少女と苦労人と困った相棒 後編
〇フソウ ドーム都市内居住区 駅上広場
高層ビルが立ち並ぶ谷間の広場には、職場から地下鉄で帰って来た人々が行き交っていた。
広場の一角には、アオイ、ソウ、そしてヒノミヤたちの会社メンバーが居た。ヒノミヤは慌ててミズシロに物申している。
ヒノミヤの後を付いてきたアオイが事件現場を見てみると、そこには気絶寸前まで追い詰められた部下三人の姿があった。
アオイは思わず顔をひきつらせる。
「うわぁ……。ひどい」
「何がだ?」
「何もかもだよ。ソウは何も感じないの?」
「質問の意図が不明だ」
眉一つ動かさない相棒の表情が、ミズシロと重なる。
「ミズシロさんと同類っぽいしなぁ」
「当然だ。同じ、ホモ・サピエンスだろう?」
「ミズシロさんとソウだけ別種だったりしない?」
「アオイと同種に決まっているだろう」
「偶に信じられないけどね……」
アオイがガックリと肩を落とす。
「だとしてもそういう意味じゃないから」
「どういう意味か理解不能だ。教えてくれ」
「いや。教えるのも疲れそうだし」
「労力対効果が低いという事か?」
「うん。そうそう。そういうことー」
アオイの口調は投げやりだったが、ソウは微塵も気にする様子はない。
そして、ヒノミヤとミズシロの部下三人を睥睨して、疑問に眉根を寄せた。
「それにしても過剰反応だな」
「いや。あれが普通だって」
「事実は事実だろう? 上司は率直に評価や情報を伝えるべきだ」
「ボク、トモエさんがあんな感じにだったら、辞めてたよ……」
キレ気味の早口で自分を問い詰めてくるトモエを想像して、アオイが身震いした。
「トモエさん。優しいけど、厳しい時は厳しいでしょ?」
「武装警備会社の社長だからな。さらに言えば、戦闘歴も長い」
「採用の時の迫力で詰められたらボク……、うう」
アオイが身を震わせる。
「多分、すぐに辞めてたと思うよ」
「アオイに辞めてもらっては困る。辞めるならカネを返してもらったうえで、別の人間を紹介してもらうぞ」
「何その悪質な会社みたいな脅し文句」
ソウと言い合っている横で、ヒノミヤは部下たちに向かって朗らかに笑いかけていた。
「まぁまぁ。みんな。もちろん分かっているだろ?」
何のことかと部下三人を見るアオイ。見る間に三人の活力が戻ってきた。
「はい。そうですよね!」
「まぁ、ミズシロさんだし」
「拙者は最初から……」
まるで気味の悪い呪術の様だと訝しむ。ヒノミヤの隣へ寄り、こっそりと耳打ちした。
「あの……ヒノミヤさん。あれはなんですか?」
「ミズシロが裏でみんなを褒めている照れ屋だと、あの三人は思っているんだ」
「え? あのミズシロさんが?」
アオイが軽く目を見開いた。
(あの、ミズシロさんが……? そんなこと? いや、でも、だからこそ……か)
アオイの脳裏に、前職の上司から守ってくれたトモエの後ろ姿が浮かぶ。
(自分の事、見込みのある部下です、って言ってくれれば。あの時、すごく嬉しかったし)
アオイは合点がいったように声を上げた。
「なるほど! でもそれなら――」
直後に聞こえたのは、ヒノミヤの絞り出すような言葉だった。
「そういう設定なんだ」
罪悪感と苦渋に満ちたヒノミヤの顔を見て、事実を理解するアオイ。
「せ、設定? という事は……」
「ああ。もちろん本当は違う」
それからヒノミヤは事実を吐露した。
勤めていた頃や、二人だけの時のエピソードを盛りながら部下に説明しているとの事だった。だが、どうも内容を客観的に聞く限り、それは改編と言うより捏造に近いレベルだった。
アオイがあきれ顔でヒノミヤを見る。
視線に気づいたヒノミヤは、心苦しそうに声を絞り出した。
「そんな目で見ないでくれ。ただでさえ優秀な人材の確保が難しいベンチャーなんだ。少なくとも、僕はみんなが優秀だと思っている。辞められないためにはこうでもしないと……」
資源争奪戦直前のミズシロの言葉を思い出すアオイ。
ミズシロの話では、ヒノミヤは部下のいない所ではしょっちゅう弱音を吐いているとの事だった。
まさしく今のような感じなのだろうと、アオイは納得する。
(苦労してるんだなぁ……)
