裏エンディング:殺人者と獣と蠢動する大志
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域外 通信不能領域
黒曜樹海の中、ヨウコの機体が歩いている。装甲は破損し、見た目にはいつ止まってもおかしくはない。だが、その足取りは意外としっかりとしており、動作不良は見られない。
「あの子たち、資源採取戦に参加していない私なら、再起動しても問題ない事を知らなかったようね。まあ、武装警備員でもない私たちがルールを守るはずもないけど」
ヨウコは、表社会での決まり事を守るような存在ですらなかった。
「とどめを刺しに来なくてよかったわ。もし来たら……」
ヨウコは手元に視線を落とす。欠けた映像の向こうには制限中と銘打たれた仮想アイコンがいくつもあった。それらの上でクルクルと指を回す。
「奥の手を使ってでも殺さなきゃいけなかったものね」
ヨウコは余裕の笑みを崩さない。そして、森を抜けて見えた光景に、感嘆の息を吐いた。
「それにしても壮観ね」
そこにはおびただしい数の赤い光点が大河を成していた。
ヨウコが光点を凝視するとモニターに拡大用のミニウィンドウが表示される。映っているのは無数の攻性獣が、秩序をもって移動している様子だった。
母星で見られた天の川もこうだったのか。
そう考えながら、うっとりと眺めているヨウコに通信が入る。暗号変換中と表示されたウィンドウが視界に映る。
秘匿性を考慮して声だけの通信だった。
「ヨウコ……だったか。今は」
「ええ。その呼び方でいいわ」
「足止めご苦労。作戦中に資源採取戦が発生するとは、想定外だったな」
「まったく。そちらもお疲れ様。順調だったかしら?」
「必要な量の攻性獣は集まった。問題ない。予定どおり係留地点へ進行中だ。足止め、および目撃者の殺害に不備はなかったろうな? フソウの未来を曇らせる輩は排除しなくてはならない」
ヨウコは自分たちが所属する組織の目的である、フソウの未来について思いを馳せる。フソウの国民が誇りを取り戻し、絆で結ばれる。そんな美しい光景だ。
その光景に、基地で見たアオイと、研究所にいたソウの姿を重ね合わせる。
(あの子たちは……、フソウの未来に相応しい若者よね)
その後、少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ええ。フソウに相応しくない悪い子は、殺したわ」
ヨウコが殺した裏切り者を思い出す。
「念を入れろ。万一我々の素性が露見すれば――」
「心配し過ぎよ。警察でも追えない位に、顔も記録もいじっているんだから」
「まあいいだろう。それにしても、随分とやられたな」
「ドジしちゃった。ただ、偽装装甲だけ。中身まではやられてないわ。奥の手も含めてね」
「今の段階で、奥の手を使う訳にはいかない」
「使える日が来るのが待ち遠しいわ」
「そのとおりだ。引き続きの貢献を頼む。交信終了」
直後、ヨウコは次の通信へ繋ぐ。
「ユズリハさん。相変わらず凄いわね。疲れてない? 大丈夫?」
気遣いの理由。それはユズリハが攻性獣の大河を作り出しているからだ。
「いえ。我らの大志のためならば」
少女の声は無機質で平坦であり、いささかの疲労も苦痛も匂わせない。思わず口笛を吹きそうになるヨウコ。
もしヨウコがこれだけの数の攻性獣を管理下に置こうとすれば、意識を保てないだろう。
「さすが。私にもっと能力があれば手伝ってあげられるのに」
「気持ちだけで。まずはご自身の任務遂行を」
「わかったわ。我らの大志のために」
それだけ言って、ユズリハと呼ばれた少女との通信は切れた。目の前の大群は変わらずに行進している。地に広がる赤い天の川を眺めながら、ヨウコはアオイの姿を思い浮かべる。
「また、逢いたいわね。次は、もっともっとすごい事をして、試してあげる」
そう言って、ヨウコは薄暗い森の中へ消えた。
この星の人間は知らない。ウラシェの厚い雲が覆い隠す現実を。そこで蠢く予兆を。善意に満ちた暴力を。
エピソード1、約14万字の長編に貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。
本作、気に入って頂けましたでしょうか?
ブックマークならびに⭐️を頂ければ励みになります。
皆様に推される事は、望外の喜びです。
これからも、本作をよろしくお願いします。




