少女と親方と人型兵器の歴史 前編
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇サクラダ警備 社屋 格納庫へ続く廊下
サクラダ警備の廊下を空色の作業服を着た黒髪ショートの少女が力なく歩いている。気弱そうな垂れ気味の丸目。その瞼が今にも閉じそうに上下している。
サクラダ警備の新人候補、アオイだ。
時折あくびを上げながら、辛うじて足を進めていた。
「うう……。昨日の動画視聴、ほどほどにした方がよかったかなぁ……」
昨日の夜は、不思議な生き物チャンネルという動画を視聴していた。
次々と変わる話題に、ずるずると就寝時間を後ろ倒しにしてしまい、寝るときには既に朝と言っていい時間になっていた。
「ふあぁ……。でも、今回の内容も見逃せないし」
主催者は、知っていそうな人間は必ず知っているという、その道の有名人だった。実は本職の研究者なのではないかと言う噂もあるほどのディープな知識を披露する。
「それに、昨日のライブを逃したら次はいつ参加できるか……」
一方で更新やライブの頻度はめっきりと落ちており、次回はいつになるか分からない。ついつい夜更かしをしたアオイが、瞼を擦った。
「ダメだ。やっぱり眠い……」
あくびを一つして、情報端末に映る時刻を確認する。
「訓練はない予定だったし、何とかなると思ったけど……。ふぁあ」
定時まであと一時間強。それさえ耐え凌げば、ベッドが待っている。
「あと少しすれば……。ソウに相談して自主練なしで切り上げよう……」
入社以来、厳しい訓練に励む日々だった。ソウに恩があるとはいえ、精神的にも肉体的にも疲れないかと言えば違う。
「ずっと頑張ってきたし、今日くらいはご褒美で……」
ちょっとくらいは甘えたい。そう思っていると、前から誰かの口論が聞こえてきた。
眠気で俯きかけた顔を上げると、格納庫の扉が見える。
「格納庫から声が……? まさか……」
格納庫の扉を開けると、高く抜けた空間と多数の人戦機が目に入る。
その真ん中で、極太一本お下げのゴーグル少女と、刺々しい逆巻く髪の少年が何かを話し合っていた。
少女のクリっとした大きな丸目と、少年の切れ長の三白眼が対照的だ。
「つまり、ソウさんはギュギュンな感じで戦いたいって事っスか?」
「なぜ理解不能かつ奇怪な擬音語を使う?」
それは、サクラダ警備メカニック担当のリコとソウだった。
(また、いつもの感じかぁ……)
二人の相性の悪さは、アオイの頭痛の元になっていた。寝ぼけた頭をおさえていると、二人が揃ってこちらを向いた。
(あ、まずい)
直後、二人が並んで詰め寄ってくる。
「アオイさん! ソウさんったら、ひどいっス! 自分の説明がシャニュって言ってくるっス!」
「アオイ。何を言っているか全く理解できない。変換を頼む」
ただでさえ眠気で重い頭が、一層重くなったように錯覚した。
(面倒くさいからヤダ、って答えたい……!)
だが、それができないのも自分だと分かっていた。心の中でため息を吐く。
(ボクってお人好しなのかなぁ……)
経緯を聞こうとした時、背後から大声が響いた。
「ばっきゃろぃ!」
「ひぃぃぃ!」
眠気が吹っ飛ぶような大声に、心臓が止まりそうだった。
「だ、誰が?」
振り向くと、腕組みをした小柄な初老の男性がいた。
頭髪はすべて白くなっており、顔のしわも深い。目つきは厳めしく、信念と頑固さを感じさせる面持ちだ。
すると、リコが手を振った。
「あ、カジっさん!」
「リコ! いつも、説明は分かりやすくって言ってんだろうが!」
「これ以上にシャシャっとした説明なんてないっスよ!?」
「このすっとこどっこい! 味噌汁で顔を洗って出直してきやがれ!」
眉間にしわを寄せるソウ。
一見怒っているようだが、これはただ疑問に思っているだけだと知っている。
ソウが顔を寄せて、耳打ちをした。
「味噌汁とは洗顔料ではなく料理のはずでは?」
「ソウ。今のはそういう言い回しだから」
「定型表現のようなものか?」
「多分そうじゃないかな。良く分かんないけど」
「分かるのか、分からないのか。どちらが正しい? なぜ断言しない」
「ソウってすごく細かいところ気にするから、断言すると面倒くさいし」
ひそひそ話の間に、カジと呼ばれた老人はリコの隣へ歩いて来た。
老人はシワだらけの目を細めて、首を傾げる。
「……あぁん? おめえさんらは?」
自分から挨拶をした方がよいと判断し、すばやく頭を下げる。
「お世話になりますアサソラ=アオイです」
「クウガ=ソウ」
アオイが頭を下げる。
横に立つソウは突っ立ったままだった。棒立ちのソウを肘で小突くと、しぶしぶと言った様子で頭を下げた。
顎をさすりながら何かを思い出すように考え込むカジ。
「するってぇとあれかい? おめえさんらが今度入った新人候補って訳かい?」
「ボ……じゃなかった、ワタシたちです」
合点がいったようにうんうんと頷くカジ。
「ここの整備をやってるカジガヤだ。カジでいい」
声は歳を感じさせない快活さに満ちていた。
「カジさんですね。よろしくお願いします」
「よろしくな。で、リコ!」
リコがビシっと背筋を伸ばして手を挙げた。いつものにやけ顔ではなく、締まった表情だ。
「はいっス!」
「いい仕事をしてりゃ知ったこっちゃねえ。そんな時代じゃねえんだ。相手に納得してもらわなにゃ、にっちもさっちも行かないことぐらいわかんだろうが!?」
