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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 氷床洞窟防衛編
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第三十四話 鷲と雪山と王手までの道

◯局所寒帯 管束天樹(かんそくてんじゅ)周辺 環状山脈の中腹


 暗闇のコックピットに、半透明ゴーグルの灯りが浮かび上がる。透けて見えたのは鷲のようにギラついた瞳だった。


 歴戦の老兵であるジョウがモニターを凝視している。


「チッ。これが貴様の策か」


 映っているのは灰色の空と、放物線を描く砲弾が五つ。それぞれが、獲物を狙う猛禽のように、同時に襲いかかろうとしてきた。


 五つの砲弾が同時に爆発すればどうなるか。獣じみた反射神経が危機を叫ぶ。


「伏せろ!」


 それに倣う隊員は少ない。大抵は立ちすくんだままだった。


「グズどもが」 


 自分と同等の存在に会える事は滅多にない。ジョウも頭ではわかっている。それでも、悪態を抑えられなかった。


 五つの爆発がほぼ同時に襲いかかる。五つの爆発は一つの凶暴なうねりとなり、立ちすくんでいた人戦機を空中へ吹き飛ばした。


「うお!?」

「お、おちる!」


 宙にさらわれた機体が、着雪とともに転げ落ちる。雪を巻き上げながら白の斜面を転げ落ちていった。際限なく滑落する機体たちは、あっという間に見えなくなる。伏せによる回避が間に合った僅かな隊員機たちが、頭を上げた。


「あ、あいつが。あんなにあっさり……」


 息を飲む音とどよめきがスピーカー越しに聞こえる中で、ジョウの声は冷静だった。


「多数砲弾同時着弾砲撃だと?」


 転げ落ちた愚鈍たちに言及することもなく、ジョウが考察を進める。


 同時に同じ箇所に異なる軌道で砲弾を打ち込む多数砲弾同時着弾砲撃は、高度な技術を要求する。最初の砲弾を高く打ち上げ、その間に次々と弾道を計算し尽くした低初速低角度砲撃を済ませる必要がある。


「たが、普通の迫撃砲でそんなことは、いや……」


 我が宿敵ならば、改造なりなんなりを施して、やってのける。粘着じみた執念を見せるのが、あの男だったと思い直す。


 針の穴を通す精確さと、淀みなく狙いをつける早業。殺し合いの中で両方を完遂する執念に、ジョウが息を飲んだ。


「しかも携行式で?」


 以前の資源採取戦で、イワオが持ち込んでいたのは携行式迫撃砲だった。つまり、迫撃砲前端のグリップを人戦機で持ち、微調整する。ジョウが自身の記憶をたどる。


「軽さと引き換えに精度は落ちるはず。それをここまで? どれほど練り上げた?」


 専用の固定装置もない中での調整には、途方もない練度が求められる。しかし、その精確さ持ってしても一連の砲撃を完遂する時間がなければ、多数砲弾同時着弾砲撃はできない。


