職人と副業とマニアなお客 後編
○フソウ ドーム都市内工業区画 ファブリケーション・ラボラトリー
清潔感あふれる高い天井の大部屋に多数の工作機器が輝いている。
初老男性のカジと、メガネを掛けた快活な女性のカミヤマと、おっとりとした中背中肉の青年男性のナカムラが、極太一本おさげの少女を見つめていた。
リコがつるりとした額を輝かせながらカジからの質問へ答えるべく、ウンウンと唸っていた。
カジが再びリコへ問いかける。
「再生装甲を付けている人戦機だけどよう、装甲の厚さで機動力がまるっきり違うのはどうしてだ?」
「再生装甲が重いからっス」
「それが答えだ。再生装甲は重すぎる」
再生装甲は、靭やかで高強度な層と、重く脆い層が交互に積層している。重い層が砕け散ることで、吸収できる衝撃を増やしているためだ。
しかし、当然ながら重量自体がデメリットにもなる。
カジが説明を続ける。
「重すぎて航空機にゃ積めねえ。鉄板でもそう厚くはできねえのに、再生装甲ならなおさらだ」
カジが戦闘ヘリの模型を持つ。
「再生装甲を積んだヘリが居たとしたら……。こうなるだろうよ」
ヘリが徐々に高度を落とし、墜落する様を演じていた。それが再生装甲を積んだ戦闘ヘリの末路なのだろう。
航空機として宙に浮くためには通常装甲でなければならない事を、その場の全員が理解した。
周囲の納得顔を確認したカジが、説明を続ける。
「結果、安いくせに頑丈な人戦機と、ペラペラなヘリとか戦闘ドローンが戦う訳だ。そしたらどうなる?」
「うーん……」
言い淀むリコの横から、カミヤマが声を上げた。
「人戦機しか残らないんじゃない?」
カジがカミヤマを指さした。
「カミちゃんのいう通りだな。航空機ってのは高いところから一方的に撃ちまくれるのが利点だったはずなんだがよう、ここはウラシェだ。二百メートルも飛べやしねえ」
そう言って、カジが窓から見えるドーム天井を指す。そこには一部が雲にめり込んだ天井が見えた。
「あー! 雲の中に突っ込んじゃうのか!」
「母星のキシェルでは、それでもレーダーやらなんやらで飛べてたみたいなんだがよう、それすら使えねえってんだから――」
「迷子か、何かにぶつかるかって感じなんだね!」
カジがぱちんと指を鳴らした。
「冴えてるな、カミちゃん。そんな訳で、雲の中に隠れるのは自殺行為だ。かといって、まともに戦えば対甲殻ライフルやらでお陀仏ってわけよ」
「じゃあどうしようも無いね!」
「そういうこった。隠れる場所がない、人戦機に比べて機動が読みやすい、なんてカモ撃ちって訳よ」
リコが不思議そうに眉をひそめる。
「カモってなんスか?」
「母星にいた鳥の仲間だ」
カジがライフルを構えて撃つ真似をする。実際の戦場でも、人戦機が航空機めがけてライフルを構え、撃墜していたのだろう。
それを見ていたカミヤマがポニーテールを揺らして手を挙げた。
「じゃあ、まったく航空兵器は使い物にならないですか!?」
「精密誘導兵器をしこたま積んで、一斉にぶっ放して一撃離脱って方法もあるんだがよう、まぁ札束をバラまくようなもんよ」
その言葉に、カミヤマが眼鏡の奥の瞳を歪めた。
「札束って何?」
「大金の事だよ。昔はカネが紙だったんだ。それの束ってことよ」
「ふーん。じゃあ、ビジネスとしては失格だね!」
「カミちゃんの言う通りだ。武装警備員はビジネスだからな。カネを掛けずに儲けるってのが必要だ」
「基本だね!」
「リコ。そういう視点もエンジニアには必要なんだから、見習っておけってんだ」
痛い所を付かれたリコは頭を掻きながら、バツが悪そうに答えた。
「了解っス」
そんなリコの背後にいつの間にやや肥満型の男性が佇んでいた。うつむき加減のまま眼鏡をクイッと上げた。
「ですが……、大火力航空兵器も魅力……」
「シモちゃんまで来てたのか!」
それはヒノミヤとミズシロの部下、つまりカミヤマとナカムラの同僚である。
「めんどくせえ! みんなまとめて五割引きにしてやらあ!」
「何事かは存じませぬが……、ありがたき幸せ……」
「いいって事よ! で、話の続きだけどよう。さっきの話はあくまで採算ってやつを考えればの話だ」
「つまり、大火力一斉放出も可能である……」
「そのとおりだな! そんなんやられたら、反撃の暇もないって訳だ」
それを聞いたリコが手を挙げる。
「じゃあ、なんで今は無いんっスか? おカネをウババって持っているジュジューンなマニアなお兄さんとかいないんスか?」
「また、素っ頓狂な調子に戻ってんじゃねえかよ……」
カジは面倒くさそうに、ため息だけして質問に答えた。
「そんな唐変木はいねえがよ、航空兵器が無い訳じゃねえ」
「どこにあるんスか?」
「列強の大企業直轄部隊や、正規軍だな」
