第四話:少女と少年と目の前の新天地
〇開拓中継基地 武装警備員用休憩スペース
椅子とテーブルが並ぶ休憩室で、アオイが呆然と座っている。目はうつろで、何物にも焦点が合っていない。
「嘘……。嘘だ」
うわごとのように呟きながら灰色の壁をぼうっと見ていると、若い男の声がした。
「おい、新人! お前、逃げ切れたんだな!」
反射的に声の方を向く。そこには職場の先輩二人がいた。
「リュウヘイ。そいつもう新人じゃねーよ」
そして、正確には元先輩と言う事を思い出した。
「は? どういうことだ? レイジ?」
「機体壊してクビになった」
「他のやつも壊してなかったっけ? なんでこいつだけ?」
「さぁ? 雰囲気?」
「かもな。でもどうやって帰還できたんだ?」
「基地の近くだったから、他の警備会社に助けてもらったんだと」
「そこだけはついてたな。元新人!」
まるで関係ないとばかりの気楽な会話だった。自分が孤立した原因は彼らにある。
(なんで、そんな風に)
しかし、唇を動かす気力もない。二人が立ち去った後でも、しばらく動けなかった。
虚空を眺め終わった頃に、貯めていた重い空気が口から洩れる。
「はぁ……。またボクだけか」
昔からそうだった。割を食うのは自分だった。自分だけだった。
「ボクが気弱なせいだって、わかってるんだけどさ……」
真面目に生きようと思うほどに生きづらい。気弱であればなおさらだった。
どうして自分だけが。
孤独を伴った心の声が、ぐるぐると頭の中を回り続ける。その時、机に置いていた情報端末の画面が明るくなった。
「通知……?」
画面に映るのは失職に伴う信用スコア低下の連絡と、ペナルティ一覧だった。冷たい何かが心臓にまとわりついたような不快感に、身が震えた。
「まずい……。これ以下は。もう諦めるしか……。やっぱりボクには……」
目をつむって全てを諦めかけた時、瞼の裏にヨウコの優しい笑顔が浮かぶ。
「……いや、あんな人もいるんだ……!」
傍に居てくれる誰かがいるかも知れない。
ヨウコの励ましが目を開かせて、自棄を押し止め、端末に掛かった指に力を戻した。自分が働く理由を思い出し、息を吸い込む。
「まだ、諦める訳には……! 今からでも働けるところを探さないと!」
僅かでもいいから気力をかき集め、画面を食い入るように見た。
だが、切迫した状況を解決するほどの案件は無い。人手余りを痛感し、再び忍び寄ってきた不安が声を震わす。
「どれも返済には足りない……。武装警備員の求人は? このままじゃ、もう二度と――」
「お前、武装警備員になりたいのか?」
不意に、聞き覚えのある少年の声が後ろから聞こえた。戸惑いながら振り返る。
「え? あ、はい」
目に入ったのは、切れ長の三白眼と、無愛想極まりない仏頂面だった。逆巻く刺々しい髪型が、拒絶感を助長している。若さのわりに妙な迫力のある少年が立っていた。
記憶にある声と容姿に、思わず声を上げる。
「ソウ?」
「む。その声はアオイか?」
三白眼がスッと細くなり片眉が跳ねた。見るからに怖い。だが、内心の怯えを押し殺して口を動かす。
「うん。やっぱりソウなんだね」
「面と向かい合うのは初めてだな」
「ボ……いや、ワタシはちょっと見かけたけどね」
「そうか。ところで武装警備員の仕事を探していたが、既に武装警備員のはずでは?」
「その……、ちょっと言いにくくて」
クビになったというマイナス評価を、ほとんど見ず知らずの相手には話せなかった。言い淀み、俯く。
これで察してくれるだろう。そう思っていた時だった。
「どうした? 意思疎通は効率的な方が望ましい」
気遣いの欠片もない実直な質問が耳を打つ。
(そこは、顔色を察するとか! あ、そういえばさっき……)
俯きながら、元先輩二人とソウとの口論を思い出す。
怒鳴られながらも平然とした態度だった。あの時は度胸が据わっていると思ったが、単に鈍感なだけかも知れないと思い直す。
(だめだ。この人に、そういうのを期待しない方がいい)
察してもらう作戦は通じないと諦める。ごまかす気力も無く、貯め息が漏れた。普通なら何かを察するところだろうが、ソウは構わず質問を重ねる。
「どうした? 早く理由を――」
「クビになったんだ。さっき」
「そうか」
ソウの反応は淡白なものだった。予想どおり過ぎる反応に、呆れ混じりの視線を送る。
(ボクだったら、やっちゃった的な反応をするんだけどなぁ……。まぁ、さっき戦った時もそんな感じだったし。共感とか出来ないタイプ?)
