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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 氷床洞窟防衛編
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第三十一話:少女と老兵とささやかな反抗

〇局所寒帯 管束天樹(かんそくてんじゅ)


 厳しいまでに冷たい空気に包まれた雪山に、つるりとした巨大な管が生えていた。管は上へと伸びて絡まり合い、大樹とも塔ともいえる構造物を成している。


 大樹の根本では、銃声が反射しながら響いていた。


「クソ! 攻性獣(こうせいじゅう)が降りてきやがった!」


 人戦機たちが銃口を向ける先には、まるで蜘蛛のような細長い六本脚の攻性獣(こうせいじゅう)が迫っている。無数の赤い瞳が、カサカサと管を駆け下ってきた。 


「ダメだ! 抑えきれない!」


 雪原の上は、喧騒と混乱に満ちていた。人戦機たちが後退しながら、銃火を吐いている。


管束天樹(かんそくてんじゅ)を攻撃したからか!?」

「俺たちがやったんじゃねえのに!」

「んな言い訳を攻性獣(こうせいじゅう)が聴くわけねえだろ!」

「畜生! こんなところで!」


 嘆き混じりの怒号が響く。応戦する人戦機に混じって、他機を担いで移動しているものいる。各機の連携は間に合っておらず、銃を撃つタイミングもバラバラだ。


 混乱の只中にアオイ機がいた。軽機関銃で迎撃しながら、悲鳴じみた声を上げる。 管を降りきった蜘蛛型攻性獣(こうせいじゅう)は、雪原でも進行を緩めない。


「あの足! 雪の上もいけるの!?」


 足先には幅広の接地面がついていた。そのおかげで、雪に沈むことなく怒涛の進撃を続けている。銃弾で倒れ伏せた仲間の死骸を踏み砕き、後続が押し寄せる。


(速い! ボクたちよりずっと!)


 細長い足を、高速に、無機質に、正確に動かしながら、化け物たちが迫りくる。人戦機たちとの距離は縮まってしまっている。後ろにいる他社の警備員たちが口々に弱音を吐いた。


「クソ! 押されている!」

「バカ! 下がるな!」

「で、でもよ!?」


 装甲を無理やりに引き裂くおぞましい音が、後ろから響いた。


「なんの音!?」


 何事かと思って振り返った。


「そ、そんな!」


 人戦機がぼたりと雪原に膝をつき、機体は、力なく雪の中へ突っ伏した。機械の背中は大きくえぐられており、毒々しい緑色と赤の液体を滴らせている。息を吞む音が、雪原でやけに大きく響いた。


「やられた! まただ!」

「どんどん削られちまう!」


 先ほどから幾度となく見た光景だった。


 今は巨大な管の陰で戦っている。そこから一歩でも出た機体から、遠距離射撃で削られていく。管束天樹(かんそくてんじゅ)を取り囲む山脈の一角に狙撃部隊が居座っているらしかった。


 暗闇のコックピットに、アオイの焦り顔が浮かび上がる。半透明ゴーグルモニター越しの丸目は、打つ手を探すため忙しなく揺れている。


「このままじゃマズイ……! 何かないと」


 視界の端の通信ウィンドウに、ソウの顔が映った。


「オレが攻性獣(こうせいじゅう)の群れへ突っ込むか?」

「ソウ、でもそれは。黒曜樹海で死にかかった時みたいになっちゃう」


 初めての共同任務での危機が、脳裏に浮かぶ。


 二人で無茶をし、大群に襲われ、ソウが突っ込んだ。軽機関銃も暴発して死ぬ間際まで追い詰められた記憶によって、身がこわばる。


 その記憶はソウも共有しているはず。だが、そのうえでソウの答えは変わらなかった。


「覚えている。だが、リスクを取らなければ全滅する」

 

 そこまでの状況だった。

 