「あー。羽振りのいいとこっスね。じゃあ、イナビシとかにも――」
「イナビシにゃあねえ」
「どうしてっスか? カネならウババっスよ?」
「列強による規制だな」
その回答に一同が不思議そうな顔をする。なぜ、便利なものをわざわざ規制するのか、という内心がありありと見えた。
カジが一同の反応を見て、説明を続ける。
「列強以外の航空兵器保有は実質的に制限されている。武装警備員なんてぇ、いつどこの敵になってもおかしくないヤクザな商売なんてのは、なおさらだ」
「あー。逆らったらいつでも、高い所からジュババーンって訳っスね」
「そういうこった。おまけに、列強だけが奇襲もかけ放題って訳だ。航空兵器なら地上よりも機動力があるからな」
「うわぁ。生命線握られているって事っスか。世知辛いっスねー」
カミヤマ、ナカムラ、シモカワの三人が、意外と生臭い話に顔を曇らせた。場の空気が微妙に淀んだのを察したカジが、あえて威勢の良い声を上げる。
「と言う訳で、最初のリコの質問をまとめるとだな。再生装甲のせいで航空兵器と人戦機じゃ人戦機の方がべらぼうに有利って訳だ。戦力でも、コストでもだ」
「そのうえで、列強の事情があるって訳っスね」
「おうよ。これを機会に色々考えな」
「了解っス」
リコへの説明を終えたカジが、ヒノミヤ組の三人へ顔を向けた。
「ウチの若いのに付き合わせて悪かったな。こいつが品物だ」
そういって、戦闘ヘリの模型を三人に渡す。その様子をリコが不思議そうに見ていた。
「そういや皆さん、どうしてそんなにジュジューンな兵器マニアなんすか?」
その質問にカミヤマがポニーテールを揺らしながら振り返った。クイッと持ち上げた眼鏡が怪しく光る。
「いやー。はじめはゲームだったんだよ」
「ゲームっスか?」
「うん。ミリタリーゲームで、兵士になったり兵器に乗り込んだり。それで戦うんだ」
「へー。皆さんで参加してるんスか?」
「うん。ブラックカンパニーってチームを組んでる」
「黒い会社ッスか。なんか怖そうなチーム名っスね」
「怖いのは二人いる上司の一人だけどね」
「怖い人がいるとシュニューンになるッスね。自分もカジさんとか――」
カジがリコへジロリと視線を刺した。リコが慌てて咳払いする。
「そこから詳しくなったりって事っスか?」
「うん。セントリーチャンネルっていう、濃ゆーいチャンネルがあってね。このヘリもそこで解説してたんだ」
「ジュジューンな解説者もいるんスね」
「その人、その道じゃ結構な有名人なんだ。それでね――」
いくらか会話が続いた後、三人が礼を言いながら去って行った。
三人を見送ったリコが、作業台に残る戦闘ヘリの模型を不思議そうに見る。
「そういや、まだ戦闘ヘリあるっスけど、買う人が他にもいるんスか?」
「おうよ」
「ジュジューンなマニアの人って意外といっぱいいるんスねえ」
「そういうこった」
改造部品の製作を禁止されたリコは手持無沙汰になり、しばらくはカジの作業を見ていたが、流石に飽きたようでしばらくしたら帰って行った。
更に時間が経過して、ファブリケーション・ラボラトリーにどよめきが起きる。
皆の視線の先には一人の女性がいた。
まず、艶やかな黒髪が目に入る。照明が映える黒髪が、リズムよく揺れる後ろ姿だけでも美しい。
そして、凛とした瞳には愛らしいクルっとした睫毛ついている。ほどよく通った鼻筋に対して、唇の形と艶は愛らしい。乗っている化粧はほんのりと言う程度だが、それがかえって魅力を引き立てている。
美しいと可愛い中間を行くその顔に、ファブリケーション・ラボラトリーにいる者たちの視線が集まる。
女性は周囲に視線に動じることも、誇ることも無く、ただ前を見て歩み続ける。部屋の奥で作業しているカジの方へ一歩一歩近づいた。
カジが近づいてくる気配を察して振り返る。女性の顔を認めると、親し気に手を挙げた。
「おう、来たか。チドリ」
注目を集めていたのはチドリ=チサトだった。
特に着飾っている訳でもなく、フリルスカートにジャケットという普段使いの装いであったが、それでも目立ってしまうのがチサトだった。
だが、チサトに周囲を気にする余裕など無い。その関心はただ一点に注がれていた。
「送った方が良かったんじゃねえか?」
「いえ。一刻も早く愛でたくて」
吐息に熱が、瞳には爛々とした闇が籠もる。
「モノは、モノは一体どこに!?」
「落ち着け。こいつが注文のブツだ」
カジがチサトに向かい戦闘ヘリを差し出した。
チサトが戦慄きながら戦闘ヘリを手に取る。
「ああぁ……。このフォルム」
跪き、ご神体を崇め奉るように戦闘ヘリを仰ぎ見た。目にはうっすらと涙が溜まっている。
「30mmのチェーンガンにロケット弾を装備するためのスロットまで……」
「毎回毎回、大げさだってんだ」
