少女とセールスと正しい知識 後編
○サクラダ警備 格納庫
サクラダ警備の格納庫で、アオイ、ソウ、リコ、そして謎のセールスマンの四人によって、人戦機性能の説明会が開かれていた。
アオイの瞳が半目に細まる。その奥には猜疑の光があった。
(どうしてこの人がいるの……!?)
冷静に考えれば、謎のセールスマンに教える義理は全くない。しかし、説明会主催者のリコは、部外者が参加している事を気に留めない。
謎のセールスマンが、先生に質問する生徒のように、ごく当然な雰囲気で手を挙げた。
「人戦機にはどういう性能があるんですか?」
「まず基本的には、装甲が厚いか薄いかで別れるっス。薄い方は軽量級、厚い方は重量級に分類されるっス。シドウ一式はやや重量級よりの中量級っスね」
その回答に、ソウが質問を重ねる。
「装甲が厚ければ厚いほど優位と言う事か」
「あれ? この前、カジさんから教えてもらった時は、装甲が厚いと遅くなっちゃうっていってなかったっけ?」
アオイの疑問に、リコがニヤリと笑った。
「アオイさん! 相変わらずキャーンっスね! でも人戦機の性能はそれだけじゃないっス!」
「どんな事を考えないといけないの?」
「ジュジュンな質問、有難いっス! それこそまさに武器との相性っス!」
いつもながらこのテンションはキツイ。だが、アオイは内心を表に出さない様に務めた。
「武器に関係ある性能として、頭部カメラの弾道計測性能。腕部の筋力と反動抑制性能。脚部の筋力と、オートバランサー性能があるっス」
その説明を聞いて、思わず首を傾げる。
「筋力? なんか機械っぽくない言葉だけど」
「通称っす。マッスルアクチュエータの出力をそう呼んでるっす」
「人の筋力と同じイメージで良いのかな?」
「それでグググっス」
親指を立ててにこやかに答えるリコ。次にソウがリコへ質問を加えた。
「弾道計測性能とはなんだ?」
「どの装備もそうっスけど、狙った所に飛んでいくとは限らないっス」
「単純に整備不良では?」
メカニックに対して喧嘩を売っていると思われかねない物言いに、思わず大口を開けてしまった。しかし、リコは平然と説明を続ける。
「そうとも限らないっス。風とかいろんな要素で変わるっス。だから、発射された弾が実際にどう飛んだか測る必要があるっス」
「測って何に利用する?」
「それをもとに予測軌道を修正して、照準を補正するっス。正確で、キャーンであるほど、命中率も高く成るっス」
その説明を聞いた謎のセールスマンがまたもや手を挙げた。
「その性能は高ければ高いほどいいんでしょうか?」
(すっごい自然に混じっている……。ボクが気にしすぎ?)
そんなはずは無い。自分の感覚が普通のはず。
そう思って周りを見ると、ソウもリコも特に気にしている様子はなかった。
(でも……ソウとリコちゃんの二人は普通に接しているし)
間違っているのは、自分か周りか。アオイが渦に巻き込まれるような錯覚を抱いていると、リコがセールスマンへ答えを返した。
「そうとも限らないっス。弾道計測性能を高くしようとしたら、大きな光学機器を使わないといけないッス。装甲で覆っている面積を削るから、トレードオフっス」
「なるほど……。そう言う事を教わった事が無いので勉強になります」
またもや知識を無いことを暴露したセールスマンへ、思わずじっとりと睨みつけてしまった。
(それってダメじゃない? と言うか、ボクたちの前でそれ言うの?)
