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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
短編集:開拓星ウラシェの比較的平和な日常1
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少女とメカニックと安全講習 後編

〇サクラダ警備 格納庫


 人戦機が立ち並ぶ格納庫の一角にある机。そこでアオイが、情報端末を食い入るように見つめながらぶつぶつと呟く。


 陰気な表情が、周りの雰囲気をよどませていた。


「クビだけは……、クビだけは絶対に……」


 リコから、この学科試験に落ちればクビと聞いた。せっかく入った職場をクビになってしまっては、明日からどう生きようか。そんな不安でますます眉間に力が入る。


 そんな中、リコが目をクリクリさせながら能天気な声を掛けてきた。


「そろそろ時間っス。準備はできたっスか?」

「う、うん」


 覚えた内容を忘れない様に、最小限の動きで首を縦に振る。


「クビだけはダメ、クビだけはダメ、クビだけは――」


 端末画面を凝視しながら、教科書の内容を脳裏焼き付ける。少しでもこぼれ出た内容は、もう一回だけ詰め込み直す。


 今すぐにでもテストを。そう思って画面を見続ける。


「クビだけは……。いつになったら?」


 疑問に眉を曲げていると、リコの張った声が鼓膜を突き破ってきた。


「では始めるっス!」

「ぅえ?」


 何事かと思うと、リコの人差し指がビシっと天井を指した。


「サクラダ警備恒例! 安全講習クイズ大会!」


 理解できず、思わずまばたきを五回もしてしまった。


「え? こういうのって、黙って制限時間内に端末に記入するんじゃないの?」

「それじゃ、つまら――」


 わざとらしい咳払いの後、にやけ顔をキリッとしたものに改めた。


「アオイさん。ソウさん。緊急事態ではバシュバシュっとしなきゃいけない時もあるっス」

「いま、つまらないって――」

「そぉぉんな時! アオイさんとソウさんは、グニュングニュン考えるんスか!?」


 隣のソウがイラついたように切れ長の三白眼を細めた。


「アオイ。意味不明だ。翻訳を求める」

「せっかく頭に詰め込んだのに……。こぼれちゃうよぅ……」

「貸しは?」


 頭の中で借金のゼロを数える。


「いっぱい……あるね」


 とても重い諦観の溜息が漏れた。


「分かったよ……。えっと……緊急事態だと、ゆっくり考えている暇はない……って事?」

「正解っス! ギュンギュンっス!」


 リコがウィンクしながら親指を立てる。さして嬉しくもない反応であった。


「と言う訳で、早押しクイズ形式で行くッス! 分かった方が手を挙げるっス! では第一問!」


 ごくりと唾を飲む。


「人戦機の駆動機構は――」


 リコの質問をさえぎり、ソウがよどみなく答える。


筋肉状マッスル駆動機構アクチュエーターだ。筋肉状の機構で中央ジェネレーターからの電気信号によって収縮する」


 だが、リコはニタリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ソウさん外れっス」

「なぜだ!?」


 ソウの憤慨に満ちた睨みを涼しげに流し、リコが、ふふん、と鼻息を一つ。


「問題には続きがあるっス! 人戦機の駆動機構は筋肉状マッスル駆動機構アクチュエーターですが、そのエネルギー源はなんでしょうか? ソウさんは回答権を失ったので、アオイさんッス」


 リコが指差した。ソウとリコのやり取りで散らかった記憶を、うなりながらかき集める。


「……えーと、リアル……リング……なんとか?」

「ぶぶー。アオイさんも外れっス。正解は、再生可能リバーシブル燃料電解液リンゲルリキッドでした!」


 不正解を告げるリコのにやけ顔が、妙に腹立たしい。


再生可能リバーシブル燃料電解液リンゲルリキッドは人戦機内を循環して、隅々にエネルギーを届けるっス! 施設まで行けばエネルギーチャージできるッス。エネルギー切れになれば筋肉状マッスル駆動機構アクチュエーターは動かなくなるから、安全のために残量には要注意っス!」