ため息をつくカジだが、同時に照れくさそうに唇の端を上げる。そして、細かな部品を指でつまんだ。
「オプションで対戦車ミサイルもあるぜ」
「流石です……。断片的にしか存在しない映像記録からよくぞここまで……」
咽び泣きそうになるチサトが、手で嗚咽を押さえる。辛うじて涙をこらえたチサトが、カジを見る眼差しに尊敬の光を込めた。
「この仕事っぷり。相変わらずですね」
「そんだけ期待されちゃぁな」
「カジさんにはいつもお世話になっていますから」
その大げさな心酔に、嬉しさ半分、呆れ半分で顎を撫でるカジ。
「おめえも酔狂だなぁ」
「カジさんほどの造形師はいませんよ。もちろん、エンジニアとしても」
「おだてても何もでねえぞ」
「事実ですよ。カジさんが居なくなってから、カジさん以上のエンジニアさんはいないです」
「イナビシにゃエンジニアなんざ、ごまんといるだろうよ」
頭をガリガリと掻きながら、カジが鼻で笑った。
「俺程度の才能なんざ、ごろごろしてる。そいつらを活かせないならイナビシの怠慢だ」
「まったく……」
「愚痴なんざ湿っぽいからよ。さっさと勘定をすまそうや」
「分かりました」
情報端末を取り出して、振込処理を終えるチサト。その金額を見たカジが、訝し気にチサトを見る。
「おい……。また、多いじゃねえか」
「知り合い価格です」
「そういうのは割り引くもんだろう?」
「いえ。私からの敬意だと思ってもらえると」
チサトの目は、カジへの尊敬で輝いていた。やたらと力の入ったまなざしに、カジが苦笑いを浮かべる。
「おめえも真面目だなぁ。肩凝ってんじゃねえのか?」
「だから息抜きが必要なんですよー。うふふ。うふ」
チサトがニヤけ顔をだらしなく浮かべながら、戦闘ヘリに頬ずりをする。くぐもったような笑い声が、あたりに響いた。
その様子をカジがあきれ顔で眺めていた。
「それにしても、また二個買うのか」
「頬ずり用と保管用です」
チサトは満面の笑みで頬ずりを続けていた。
「せっかくのべっぴんだってのに、肌に傷がつくぜ」
「戦闘ヘリに傷つけられるなら本望です」
「トチ狂ってんなぁ」
「そうさせたのはイナビシの皆さんじゃないですかー」
「おめえさんが、そんなに沼にはまるとは思わなかったよ……」
カジが額を抑えながら天井を仰ぎ見た。
カジの脳裏に、初々しいチサトが思い浮かぶ。プレッシャーで緊張しながらも周囲の期待に応えようとした新人のだった頃のチサトだ。
一日でも早く一人前になりたいといいながら、チサトがカジの元へ質問しに来たのを覚えていた。メモと録音用の情報端末片手に、兵器の構造や歴史について根掘り葉掘り聞いていた。
その時はもっと健やかな目の輝きをしていたはずなのに、と心の中で溜息をつく。
「おめえさん、何か他にはねえのか。ミリタリーに入れ込み過ぎだろうよ」
「これ以外に、ハマれるものがなくてー。社会人になるまでは無趣味でしたし」
周囲の期待に応えるために、チサトは真面目に勉強を続けてきた。そのため、入社当時は特に趣味もなかった。
「始めは仕事のためだったんですけどねー」
チサトがうっとりとした表情を浮かべ、ヘリを見つめる。
「いつの間にか、こんなに大切な存在になるなんて」
「おめえはいつも大真面目だなぁ……」
仕事で兵器関係の勉強をしている内に、徐々に沼にはまり始めた。初めは人戦機の暗記など業務に関係ある範囲だったが、徐々にその領域を広げ始める。
「お前にサルベージ方法を教えなけりゃよかったよ。まさか動画配信までやるとはなぁ」
「布教のためです」
大浸食前の映像記録収集まで手を出し始める頃には、もはや後戻りできないレベルまで達していた。カジが頭を掻きながら、くぐもった笑い声をあげ頬ずりをしているチサトを見る。
「んで、毎度お買い上げ頂くのはいいがよ。場所はどうしてるんだ?」
「実は新しく追加のトランクルームを借りる必要が出てきまして」
「全く。土地代と家賃が右肩上がりのご時世に……」
「どうしてもこれだけはやめられないんですー」
「おめえってやつは……」
チサトの人生を狂わせてしまったかも知れないと罪悪感を胸に抱きつつ、カジは加工装置の電源を落とす。
「おい。俺はもう行くから、お前もほどほどにしとけよ」
「分かりましたー。うふ。うふふふ」
静かな室内には、チサトの幸せそうな、それでいてくぐもった笑い声が響いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キャラ紹介
チドリ=チサト
才色兼備なオペレーターで、ミリオタ系動画配信者で、兵器モデルコレクター
エピソード1〜2の幕間短編集は以上となります。
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