だが今は洞察よりも、会話を早く切り上げることが優先だった。
次の仕事を探すのが最優先、適当にあしらおう、と自分に言い聞かせる。気持ちを切り替えて、ソウへ向き直した。
「ワタシに何か用?」
「うちの会社で働かないか?」
「ぅえ?」
意外過ぎる返事に、変な声が飛び出してしまった。しかし、ソウが構う様子はない。
「オレがいるサクラダ警備では、一緒に働ける仲間を探している。新人でも即戦力だ」
「それって、ダメな会社の謳い文句じゃない? うさんくさ過ぎるよ」
「だます意図はない。虚偽のコミュニケーションは非効率的だ」
内容からすれば、これ以上の好機はない。だが、あまりにも好都合過ぎて怪しい。
武装警備員の求人に半ば騙された直後だったから、素直には信じられなかった。一方で、ソウ自身のぶっきらぼうな話し方にはある種の説得力がある。
(裏で悪いことを考えているようには見えない……。そういう事、できなさそうだし)
迷いながら視線を落とすと、情報端末の返済通知が見えた。幾何の猶予もない事を思い出す。
(他に選択肢はない……か)
ソウと情報端末を何回か見比べ、腹を括って立ち上がった。
「わかったよ。どうすればいい?」
「社長の所へ連れていく」
さっさと歩き出すソウの後ろを、早足で追いかける。ソウの歩くペースはとても早く、途中で何度も小走りをしながら距離を詰めた。
束の間の共闘と同じ様に、二人のペース嚙み合わない。他人の事を微塵も気にもかけないソウに、苦笑いせざるを得なかった。
〇開拓中継基地 共同格納庫
廊下をしばらく歩くと、広い空間に出る。そこは人戦機が多数整備されている共同格納庫だった。
片足が壊れた人戦機はクレーンで立たされ、傷一つない人戦機がトレーラーに乗せられようとしている。その間を多数の整備員と操縦士がせわしなく歩き回っていた。
ぶつからない様にあたりを見回しながら歩いていると、右からの怒声が鼓膜を貫いた。
「装甲どころか、中までやられてんじゃねーか!? 筋肉状駆動機構の替えを手配しろ!」
自分の事かと振り返れば、若手の操縦士が壮年の整備士に怒鳴られている。自分への怒声ではないと知って、ホッと一息をついた時だった。
「気取って専用弾なんか使うから補給できないんだろう!? なんで共通弾にしねえんだ! この馬鹿野郎!」
今度は左からの怒声が鼓膜を突き破る。
「再生可能燃料電解溶液。交換開始」
「間抜け! キッチリ締めてねえから零れてるじゃねえか!?」
慌てて右を振り返れば、先ほどとは異なる機体の足元に正体不明の液が零れていた。
響く怒号やシステム音声に不快感を覚え、足元をうろつく小型自動搬送車に気を遣いつつ、格納庫内を歩く。
一方のソウは慣れた様子で進んでいき、あたりを見回す。
(誰か探しているのかな……?)
ソウの視線が一点に固定された。そちらを向くと、作業服に身を包み、背面を向けている長身の女性がいた。すぐさま早足で歩き出すソウを慌てて追う。
怜悧な雰囲気を醸し出すショートヘアの女性へ近づき、ソウが声をかけた。
「社長。連れてきました」
社長と呼ばれた女性が、タブレット型情報端末を動かす手を止めて振り返る。
作業服の上からでも分かるすらりとした長い脚と、鍛えた者に特有の均整の取れたプロポーションが印象的だった。
視線を上げれば、シャープなあごのライン、薄く形の良い唇、そして通った鼻筋が見えた。その上を見なければ、手放しに美人だと思っただろう。
(この人、目が……)
女性には目が無かった。
バイザー状の視覚デバイスを掛けており、覆いきれないほど大きく痛々しい傷跡がはみ出ていた。
大怪我を負った状況を想像し、思わずたじろいだ。一方のバイザーの女性は、こちらを向くと血相を変えて息を呑んだ。
「ソウ! お前、また!」
何のことか分からず戸惑っていると、女性は手を肩へ置いた。無機質なバイザーが瞳を隠しているせいで確信は持てないが、申し訳なさそうに眉を曲げている。
「本当にすまない。無理やり連れてこられたんだろう? 大人しそうだと目をつけられて」
「い、いえ。無理やりでは……」
その返事が意外だったのか、バイザーの上にある整った眉をひそめた。
「なに? 脅された訳ではない?」
「はい」
「でも、私の所で社員を探していることは、知らされずに連れてこられたんだろう?」
「いえ」
「じゃあ、私の会社が武装警備をやっている事は、隠されていたんだろう?」
「知っています」
女性はソウの方を向き、気まずそうに口を開いた。
「なんだ……。ソウ。すまなかった。またお前が先走ったものだと――」
「いいえ。それよりもアオイの面接を」
