少女と苦労人と困った相棒 前編
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇フソウ ドーム都市内居住区 駅上広場
既に日の光はなく、空に浮かぶ雲は黒に近い灰色。そこへ街の照明が照り返している。
低空まで垂れ込む雲に半透明ドームがめり込んでいた。それはフソウ人が暮らすドーム都市だ。
透けるドームの中には巨大なビルが林立し、街の明かりが輝いている。
大国同士のけん制で新都市建設が滞る一方で、入植者の急増が続いている。攻性獣や病原体から身を守るためドーム外に住居を建てる事はできず、住まいは上へ上へと伸びていった。
照明が煌めくビル群の底に、広場があった。広場の地下には公共交通機関の駅があり、通勤の要所となっていた。勤務を終えた人々が、広場に続々と出てきている。
周囲には商業エリアがあり、帰宅までの時間をどう過ごそうかと考えている者も多い。あるものは買い物に、あるものは飲食に。これからにどこに行こうかについて楽し気に話している集団もいる。
そんな広場にアオイとソウが出てきた。
アオイは白のフード付きスウェットに黒のボトムと言う小綺麗な格好だ。ただし、臀部などの生地はすり減っており、見る者が見れば相当に着古していると分かる。
一方のソウは、青空色の作業服だ。
ソウの横を歩くアオイは、大きくため息をつきながら肩を落とした。
「はぁぁ。疲れたぁ……」
「いつもどおりだぞ?」
「いつもどおりに疲れたんだよ……」
ソウの顔に疲労はない。共感も見られない。それが疲労感を助長させた。
ため息をついた横を、着飾った女性たちが通り過ぎていく。彼女たちには知的労働に勤しむ者たち特有の華やかさがあった。
「キラキラしてるなぁ」
その女性たちを見ながら、アオイがため息を漏らす。
「今の会社、恵まれているんだけど、やっぱり憧れるなぁ」
シュッとした眼鏡をかけて、パリッとした服を着て、キリっとした表情で情報端末を操る自分を想像するアオイ。
だが、学のないアオイには遥か遠くの世界だった。
「そんな感じの人、ボクの周りに……あ」
アオイの脳裏にヒノミヤとミズシロの顔が浮かんだ。
「そういえば、ヒノミヤさんとミズシロさんは上手くいっているのかなぁ? 設備は無事だったらしいけど」
「聞いてみたらどうだ?」
「聞くって……、どうやって?」
「あそこにいるぞ」
「ぅえ?」
ソウが指さす先を見る。
広場の一角に、ヒノミヤとミズシロ、そして三人ほどの部下と思われる男女が立っていた。何か嬉しい事があったのか、上機嫌に笑っているのが遠くからでも分かった。
「本当にいる……。何かの冗談だと思った」
「嘘はつかない。非効率的だ」
「それは知っているけど、ソウが冗談を覚えたかと思ったんだよ」
「それを学ぶと効率的なのか?」
「時と場合によってはね。ただ、ソウが冗談を言ったら本気かどうか区別がつかないからやめておいた方がいいと思うよ」
そのうちに、ヒノミヤがアオイたちに気づいた。
「あ、サクラダ警備の!」
ヒノミヤが手を振って近づいてくる。
整いつつも適度に散らした髪型に、歯並びのよい白く輝く口元。太陽のような笑顔とは、ヒノミヤの事だろうとアオイは思う。
「やっぱりキラキラしてる……!」
溢れんばかりの陽気を放つ好青年なのだが、アオイはそういう人種にちょっとした苦手意識を持っていた。
「ど、どうも」
なんとなく気圧されて、身を引くアオイ。
そうは言ってもサクラダ警備の大切なお客には変わりないので、無視はできない。挨拶のため頭を下げようとすると、ヒノミヤが猛烈な勢いで頭を下げた。
「本当に! 本当にありがとうございました!」
「ぅえ?」
そのやたらと気合の入った礼の理由が思いつかず、アオイはオロオロとするばかりだった。アオイをチラリと見たヒノミヤが、事情を説明し始める。
「この前、イナビシの人にすごく怒られまして……。サクラダ警備さんがいなければどうなっていたかも含めて、延々注意されました」
ヒノミヤの口から出たのは、今まさにアオイが欲しい情報だった。
