第十話 少女と窮地と思わぬ救援
〇???
アオイは自分が寝ていることに気づく。周囲は暗い。
もしかして寝過ごしてしまったのだろうかと、少しの不安が湧く。しかし、慌てても手足は動かない。
これは夢なのかと戸惑うアオイを遠くから呼ぶ声が聞こえる。
「――!」
誰かが何かを言っている。ただ、ぼんやりとしか聞こえなかった。
(お姉ちゃん……? ……いや、ちょっと声が違う)
そう言えば、自分は入植したウラシェで、仕事をしながら姉を探している最中だったと、近況を思い出す。
(仕事ってなんだっけ? えーと……。そうだ、武装警備員だった)
どうしてそんなことを忘れていたのだろうかと思うが、理由が良く分からない。記憶を掘り起こしている最中も、遠くから声が聞こえてくる。
「ア――! ――て!」
誰かが何かを言っている。だが、誰がなんのために自分を呼んでいるのだろうか。考えるがよく分からない。
(これ、もしかして寝過ごしているとか? まずい)
そうだったら大変だと、起きようとした。しかし、体が動かない。
(今日は何の仕事をする日だったっけ?)
確か廃棄都市で資源採取戦に参加する日だと、思い出した。
(廃棄都市か。たしか、交差点があったはず……。あれ? なんでそんなこと知っているんだろう?)
違和感が頂点に達したとき、水面から顔を出すような感覚を抱く。
直後、シノブの怒鳴り声が聞こえた。
「アオイ! 立て!」
尋常ではないシノブの声色。
耳を打つ叫びによって、自分が危機的な状況にいることだけは辛うじて認識した。
「――!」
シノブに応じようとするが口の中に何か液体がたまっていて、言葉が出ない。
「ゴホッ!」
反射的に咳をして、吐き出した液体を咄嗟に手で受け止める。
手元への視線が検知されて、ゴーグルの映像が消えた。透いて見えたのは、手のひら一杯の赤い液体。
「血!? ウソ!?」
「落ち着け! 多分口を切っただけだ! それよりも機体を起こせ!」
シノブの叱咤で優先順位を切り替えようとする。だが、体の痛み、吐血と立て続けの想定外に曝された思考は散逸してしまい、向きを成すことができなかった。
複数のアラームが視界に灯るが、どれから確認するべきか。どれにも手を付けようとして、どれにも手を付けられなかった。
「な、なにが!?」
「ブービートラップだ! 早く!」
そこまで言われて、ようやく状況を思い出した。
骨材をどかした時に、あたり一面に爆発が起きた。そこで、危機を悟る。
「き、気絶してたのか……」
あたりを見回す。
建築物の瓦礫をバリケード代わりにして、シドウ一式とサーバルⅨがアサルトライフルを乱射している。
記憶ではシノブは別行動であったはずだ。
「なんでシノブさんが!? 何!? 何が起きたの!?」
訳も分からずにいると、ソウが怒鳴る。
「オレたちはトラップにかかって破損! その後、シノブさんがフォローに合流!」
「え!? え!?」
「まずは撃て! 火力支援を!」
「わ、わかった!」
ろくに闘志も練り上げられないまま、機体を起こす。そして、ソウ機の隣に機体を寄せた。
即席バリケードから軽機関銃だけを出して、銃に備え付けられたカメラ画像を確認する。
頭部視覚センサーに比べれば解像度が大幅に落ちる。それでも、こちらを上回る数の機体が、障害物から乗り出して銃を向けている事は分かった。
その数に、思わず叫んでしまう。
「多い!」
「いいから撃て!」
ソウの叱咤に押されるようにトリガーを絞る。しかし敵機は、バリケードのような瓦礫に身を隠した。
「すぐに隠れられる!?」
「出てきた瞬間に照準を合わせ込め!」
「そんな簡単には!?」
「それ以外の手段は無い!」
「わかったよ!」
その後も、オーバーヒートに気を付けつつ射撃を続ける。隠れては撃ち、撃っては隠れる。その繰り返し。
状況は不利だった。
敵から見て左右から揺さぶりをかけるはずが、シノブが救援に来たことで射撃が集中する。揺さぶりもかけられない。加えて、相手は十分な防衛線を敷いていた。
焦りの乗せたシノブの声が耳を打つ。
「くそ! 待ち伏せ準備は万端って事かよ!」
「ここからどうやって奪還を!?」
「今考えてる! って、この音は……多連装グレネード!? 伏せろ!」
シノブにはなにか聞こえたのだろうか。そう思う間もなく、サーバルⅨが自機を引き倒し、その上にがかぶさった。
直上で無数の爆発音と閃光。衝撃と無数の礫が襲いかかる。
「な、なにが!?」
爆発がおさまる頃にアオイが機体を起こすと、装甲が無惨に剥がれたサーバルⅨがモニターに映った。平静なメッセージがコックピットに響く。
「味方機。機能停止」
慌てて、至近距離限定通信を開く。そこにはぐったりとしたシノブが映っていた。
