少女とセールスと正しい知識 前編
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇フソウ ドーム都市隔離区画 サクラダ警備内格納庫
サクラダ警備の格納庫で、気弱そうな垂れ気味の丸目をした少女と切れ長の三白眼の少年が、タブレット状の情報端末を覗き込んでいた。
二人は装備品となる銃のスペックを確認しているアオイとソウだ。
ソウはいつもの仏頂面で、アオイは気迫の抜けた冴えない表情をしている。真剣に情報端末を見ていたソウが視線を上げると、咎めるように切れ長の三白眼をアオイに向けた。
「アオイ。集中力が欠けているぞ」
うくっ、と息をつまらせるアオイ。
「……ごめん。銃ってどうも、覚えられなくて」
「装備に対する正しい知識は、業務上必須だ。一緒に覚えてもらうぞ」
「でも、でも。この頃は、ちょっと疲れているし」
「誓いはどうした」
普段から迫力のある瞳に一層力が籠った。
「う……。そんなに睨まくても」
切れ長の三白眼が放つ迫力にアオイが気圧される。
「そちらを見ただけだ。それで、誓いはどうした」
「確かに忘れてないよ? でも、やっぱり気分転換っていうかさ。なんかこう、わぁってなる事ないかな?」
「意味が不明だ。定義が明確な言葉を」
「うーん。気持ちが上がるってやつ……?」
「嬉しいと言う事か?」
「まあそれに近いかな? 嬉しくて、驚くような事」
アオイとソウの背後から響く、凛とした女性の声。
「アオイ、ソウ」
振り返れば、そこにはバイザー型視覚デバイスを掛けた長身の女性、サクラダ警備社長のトモエが立っていた。
「この前の資源争奪戦の報酬が来たぞ」
「そういえば貰ってませんでしたね。たしか、報酬が凄いって……」
「普段の任務よりはな。明細を転送する」
トモエが携帯型情報端末を操作する。
「では、確認しておけ。私は別の仕事に行く」
立ち去るトモエ。隣のソウが情報端末へ視線を落としながら呟いた。
「なるほど。評価は高かったらしいな」
「ソウ、早いね」
「アオイはまだなのか?」
「ボクももうすぐ開くよ。まぁ、こういうのって期待するとガッカリする事が多いから……」
情報端末の画面が立ち上がる。メールアプリを開いて、通知を開いた。
「開いたよ。お? え? ……んん? んんん……?」
目を擦りながら情報端末を食い入るように見る。
「わぁぁぁぁ!?」
格納庫中に響くような大声が口から飛び出た。
「どうしたアオイ!?」
詰め寄ってくるソウの方へ振り向こうとするが、肩がカタカタと震えてしまう。
「ぜ、ゼロが見た事もない位いっぱいついている!?」
画面に表示されていたのは、人生初とも言える額の給料だった。心臓が妙な鼓動を上げる一方で、相棒は冷静なままだった。
「落ち着け。それは正当な報酬だ」
「こ、こ、こんな大金! ど、ど、どうしよう!?」
カネがある。
脳がそう認識すると、今まで抑えてきた物欲と食欲が溢れてきた。
「すごいよ!? ジュースを飲みながら、カレーを食べれるよ!?」
驚き半分、浮かれ半分のところをソウが冷静に窘める。
「まずはオレへの返済では?」
「あ、そうだった。……そうだよね。ごめん」
「謝罪は非効率だ。まずは振り込みを頼む」
「額は? いつもよりも多い方がいい?」
「通常で。早く完済されて逃げられたら任務に支障が出るからな」
「なんか、物騒な言い方だね……。じゃあまずはこれで……っと」
自分の銀行口座からソウの口座へ電子振り込みを終えた。
だが、自分の残高にはまだたくさんのゼロが並んでいる。鼻歌を歌い出してしまいそうな、晴れやかな気分だった。
「それでも、いっぱい余った! どうしよう!? ソウは何に使う?」
「オレは装備の購入だな。機体にはまだ足りない」
「ソウらしいね。でも、装備のほうも品薄って言ってたから、都合よく見つかるかなぁ」
その時、中年らしき男の声がした。
「あのー。どなたかいらっしゃいます? サクラダ警備さん?」
声の主を探すと、格納庫の出入り口に見覚えのない中年男性が立っていた。やや小太りのスーツ姿。メガネの奥に見えるツリ目が狐に似た印象を与える。
(あ、どうしよう。お客さんだ)
咄嗟にトモエを探す。
「あ、トモエさん! ……っていない。リコちゃんやカジさんは?」
「いないな。まずはオレたちで対応するか」
「まぁ、無視する訳にもいかないか」
初めての来客対応に一抹の不安を抱えつつ、格納庫の入り口へ向かう。
(うーん。営業の人……?)
汚れた革靴に、ヨレヨレのスーツ。しかし、やたらとニヤけた顔が、警戒心を刺激する。
(なんだろう……。なんとなく……、でも凄く怪しい気が……)
だが断定はできない。年上の客と言う事もあり、まずは礼をした。
「あ、どうも。サクラダ警備の者です」
顔を上げると、中年の男がキツネによく似た細めを更に細めた。
「おや? 新人さんですか?」
「はい。よく分かりましたね」
「まぁ、顧客の事は調べているので。なるほど、やはり新人さんですか」
男のニヤけ具合が増した。
(ボクたちが新人って知って、ニヤける……? 怪しい……!)