いつの間にか近くにいたソウがヒノミヤに質問する。
「この頃は人余りなのでは? 入植船が多数到着して、どこも労働者が溢れていると聞きます」
「ベンチャーに必要な人材は引っ張りだこさ。優秀って認められた人は、中央共和国連邦の方に行っちゃうしね」
「理由が不明です」
「君、結構抜けているんだね」
その言葉に、僅かながら眉を上げるソウ。相手を怒らせた事に気づいたヒノミヤは、ソウに手を合わせて謝った。
「意地悪な言い方になってごめん。ミズシロに似ていて、ついアイツと話しているつもりになっちゃって」
「似ていますか?」
「どう考えても同類だと思うけど」
何かを言おうとするソウを、アオイが素早く肘で小突いた。ソウがアオイになぜと言う視線を送るが、アオイは努めてそれを無視する。
言っても無駄と悟ったのか、ソウはヒノミヤへ視線を戻す。
「……優秀な人物はなぜ中央共和国連邦に?」
「中央の方が、福祉が上等だからね。教育、医療、安全、その他もろもろ。フソウのように税金だけ取られて、ろくなサービスを受けられないなんてこともない」
「それならば、優秀でなくとも帰化すれば」
「優秀じゃないと帰化できないのさ。向こうも人余りは変わらない。中央に奉仕する優秀な人材だけ欲しい訳だ」
「具体的な条件は?」
「信用スコア。民間企業が始めたものだけど、実質的には社会公認になっている」
「高いスコアを得るためにはどうすれば?」
「学歴や職業、結果としての収入かな。あとは事業主も優遇される。僕の所にもオファーが来たことがあったよ」
アオイは感嘆の声を上げる。一方のソウは、納得いかないと言う表情だった。
「ヒノミヤさんはなぜ実行しないのですか? 金銭的な収入でも合理的では?」
「なんとなくだよ。ミズシロに会えたのも稼げるようになったのも、フソウに居たおかげだ。儲けられるようになったら、さっさと捨てるってのは……ね。ちょっと抵抗が」
「理解が困難です」
「まぁ、古臭い考え方だからね」
ヒノミヤとアオイたちが話している横で、再び嬉しそうに談笑する部下の三人。その様子を見たアオイが、ヒノミヤの方へ振り返る。
「さっきから楽しそうですけど、何かいい事があったんですか?」
「ああ! 僕たちの商品が大手の所で採用されるかもって話になってね! 今日はその祝いだったんだ」
「ヒノミヤさんたちの商品って土壌でしたっけ? どうやって作ってるんですか?」
「ウラシェで採取した土にちょっと前処理をしてね。その後に、微生物の力を使って土壌に変えてるんだ」
アオイが首を傾げる。
「それだったら、みんなできそうですけど……。あ、いや、悪い意味じゃなくて」
「前処理にうちの秘密があるのさ。メディアに発表している範囲で教えると、ある一定の刺激を与えることで土の中にある特殊な成分を除ける。それがうちの強みなんだ」
「特殊な成分?」
「それがあると微生物を殺しちゃってね。トレージオンみたいに何かを変換する物質みたいなんだけど、詳細は不明なんだ。それを調べてもうちの会社の利益にならないから、そのままにしているけど」
アオイが顎に指を添えた。
「そんなのがいるんですね……。攻性獣もそうですけど、ワタシたちを排除しようとしているみたい。この星って不思議ですね」
「本当に不思議なことばかりさ。おかげで毎日試行錯誤ばっかりでね。土を取る場所によってもいろいろ変わってくるし。でも、そんなこんなを繰り返している内に、ようやっと和梨が復活した訳だ」
梨の名前が出たことで、アオイとヒノミヤの会話にソウが割り込んできた。
「梨とそっくりな林檎という果物は一般に流通しているのですが、あれもヒノミヤさんの土壌で栽培されているのですか?」
アオイは知っていた。
梨の味が忘れられず、それに近い果物として林檎を発見したソウが、ほぼ毎日のように林檎ジュースを飲んでいることを。
(ソウ。林檎も貰う気なのかな……)
遠慮なんて放り投げて生きている相棒なら、やりかねないと思う。
「林檎はうちじゃないな」
「競合他社が?」
「いや。水耕栽培できるように遺伝子改造されている」
「なぜ林檎だけが? 和梨も水耕栽培すればよいのでは?」