「シノブさん!? シノブさん!? 反応が!?」
「死亡、および重症アラートは無い! 気絶状態と推測! それよりも敵だ!」
「でも、どうやっ――」
「崩れる! アオイ!」
ソウ機にグイッと引っ張られると、目の前を瓦礫が崩落する。
「うわ!」
「他も来るぞ!」
爆発の衝撃で身を隠していた建物の一階部分がえぐれていた。そこから連鎖崩壊が始まっていく。
骨材がひしゃげる音が鼓膜をひっかいた。
「逃げるぞ!」
「分かった! シノブさんも!」
サーバルが崩落に巻き込まれないように、人戦機のうなじ付近にある搬送用取っ手を掴む。
その瞬間、隠れていた路地を塞ぐように建築物の壁面が崩れてきた。隠れようと思っていた細道が、次々と瓦礫に埋もれていく。
「戻れない!?」
「進むしかないだろう!」
巻き上がった粉塵に追い立てられるように踵を返す。そうして、大通りに踊り出る羽目になった。
「う!?」
数々の銃口がこちらを狙っていた。敵からの銃弾が襲い掛かる。敵は五機で、こちらは新人が二機。どうしようもない不利だった。
「まずい! ソウ! 逃げなきゃ!」
「いや! 敵に接近した!」
確かに不本意とは言え、敵との距離は一区画もない。偏向推進翼を吹かせば、一気に詰められる距離だった。切れ長の三白眼に力が籠もる。
「このまま叩く!」
「どうやって! 撃たれ――」
言い切る前に、ソウがシノブの背面からグレネードランチャーをもぎ取った。
「こうやる!」
直後に敵機たちへ向けてランチャーを放つ。放物線を描き、敵機たちの直上で破裂した。大量の煙が幕を下し、大通りの視界を埋めた。
「あれは! スモークグレネード!?」
市街地戦に向けてグレネードランチャーにスモーク弾をセットしていた事を思い出す。同時にソウが猛る。
「突っ込む!」
ソウ機が、そのまま煙の中へ消えた。
「えっと! ボクはどうすれば!? ま、まずはシノブさんを置いて……!?」
機能停止した機体に追撃は許されない。それゆえ、機体を横たえても止めを刺される事は無い。
揺らさない様に静かにサーバルⅨを横たえる。そして、銃を構えて煙幕と向き合った。だが、見えるのは一面の煙。
うろたえる間にソウの気合が大通りに響く。
「一機目!」
至近距離戦闘ならソウの独壇場だ。恐らくは、煙に紛れて忍び寄り、敵を仕留めたのだろう。
「このままなら……!」
立ち込める煙幕で火力支援はできない。しかし、相棒ならば問題ないだろう。安堵と共に推移を見守っていた時だった。
煙幕の壁がこちらへ忍び寄ってきた。耳元には、そよ風のささやき。
「風……? ……あ!?」
大通りには風が吹き込んでいた。視界が煙幕に覆われ、事の重大さに気づく。
「煙幕が流された……!」
煙幕が後ろへと消え去り、視界が晴れた。四機が、ソウ機へ銃を向ける。直後、一斉に火を吹いた。
「ソウ!?」
ソウ機は消える様に横跳ね、着地直後に切り返し。しかし、いくつかの銃弾が装甲を叩いていた。銃撃で姿勢を崩すと、そのまま無情なまでの弾丸が叩き込まれた。
「味方機、機能停止」
「うそ!?」
ソウ機の至る所から緑の煙が立ち上っていた。
「そ、ソウがやられ……、う!?」
ソウ機が沈黙した今、銃口はこちらを向いていた。
弾丸に追い立てられるように崩落していない路地を目指す。いくつもの風切り音が、耳のそばをかすめた。懸命に機体を駆けさせて、滑り込むように路地へ機体を押し込める。
「なんとか!」
しかし、状況は好転していない。
「ど、どうしよう……。ボク一人じゃ」
知らずに荒くなった呼吸が肩を上下させ、意識が焦りで白くなる。
「どうする? どうする? どうする? どう――」
宛のない思考の散逸に、凛とした女性の声が割って入ってきた。
「アオイ! 一体どうなっている!?」
視界端の通信ウィンドウには、バイザー型視覚デバイスを掛けた女性、トモエの顔が映っていた。
「と、トモエさん!? つながった!? あの、みんなが――」
なるべく簡単に、と急いで状況を伝える。トモエが一瞬だけ顔を顰めたが、狼狽えることもなく、すぐに指示が飛んで来た。
「アオイ! とにかくあと少しだけ持たせろ!」
「でも、少し持たせたところで!?」
「あと少し……。いや、来たぞ!」
「何がですか!?」
「援軍だ! 敵機奥!」
トモエの指示に合わせて左を向くと、二機の人戦機がこちらに向かってきた。だが、味方マーカーが表示されていない。
「トモエさん! あれ、敵ですよ!?」
「その後ろだ!」
先行する二機を追い立てる様に、二機の人戦機が銃撃を加えていた。トモエとは別の通信が入る。
「こちらセゴエ。加勢する」
それは、聞くものが聞けば震えるほどの者の名前だった。