だが証拠も無しにあしらう訳にはいかないので、不信を隠しつつも話を進めた。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
「実は、人戦機用の装備を商っておりまして、本日はそのご紹介のつもりで――」
その一言にソウが食い付く。
「何? どんな装備が?」
「ソウ! いきなり失礼だよ!」
前に出ようとするソウを引き止めた。だが、理由はソウの無礼だけでは無い。
(この人、凄くうさんくさい……)
目の前のセールスマンはソウの方を見て、キラリと眼鏡を輝かせた。
「いえいえ。私としても話が早い方が助かりまして。では早速――」
「効率的な情報伝達は望ましい」
ソウが引き止めを振りほどき、セールスマンの方へ歩み寄る。
二人はセールスマンが差し出したタブレット型の情報端末を覗き込みながら、話を進めていった。その様子を見て、込み上げる不安が止まらない
(大丈夫かなぁ。ソウ、騙されやすそうだし……)
心配をしていると、ソウの視線がモニター上のある銃に向けられる。
「これは? 見た事のない装備だが――」
「これは連射を極めた珍しいタイプのアサルトライフルでして、何もよりも瞬間火力を優先したモデルとなっております」
「効率的な敵機の撃破に向いていると理解した。性能に対して価格が安いな」
「そうでしょう、そうでしょう。お買い得となっております。……っと、少々お待ちください」
セールスマンが携帯型情報端末を取り出す。
「ええ。今ちょうど買おうとされているお客様が居て……。え! そちらでも!」
どうにもわざとらしい反応に、じっとりとした視線を向ける。
疑いの眼差しを他所に、男はソウの所へ戻ってきて大げさな困り顔を作った。
「お客様。実はたった今、同じ商品を希望されている別の方が居りまして。実は在庫もこれ一点となっておりまして、この機会を逃すと――」
「何! では購入するぞ!」
珍しく鼻息が荒いソウ。素早く携帯型情報端末を起動して、操作を進めている。
(うわぁ……。嘘くさい)
心配のあまり黙って見ていられなくなり、ソウの腕をつかむ。
「ソウ。ちょっと待って。もっとよく考えてからの方が」
「だが、早くしないと他の客に買われてしまう」
「いや。それも……。何というか」
どう考えても怪しい。明らかに怪しい。
(詐欺っぽいんだよね……。本人の前で言うわけには行かないけど……)
言い淀んでいると、ソウがこちらを振り返る。
「理由は? 明瞭かつ簡潔かつ迅速な回答を」
「あの……、えっと……」
はっきりと言おうか言うまいか悩んでいると、後方から高らかな声が格納庫に響いた。
「ちょーと待つっス!」
振り返ると、つるりとした形の良い額が印象的な少女が、手で制止するようなポーズを取っていた。
極太一本おさげにゴーグル、黒タンクトップと作業ズボン。サクラダ警備メカニックのリコだ。
「あ、リコちゃん。戻ってたんだ」
「いつものススンなソウさんらしくないっスよ! 武器を買う時は、機体との相性を良くチェックするっス!」
あたりにはカジの姿は見えず、リコ節が全開だった。その物言いに、ソウの三白眼が一層険しくなる。
「意味不明だ。詳しい情報を頼む」
「考えても見るっス。火力の強いアサルトライフルの連射能力をシュババーンにした時、機体はグワワーンってなんないっスか?」
「相変わらず理解不能だ」
ソウとリコの会話に苦笑いを浮かべるアオイ。いつものすれ違いだったが、念のためにフォローへ入る。
「多分、連射速度を上げたら、反動が凄いって事を言いたいんじゃないかな」
「なぜ理解できる」
「なんとなく……。まぁ、もしかしたら違うかも知れないし……」
リコの方を向くと、クリっとした丸目を輝かせ親指を立てていた。
「流石アオイさんっス! いつもどおりグググっス!」
「当たってたんだ……。嬉しくはないけど……」
「なんか言ったスか?」
「いや、なんでも」
苦笑いをしていると、リコが声を張り上げた。
「シャキッとした知識が無いと、売る時も買う時もハニャーンになるっス! ここはリコの特別解説をするっス!」
鼻息荒いリコに対して、ソウは周囲を見回し怪訝な顔をした。
「カジさんは?」
「出張先で技術指導をしてるっス! 今日は自分の独壇場っス!」
ソウはあからさまに顔を顰めた。その後に舌打ちのような音が聞こえてきたが、それは空耳だと信じたかった。
ソウのリアクションを気にすることも無く、リコは高らかに声を上げた。
「ほら! 拍手はどうしたっスか!?」
その勢いに押されて、三人が疎らな拍手を送る。仕方なしのリアクションでもリコは機嫌を良くしたようで、随分と嬉しそうだった。
「まずは人戦機の性能を理解する必要があるっス! 細かい違いもあるっスけど、ザクザクっと紹介するっス!」
すぐさま、謎のセールスマンが手を挙げた。
「人戦機にはどういう性能があるんですか?」
(どうして参加してるの……!?)
しれっと参加するその度胸に、思わず目を見開く。
(……と言うか知らないで売ってたの?)
加えて知識も無いことを暴露した。やはり碌でもないセールスマンと言う自身の直感は正しかったと確信する。
(なんだか妙なことになってきたなぁ……。ぜぇぇったいに、面倒くさいことになる……気がする)
悪い予感は外したことがない。アオイが来るであろうトラブルに気落ちする。
珍客を迎えながら、アオイの受難は続く。