 近接戦闘ができる警備員は少ない。大半の警備員は、攻性獣(こうせいじゅう)に取りつかれれば終わりだ。しかし、距離を取ろうとして管の陰から出れば、狙撃される。


 徐々に追い詰められる状況の中で、何か一手が必要だった。その時、イワオのつぶやく声が随分とはっきり聞こえた。


「なるほど。敵部隊の分布は、あそこに。ならば」


 振り返れば、ファルケが狙撃銃を構えていた。


「……あそこだ!」


 確信を込めた気迫とともに、銃火が灯る。


 カンと甲高い音を立てて、弾丸が管を穿った。わずかに出来た穴から、銀色の液体がぴゅうと噴き出す。


 だが、イワオの一撃の意味はわからない。だからなんなのか、という疑問が浮かぶ。その疑問へ答えるように、イワオが通信をつなぐ。


「ソウ。今撃ったところに手榴弾を投げろ」

「目的は?」

「管の破壊」

「なぜ?」

「訳は後で。ゼロ距離で爆発させろ」

「了解」

「ほう。冷静だな」

「訓練の範囲内で対応可能ですから」

「任せた」


 すぐさま、ソウ機が前腕下部に取り付けられた手榴弾をもぎ取った。


 シドウ一式が振りかぶると、筋肉状(マッスル)駆動機構(アクチュエータ)が唸るような稼働音を上げる。


 片足をピンと上げて軋むほど背筋をねじったフォームから、一息に投げた。


「しっ!」


 ブンと空気を裂く音。矢のように飛んで行った手榴弾は管に触れるか触れないかの所で爆発した。管はえぐり取られたようにひしゃげ、中から銀色の極比熱流体があふれる。


「見事。では次だ」


 再度ファルケが狙撃を放つ。


「ソウ、同じように」

「了解」


 すぐさまの投擲と爆発。阿吽の呼吸で天上へと伸びる管の根元がえぐられていった。


「攻性獣が、戻っている?」


 蜘蛛型攻性獣が管束天樹(かんそくてんじゅ)へ引き返し、管を登り始めた。いち早く戻った個体が、胴部から糸のようなものを出して管を補修しようとしていた。


「これがイワオさんの狙いですか?」

「本命は違う」


 本命とは何かと思って見ていると、巨大な管が音を立てて傾いた。


 管束天樹(かんそくてんじゅ)に絡みついていた一本の導管が、自重によって引きはがされる。巨大な管がぐにゃりと曲がり、低音を立てて地面へと迫る。そして、とうとう腹まで響く轟音とともに、地面へと倒れ込んだ。


 それで、終わる訳では無い。そんな確信を込めたイワオの低い声が響く。


「来るぞ」


 横たわった菅は斜面を転げ、攻性獣(こうせいじゅう)たちに襲い掛かる。逃げる間もなく、巨大なローラーと化した管の下敷きとなっていった。  


 呆然としているうちに、管が迫りくる。


「こ、こっちに! 逃げないと!」

「待て! ここで待機!」


 イワオが声を張る。そして、転がる管の勢いは止まった。


「え? どうして?」


 見れば、別の管に引っかかっている。攻性獣だけをきれいに巻き込んだ神業に、思わず声が出た。


「す、すごい! イワオさん、すごいです!」

「世辞はいらん。残りを倒す」


 呆気に取られていた武装警備員たちが、残り僅かの攻性獣を打ち倒す。黄色の血肉が次々飛び散って動くものはいなくなった。


「よし、この菅の陰で一息つくぞ」


 イワオはそう言って、ファルケを転がってきた巨大な管の陰に休ませた。どよめく武装警備員の中で、一人が声を上げた。


「狙撃が……こない?」

「奴らの位置は割り出した。この影なら死角になる」

「ほ、本当か」

「だが、敵も移動するやもしれぬ。一息付けるのは今のうちだけだ」


 武装警備員たちも雪山に横たわる巨大な管に機体を預けた。隣を見れば、ソウ機とシノブ機も巨大な管の方へ歩いていた。


「ぼ、ボクも!」


 急いで後をついていく。滑り込んだ先で、ようやく一息をつけた。しかし、あたりを包む空気は相変わらず重たかった。


 動かなくなった機体を担いできた人戦機が、あたりの状況を確認していた。そこへシノブが声を掛ける。


「重傷者は? どんだけやられた?」

「十はくだらない」

「くそ。かなりやられちまったか。怪我しているやつは、どのくらい持つ?」

「応急処置をしているが、一日以上は難しいだろう」


 他社のリーダー格と思われる男が、重苦しい声を吐いた。


「降りるしかないか。この状況で」


 全員が息を呑む。

 