商品の知識が無いことをセールスマンが口にするのはどう考えてもおかしい。
(正直な人なのかも……? いやいや、ボクは何を考えているんだ)
自分で自分を信じられなくなっていく。内心で頭を抱えるアオイ。
リコは相変わらず、平然と謎のセールスマンと対話を続けていた。
「構わないっス。機体の演算リソースは限られているッス。動作補正、索敵、弾道補正のバランスをどう取るかがカギッス」
リコの説明が続く。
人戦機には頭脳に相当する演算機が積まれている。トレージオン由来のウェットカリキュレータと呼ばれる素材である。
人戦機は操縦士の意図を読み取るが、身体の全ての動作イメージを読み取れる訳ではない。動作すべてを読み取るには、時間とコストがかかる。
そこで、意思を動作へ変換するのがウェットカリキュレータだ。人間で言えば、歩こうと思ったら勝手に足と手を出すように、動作の翻訳を行う。
その用途に対して、ウェットカリキュレータは極めて高性能だ。もしウェットカリキュレータがなければ、人戦機がこれほど使いやすい兵器として普及する事は無かった。
そして動作翻訳後の余剰演算リソースで、弾道補正や索敵をやり繰りしなくてはならない。無理に索敵性能を求めれば、動作そのものが怪しくなってしまう。
リコの説明が一段落すると、今度はソウが手を挙げた。
「シドウ一式の制御系はどうなっている?」
「演算リソースが高くないッスね」
アオイたちが乗っているシドウ一式はもはや旧式。無理もない話だと思って、ブシの大鎧を思わせるフォルムの自機を見上げた。そこには、鉄兜に似た無骨な頭部ユニット。
リコもシドウ一式を見上げながら話を続けた。
「高性能の計測カメラを詰めるスペースは無いッス。だから弾道計測性能が必要な装備はお勧めしないっス」
「どんな装備が該当する?」
「狙撃銃っスね。イナビシの八十九式対甲殻ライフルの“雷公”だとマシっスけど」
「オレたちが使っていたタイプか」
そう言われて、ソウと一緒にユニコーン型の攻性獣である陸一角を倒した時の事を思い出す。
「そうっス。けど、それより長射程になるとシドウ一式じゃ無理っス」
「なるほど、不利というわけか」
「ソウさんの場合、基本突っ込むんであんまり関係ないっス」
その言葉を聞いて、三白眼の瞳がリコのくりっとした丸目へ向けられた。
「どうして知っている」
「各操縦士の戦闘記録を調べるのは基本中の基本っスよ」
その言葉を聞いて、なんだかんだで信頼できるメカニックなのだと納得する。
(前に他の会社へ技術指導に行ったらしいから、腕も悪くないんだろうなぁ……。説明さえ分かりやすければ……。あれ? いまは普通だよね?)
白熱するとリコ節がなりを潜める事に気づく。理由を考えて、ある仮説が浮かんだ。
(もしかして、キャーンとか変な説明は意識してやってるのかな? ……ありえそう)
おずおずと口を開く。
「あの、リコちゃん。いまは説明が普通なんだけど、もしかして――」
「あ、アオイさん! これは失礼したっス! いやー。自分、説明が細かくなってくると、普通な話し方しかできないんで、申し訳ないっス!」
「いや。そっちの方が――」
「せっかく苦労して分かりやすくなるようにしたのに、自分、まだまだっス。シュバババーンなしゃべり方に戻すっスね!」
「いや、その――」
「早くカジっさんにもこの素晴らしさを分かって欲しいっス!」
「う、うん……」
忠告すればリコが落ち込むであろう。そう考えると、もう口を開けなかった。
(ボクが頑張ればいい話か……)
内心でため息を付く。
そんな心境を知るはずもないリコは、どんどんと説明を続ける。
「次に腕部の性能にいくっス。腕部は筋力と、反動抑制が関係してくるっス。まず筋力が少ないと重い銃をシュビビって出来ないっス。敵機をロックオンしても照準がノソソーって感じにしか追尾しないっス」
「意味不明だ。アオイ。通訳を頼む」
「なんで最初からこっちに……」
せめてもの反撃で、ソウを睨み返そうとする。しかし、ソウは任せた後は興味ないとばかりに、こちらを向いてなかった。
溜息をついて、リコを向く。
