表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード1 ラストバトル編
25/142

第二十五話:少女と懺悔と新たな誓い

黒曜樹海こくようじゅかい 資源採取戦指定区域外 通信不能領域


「レモン君。あなただけだったら、逃げても撃たないであげるわよ」


 静かな暗闇の樹海にヨウコのシドウ型がたたずむ。


 スピーカーから響くヨウコの声は、しとやかさを装っている。だが、底に流れる冷たい悪意にアオイは震えた。


(よ、ヨウコさん? どういう事?)


 最初に会った時の暖かさはどこにもなかった。その変貌と意味不明さに眉をひそめる。沈黙の拒否を踏みにじり、ヨウコが言葉を続けた。


「しゃべった事がないとは言え、同じ古巣の仲だもの。それくらいはサービスするわ。私、あなたみたいな人が好きなのよね。あなたの素敵な所、その子にも話してあげるわ」


 訳が分からずにいるとソウの声が聞こえた。


「やめろ」


 通信ウィンドウを見ると、ソウの顔に困惑が滲んでいた。


 インカムを入れていないから、その声がヨウコに届くはずもない。そんな当たり前を忘れるほど、()()ソウが動揺していた。


「どの実験場にもいて、いつも体中に装置を取り付けられていたわね。おまけにあなたが絡むと成果が出ないから無能扱いされていた」


 そんなはずはないと思う。ソウはいつだって自分の遥か上を行く。自分のような不遇の過去を持っているはずがない。


「やめろと言っている!」


 憤怒がソウの顔に浮かぶ。


「私のように能力も根付かない。それでついたあだ名がレモン。きれいな見た目で、中身はすっぱくて腐ったみたい。欠陥品のスラングだなんてひどいあだ名ね」


 そんなはずがないと思う。ソウは自分とは比べ物にならない才能にあふれている。自分のようなみじめな扱いを受ける訳がない。


「やめてくれ!」


 哀願で、ソウの顔が歪む。


「ごめんなさいね。本当はそう呼びたくないんだけど、この呼び方が一番なじみ深くて」


 だが、ソウは何も言わない。ただ、悔し気に唇をかむ。


 ソウの反応は、ヨウコの語る過去が事実である事を肯定していた。だが、あまりにも受け入れがたく、内心が口から思わず零れ出てしまった。


「そんな……。だってあんなにすごいのに。ボクなんかとは、違う側の人間なんじゃ……」


 ソウは何も答えなかった。


 しばらくの沈黙の後、ヨウコはつまらなそうにため息をつく。が、元の調子で会話を続けた。


「それでも、一人で健気に練習していたわね? 見返したかったのかしら? 私、そういう頑張り屋さんは好きよ」


 ソウが頑張り屋なのは知っている。訓練が好きでたまらないのだろうと思っていた。


「けど、()()()武装警備員をやっているってことは、捨てられちゃったのね?」


 知らない過去だった。だが、知ってみれば、何よりも説得力のある過去だった。


(ボクと違う側のはずないじゃないか。あんなに必死だったのに)


 ミズシロやトモエへ答えを求めていた様子を思い出し、唇を嚙みしめる。


(ごめん。ボク、勝手に違うと思ってた)


 ヨウコの声が少し焦れた。


「さあ。今ならどこに行っても私は撃たないわよ。この甘えん坊さんは私が殺しておくわ。だって、あなたのこと裏切っているんだもの。殺されても当然よね?」


 そう言ってガトリングガンを構える。火力に裏打ちされた重圧に呑まれそうになった。


「その子、あなたの事を小さく裏切っているわ。それを放っておくと段々、大胆になっていく。いつか、あなたを決定的に裏切る。だから、今のうちにあなたから裏切っておきなさいよ」