 管束天樹(かんそくてんじゅ)を囲む山脈は険しい。環状山脈と呼ばれ、管束天樹(かんそくてんじゅ)を囲むようにそびえ立つ。崖に近い岩肌を上るには専用装備が必要だ。そして、その専用装備を持っている機体はない。


「出口は一つか」


 唯一の脱出手段は来た道を戻ること、つまり大峡谷へ降りるしかない。景色のよい緩やかな下り道は、絶好の狩場へと変貌していた。


「本当に行けるのか?」

「いや、ここで救援をまった方が」

「だが、指揮所は埋まっちまったんだぞ。誰が連絡を」

「依頼主がいるだろ。きっと、その会社が」


 楽観に緩みかけた空気を、イワオが(たしな)めた。


「いや。その依頼会社が仕組んだのだろう」


 どよめきが起こるが、反論は出なかった。ここまで用意周到に追い詰められれば、ある程度のものならば薄々は感づいている。


 これは相当に計画されたうえでの凶行だと。

 

 それでも、とシノブがイワオへ問いかけた。


「でも、依頼主は古い会社だって言ってませんでしたっけ?」

「買い取る事もできる。それなりに準備が必要だがな」

「まさか、そこまで」

「これだけの周到さだ。事前の準備も抜かりないはずだ」

「いったい誰が、なんのために」

「目的は知らん。だが、目星はついておる」

「誰です?」

「ジョウ。シギシマ=ジョウだ」


 獲物を狙う猛禽のようにギラギラと輝く瞳を思い出す。だが、どうしてそこまでの確信を持てるかがわからなかった。 


「ジョウさん? なんでジョウさんの名前が?」

「あのスナイパー部隊を率いているのはジョウだ」

「どうして分かるんです?」

「あやつ、後進を育てていると言っていた。スナイパー部隊なぞ、今日日(きょうび)では他にはおらぬ」


 その名前に聞き覚えがあるのは、自分だけではなかったようだ。うろたえる武装警備員の一人が、イワオに向かって問いかけた。


「シギシマ=ジョウって、()()()の?」

「ああ」


 思わずイワオに問いかけた。


「一睨みって?」

「やつのあだ名だ。一睨みする間に、敵を討つ。要するのはそれだけの間。速射の名手という意味だ」


 ジョウの異名が、生き残った者たちの意気をくじく。諦めがあたりを蝕んでいった。


「ど、どうするんだよ。相手は一睨みらしいぞ」

「やっぱり、ここで助けを待つ方が」

「でも、でもよ!? このまま待ってたら、死んじまう!」

「目指すしかないだろう。あの大峡谷を」

「あの狙撃の中を行くのは無理だ。俺はここに残る」

「お、俺もだ。救援が来ないとは言いきれねぇ」


 ファルケが手招きをする。それに従って、ソウ、シノブ、それに自分と機体を寄せた。直後、視界に至近距離限定通信の申し入れが入る。


 仮想アイコンをタップして映ったのは、イワオの申し訳なさそうな顔だった。

 

「ジョウの名前を出したのは迂闊だったな。すまぬ」

「いえ、まさかここまでなんてわからないですし」

「憎らしいまでの威光だ。しかし、どうするか……」


 ソウが声を上げた。


「オレたちだけで下山する方が効率的では?」

「いや、四機だけでは確実に狙い撃ちにされる。集団でなければ」

「被害が出るのは同じでは?」

「攪乱、護衛、運搬。作戦を立てて役割分担をすれば、被害率は格段に減る」

「ならば、協力要請を」

「待て、考えてからだ。無策では説得できぬ」


 そう言って、イワオがこめかみを叩く。叩く調子は随分と忙しなく、老兵の眉間のしわが一層深くなる。


「読み切れん……が。これで行くしか」


 そう言って、ファルケが武装警備員たちの前に立つ。その後ろ姿を見守ることしか、いまはできなかった。


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