「重くてサッと振り回せないから、照準が追いつかないって事?」
「グググっス。大口径機関砲とかガトリング砲とか、重い装備の時はすごく効いてくるっス」
今度も意味は合っていたらしくリコは親指を上げた。だが、微塵も嬉しくはない。
(また、頼まれるだけだろうなぁ……)
面倒臭さしか湧かなかった。リコに向かってソウが質問を重ねる。
「シドウ一式は適性があるのか?」
「マッスルアクチュエータは最新世代の物に変えてあるんで、振り回そうと思えば振り回せるっスよ。ただ、反動がグワワーンだから、そっちの方でアウトっス」
「アオイ」
ソウに振られたアオイは、咄嗟に応えた。
「反動制御のこと? ……ん? なんか今――」
あまりに自然なスルーパスにわだかまりを覚えるも、すぐにリコの無駄に張った声でそれは押し流された。
「当たりっス。腕の中に可動式カウンターマスがあって、それが反動を打ち消すっス」
「両方が高い腕なら完璧と言う事か」
「ところが上手い話は無いっス。反動抑制の高い腕は抑制装置にスペースを取られるから、マッスルアクチュエータが搭載出来ないっス」
「バランスが大事と言う事か」
「バランスよりも武器との相性が大事っス。銃の方でどうにかする場合があるから、筋力と装甲重視の機体の場合は、そっちをお勧めするっス!」
いつの間にか普通のしゃべり方に戻ってきたリコだったが、そっちでいいやと思ったので特に注意はしなかった。
「シドウ一式の反動制御はどうなっている?」
「これも最低限っス。前に言ったみたいにギッシュギシュに……と思ったんスけど」
「頼めないのか?」
「シドウ一式は練習機的な扱いなんで、おカネはかけられないってトモエさんに言われたっス」
「やはり高評価を得て、資金を得るのが先決か」
その言葉を聞いて嫌な予感がした。おそらくは今日の自主練習のメニューがものすごい事になるだろうと覚悟する。
その横で、セールスマンが手を挙げた。
「脚部についてはどうなっているんでしょうか?」
(あ、トコトン来る気だ。この人)
怪しいセールスマンは帰る気が無いらしい。あれこれと非常識が続いた末、もう考えるのをやめることにした。
リコはたびたびの質問が来て上機嫌になったのか、ニコニコと答え続ける。
「脚部は筋力とオートバランサーっスね」
「やはり、筋力が高いほど重いものを持てるという事でしょうか?」
「それだけじゃ無理っス。オートバランサーの性能も高くないといけないっス」
「オートバランサーもはやり他の性能と差し障るのでしょうか?」
「そうっス!」
がに股になって重いものを提げるようなポーズを取るリコ。
「オートバランサーは股関節にニョロロンな管を通していて、超比重液体が流れているッス! 管が太ければ、重心調節機能もギュンギュンっスけど、他の性能を食ってしまうっス!」
すかさず、セールスマンが眼鏡をクイッと上げながら追加の質問を投げる。
「筋力よりもオートバランサー性能が重要視されるのはどういった場合ですか?」
「重かったりニョーンな装備ッスね」
「なるほど……。主戦闘兵装で使うような長い装備と言う事ですね」
セールスマンがリコの擬音を理解したのを見て、ソウが困惑を呟く。
「オレだけが理解できないのか……?」
慰めようかとも思ったが、自分で理解する努力をしてほしかったので放っておく。
その間に、怪しいセールスマンは情報端末にメモを書きこんだ。
「オートバランサーの性能が低い機体で、長い武器を装備するとどうなるので?」
「ソフトウェアリミットがガギギってなるっス。その結果としてノロローンってなる訳っすね」
また元の口調に戻るリコを、ソウは睨みつける。だが、リコは全く気付かない。ソウの諦めは早かった。
「アオイ」
「つまり、機体の動きが制限されて遅くなるって事だね。ねえ。さっきから自然に振ってない?」
「頼りになるからな」
「ソウ。それを言えばどうにかなるって思ってる?」
ソウからの返事は無い。自分はチョロいと思われていないか不安になった。
だが、文句を言っても効率を追求した結果だとしか言われないだろう。それでも文句を言おうか言うまいか迷っている間に、リコは締めに入った。
