。その前で、アオイとソウが情報端末を操作していた。
ソウがチラリとだけアオイを見ながら口を開く。
「アオイ。先程は何をしていたんだ?」
「ナナミさんと連絡先を交換してたんだ。ボク、他の会社の友達ができたの初めてかも!」
「そうか。では、戦況の振り返りを再開するぞ」
その切れ長の三白眼には、微塵の興味も認められない。
「……ソウって本当に人戦機の以外は興味ないんだね」
それが相棒だったと、これ見よがしの溜息を吐く。だがソウは、無関係とばかりに切れ長の瞳をこちらに向けた。
「今は業務中。戦況の振り返りが優先だ」
「それもそうか」
タブレット型情報端末に目を落とす。映っているのは、セゴエの一方的な戦闘だった。
「セゴエさん凄かったね……」
「ああ、トモエさんからの説明を聞いて原理は理解できた」
「でも、聞いてもできないよ。照準ソフトの裏を掻くなんて」
照準追尾ソフトは回避先予測機能によって命中率を上げている。しかし、セゴエはその裏をかいて回避していた。それも、人戦機を作っている各社ごとの照準補正ソフトごとの癖を把握していた。
しかし、照準補正ソフトは蓄積された交戦データの賜で、相当の完成度を誇る。
(その裏を掻くって……どうやって? 凄すぎて、逆にわかんないよ)
理屈を聞けば自分もできる、などという気は微塵も湧かなかった。
「あの壁昇りもすごかったね……」
「偏向推進翼の操縦技術が卓越している」
セゴエは機体を壁へ押し付けて摩擦力を出し、壁を駆け上がっていた。原理は簡単だが、実行はとてつもなく難しい。
壁への押し付け、重力への対抗、そして前進のための推力。そのバランスを考えながら推進器の向きを調整し、なおかつ機体の操縦も同時に行う。
そこまで考えて頭が痛くなりそうだった。
「もう、神様みたいだね。しかも、登りながら弾を避けるなんて……」
「火器管制ソフトの癖を利用した回避か」
照準ソフトで前提としている回避方向は横だ。
人戦機が跳ねても高さはたかが知れている。航空機も無い。飛翔する攻性獣もごくわずかだ。そのため、縦方向の追従性は弱い。そこを見越しての駆け上がり。
しかし、理屈は机上の空論だ。出来るものは、ほぼいない。唯一の例外が、セゴエだった。
アオイが溜息をつく。
「あれが、一番の武装警備員かぁ……。もう、なんていうか桁が違うね」
「だが、追いつく。誓いの言葉、忘れてはいないな?」
「もちろんだよ」
そこへ足音が聞こえた。視線を向けるその先には、眉を上げたシノブがいた。漏れ出る怒気に、思わず身構えてしまう。
シノブは脇を抜けてソウの前へ仁王立ちした。
「戦闘記録を確認したぞ。ソウ。話がある」
「なんですか」
「ソウ、なんで敵に向かって突っ込んだ」
「あの場合は仕方なく――」
「奥に隠れる事もできたはずだろ?」
「シノブさんを模倣すれば確率的には」
「アタシの真似か……」
シノブの顔が少しだけ嬉し気に緩む。しかし、それも一瞬。シノブの目が厳しく光る。
「前に言ったよな? 人によってできる事は違う。それに安全第一だって」
ソウの瞳が弱気に歪む。だからと言って、シノブの容赦はない。
「言え。隠し事は許さねえ」
「……オレが失敗したからです」
ソウが、悔し気に唇を歪める。
「オレが罠をどかそうと言った。それで損傷を受けた。だから、その補填を――」
「バカが! そんなんで敵に突っ込んだのか!?」
シノブがソウに詰め寄った。
「もっと危険な目に遭ってんじゃねえか!」
「ですが、成功すれば評価も取り戻せる。合理的な行動です」
「それで死んだらどうする」
「資源採取戦では操縦士が死亡する確率はそこまで――」
「死ぬときゃ死ぬって事だろうが。そんなことも分からねえのか」
シノブがソウを睨みつけたまま、大きく息を吐いた。
「……決めた。生半可な事じゃ採用はさせねえ。目標スコアを引き上げる」
「なぜ? 社員の少ないサクラダ警備では非合理的は判断とは言えません。オレたちが居た方が――」
「死にたがりのワナビーなんざ、いるだけ迷惑なんだよ」
吐き捨てる様に言ったシノブの顔に、ふと哀愁と憐憫が入り混じる。
「……お前、死んだらどうするんだよ」
「次の社員が来るだけでは?」
ソウは至極平然と答えた。途端にシノブの眉が跳ね上がる。
「この野郎! 何もわかっちゃいねえ!」