 そんなつもりは無い。


 ソウへ訴えかけようとした時、ソウの機体がスッと近づく。


「チャンスだな……」

「え?」

「アオイ。オレは行く」


 直後、ソウの機体が巨岩から飛び出す。突然の出来事に、口を開けたまま動く事ができなかった。


「ソ、ソウ……?」


 ようやく巨岩から半身を乗り出した時、ソウ機は既に遠ざかっていた。


 ヨウコ機がそれを見送り、操縦士の呆れたような声を、スピーカーからばら撒いた。


「本当に裏切るなんて。ここを取り囲んでいる攻性獣に殺されるだろうけど、お似合いね」

「助けるんじゃなかったんですか?」

()()()()と言った。嘘はついてないわ。それに、裏切り者を生かしておくなんて、そんな訳ないじゃない。私、そういう人が大嫌いなの」


 ヨウコの盛大なため息が聞こえる。


「今日も沢山の裏切り者が……。残念だわ。でも、仕方ないのよね。みんな追いつめられていて、そういう状況になれば裏切るわ。早くフソウを変えないと」


 ヨウコの機体がうつむく。操縦士もそうなのだろう。


「この星は、何もかも隠す。この国は、苦しみに満ちている。そんな中では、どんな人でも裏切る。……きっと」


 その言葉に、ほんの少しの苦みを感じ取るアオイ。そして、今までのヨウコの言葉を思い出し、ある悲しい物語がひらめいた。


「裏切られたんですか? そして、その人を裏切り返して殺したんですか?」


 それは、想像の物語。


 ある武装警備員には仲間がいた。その武装警備員は仲間を可愛がって世話を焼いていたが、仲間は劣等感をつのらせる。頼ってもらえず、任せてもらえず。行き場のない暗さがねじれ、裏切りを画策する。


 しかし、能力が足らず、裏切りは完遂できなかった。そして、返り討ちにあってしまう。


 その結末をぶつけてみる。


「……どうしてそう思ったの?」


 対するヨウコの声にわずかな興味が含まれた。


(多分、ボクの想像は合っている)


 返り討ちにした武装警備員はどう思うか。物語の先を考える。


 裏切られ、裏切った傷跡がいつまでもうずくだろう。憤怒、後悔、悲哀、未練。何度も何度も傷跡をえぐり返す感情に渦に、どうしようもなくなっているのではないか。


 きっとそうだと思った。


「ヨウコさんから、怒りと後ろめたさを感じます」

「……そうなの」


 今度もヨウコは否定しない。アオイは確信を深めて続きを口にする。


「自分が裏切られて、裏切ったから、裏切り者を嫌っている」


 そして裏切り返した方も自己嫌悪にまみれる。


「そして、裏切らない人にかれる」


 自分にないものを持った人間がまぶしく見える。その気持ちが痛いほどわかる。


「……へえ」


 自分にも有り得たかもしれない物語の帰結を、ヨウコは否定しなかった。抱え続けた弱さを直視し、言葉を紡ぎ続ける。


「だから、追いつめて、そそのかしている。裏切る様を見届けて、自分を慰めている。堕ちるのは自分たちだけじゃないと安心している」


 一息を吸い、確信を込める。


「あなたの顔は見えません。でも分かります――」


 そして、断言する。


「あなたは、ソウが逃げた今、()()()()()()()()()


