第一話 社長と分析と出会いの予感
〇フソウ ドーム都市内 特別区画
曇天は夜の暗さを吸い込んで、黒に近い灰を帯びている。
全天に広がるおぼろ気なダークグレーのスクリーンに照り返るのは街明かり。それは半透明のドームから漏れ出るものだった。
雲へめり込むほどに巨大な建造物は、フソウのドーム都市だ。
恒星間渡航船の骨格にも使われる超構造材によって、都市は天へ届く大きさを誇っている。超構造材は細胞状万能マイクロプラントであるトレージオンの産物で、人々の生活はトレージオン由来の特殊物質によって支えられていた。
巨大なドームの中にひしめき合う高層建築群。街並みは暗いが、夜の深さに抗うようにポツポツと明かりが灯っている。
その中の一つに、格納庫と併設されたサクラダ警備の社屋があった。
◯サクラダ警備社屋 居室社長席
薄暗い十数人は入りそうな大きさの居室にデスクトップ型の情報端末が並べられていた。ガランとした印象を与えるオフィスの最奥に一つだけ天井照明が灯っている。
明かりの下にバイザー型視覚デバイスを掛けた女性、サクラダ警備社長のトモエが椅子に掛けている。するりとまとまったショートヘアは、涼しげで理知的な印象だ。
トモエが見つめる情報端末には、ソウの機体とシドウ八式が映っている。黒曜樹海でヨウコと戦った記録だった。
「ヨウコ……か。チサトにも調べてもらったが、イナビシに所属した形跡もなし。その他の伝手を使っても何もかも不明。恐らくは名前も改竄」
薄く形の良いトモエの唇から漏れ出る息は、長く重い。背もたれに体を預け、視覚デバイス越しに天井を仰ぎ見る。
「危険人物。背後に組織。独自技術を持つほど大規模。もう一回、考察するか」
背もたれから跳ねるように、トモエが姿勢を戻す。情報端末を操作する。そこにはガトリングガンを振り回すシドウ八式の姿があった。
「シドウ八式とはまるで違う性能。外観偽装だな。では中身は? 改造? 無理だな。基礎からの再設計が必要。大企業の研究開発チームに匹敵するほどのバックアップ」
映像が進み、円盤状探査装置を展開するシドウ八式が表示された。
「電波を通さないこの星で円盤状探査装置? 何を出している?」
円盤状探査装置展開直後、攻性獣たちが姿を現した。
「攻性獣を呼ぶのは簡単だとして――」
攻性獣は、攻性の言葉を冠するとおり攻撃的だ。何らかの方法で存在を知らせれば、勝手に寄ってくる。
「なぜ襲われない。攻性獣除けと併用?」
攻性獣除けは、トレージオン由来の生成物であると推測されているが、人工生成環境が分からず貴重品だ。それゆえ、流通管理は厳しく、公共施設にしか配置されていない。
「流通規制を搔い潜って? それも無茶だ」
規制を搔い潜るだけでも驚異的な組織力が必要だ。トモエは、シャープな顎にスラリと伸びる指を添えながら、画面を注視し続ける。
ヨウコが攻性獣を指示する箇所まで映像は流れた。トモエの声に驚嘆が乗る。
「明らかな操作。ほとんど生態が解明されていない攻性獣を?」
トモエが顎に手を添えて、思索にふける。
「恐らくは偽名だろうがヨウコと、ソウは同じ研究所にいたのか……。イナビシのどの研究所だ?」
トモエは携帯型端末の画像を開く。
そこには、戦闘服を着こんだ長身の女性とセゴエが映っていた。女性は引き締まった瞳が印象的で、怜悧さと意志の強さを感じさせる。
それが、若き日のトモエだった。
視覚デバイスから送られる視野の中心が、一瞬だけセゴエに釘付けになった。ふと、トモエの口元が緩む。
「挨拶……しそこねたな……」
イナビシのロゴと感覚野拡張研究所と書かれていた看板が、二人の背後に映る。イナビシが抱える数ある研究所の一つだった。
イナビシから離れた歳月を、トモエが指折り数える。
「どの研究所でもそんなテーマは無かったぞ。あれから、しばらく経つが……。そんな影も形も無かった技術が実用化できるのか?」
加えて、懸念があった。
「開拓のために喉から手が出るほど欲しい技術だ。なぜ、イナビシから発表がない? ヨウコは、自称だがイナビシにいた。だが、技術は他の企業が開発した? 可能性としては除外するべきではないな」
トモエが腕組みをして、とんとんと指で肘を叩きながら考察を進める。
「確定事項は、次世代級の機体と攻性獣操作技術がある。非確定事項はその出所。イナビシは怪しいが確定ではない。イナビシ以外の場合、フソウ外の可能性……こんな所か」
トモエが自分の肩を揉みながらため息を吐いた。
「いずれにせよ、積極的に情報を取りに行くのは危険。非合法組織。警察にさっさと情報を提供したのは正解だったな。でなければ、口封じで消されていたかもしれない」
トモエがメールボックスを開く。
「チサトは……。情報共有に留めるべきか。チサトは情報収集癖があるから、迂闊に手を出さないよう、釘を刺しておいたほうが良いだろう」
トモエは情報端末を操作する。そこで、一人の社員のデータが表示された。写真は年若い女性だった。復帰予定欄の日付は明日となっている
「やつの初めての後輩か。うまくやってくれるといいが。この頃は忙しすぎて、アオイとソウの訓練もまともに見てやれないからな……。もう少し片付ければ……」
そして、画面に映るタスク一覧を見て諦めたようにため息をつく。
「ダメだな……。少し休むか」
肩を回しながら、トモエが席を立つ。肩と首から鳴る音は、トモエの疲労を如実に示していた。