「もちろんグググっスよ?」
「こんの唐変木が! その素っ頓狂な言い方、直ってねえじゃねえか!」
顔に手を当てて大げさに落ち込むカジ。
二人のやり取りを見て、アオイは引きつった苦笑いを浮かべた。
(両方ともテンション高いなぁ。キンキンする……)
寝不足の頭が騒音で引っ掻き回され、視界がグラグラと揺れる。
一方のカジは大きくため息をついた。再び顔を上げて、アオイとソウを一瞥し、考え込むように顎を撫でた。
「リコ。練習だ。この二人に分かるように一から説明してみろい」
「この二人にっスか?」
「いいからやれってんだ。こちとら気がみじけえんだ」
カジがアオイたちを振り返る。
「悪いが少し付き合っちゃくれねぇか? 社長からも、大体の業務は終わったって聞いてるしな。そっちも、色々聞いて悪いこっちゃねえだろ?」
時計を見ると勤務終了まで一時間ほど。眠気は限界に近い。
(ま、まずい。ただでさえ眠いのに、難しそうな話なんて……)
だが、ここで正面切って断れるような度胸はない。
(でもなぁ……。元々はボクの夜更かしが原因だし)
その負い目が無難な回答を選ばせる。
「ボ……じゃなかった、ワタシは大丈夫です」
「アオイが聞くと言うならオレも聞く」
一方のリコは肩を落とし、講義を開始した。
気落ちしたリコのボソボソとした調子と難解な単語の相乗効果によって、再び睡魔が襲ってくる。
(うう……。ダメだ……。眠いのと難しいので、頭が……)
意識が落ちては目覚め、目覚めては落ちるというサイクルを繰り返す。意識を朦朧とし始めた時、カジが怒鳴り声をあげる。
「おい! リコ!」
「ひぃぃぃ!」
自分が呼ばれた訳でもないのに、思わず悲鳴を上げてしまった。心臓のドキドキを両手で抑えていると、カジの追加の怒鳴り声。
「聞き手をおいてきぼりにすんじゃねえ! 客あっての職人だろうが!」
叱責に怯むことなく、リコは見つめ返す。
「カジっさん! アオイさん、つまんなそうっス! やっぱり、いつものシャシャっとしてシュバーンな方がいいと思うっス!」
「このすっとこどっこいが! 加減ってえもんを覚えやがれってんだ!」
ヒートアップするやり取りに、困惑が深まっていく。
(えっ? なんでリコちゃんが怒られる流れに? 悪いのはボクじゃないの?)
自分が悪かったと言ってその場を収めようとするが、勢いに割って入れない。
アワアワと戸惑っていると、ソウがいつもの仏頂面で呟いた。
「今の場合、叱責を受けるべきはアオイでは?」
直球の分析にウッと言葉が詰まった。そして、やや言い訳じみた口調で反論を試みる。
「ボクだってそれは分かっているけど、……そこまではっきり言わないでよ」
「何か問題が? 事実を指摘したまでだろう?」
「ボクだって、それが事実でボクが悪いって反省はしているけど、それでもなの」
「理解できない。事実は事実だろう?」
「ボクも未だにソウが理解できないよ……」
呆れを込めて、じっとりとソウを見つめる。
無愛想、無遠慮の極致にいる相棒は、別の生き物に思えた。理解に努めているが、全貌解明にはいまだ程遠い。
一方、リコへの説教を終えたカジがこちらを向いた。
「おう。話し込んで悪かったな」
カジの背後にいる魂の抜けかかったリコを見て、アオイの顔がひきつる。
「ま、今話していた内容については、今日はこれくらいにしとくか」
カジが、リコの方へ向けて顎をしゃくった。
「リコ。次はおめえに戻すぞ」
「……了解っス」
いつもより数段は動きの鈍いリコが顔を上げた。
カジとの会話で多少眠気が吹き飛んだものの、油断をするとあくびが出そうな事は変わりない。惨劇を繰り返してはならないと太ももをつねって気合を入れ直していると、リコが説明を再開する。
「そして人戦機設計の最大の特徴は、部品共用設計をとことん突き詰めているって事っス」
その言葉にソウが眉を顰める。
「部品共用設計? 聞きなれない言葉だな。どういう意味だ?」
「まず、背景から説明するっス。ウラシェには補給拠点が少ないっス。開拓途上だから当然って感じっスけど」
黒曜樹海の風景を思い浮かべる。開拓中継基地がぽつんと佇むだけで、他の人工物は見られない。
リコが話を続ける。
「で、ソウさんに質問っスけど、もし任務中に人戦機が壊れて交換部品がないって言われたらどうするッスか?」
「取りに戻る」
「都市の中ならそれでもオッケーっス。けど、開拓事業は未開発地域で行うっス」
ソウが腕組みしたまま唸る。
「つまり、交換部品が無いと死活問題と言う事か」
「そうっス。じゃあ、人戦機が十万種類とか部品があって、そのすべてを一個以上持っていけと言われたら?」
「輸送が困難になる」
「そうなんスよね。だから、部品の種類を減らすのが大事っス。どうすればいいと思うッスか?」
「二つの部品を一つにまとめる」
「それはダメっス。持って行く体積や重量が減らないんで」
腕組みをして考え込むソウ。しばらくの沈黙が格納庫に流れる。その間にも眠気がまぶたを押し下げる。
(ボク、いつまで耐えられるかな……。どうしてこんな目に……)
まさかの不運を嘆きつつ、アオイの孤独な戦いは続く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キャラ紹介:リコ
奇怪で愉快で、カジには頭の上がらないメカニック