 不気味な沈黙を破ったのは、震えるような笑い声。


「ふ……。うふ……。うふふ……」


 静かな笑いが、徐々に狂喜を帯びていく。


「あは! あははは!」


 つんざくような高笑いが、森の静寂を引き裂いた。


「私の事、そんなにわかってくれるなんて! アオイさんとなら、最高の仲間になれるわ!」

「今のヨウコさんの仲間は嫌です」

「私は大好きなのに!? ……殺すのが惜しい位!」


 ヨウコは、ガトリングガンを背面へ格納し、グレネードランチャーを取り出そうとした。


 ありえないほどの無防備。


 隠れていた巨岩から飛び出し、青く輝く弾道予測線をヨウコ機に合わせる。


「隙だらけです!」


 そして、アサルトライフルの弾丸をヨウコに浴びせた。


 ヨウコは反撃をしない。ただ硬直しながら、困惑に満ちた声を絞り出すだけだった。


「……どうして? あなたの銃。壊れているはずじゃ?」


 ヨウコのシドウ型が、アオイ機が携える()()()()()()()()を見た。


「いや、銃が違う……! ()()()()じゃない!? どうして!?」


 ヨウコの声の困惑が最高潮に達した時に、横からの銃撃がヨウコのシドウ型を襲う。


「なんですって!?」


 予想外だったのかヨウコの回避が遅れ、幾分かの銃撃を浴びてしまった。そこにソウの声が響く。


「まだ分からないか」


 そこにはソウ機がアサルトライフルを構えていた。


 ヨウコ機のカメラアイがソウ機の得物を凝視する。


 ソウ機は見覚えのあるアサルトライフルを持っている。それはオクムラ警備の物だった。ソウは逃げた訳ではなく、撃破された機体から装備を回収していた。


「その銃は、さっきの裏切り者の……。じゃあ」


 そして、ヨウコ機のアイカメラが、()()()()()()()()()アサルトライフルを向いた。


「さっき飛び出すときに……。最初から裏切る気なんて……」


 しばらくの沈黙。聞こえてきたのは愉快そうな笑い声。


「ふふふ……。素敵……! 素敵よ! もう少しだけ……一緒に遊んで!」


 そして、レドームを展開した。直後、ヨウコの苦悶の声。


「くぅあぁぁ……」


 ヨウコ機が頭を抱えた。恐らくは操縦士も。しばらくして、機体が再び顔を上げる。


「もっと……。もっと見たい……。キラキラした……、素敵な……」


 聞こえてきたのは、荒い息遣いと、絞り出すような声。奥底に、憧憬どうけいと、嫉妬と、計り知れない闇が響く。


 直後、視界に赤い光点が次々と映し出された。


 攻性獣に囲まれた。


 悪化する状況に唾を飲む。破損状況はひどい上に、弾薬も多くはない。


 身構えるアオイへ、ソウからの通信が入った。


「アオイ。銃をよこしてくれ」

「え?」

「突っ込む。その間に逃げろ」

「どうして? だってボクたち――」

「オレのせいでこうなった。それにアオイには助けてもらった恩があるだから――」

「ボクだってソウに恩がある。そして、今までそれを裏切ってきた」

「なんのことだ」


 ヨウコの言葉を思い出す。無知の罪を気づかせてくれた、ある種の恩人の言葉だ。


「必死になって頑張ってきたんでしょ? ボク、知らなかった。知ろうともしなかった」


 相棒が足掻あがいた過去を知り、罪を懺悔する。


「ボクと同じ、いや、ボクよりも辛い中を頑張ってきたんでしょ? 凄いよ……」


 ありったけの敬意をこめて、言葉をつむぐ。


「だからボクも、ボクにできる事をする。全部だ」


 できる事()()じゃなく、できる事()()を。そう、自分に誓う。


「死ぬほど頑張る。それで対等なんだ」


 全力を絞り出す覚悟に応え、機械仕掛けの戦士がアサルトライフルを構えた。


「それに、一緒に戦うって誓ったんだから」


 ソウ機が、静かにうなずく。そして、迫りくる攻性獣たちを見渡した。


「アオイ、どうする?」

「大群相手には?」


 ソウの機体が峡谷を向いた。


「分かった。行くぞ」


 アオイとソウはすぐに後退を開始した。そこには微塵みじん躊躇ちゅうちょも疑問も無い。互いの能力を信じて、生還のためのオペレーションを開始する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今までソウに引け目と「どうせ自分とは違う」という思いを持っていたアオイが「違う側のはずがない」と思い直してヨウコに啖呵を切るシーン!良かったです!
[良い点] ヨウコさんにはすごく辛い「裏切り」という過去があるんだろうなぁ(;´・ω・) ソウくんとアオイちゃんが、本当に本当のバディになれたような気がしました!!
[一言] うん。ここ好きです。頑張ると決めてやってきたアオイが、まだ頑張りきっていなかったという段階を描く感じ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