「時間。狙う時間……」


 そこまで考えたジョウが、ハッと気づいたように獰猛な笑みを深めた。


「滑降の間に撃てなかった訳ではなく、撃たなかったと言う訳だ」

「どういうことです?」

「ジグザク滑走させて、仕込みの時間を手に入れた。そう言う事だろう」


 滑降中の狙撃以降、回避のために蛇行をした。直滑降に比べて、当然ながら時間がかかる。イワオにはその時間が必要で、そのための狙撃だったと今になって理解した。


 隊員がジョウへ問いかける。


「ですが、我々が回避しなかったら」

「それはそれで狙撃の的だ」

「つまり。どちらに転んでも良いと」

「そういう打ち手だ。やつは」

「相手を知っているのですか?」

「知っている。誰よりも」


 誇るようなジョウの声に、隊員が戸惑いの声を漏らす。周囲の反応を無視して、ジョウがふむと考え込んだ。


「だが、所詮は手動の限界。砲弾数もたかが知れている。落ちたやつもそこまで多くない。作戦は継続。狙撃再開だ」


 それだけ言って、ジョウが含み笑いをする。


「功を焦ったな。同時着弾には欠点がある。最後の砲弾軌道は低い。今の砲撃で貴様がいる方向は分かったぞ……」


 そう言って、慎重に雪原からわずかに頭部視覚センサーのみを出す。一瞬だけ頭部の高精度カメラで対面する丘を見やり、すばやく再び頭部を隠した。


「システム。先程の画像を表示しろ」


 ジョウの指示とともに、ゴーグルモニターへ一瞬で撮影した画像が表示される。

 血走った鷲の眼を左右に振った後、ある一点を凝視した。


「こちらを狙いつつ、移動するルートは……。これか」


 ジョウが凝視すると画像が拡大される。粗いピクセルの画像にさっと一筋の線が走ると、くっきりと滑らかな映像へと変換された。


「雪に残った足跡を隠蔽している暇は無いはず……。見つけた。経路を吟味して移動したようだが、俺の前では誤魔化せないぞ」


 ゴーグルモニターには常人が見れば一面の白にしか見えない雪原が映っている。拡大処理を経てなお僅かにしか見えない足跡を、鷲の目は見逃さなかった。


「遮蔽物を転々としている。場所を変えながら砲撃したのか。それでいてあの精度とは」


 ジョウが誇らし気に笑う。旧友が成した芸術を特等席で鑑賞できる甘美な経験に、ジョウは酔っていた。


 しかし、それでジョウの勘は鈍らない。


「そして、足跡の一番先に居る――」


 鷲の瞳は血走って、瞳孔の奥で嗜虐の炎がギラギラと燃える。


「はずがない。あやつはそんな凡手は打たぬ」


 部下の前では嘲り倒したかつての相棒を、もっとも評価しているのはジョウだった。


 きっと、自分の思いつく最善手か、それ以上の手を打ってくる。そんな信頼が、ジョウの唇を嬉しげに歪めた。


「あやつのことだ。きっと……」


 ジョウが足跡の先にある小さな雪の出っ張りに意識を注ぐ。その勘を読み取って、画像が更に拡大された。


 鮮明化処理を終えて見えたのは、雪の中から少しだけ飛び出た人型に似た影だった。


「やはり、人戦機の影に似せているがあれは雪」


 常人にはぼんやりとしか見えない影も、ジョウにとっては断言に足るものだ。人型のように見える輪郭からは、細長い黒の影がほんの僅かに飛び出していた。


「ご丁寧に銃まである。が、あれは狙撃銃ではない」


 次々と勘で断言していく。


 自分が正しいという自負と、それを支えてきた実績。ジョウに一切の淀みは見られない。


「お前は偽装工作を済ませた後に来た道を戻る。大侵食前の猟師が使う手法だったか。足跡を気取らせないために、一つ手前の狙撃ポイントで潜んでいるはずだ」


 そういって、視線をもと来た足跡に戻す。


 鷲の瞳が一点を見つめる。


 一見すると何の変哲もない雪原だった。

 