「まぁ、大体は以上っス。機体の性能に見合った装備を買わないといけないっス。ピーキーな武器を扱おうとすると、当然ながら機体にもピーキーな性能が求められるっス」
「いやぁ、勉強になりました」
怪しいセールスマンは拍手喝采で立ち上がる。その白々しい喜び様へ、ジットリとした視線を送る。
リコの方は照れくさそうに鼻の下を搔いている。
「お役に立てれば光栄っス」
「すみません。貴重なお話を」
「いつでも来てほしいっス。なんなら、もうちょっといてもいいっスよ?」
「いえ、そろそろ時間なので」
そう言って、怪しいセールスマンは入ってきた格納庫と外の出入り口へ向かった。そして、出る直前に振り返る。
「では、毎度ありがとうございました。今後ともごひいきに。受け取りよろしくお願いします」
そう言ってセールスマンは出ていった。三人が仕事に戻ろうと入り口から、中へ戻る。
「なんか変なイベントだったなぁ……。ん?」
そこで、違和感に気づく。
「毎度ありがとうございました? 受け取り?」
首を傾げていると、ソウが振り返った。
「どうしたアオイ?」
「ソウ。さっき買いかけていた銃ってどうなったの?」
「確認する」
ソウが情報端末を出して、確認を進める。そこには購入済みのメールが届いていた。ソウが、片眉をわずかに上げる。
「契約が成立している」
「あちゃー。やられたね」
「どうする。今から返品するか?」
「結構面倒になると思うよ。なんか悪徳セールスって感じしたし」
アオイが同情のまなざしでソウを見つめる。
「やっぱり、知識って大事だね」
「不本意だがな」
そこにリコが割ってきた。
「ソウさん。どんな銃を買ったんスか?」
「これだが……」
「んんー?」
画面を凝視していたリコが、目を見開いた。
「こ、これは!? ヴォルペのフルオート射撃適性特化型アサルトライフル!? しかも、幻の後期バランス型と言われた!?」
「え、何?」
あまりのリコの興奮に、オロオロと戸惑うばかり。だが、リコはそんな反応も気にせずに、鼻息を荒くした。
「これ、すっごいピーキーっスけど、その道のマニアがグワワーってなる一品っスよ! しかも、改造済みだから余計に!」
リコのテンションの高さに、全くついて行けず戸惑いは加速する。一方のソウはいつもどおり平静に質問する。
「どういうことだ?」
「ソウさん。今から送るオークションサイトを見て、その銃を検索してみて欲しいっス」
「分かった」
ソウが操作する端末を横から覗き込む。最初はふーん、くらいに覗いていたが、とある表示を見て思わず引きつった。
「え!? ぜ、ゼロの桁が!? これ間違ってない!?」
眼の前の表示が信じられずにいる時、リコが割って入った。
「これが、その道の適正価格っス」
「オレはどうすればいい?」
「とりあえずシドウ一式では扱いづらいから、品物が届いたらどこかへ転売してしまった方が無難っス。それで色々装備が買えるっス」
口を半開きにしながらその様子を眺めているしかなかった。そして、悔しさに拳を握る。
(く……。ボクが買っていれば、転売しておカネが手に入ったのに)
銃のスペックや型式を聞いた時、大体の特徴を覚えればいいと割り切った自分を呪うしかなかった。ため息混じりに首をガクッと落とす。
「知識って大事なんだなぁ……」
〇フソウドーム型都市 居住地区 低価格賃貸エリア
狭い安物件の、狭い安ベッド。薄暗い部屋で、パーカーにスパッツ姿のアオイが横たわっていた。携帯型情報端末を真剣な表情で見つめている。
「これでもない……。ここにもない……」
アオイが探しているのは、昼間にソウが買った銃だった。
「あの銃を掘り出して転売すれば……!」
掘り出し物が無いかネットオークションを探すアオイ。
目当ての銃は見つからず、寝不足でソウに集中力の欠如を怒られ、真っ当に稼ぐの一番だと気づくのは、次の日の夕方だった。
いいね!と思ったらブックマークや☆☆☆☆☆を頂けると作者が喜びます。
皆様に推して頂ければこれ以上の幸せはありません。
よろしくお願いします。