「ああ、資源採取戦の」
「はい。マシントラブルで動けなかった所で巻き込まれて……。本当に死ぬかと思いました」
先日の資源採取戦で、ヒノミヤたちの設備が戦闘指定区域に取り残されていたことを思い出す。
取り残された民間人とその財産に対して保護義務はない。戦闘に巻き込まれて死傷したとしても、加害者に法的責任はない。それが、国家戦略級資源と比較した際のフソウ人の価値だった。
だが、アオイはヒノミヤが語った夢をつぶしたくなかった。
ヒノミヤたちの設備が傷つかずにすむ戦術を提案し、結果として作戦は順調に終わった。
その決断が正しかった事に胸が熱くなる。
「でも、無事でよかったです。設備も、ヒノミヤさんも……あれ?」
アオイの顔に、ほんの少しの酒臭さが漂ってきた。
「なんか……お酒の匂いが。それに顔も赤いような」
「ああ。社員と飲み会に行っていまして。次はどこに行こうか決めていたところなんですよ。そちらは今から帰りですか?」
「はい。いつも訓練していて」
「それは凄い。うちの社員も頑張ってもらってますが、今日は息抜きをしてもらっています」
ヒノミヤが向いた先に、ミズシロと初めて見る三人の男女がいた。
ミズシロは相変わらず手元の情報端末を高速で操作していた。アオイは見覚えのない三人をしげしげと見つめる。
「もしかして、そちらが?」
「ええ。うちの社員たちです」
ヒノミヤの手招きで三人がアオイとソウの前に歩いてきた。快活そうな女性と、のんびりした印象の男性、そして伏し目がちの男性だった。
「私はカミヤマ!」
「俺はナカムラですよぉ」
「拙者はシモ……」
アオイは懸命に聞き耳を立てたが、最後の男性の正確な名前は聞き取れなかった。
(あれかな。ボクも人の事を言えないけど、コミュニケーションが苦手な人かな。聞き取れなかったけど、まぁ適当に誤魔化せば――)
アオイが話しかけようとした時、隣から聞こえた相棒の無機質な声。
「明瞭な発声を求める。なにかコミュニケーション能力に問題が?」
「いぃぃ!?」
ソウの発言に、アオイが瞠目する。背中に変な汗が噴き出たアオイは、即座にソウに詰め寄った。
「ソウ! お客様だよ!? もうちょっと言い方とか!」
「非効率極まりない。意見は率直に述べるべきだ」
「それでもだよ! それにソウだって、コミュニケーションについて、人の事を言えないでしょ!?」
「発音は明瞭だが?」
「それ以外が全滅してるよ!?」
アオイが冷や汗をかきながら相棒を叱責する一方で、伏し目がちの男性の隣にミズシロが立った。
「こいつはシモカワだ。お前の言うように一種のコミュニケーション障害だ」
「いぃぃ!?」
ヒノミヤが変な声を上げた後、泡を飛ばして注意する。
「ミズシロ! お前はまたそんな言い方を!」
「非効率極まりないな。評価は直接的であるべきだ」
ミズシロに全く堪えた様子はなく、ヒノミヤは呆れるように項垂れていた。
その様子を見るアオイの目には、親愛の光が浮かんでいた。熱の籠もった視線にヒノミヤが気づく。
「ん? アオイさん? どうしたんだい?」
「なんと言うか、急に親近感が」
「親近感?」
「ええ。苦労しているんだなぁ……って」
瞬間、ヒノミヤが目を見開いてアオイの方へ詰め寄った。
「分かってくれるのかい!? ミズシロのやつ、あんな感じだから、いつもヒヤヒヤしててさ! この前も取引先の役員に説教を始めようとして!」
アオイがウンウンと、力強く頷く。
「ソウもですよ! いぃぃっつも他の人に喧嘩を売るようなことを言って!」
「お互い苦労してるんだなぁ」
「ええ。そうですね。この前にも――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アオイとヒノミヤの熱の籠もった愚痴交換を、ソウとミズシロは冷ややかな目で見ていた。
「あちらで愚痴が始まったな」
「非生産的ですね。我々が話題のようですが」
「興味ない。いつものことだ」
怒涛の愚痴を避けるように、部下三人がソウとミズシロの方へやってきた。ポニーテールにメガネの女性、カミヤマがミズシロへ話しかける。