「クハハハ! 見つけたぞ!」


 だが、ジョウには確信があった。


 狩人としての半生を支えてきた、確固たる信念。それは自分が狩る側だという狂信だ。


「俺が前に出れば、お前はすかさず狙ってくる。だが」


 手元を操作して拡大画像を消した。ゴーグルモニターには狙撃銃を携える自機の腕が見えた。


 勝負の相手は、自分の知る限り最高の狙撃手だ。だが、自分も最強の自負がある。


「俺は一睨みのジョウ。早打ちで勝つつもりか? この俺に」


 ジョウの身体がぶるりと震える。


「良い震えだ。……勝負!」


 完璧なイメージを読み取って、機械仕掛けの狩人は一息で膝立ちの構えをとった。ジョウの視界に映る弾道予測線(ブルーライン)はビタリと定まり、決してブレない。


 構えた時点で、青の輝線はほぼ狙いを捕らえていた。だが、ジョウは満足しない。


「髪の毛一本ほど、右か」


 それだけ言ってトリガーを引く。


 銃火とともに飛び出した弾丸が風と踊る。ゆらゆらと軌道を変えながらも、ジョウのイメージどおりのポイントへ吸い込まれていった。


 うず高く積もった雪が弾ける。


 飛び散った雪煙を突き破り、大量の破片と巨人が飛び出てきた。高精細カメラセンサーが巨人の細部を暴く。


 頭部にはくちばし状の装甲が据えられていた。


「ファルケ……やはり貴様か」


 大量の破片と共に滑落するファルケを、ジョウが凝視する。


「勝負あったな。……いや」


 鷲の瞳が滑落するファルケから、周囲の破片へ移る。砂粒ほどにしか見えない破片だが、ジョウが分量を精確に見抜く。


「残骸が多いな。なぜだ」


 滑落するファルケは原型を保っていた。しかし、破片は大破したときほどに多い。


 捕食者の勘が、答えを手繰り寄せかけた時だった。生き残った僅かな隊員の一人が、ジョウへ話しかけた。


「隊長」

「なんだ」


 戸惑いに満ちた隊員の声がジョウの思考を止めた。ジョウの勘が、こちらも気に留めるべきだと囁く。


 どちらも危険。それが戦場に轟かす男の判断だった。

 

「なんの音でしょう? 雷?」


 隊員機が空をキョロキョロと見る。


 ジョウが耳を澄ませると、天から降り注ぐ重低音が聞こえる。それは確かに遠雷のようにも聞こえた。


 別の隊員も空を見上げる。


「いや。この天候で雷がおこるはずが……」


 常曇(とこぐもり)の空ではあるが、雷雲をもたらすようなドス黒さはない。


 はたと気づいたようにジョウが山頂を見上げる。そのまま、唸るような()()の声を上げる。


「なるほど。全てはこの布石か」

 

 見上げる先の山肌に薄くモヤが掛かっているように見える。しかし、そのモヤは蠢きつつこちらに近づいてくる。


 事態を悟った一人が、叫び声を上げた。


「あれは!?」


 隊員たちが慌てふためく。


 しかし、暗闇のコックピットで、ジョウの鷲の目は輝きを増していた。


「なるほど。()()。これを狙っていたのか」


 迫りくる雪津波を見ながら、楽しげに考察を深めていった。


「先ほどの勝負は、別の人戦機(じんせんき)が山頂へ爆発物を打ち込むための時間を稼ぐため。いわば囮。俺がお前に集中すれば、砲撃役がやられる可能性が少なくなるが……。命がけとはやりおる」


 早撃ちで負けるはずがないとは思っていたが、それにしても事がうまく運びすぎていた。


 自らの相棒(ライバル)が、その程度でやられるとは思えない。あべこべの信頼感に導かれた勘は、相変わらず冴えていた。


「地形を偵察機で雪崩が起きやすい傾斜地を選び、極比熱流体で深層を溶かして雪を浮かせ、この場所へ誘い込んだ。後はなんなりで爆破すれば……。射程からすると無反動砲か? なるほど、そこまで読んでいたか」