怒鳴り声をあげながら、ソウの胸倉をつかむシノブ。しばらく交差する三白眼と猫目。やがてシノブが大きく息を吐いた。
「……くそ」
シノブは手で顔をおさえながら首を振る。
「……怒鳴ったのは悪かった。けどな、お前らをこのままじゃ採用できねえ。何が悪かったか考えおけ」
それだけ言って、シノブは格納庫から去って行った。残された二人。気まずい沈黙をアオイが破る。
「ソウ」
「なんだ」
「ボクは、ソウが死んだら嫌だ」
ソウの瞳に戸惑いが浮かぶ。
「……欠陥品なのにか」
「ボクにとっては最高の相棒だよ」
「……分かった」
ソウが少しだけ微笑んだ。心ばかり元気が戻った事に安堵して、言葉を紡ぐ。
「それに、自分が誰か知りたいんじゃないの?」
「オレの個人的欲求よりもサクラダ警備の利益の方が優先される」
「そんなこと……」
ソウらしい答えに、言葉を詰まらせる。どちらを取るのが正解か。アオイには分からなかった。
〇黒曜樹海 開拓中継基地 格納庫出口
格納庫内にならぶ人戦機の間を、シノブが歩いている。その顔には怒りは見えない。むしろ気落ちが伺えた。シノブが格納庫から出ようとした時、近づく長身の影があった。
女性の声が響く。
「シノブ。話がある」
シノブが振り返った先に、トモエが居た。バイザー型視覚デバイスが、照明を冷たく反射する。
「トモエさん。……もう事務処理はいいんですか?」
「それよりも大事な仕事だ」
「……なんですか?」
「お前とアイツらの話だよ。ここだとなんだ。ラウンジまで歩きながら話す」
シノブがおずおずとトモエの後を歩く。扉を抜けると、武装警備員たちが往来する廊下に出た。そのまま、目線も合わせずに廊下を進む。そのうちに、トモエが口を開いた。
「何を感情的になっている。確かに嗜める場面だが、それにしてもお前らしくない」
「そうですか? アタシは育ちが悪いんで、柄が悪い事なんかしょっちゅう――」
「だが、目下を怒鳴りつけたりはしない。私が知るシノブはそういう人間だ」
「……買い被りすぎですよ」
シノブの顔が、まるで傷を負った時のように苦悶で歪んだ。トモエの講評が続く。
「それに資源採取戦についてもだ。お前はもう分隊長だ。ただの斥候兵ではない」
「……はい」
「ならば、採取地点侵攻でグレネード弾を食らった時どうすればよかったか、あの時には分かっていたはずだ」
シノブは、口の中で言葉を転がし、そのまま呑み込んだ。
「わが身を顧みず、誰かをかばう。自己犠牲は美徳だ。だが、あの状況で分隊長にはそれは求められていない」
「でも、アイツらが――」
「指揮の継続と全体被害の最小化。それがあの時のシノブに求められる役割だ」
「……その通りですね」
シノブが力なく俯く。トモエがそれを見て、少しだけ頬の力を緩めた。
「咄嗟の事と言う点は考慮しよう。まだ初回だ。それを計算に入れても、シノブに分隊長を任せるのが今のサクラダ警備で一番ベターだから、今後の分担に変更はない」
「……ベストではないって事ですか」
悔し気に歪むシノブの瞳。それを見ずに、トモエの講評が続く。
「だが、試験官については違う。アイツらを冷静に見られないならば外すぞ」
「そんな! アイツらはアタシが面倒を!」
シノブが思わず歩みを止める。その視線を、トモエは受け止めた。
「どうした? 最初は嫌がっていたじゃないか。自分には荷が重いと」
思わず、シノブが声を詰まらせる。
「いや……。それは……その……」
「何か理由があるのか?」
「……分から……ないです」
トモエはシノブの肩に手を置く。
「その理由を早く掴んでおけ。シノブのためにも、アイツらのためにもだ」
「……はい」
立ち止まる二人を避ける様に、武装警備員たちが往来を続ける。それを見たトモエが、いまさら気づいたように慌てた。
「邪魔になっているか。ついてこい」
トモエとシノブが歩いて行くと、レストラン街が見えた。電子看板に映し出される数々の料理。女性におすすめなどとの謳い文句が飛び出した。それを見たトモエが呟く。
「分隊長の祝いにおごってやる……と言いたいところなんだがな」
トモエがシノブの口元を見る。シノブの唇が締まった。
「すみません。これに、気を遣ってもらって」
「気にする必要は無い。レストラン以外のところにするか」
そう言って、中継基地の廊下を進む。そうして二人はレストラン街を抜けた。