 出だしからつまづいた事に、思わず頭を抱える。だが、リコが気に掛ける様子もない。


「ちなみに、再生可能リバーシブル燃料電解液リンゲルリキッドは、再活性化処理施設でギュンギュンになるっス! 生き物にも似た物質があるって聞いたことがあるっス」


 そう言われて、思い当たる節があった。スッと立ち上がり、指を一本立てる。


「人間の体にもアデノシン三リン酸っていう物質があって、それは筋肉とかを動かすと分解されちゃうんだけど、また体の中で合成されることもあって――」

「アオイ。早口になっているぞ」


 ソウの一言で我に返ると、目の前でリコがポカンと口を開けていた。


 一転して、リコの目がギラギラと光る。それから徐々に、親愛に満ちた目つきと笑顔で詰め寄ってきた。


「ア・オ・イさぁん」


 リコが手をさわさわと握る。


「ジュジューンなマニアじゃぁないっスかぁ」


 ねっとりとした口調に寒気を感じた。仲良くなると、色々と厄介なタイプに違いないと危機センサーが働く。


 適当な笑顔でごまかしながら手を放した。


「そ、それより続きを」

「おっと。失礼したっス」


 リコが再び定位置へ戻る。


「では第二問。人戦機の骨格は――」

「バイオストラクチャー合金だ。最適な合金比率とマイクロトポロジー最適化によって重量強度比に優れる」


 またもや、ソウの回答。


「ソウさん。また外れっス! 問題には続きがあるっス!」

「なんだと!?」


 相変わらずの二人に、苦笑いしか浮かばない。


(ソウっぽいなぁ……)


 一方のリコは、相変わらずソウの睨みを物ともせずに笑っていた。


「ソウさん。本当にからかい甲斐が――」


 またもや、リコのわざとらしい咳払い。その後、顔をキリッとしたものに変えた。


「ソウさん。本当に教え甲斐があるッス。慌てず答えないとダメっスよ。これはそのための試練っス」

「だが先ほどは、迅速な対応が求められると言っていた。論理的矛盾が発生していないか?」

「安全に関しては、ワシャシャシャっとならず、でもシュビャビャっと。これが基本ッス」

「どういう意味だ。アオイ、教えてくれ」


 切れ長の三白眼だけがこちらを向いた。


(またぁ……? でも、貸しは?って言われるんだろうなぁ……)


 心の中でため息を一つ吐く。


「えっと……、慌てずに、でも手際よく……って事?」

「お! アオイさん。ギュンギュンじゃないっスか! ほら、ちゃんと分かる人には分かるんっスよ」


 ソウの仏頂面が、納得いかないと少しだけ歪んだ。相棒として何かしようかとも思うが、余裕はないので問題の続きに備える。


「では続きっス。回答権はアオイさん。バイオストラクチャー合金ですが、その関節部分に使われているのは何でしょうか?」

「えーと。ジョギング……アップ……ル?」

「ぶぶー。アオイさんも外れっス。正解は、関節状ジョイント衝撃吸収機構アブソーバーでした!」


 またもや腹立たしいドヤ顔のリコ。


関節状ジョイント衝撃吸収機構アブソーバーは人間の関節によく似た、軟骨状の組織とそれを包む高強度ゲルで出来ているッス。人間の関節に比べると、強度は段違いにビューンっスけどね。ソウさん得意の格闘戦でも負荷をちゃんと吸収してくれっす。ただし、あんまり無茶な衝撃を受けると破損するから、ちゃんと衝撃を逃がしたりとか操縦士側の腕前も必要っス。安全のためには気をつけて欲しいッス」