 いざ事が起こってから気づけば、雪崩が集中しやすいV字の斜面だった。


「しかし、俺の行動は最善手のはず。もし、少しでも打ち手を間違えていれば……いや」


 そして、出口となる大峡谷に逃げ込む部隊を狙撃するならここしか無い。


「なるほどな。俺が最善手を選び続けると、お前も信じていた訳か。ㇰ……、クフ……、クハハ!」


 あべこべの信頼感を抱いていたのは、イワオも同じということ。声を上げて笑うジョウを不信に思いながらも、隊員たちが問いかける。


「どうします!?」

「逃げるに決まっている。お前たち。生き残れよ」


 もはや逃げ道は下り道しかない。ジョウはいち早く狙撃銃を格納し、脚部滑走板を展開した。


 慌てて、他の隊員も続く。雪崩が彼らのいた場所を飲み込んだのは、全員がその場を去った直後だった。


 白い津波に追い立てられながら、隊員の一機が後ろを振り返る。


「規模は小さい! 何とかなりそう――」


 だが、もう一機が叫ぶ。


「前を見ろ!」

「崖が!?」


 白い海原は途切れていた。


「止まれ! 止まれ!」

「な、なんとか――」

「後ろから!?」


 スピードを下げた隊員機が雪崩に埋もれた。そのまま、白の濁流に揉みくしゃにされていく。ふた塊の人型が、無数の残骸と化して崖下へ落ちていった。


 その様子を見ながら、アイアンイーグルが垂直に近い崖を下っていく。


「ふん。俺の弟子の器ではなかったか」


 ジョウは当然のように生き残った。


「さて俺だけか」


 そういって、鷲は孤独に斜面を下る。


「もはや、作戦の完遂はままならんか。小癪な」


 ジョウ一機となれば、もはや相手の全滅は不可能だ。しかし、それで鷲の瞳にぎらつく炎は消えなかった。


「さて、やつくらいは仕留めるか。どうせ先程の一撃は、擬死だろうて」


 ジョウは雪崩の前に交わした狙撃戦を思い出していた。地形上、ほぼ一本道といってよい滑走可能なルートを滑っていく。


「大破もしておらんのに、破片の量が多すぎる。大方、やられた機体を盾として仕込みおったか」


 そして、その狙いを考える。


「それだけならば、わざわざやられたふりをして滑落する必要もあるまい。そうしたのは狙い有ってのこと」


 ルートの限られるV字の谷を滑りながら、ジョウはとうとう雪原へ出た。


「ここで決着をつけるため。そうだろう? 脚部滑走板、パージだ」


 山から下りきり、もはや無用の長物と成り果てた滑走板をとりはずし、素早く雪原を駆ける。雪を蹴散らし、うず高く積もった小山に機体を隠した。


「さて、やつも待ち構えているはず」


 イワオなら滑走ルートを読み切っているはず。ならば、あらかじめ待ち構えているという読みだった。そこまで予測がついているからこそ、逃げながらも地形を観察していた。


「今のでアタリは付いたな」


 こめかみを叩きながら、頭に叩きこんだ地形を読み出す。そこから、イワオになりきるつもりで、どこで待ち構えているかを予測する。


 長年、誰よりも真剣にイワオが何を思っているかを考えてきた。それこそ、脳髄にイワオが棲みつくほど。


 先程から繰り返しているこめかみを叩くクセも、いつの間にか乗り移ったものだった。


「おそらくはそこか」


 いつまでもじっとはしていられない。雪は弾丸を遮蔽しない。砲撃の可能性もある。


「今度の早撃ちは、やつも本気のはず」


 先程は雪崩のために引き付けたのだろうが、今度こそはわざとやられるつもりなどないだろう。


「あえて俺を放っておく……はないな。やつは」


 開拓中継基地で交わした言葉を思い出す。いつかは、超えてみせるとイワオは言っていた。いくつもの理由があるが、最後の最後、執念じみたもので勝負を受けてくるという確信があった。


 膨れ上がる感覚が、全身に滾る。吐く息には、いつも以上の熱がこもった。


 冴えわたる感覚を噛み締めつつ、ジョウが鷲の眼をギンと見開いた。


「これが最後の勝負!」


 その一言と共に小高い雪山から機体を乗り出す。すぐさま当たりをつけていた場所へ銃を向ける。


「やはりいたな。射界を重視したか」


 すぐに射撃できように、隠蔽性よりも射撃時の視界の広さを重視した場所だ。ある意味、捨て身の覚悟と言える。


「殺し合い。互いの否定。これこそが世の真理」


 血走る鷲の目が見開かれる。ゴーグルモニターに映る色が落ち、雪崩で舞い上がった雪くずが、止まるほどに遅くなった。


 それらは、全てジョウの主観だった。


「いいぞ。そうだ。この感覚だ」


 もはや口から出す声は空気を震わさない。思考の中で木霊する幻聴だった。そして、暗闇のコックピットで聞こえる声がもう一つ。


『この感覚、久しいな。ジョウ』

「来たか。イワオ」


 それは、互いを知り尽くした者同士だけが許される、非現実の来訪だった。


次回も1~2週間後の更新です。

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