「ミズシロさん。こちらの少年は?」
「武装警備員をやっている。サクラダ警備の社員だ」
それを聞いたカミヤマが、はしゃぐように声を上げた。
「ああ! この前の! リアルタイムじゃないけど、君の戦う様子を見たよ! 君の戦い方って、すごく派手でかっこいいね!」
ソウの顔に、戸惑いが浮かぶ。
「効率を求めた結果です」
ソウはそれだけ言って俯いた。拒絶とも受け取れる対応だったが、ヒノミヤの部下三人組が、グイグイと食い付いてくる。
「ロボットで撃ち合うのってカッコいいよね! なんでビームとかにしないのか不思議だけど! ピュンピュンって!」
「あのバリアみたいなので銃を受けて止めるの、いいですよねぇ。俺、SF好きだからああいうのに憧れちゃうなぁ。ここは俺に任せて、とか言ってみたくてぇ」
「拙者は、光学迷彩を使って忍び寄るのが至高……」
ソウを取り囲む三人で盛り上がるSF談議。その背後から、ミズシロがこれ見よがしのため息をついた。
「おい。お前ら、そろいもそろってバカなのか?」
その一言に、盛り上がった場の空気が固まる。ソウだけは動じなかったが、部下三人の顔は、これ以上なく緊張している。
そんな空気はお構いなしに、ミズシロがタブレット型情報端末を高速で操作しながらカミヤマに詰め寄った。ミズシロの眼がギラリと光る。
「携行武器をレーザーやビームにする理由がない。大気圏では、光が減衰するし、荷電粒子でも減衰は避けられない。ウラシェでは特に顕著だ。それに加えて、銃弾用の火薬を超えるエネルギー密度を持ったバッテリーパックもない。いかに銃弾がかさばろうとも、それ以上の重量と体積のバッテリーを担いでいけば的になるのは、小学生でもわかるだろうが――」
ミズシロからの怒涛のダメ出しが続き、徐々にカミヤマの口から魂が抜けていく。カミヤマの瞳から光が失われる頃、ミズシロはナカムラに目標を切り替えた。
タブレット型情報端末を高速で操作したまま、目を合わせずにナカムラに詰め寄る。
「次に、バレットダンパーはバリアではない。根本原理が全く違う。大体にして、バリア自体が非現実的な代物だ。荷電粒子ならともかく、なんの力を使って弾丸を止める? 電場か? 磁場か? バカバカしい。電気的に中性な弾丸を止める力場など、現実的なコストで形成できると思うのか? それにだな――」
ミズシロの説教に合わせて、徐々にナカムラの首が下を向く。延々と続いた説教が終わるころには、糸の切れた人形のように地に伏せていた。
シモカワへ目標を変えるミズシロ。タブレット型情報端末を高速で操作しながらだ。
「最後は光学迷彩だ。光が迂回する負の屈折率を持った物質自体はフィクションではないが、どこで光が抜けるかをリアルタイムに、相手に合わせてコントロールできるような技術ができると思っているのか? できたとしてそれのコストは? バカバカしい。そんなものよりも、迷彩塗装の方がよっぽど安上がりで効果的だ。お前はコスト計算もできないのか? ベンチャーでは余計なコストを掛けていられない事がわからないのか? だから普段から――」
その後も怒涛の説教は続く。タブレット型情報端末に映る様々な情報を見せながら、ミズシロは部下三人を完膚なきまでに批判した。
倒れ伏す三人を前にして、延々と説教を続けるミズシロ。
「お前たちはそれすらもわかっていないにSF好きを自称するのか? まったく、勉強をするならばだな――」
アオイとの愚痴を止めたヒノミヤが、血相を変えてミズシロへ詰め寄った。
「ストップ! ミズシロ、ストップだ!」
「なんだ、ヒノミヤ」
「少しは手加減をしろ! 情報端末をいじりながら無表情のやつが、口調だけキレ気味に超早口で詰問してくるんだぞ!? たまったもんじゃないに決まってるだろ!?」
帰宅途中の人々も何事かと横目に通り過ぎていく。それに紛れて、アオイも惨事が起きた現場へたどり着いた。
「うわぁ、これは」
アオイは目の前に広がる惨事。どうしてこんな事に、と周囲の高層ビルを仰ぐ。そこには、未だに働いている人々がいることを示す、摩天楼の輝きが灯っていた。