「林檎は列強国の富裕層にも需要があるからね。研究にたくさんのカネが入る。和梨の方は、フソウ人には人気があるけど、列強国がカネを出すほどじゃなかったと言う事さ」
「オレには魅力的に思いましたが」
「ありがとう。頻繁にとはいかないけど、お礼を兼ねて今度送るよ」
その話を聞いて思わず唾を飲むアオイ。
いつ届くのかとアオイが訪ねようか迷っていると、ヒノミヤは情報端末を取り出した。
「お、ちょっと待ってくれ」
ヒノミヤの口調が、ビジネスマンらしいしっかりとしたものへと変わった。
「はい、ヒノミヤです。はい。はい。いえ、いつでも構いませんよ!」
だが、最初は明るかった声色が段々と曇ってくる。
「え。そうですか……。上司の方が。いえ。謝る必要など。はい。失礼します」
電話を切った後に、うつむいたままミズシロの方へ向かっていった。
「おい。ミズシロ」
話しかけられたミズシロの顔が、普段より一層気難しくなった。
「……なんだ。悪いことか」
「そうだ。クライアントから成分について仕様変更の要望が」
「……見せろ」
ヒノミヤがミズシロに情報端末を見せる。それを見たミズシロが顔をしかめた。
「……これをどうしろと?」
「一週間後の評価試験前までにと」
「バカが。安請け合いしたのか?」
「検討とだけ。だが、向こうのスケジュール調整は困難だそうだ」
「間に合わない場合は?」
「最悪切られる」
それを聞いたミズシロが頭をバリバリと掻く。そして、情報端末取り出して何かを調べ始めた。そんな緊迫した空気を無視して、ナカムラが寄ってくる。
「ミズシロさん。二軒目はどうしますぅ?」
ミズシロは舌打ちを一つして、情報端末を使って何かを手配した。
「おい。お前たち。実験場に戻るぞ」
「え? そこまで行って飲むんですか?」
呆ける三人に、ヒノミヤから受け取った情報端末を突きつけた。
「仕様変更だ」
その一言を聞いた三人の血相が変わる。三人が三人とも一気に青ざめた。
「ぎゃー!」
カミヤマがオロオロとしながら、ミズシロへ向かい声を上げた。
「で、でも! ワタシたち飲んでますし! 今から仕事なんて!?」
「武装警備員用のアルコール分解剤を使え」
「えー!」
叫ぶカミヤマとナカムラの襟をつかむミズシロ。
ミズシロは二人を引きずりながら近くに止まっていた無人の配車ポッドへ引きずっていく。
その様子を見たアオイの頬が引きつった。
(い、意外に力が強いんだ……。こわ)
シモカワは無言でその後を付いて行った。途中、カミヤマが魂の叫びをあげる。
「ヒノミヤさん! 助けて! 今日は! 今日だけはオンラインのイベントが! 戦友のみんなが!」
だが、ヒノミヤは罪悪感に顔をしかめながら駆け出した。
「すまん! 差し入れを買ってくる!」
アオイは、四人を詰め込んだ無人配車ポッドが出発する様子を呆然と見ていた。
地獄絵図を見た後、ぽつりとつぶやく。
「キラキラしてそうでも、色々あるんだなぁ……」
アオイは、ふと広場に備え付けられた広告ディスプレイを見る。
広告ディスプレイに取り付けられたカメラはアオイを認識して、どんな人間かを分析した。
映し出されたのは転職サービスの広告。
少しだけ大人になったアオイが、小綺麗な服を着て、仮想空間上と思われる洒落たオフィスでにこやかに働いている様子が映っていた。
パリッとした服を着て、シュッとしたメガネを掛けて、ニコッと爽やかな笑顔だ。だがアオイは、想像どおりの自分を見ても羨ましいとは思えない。
「きっと、あのボクだって色々苦労しているんだろうなぁ……」
駅から出てきた時は、あれほどキラキラして見えた仕事が、自分たちと変わらないものに見えてきた。
「キラキラしてそうでも、みんな大変なんだね」
アオイはその一員になった事を実感しながら帰路に就く。ふと、見上げれば、煌々と灯る高層ビルの輝きが目に入った。
そのキラキラの向こうには、残業に勤しむ者たちがいる。
フソウには様々な仕事がある。そのどれもが悲喜こもごもな事情を抱えながら、今日も回っていた。
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