 二連敗に頭を抱える。


 その後も質疑応答が続く。


 ソウが突っ走って間違えて喧嘩する。その度にこぼれる記憶。


 疲労と焦りと不安で意識が朦朧もうろうとする頃、リコがあきれ顔で情報端末を眺めた。


「二人とも、……これは」


 自分でも分かり切っている散々な結果に頭を抱えていると、後ろから足音。振り返るとトモエがいた。


「ト、トモエさぁん」

「アオイ? 酷い顔だが……何があった?」


 トモエが心配そうに眉を曲げた。その後、顔をリコへ向ける。


「講習試験の結果はどうだった?」

「こんな感じっスけど……」

「これは……」


 トモエの声に呆れが混じる。


 解雇、借金、ホームレス。そんな単語が頭に浮かぶ。


 涙目になりながら掌を組んで、トモエへ詰め寄った。


「あ、あの! トモエさん! クビだけは! どうか、クビにだけは!」


 詰め寄られたトモエが、困惑したように首をかしげる。


「クビ? 何の事だ?」


 直後、隣に居たリコが視線を逸らしながら口笛を吹いていた。明らかに誤魔化そうとしていると、トモエが気づく。


「……リコ。どういうことだ?」

「あー。ちょっと自分なりに真面目に安全講習を受けてもらおうと思って――」


 リコの説明をソウがさえぎった。


「何! 虚偽の説明だったと言う事か!?」

「嘘はついてないっスよ? クビになるかもってだけで、クビになるとは言ってないっス」


 ソウは渋々ながらも納得した。屁理屈のような理論だが、ソウは理論に弱い事を知っている。


 これは使えるかもなぁ、と思っている所にリコの声。


「それに、キチンと安全の事を学べない人は、どっちにしろクビになるっスよ」

「確かにな。二人ともまだ試用期間中だ。真摯しんしに学べないのであれば……と言う事は覚えておいて欲しい」


 芯のとおった声と共に、トモエがバイザー状視覚デバイスをこちらに向けた。キラリひかる鋭い反射光を見て、思わず背筋を伸ばす。その後、トモエが再びリコを向いた。


「リコ。話を戻すが、どうしてそんな事を?」

「出向先の会社でも色々やってきたんスけど、この頃はヒニャーンな人が多くて」

「そんなにか。確かに業界拡大で、教える側の人間が足りてないからな。嘆かわしい事だ」


 リコの言葉を、ごく当たり前に理解するトモエ。


(ヒニャーンとか、トモエさんも分かるんだ……)


 妙な親近感を抱いていると、トモエが呆れたように鼻息を一つ。


「だが、リコ。そんな嘘をつく必要もないぞ」

「え? どうしてっスか」

「この二人は大丈夫だ。ちゃんとするさ」


 トモエの口調には確かな温かみがあった。リコが感心したように目を丸くする。


「トモエさんがそこまで言うって……。なるほど。期待の新人候補って事っスね」


 アオイもトモエの信頼を感じ取り、満面の笑みを浮かべる。


「と、トモエさん……! ありがとうございます!」


 深々と礼をして安堵に浸っていると、急に肩が重くなった。


「ふぅ……。安心したらなんか疲れが」

「ああ、少し休憩して――」


 トモエからの休憩宣言に、安堵の一息。


 今日は帰って何をしようか考えていると、トモエが咳払いを一つする。


「また補習だ。次は合格を目指せ」

「ぅえ?」


 テストは終わったばかりのはず。そう思っていると、トモエの声に念押しが乗る。


「当然だろう? 大事な知識だ。一日でも早く叩き込んで欲しい」

「そ、そうですね……」


 既に頭をフル稼働させていたアオイは思わずため息をつく。再び前を見た時、アオイの目に映ったのはリコのにやけた顔。


「アオイさん。サクラダ警備は?」

「安全が第一……」

「そう言う事っス! じゃあ、休憩が終わったら、勉強再開っス!」


 新しい仕事は覚えることがたくさんある。そんな社会の常識を学びつつ、アオイの一日は今日も過ぎていった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ソウ、あんな説明で納得しちゃうんだ。騙されやすすぎてちょっと前までのアオイと立場が逆だったら生き残れないのではw 「これは使えるかもなぁ」とか思ってしまうアオイもだんだんと本性を現してき…
[良い点] リコちゃんの言葉をいちいちアオイちゃんが通訳してるのが楽しいです(笑) こんなふうに冗談めかしてテスト?ぽくしているけれど、安全は一番大切なことですよね!(*'ω'*) こうしてきちんと勉…
[良い点] やっぱり、リコ、いいキャラですねw リコの安全講習、私は受けたら落ちるなぁ。 真面目に答えているソウが憐れw アオイちゃん、頑張って!!
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