「お前は本当に単刀直入だな。もう少し落ち着いたら――」
「効率が優先されます」
社長と呼ばれた女性を前にしても、ソウの態度は変わらなかった。そんなソウに女性も呆れているらしく、盛大にため息を吐いた。
だが、気を取り直したように女性が再びこちらを向く。瞳が見えないのでよくわからないが、おそらくは困惑しているのだろう。
「アオイ……というのか。武装警備員の経験は無さそうだが」
「いえ。経験者です」
「なに? ソウ! 他社からの引き抜きは目を付けられるとあれほど――」
「ち! 違うんです! クビになってしまって!」
途端に、場が居たたまれない空気に包まれる。社長と呼ばれた女性が、指で頬を掻く。
「……その。すまなかった」
「いえ。知らなかった事ですし」
「そう言ってもらえると助かる。だが、そうか……。アオイは武装警備員か」
「意外ですよね」
「典型的なタイプではないな」
女性の回答は配慮に満ちていたが、同時に躊躇も感じ取れた。災難に遭う事が多いゆえ、他人の機微に敏感だった。
(この流れ……。ダメな感じだ)
諦めかけていた時、ソウが女性のもとへ歩み寄る。
「社長。先ほどの任務、共闘したのは彼女です」
「陸一角への対応指示を?」
陸一角とは一角獣型攻性獣を指しているのかと考えていると、女性の雰囲気が一変した。
「なるほど。なら話は別だ」
さきほどの困惑に満ちた態度とは打って変わって、一挙一動に鋭さが宿る。視覚バイザーで瞳が見えなくとも、刺すような視線を錯覚した。
数秒考えこんだ後に、女性は口を開く。その声色に迫力が乗った。
「聞きたいことが一つある」
「は、はい」
思わず背筋を正すと、女性は静かに続きを告げた。
「武装警備員に向いている者は滅多にいない。そして、アオイが向いているとは思えない。だからアオイには自分を変えてもらう必要がある」
その言葉に息を詰まらせる。固まり切れない覚悟を見透かしたように、念押しが続く。
「変わるのは辛く苦しい。それでもアオイは私の所へ来るのか?」
人生の岐路に立っていることを自覚しながら、その一歩が踏み出せないことが今まで何度もあった。壁となるのはいつも同じ感情だった。
「怖いです」
「なら――」
そして、もしも今までの自分から変わるなら、この機会を逃せない事を直感していた。恐怖の茨を踏み越えて、心の内を声にする。
「けど! 変わりたい! 変わりたいです!」
臆病で、自信がなくて、遠慮してばかりで、自分で自分を諦めて、思いどおりにできない日々だった。
変えたい、変わりたいという胸に溜まり続けた熱さを、声に乗せ言葉にする。
女性は強く頷き、にやりと笑った。
「よし。書類審査に問題がなければ、試用契約を結ぶ。後で書類を電送してくれ」
「よろしくお願いします」
「おっと。自己紹介が遅れたな。私はトモエ。サクラダ=トモエだ。よろしく」
「よろしくお願いします。アサソラ=アオイです」
トモエから差し出された手を握り返す。今までの会社では、社長ときちんと顔を合わせた事すらない。
(よかった! 前の会社に比べて、社長さんは大分まともそうな感じだ! これなら他の社員さんも、きっとまともなはず。まぁ、ソウはちょっとアレだけど)
握手を終えた後に、内心喜ぶ。その横で、トモエはソウの方を向きながら、安堵の息を吐いた。
「よかったな。ソウ。相方が見つかって」
「ぅえ?」
不穏な言葉を聞き、またしても変な声を上げてしまった。そして、先ほどソウが話していた内容と、バディという言葉がつながる。
「そういえば、サクラダ警備さんの所は、新人が即戦力って聞いたんですけど……。ソウ以外の方は?」
「……今は療養中だ。動けるのはソウだけだな」
トモエは顔をそむけながら答える。
言葉の意味を正確に理解し、顔を引きつらせながら、ゆっくりとソウの方を振り向く。仏頂面で何を考えているか分からない少年が、妙な迫力を放ちながら目の前に立っていた。
「効率的な任務遂行への協力を頼む」
「よ、よろしく」
精いっぱいの愛想を込めて、何とか挨拶を口に出す。ソウからの返事は無かった。
先ほどの気遣い皆無のやりとりを思い出し、それがずっと続くと想像すると眩暈を起こしそうになった。
まともそうな上司と、気遣いゼロで愛想ゼロな同僚。自分に訪れたのは、幸運と不運のどちらなのか、アオイはまだ分からなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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エピソード1ラストのハッピーエンドまで、お時間を頂ければ幸いです。




